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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第七十一話 とりあえず落ち着きを取り戻そう

 たったの五分間で、前半に必死で作った貯金を吐き出してしまった俺達日本代表の表情は暗い。

 真田キャプテンが手を叩いて「イーブンに戻っただけだ! ここからだぞ、集中しろ集中!」と大声を上げて士気を鼓舞しようとするが、正直俺を含めたピッチ上のメンバーにはあまりその熱が伝わってはこない。

 だが、ここでうちの山形監督が守備の崩壊を見かねたのか手を打ってきた。

 この大会ほぼ全ての試合でフル出場している左のサイドバックを下げ、センターバックのDFを投入したのだ。

 これははっきりと守備をスリーバックに切り替えて、中央のカルロスとエミリオのラインを断つという意図らしい。ざっくりとサイドの守備を切り捨ててゴール前を固める作戦にでたのだ。

 一応筋は通っているな。日本の左のサイドの守備は薄くなるが、ブラジルはそこからの攻撃はあまりない。それより真ん中の守りが強化され、却ってフランコの攻めてくる日本の弱点である右サイドまでもある程度カバーできるようになると考えれば悪くない。

 それに加えて連戦で疲労の溜まっている選手をフレッシュな人材と交代させ、守備の動きを活性化させようというつもりだろう。


 それにしてもブラジルの攻撃力は想像以上である。いくらカルロスやエミリオの二人が天才同士だとしても、コンビを組ませるとその化学変化の結果がここまでの破壊力を持つようになるとはな。

 今すぐにでもやり返したいという思いを耳障りな音が立つほどに奥歯を食いしばって押し留め、短時間でずたずたにされた守備組織の立て直しを優先する。

 

 真田キャプテンと武田に交代加入したDFがあれこれ怒鳴り合ってコミュニケーションをとっている間、俺達中盤はボールを回していくらかの時間を稼ぐ。

 いきなり守備陣形を変更しようとしても、その認識のすり合わせやマークの受け渡しのラインなど話し合わなくてはいけない点も多い。

 守備が組織として機能するまでには、選手を交代させてリセットしたとしても再起動するまで時間が必要なのだ。

 だからこのボール回しはこれまで日本やスペインがやっていた、ボールの支配率を高めて相手の陣の隙を窺うといった攻撃の前提としてのパス交換ではない。今の俺達がしているのはディフェンスが安定するまで敵に攻められないようにする「逃げ」のボールキープだ。


 もちろんこの時間帯にはボールを失うようなリスクは僅かでも犯すわけにはいかない。まだまとまっていない守備状況で、ブラジルの攻撃を受けてしまえばそれを止められるなんて到底思えないからだ。

 特にカルロスのスピードは彼が守りに回っても日本代表チーム全体が脅威と認識していて、彼がボールを持った選手に近づく度に「カルロスが来たぞ!」とまるで古代中国で項羽に襲われる劉邦の軍のように悲鳴混じりの警戒の声が上がる。いやそれは、いくらなんでも怯えすぎだろう。

 

 その懸念が当たってしまった。全く嫌な予感だけは的中率が高いんだからな嫌になるぜ。

 カルロスからできるだけ遠ざかろうとする傾向なんて数回やっていれば敵にもバレてしまう。

 カルロスを囮としたブラジルのボール狩りに見事に引っかかり、彼のやってくる方向と逆サイドへ流そうとしていたパスを奪われてしまったのだ。

 相手も後半開始して早々に同点に追いつけたせいか鼻息が荒く、勢い込んで攻撃に移ろうとする。

 だが俺達が冷や汗を流しながら綱渡りでボールキープを続けていた甲斐はあった。この時点になってようやく日本はDFラインを含む守備の整備が完了したのだから。


 ボールを奪った敵の勢いが減速する。思ったよりこっちの守備組織がしっかりしているのに気がついたのだろう。「余計な手間をかけやがって」と言いたげな態度で守りの穴とパスの出しどころを探す。

 しかしこちらの新たに構築したディフェンスは後半のブラジルの陣形に、より最適化されたフォーメーションだ。特に中央はカルロスの警戒をしているために枚数が揃っている。

 そこで俺は後ろを任せ、ボール持っている選手に対してアタックをかける。 

 こんな積極的な守備はついさっきまでは不可能だった。ゴール前がしっかりしていると信じられるだけでここまで守る側の意識が劇的に変化してくるんだよな。

 

 自分の位置を常にボールホルダーとカルロスの間に置くよう気を付け、敵に近づいていく。

 相手もこの攻め方は失敗したと感じたのか、後ろに戻してやり直しを図ろうとした。

 だが、ここで相手はミスを犯す。俺に間合いを詰められていると簡単に後ろにはたいたのだが、そこには普通いるはずのない少年が存在していたのだ。

 そう、日本陣内では滅多に守備をしないDFの島津である。それが、日本のエリアではやらないけどブラジル陣内へのバックパスならば話は別だ、ボールを奪えばすぐにゴールチャンスになるもんねとばかり、張り切ってボールを獲りにやってきたのだ。しかもそのパスコースに最短距離で入るカットのやり方もタイミングも、守備力が必要とされるサイドバックとして考えても文句の付けようがない見事な物であった。

 実際、今も無警戒で出されたパスを見事に横取りする事に成功した。だけどさぁ、

 

「島津、お前守れるんなら日本の陣地でもやれよ!」


 思わず日本選手のほとんどが口を揃えて叫んだのは悪くないと思う。

 しかし、チームが一丸となって声を合わせて突っ込んだのは無駄ではない。連続失点してから硬くなっていたピッチ上のイレブンを覆う雰囲気が一気に柔らかくなったのだ。

 カルロスとエミリオのツートップが与えるプレッシャーとは関係ない、うちのDFの問題行動――しかも結果的には日本の利になるプレイに全員の唇に苦笑が湧き肩の力が抜けリラックスができた。

 

 ただ本人の島津だけは、そんなことは関係ござらんとばかり奪ったボールを落ち着かせずに敵ゴールへと殴り込みをかける。

 本当になんでDFをやってるんだろうこいつ? 何度目になるか数え切れないぐらいに抱いた疑問を浮かべつつ、俺達攻撃的なポジションのメンバーもその前進に追随する。

 だがブラジルの守備は前半と変わっていないにも関わらず、日本が島津をフォローする動きは一呼吸おくれてしまう。その原因は敵のディフェンスではなく反対にアタッカーであるカルロスとエミリオの存在にあるからだ。

 いくら日本が攻撃するチャンスであってもこいつらを無視するわけにはいかない。最低限の気配りはしておかないといけないのだ。

 最低限彼ら一人につき二人のマークが必要なのだから、こいつらに人数を割くとどうしても攻撃の手が足りなくなってしまう。

 

 特に俺の立場からすれば明智をカルロスのマークに取られたのが厳しい。いつでもすぐ後ろにいて、パス交換や攻撃の組み立て直しなど第二の司令塔として参加していてくれたからだ。

 ええい、使えない駒を悔やむより今出来る攻撃に集中しろ!

 自分を叱咤し、ピッチの全景を眺める。

 島津がゴール前やや右方面でボールを持っているが、前を塞がれ彼一人の力ではフィニッシュまで持っていけずに手の打ちようがない。

 かといってセンタリングを上げる目標となるべきFWの上杉は、今回はきっちりマークしているクラウディオに完全に抑え込まれている。島津の相手は他のDFに任せ、ブラジル最高のDFは上杉を封じ込めるために全力を尽くすようだ。

 ――しまった。警告のタイミングが遅れた。

 

「島津、一旦戻せ!」


 俺の声に渋々といった態度を隠そうともせずに、ボールを下げようとする島津。本当は強引にでも切り込んで行きたかったのだろう、だがその成功率が低すぎると自制したようだ。シュートまでいけるのであれば無理矢理でもやる価値はあるが、その前段階で潰されてしまいそうではいくら彼でも突っ込むのが躊躇われるのだ。

 だが、そうじゃない。俺が「戻せ」と叫んだのは島津が無理矢理カットインしても上手くいきそうにないからではないのだ。

 お前の後ろにいつの間にかカルロスの奴が接近しているんだよ。

 カルロスをマークしている連中も、自陣深くへ帰るカルロスに最後まで付き合うようなみっともないマネをするわけがない。彼が完全にブラジルディフェンスに参加するようだと判断すると、また上がってくるまで監視はしてもマークは甘くなる。 

 その自由に動ける自陣での時間を有効活用しやがった。


 島津の死角から凄いスピードでチャージをかける。ボールを完全に奪うのではなく、ボールをつついてコントロールを失わせ体勢を崩させるのが目的だ。その目論見通りにカルロスのチャージに足下からボールを失う島津。

 そんな隙を島津の前を切っていたDFが見逃すわけがない。体から離れたボールを素早くかっさらう。

 この展開はかなり危険である。

 久しぶりの攻撃のチャンスだと日本のフォーメーションが前掛かりになっているからだ。だが、後ろに残してきたDFの守備ブロックはしっかりしている。ならばここでカウンターの得意なカルロスへのパスさえ通さなければ何とかなる!

 そう脳内シミュレーションした俺は、とっさにカルロスの後ろに向かった。ここに陣取れば前は島津、後ろには俺と二枚で彼を囲んでいる形になる。


 ボールを奪ったDFはこちらに一瞥をくれるとカルロスに渡すのは諦めたのか、大きく日本陣内に蹴り込んだ。クリアと見間違うぐらい大雑把なキックだ。これならうちのDFなら何とかしてくれるだろう。そう安堵し、息を抜く。

 その時、カルロスが今日初めて俺に話しかけてきた。以前より少しだけ声は低く大人っぽくなり日本語の発音が硬くなっているな。しかし、問題とするべきなのはその内容だろう。


「あいつを甘く見ているようだな」


 カルロスが示すあいつ――それがエミリオを指すのだという事に気がつくと、俺と会話を漏れ聞いていたらしい島津の視線が合う。

 ブラジル代表のストライカーを甘く見ていたつもりはない。だがカルロスは脅すような事は言わないタイプだ。それなのにここまで言うほど高く評価している相手ならば警戒するどころか恐怖に値する。

 その少年に今ボールが渡ろうとしているのだ。

 俺と島津の喉から絶叫が迸った。 


「エミリオを止めろ!」


 と。

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