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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第六十八話 後半の展望を話し合おう

 ピッチから引き上げてくるブラジル代表の足取りは一様に重い。まさかグループリーグはあれだけ楽勝した日本を相手に、二点もリードされて前半を終えるとは誰も想像していなかったからだ。

 これまで何度も栄光を掴んできた自慢のカナリアイエローのユニフォームまでもが鮮やかさを失い、色褪せているような印象さえ見る者に与えてしまう。

 ベンチで出番を待っていた控えメンバーやコーチは口々に声をかけ、手を叩いて淀んでいる雰囲気を変えようとするがスタメンの選手は皆が返事もしようとしない。ほとんどが無言で用意されたスポーツドリンクなどを飲んでいるだけだ。

 冷えたドリンクやタオルを手渡しても疲れた顔のまま、ほとんど感謝の言葉さえ返ってこないのだから重症だ。

 ロッカールームの空気はこのブラジル代表が結成されて以来最悪の物である。


 そんな居心地の悪いロッカールームに監督が大きな音と共にドアを開き登場する。

 いつもは選手達がピッチから帰還するのをオーバーなアクションで出迎えていた監督が今日に限ってこの場にいなかった。これまでの試合はほとんどがリードしてハーフタイムを迎えていたために、監督が機嫌良く選手を受け入れるのが当然のようになっていたのだ。

 しかし今回はハーフタイムになるとすぐにベンチから席を外して携帯電話を片手にどこかへ行ってしまった。その行動がまた不自然で、ロッカールームがぎくしゃくしたムードになった要因の一つでもある。

 微かにその身にタバコの香りを漂わせながら監督は足音高く入ってくる。入口でじろりと視線を走らせると、ほとんどの選手がバツが悪げに俯いた。例外はベンチスタートのカルロスやエミリオだけだ。なんでよりによって扱い辛いこの二人がうちのエースでスポンサーから特別待遇を受けているんだろう、そんな内心を押し殺しながら監督は声を張り上げた。


「俺達ブラジル代表(セレソン)はここに優勝するために来た!」


 いきなりの大音声にびくりと身を震わせるブラジル代表(セレソン)の選手達。その反応にお構いなく監督は演説を続ける。


「ブラジルがサッカーの大会で優勝できないなんて無様な事はあってはならないんだ。なのになんだこの体たらくは、お前らは優勝したら家族を殺すと脅迫でもされたのか? それとも優勝カップを手にしたら死に至る病でも患っているのか? いい加減に目を覚ましてさっさと逆転するぞ!」


 言いたい放題のようだがこれでも彼は言葉を選んでいるつもりだった。その証拠に、狙い通りに少年達の表情に彼へ反発する色が混じってきた。落ち込まれるよりは、まだ監督に対して怒るぐらいの方がプレイするためのエネルギーとして利用できるからだ。

 ざわつくブラジルの少年達へ「文句があるなら言ってみろ」と顎をしゃくると全員が不満げに口をつぐむ。いや二人ほど「俺達を出さないからだ」と抗議している者もいるが、他のメンバーは全員がここまでは不甲斐ないプレイをしていると自覚しているのだ。

 とりあえず怒りの感情ではあっても、ただ落ち込むだけの沈滞ムードの底は打ったと判断した監督はすぐ次に具体策へ入る。簡単にまとめられた前半の資料を片手に、後半に向けてのメンバー交代を発表したのだ。


「後半の頭からカルロスとエミリオをいつものポジションで投入するぞ。日本の実力はもう判っているよな? グループリーグの時とは全然違うチームになっている。あんまり舐めないで本気でアタックしなければならん。そしてカルロスとエミリオは相手がお前らのプレイに慣れる前に――そうだな後半開始五分以内に一点は取るんだ。リードが一点になれば相手も焦りが出てこれまでの余裕がなくなるはずだ。そこまで持っていけばチームとしての地力と経験の差が出てくるからな」


 五分以内に点を取れと言う困難なミッションを授けられたベンチスタートだった少年達だが、なぜかあまり緊張していないようだった。


「え? たった一点でいいの?」

「オレも一気に同点に追いつけって言われるかと思ってたな」


 カルロスとエミリオのあまりに軽い返事にブラジルの監督は眉をしかめる。本当に事態の重要さを理解しているのだろうか? この試合は世界大会の決勝で、その結果には彼の首がかかっているのだ。


「……追いつけって言えばできるのかよ?」

「まあ、そりゃ五分もあるなら二点ぐらいは」

「僕とカルロスが一点ずつ取ればすぐじゃない? あ、でも二点とも僕がゴールした方がいいかなぁ」


 ブラジルの二大エースは口にしているそれが全く難しい事だとは思っていないようだった。



  ◇  ◇  ◇


 日本のイレブンは凱旋しているように声をかけ合い、ハイタッチし合ってロッカールームへ帰ってきた。

 室内に入ってくる一人一人の手を取り「よくやったな」「上出来だ」と背中を軽く叩いて労う山形監督の表情も明るい。序盤から勝負をかけるという彼の作戦が的中した形なのだから、機嫌が悪くなりようがない。

 二点のリードが精神的な安定剤となり、皆が興奮したテンションの中でも浮ついているのではなく気合と集中が高まっているというチームが望みうる最高の空気だ。

 そこで山形監督がいつものように手を叩いて、各々で休憩している全員の注意を集める。


「よし、ここまではほぼ最高の展開だな、後半もこのままのペースでいくぞ。ただブラジルのメンバーや戦術が変わらなければこっちもこのままでいいが、さすがに負けてるんだから向こうが先手を打って変更してくるはずだ。その時はまた試合展開や相手の作戦に応じて指示を出す。そしてもし後半からカルロスやエミリオが出てきたら、試合前に指示していたやり方できちんと潰せ。

 すでにこっちが二点リードして折り返しているんだから、今更向こうの切り札を使ってきても日本の優位は揺るがない。もしカルロスやエミリオなんかが入ってきても、交代のカードを先に使わせてしかもリードしている分勝利に近いのは俺達で間違いないんだ。落ち着いてさえいれば何も問題がない」

「はい!」


 答える声も曇りがなく明るい。全員が前半の出来に手応えを感じている証拠だな。正直ここまでの試合展開では準決勝で戦ったスペインの方が手強かった。いや、ハイレベルなスペイン戦を経験していたからこそ今日の試合では有利に進めていられるのだろう。 

 しかしカルロスやエミリオといったスター選手がいないと、ブラジル代表ほどのチームでもここまで脆くなるとはちょっと予想外だったな。ブラジルは試合毎に出来不出来の波が激しいのは知っていたが、ちょうど俺達が彼らにとっては一番モチベーションが上がらないチームだったのかもしれない。

 ブラジルからすれば、グループリーグですでに格付けが終わったはずの相手となんでまた決勝で戦わなくちゃいけないのか判らなかっただろう。しかも準決勝は宿命のライバルアルゼンチンと激しい肉弾戦の末に、完全にねじ伏せて勝利した後の試合でだ。さあ日本と決勝だと言われてもテンションが上がらないのは、まあ判らなくはない。

 そして始まってみれば格下と見下した日本に先制され、さらに追加点まで献上したのだから向こうのリズムはガタガタになっているはずだ。


 ただ、エースがおらずにリズムが崩れたとはいえブラジルの圧力は相当な物だった。

 真田キャプテンが「簡単に言ってくれるが、あのブラジルのアタックをシャットアウトしている 俺達 DFの頑張りも褒めてほしいです」とぼやくのは実によく判る。

 それに山形監督も「ああ、ブラジルを零点に押さえ込んでいるんだ。本当によくやってるな」と答えるのも判る。

 だが「いや、そこまで賞賛されると照れるな」と頬をかいている右サイドバックの心情はよく判らんぞ。お前は守りに参加してないだろうが。


 さてほぼ満点の前半はともかく、後半戦に備えてブラジルがどう出るか想像する。

 負けているんだから攻撃的な戦術をとってくるのは間違いない。それが前線に人数を増やすパワープレイでくるか、それとも動きの悪かった選手を交代させてフォーメーションはいじらないかのどっちだろう。ここは情報分析の専門家に意見を求めようか。


「明智、ブラジルは後半どう攻めてくるかな?」

「そうっすね……」


 明智は俺からの質問に少し俯くと、自分の額に人差し指をあてトントンと軽くつついた。おそらく試合前にまとめていたデータを記憶から呼び出しているのだろう。

 だがすぐに顔を上げると「向こうの監督のデータからの推測っすけど」と答えを出す。

 凄い、俺の情報を教えてくれって言うんじゃなく予想をしてくれって質問に即答できるなんて、データの収集や処理の仕方は山形監督を上回ってないか、こいつ?


「ブラジルの監督はうちの山形監督と一緒で、予選前に急に抜擢された監督っすね。選手時代や監督になった後も無名だったみたいっす。そして実績という後ろ盾がない分慎重なのか、マスコミや世論から攻撃されるような思い切った作戦はこれまで取ったことはないっす。

 ま、今まではほとんど監督がどうこうするまでもなくブラジル代表はチームの力の差で楽勝が多かったっすけどね。ただ、これまでの試合では選手の入れ替えはあってもフォーメーションは崩した事は一回もないっすから、選手交代で流れを変えると考えたほうが妥当っすね。後はラインを上げたり、プレスを強めたりと細かい修正じゃないっすか」

「となると、たぶん……」

「ええ、推測っすけどカルロスとエミリオが出てくるのは間違いないっす。大体あの二人が怪我したりという情報はなかったから、スタメンにいないのに気がついたらびっくりしたっすよ」

「なるほど……」


 明智の情報はこれまでもほとんどが正確だった。だから後半からあの二人が出てくるという予測は確度が高いだろう。

 あいつらと戦うと想像しただけでぶるりと体が勝手に大きく震える。前半に流した汗がロッカールームの冷房で冷えたのではない、これは武者震いって奴だ。

 世界最高を争う舞台で、酔いどれドン・ファンに続けてカルロスとも戦えるなんて願ってもないシナリオじゃないか。

 日本代表の勝利だけを望むなら、このままカルロスやエミリオなんて化物は出てこない方がいい。

 だがブラジルに勝つためには、世界一になるためにはそういった化物と戦うのを避けて通れないのだ。


「大丈夫っすか、震えてるっすけど?」


 明智がちょっと黙り込んだ俺の顔を覗くようにして尋ねる。俺が震えているのを弱気の表れとでも受け取ってしまったのだろうか。まあ彼にとっても、中盤でコンビを組む俺の調子がどうかなのかは気になる情報なのだろう。

 でも心配するなって。


「ああ大丈夫。震えるぐらい後半が楽しみなだけだ」


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