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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第六十五話 サンパウロの壁を破ろう

 上杉が舌打ちしそうな表情でキックオフのボールを俺へとパスする。そんなにシュートがしたかったのかよ、お前は。

 だが、少なくとも助言を受け入れてくれるぐらいにはあの気難しいボクサーと信頼関係が築けているようだと前向きに受け入れよう。

 さて、俺もすぐにボールを中盤の明智に渡してピッチで移動を始めるブラジル選手達の状況を確かめる。いくら事前に相手のデータを集めていても、今日のカルロスとエミリオのスタメン落ちみたいに想定外の事態はいくらでも起こりうるからだ。

 

 こうして戦況を確認する場合にピッチ上を一望できる鳥の目は役に立つ。いちいち仲間と声かけをして相手のオーバーラップを見逃さないように警戒する必要や、敵のポジションチェンジを背番号などでチェックしたり、ベンチやキーパーなどから大声でコーチングしてもらうといったタイムラグがないから手っとり早いのだ。

 さてそんな中、試合早々にまず目に付いたのがうちとブラジルの二人の点取り屋がすれ違う場面だった。

 まるで西部劇で早撃ちが得意なガンマン同士や時代劇で居合いを使う侍達のように緊張感を持って互いに視線を逸らさずに間合いを計りつつ、半円を描くような足取りで位置を変えてすれ違う。すると、そこで初めて相手から目を切ってそのまま得点を奪おうと敵ゴールへと走っていく。

 ……天性の攻撃センスを持った二人のストライカーによる緊迫感あふれるちょっとしたやりとりだが、残念ながら島津とフランコ。たぶん忘れているだろうがお前らは二人ともDFだからな。

 おそらくフランコのプレイスタイルに頭を痛めているだろうブラジルのキャプテン、クラウディオに少しだけ親近感を覚えた。 


 中盤から下げられたボールの方は軽快なリズムで日本陣内を一周すると、徐々に日本代表から過剰だった緊張がほぐれていく。よし、これで決勝だからと目をつり上げて肩に力が入り過ぎたチームメイトはいなくなって皆が落ち着いたようだ。サッカープレイヤーはとりあえず試合が始まってから一回ボールに触れるのがなによりも効果的な精神安定剤になるからな。

 そろそろ「いい加減ボールをよこせ」ってブラジルのプレスもかかってきたし、本格的な攻撃を開始しようか。自分の足下にボールが戻ってきたおかげで反射的に笑みを浮かべつつそう決意する。

 もっとも日本がパス回ししている間、俺はただぼけっと棒立ちしていただけではない。じっくりとブラジルのフォーメーションを確認しておいたのだ。

 その観察の結果、攻めるべきポイントはやはりここしかないよな。行け! 島津。


 俺は背後から近づいてボールへチェックしにきた敵のボランチを肩と腕でブロックしつつ右サイドへ振った。このちょっとしたプレイの中で特筆すべきが二つある。

 まず俺が敵と接触プレイを嫌がらなかった点だな。スペイン戦の酔いどれとさんざん一対一をやったおかげで自分のフィジカルの弱さに対するコンプレックスから脱却できた。

 そりゃもちろん最前線での体を張った激しいプレイなんかは無理だが、何が何でも接触プレイは避けようとまでする必要はないはずだったのだ。それを今の安全な場所でのワンプレイで試し、これなら実戦でも通用すると確かめたのである。

 もう一つのチェックポイントはブラジルディフェンスにおける大きな穴である左サイドバック――こちらからすれば右サイドの存在だった。島津とよく似た「守備をしないDF」がいると当然そこにはぽっかりとスペースが空いてしまう。

 その敵の守備網に空いた穴を突こうというのだ。


 フランコと島津という超攻撃的なサイドバックが同じサイドにいるものだから、マッチアップするはずのサイドバックがマークをし合わずにお互いが敵のDFラインに吸収されているといった理解しがたい事態になっているのである。

 両チームのオフサイドラインには四人のDFが一直線に並んでいるが、その中に一人ユニフォームの色が違った奴が混じっているという非常事態が常態化している。おそらくこんな馬鹿げた、しかも危険なマッチアップは他に存在しないだろう。

 普通はサイドバック同士の戦いと言えば押し合いにも似た、強いほうが前へポジションを上げていくといった形になる。つまり弱い方がズルズルと押されて後退していくわけだ。

 だが、この二人の場合は超攻撃的な「肉を切らせて骨を断つ」という思考が噛み合ってしまって、押し合いにならずに刃物が肉に食い込んだ状態のまま、さらに刃が進み互いの急所であるゴールにまで届きそうになっているのだ。

 

 こんな危険で心臓に悪いマッチアップをどうにかするにはとにかく攻めるしかない。受けに回ったら間違いなくそのサイドから敵に攻め潰されてしまうからだ。

 おそらくこの攻撃が実らなかった場合はブラジルの猛烈なカウンターがまた右サイドからくるのだろう。だが、それでもあまり危機感が湧かないのは、あまりに島津のサイドから攻められることが多かったせいだろう。なんだか「また敵が右から攻めて来たな」「ようこそ右サイドからおいでやす」という感覚はチーム全体がちょっと島津の穴から攻撃され過ぎてピンチに対する感度が鈍くなっている悪影響かもしれない。

 島津が積極的に攻め上がるのを、敵も味方も山形監督も誰も止められないものだから「右サイドはノーガードで当然」という誤った常識が今の日本代表には定着しそうになっているぞ。


 そんな色々の思惑を秘めているボールが右サイドの島津へと繋がった。しかし、いくらがら空きとは言え最終ラインをただで突破させてくれるほど敵も気前がいいわけがない。すぐにブラジルのDFがヘルプに行く。

 だが、それは当然ながら中央のディフェンスが緩むことを意味している。

 すかさずその空いたゴール前のスペースを目指し、山下先輩や俺といった二列目が速度を上げて走り込む。

 島津がDFを引きつけたことで、その周辺が厳戒態勢になり随分と慌ただしくなってきた。

 その混乱が治まるより早く、マークが自分に食い付いてキックがしにくくなる直前のタイミングで島津は彼お得意の低弾道で速いクロスを上げた。

 それもホットスポットとなった俺や山下先輩の殺到するエリアへではない。逆に気配を消すようにしてそこから離れ、自分の前にスペースを作ってチャンスを伺っていた日本のゴールハンターへのセンタリングだ。


 絶好のボールが上杉の元へ向かい、彼もまた最高のタイミングでダイレクトのボレーシュートを放つ。

 上杉はこれまでもゴール前では直接蹴れるボールはほとんどがトラップすることなくシュートしていた。それはトラップすることでシュートを撃つべきタイミングが遅れ、守備側が対応できるだけのタイムをロスしていると考えている――のか本能的なのかさっぱり判らないが、とにかくワンタッチでのシュートが多い。

 マークを外す不規則な動きとストライカーの本能を合わせ持ったうちのエースによる強烈なボレーシュート。

 これまでの試合では今回ぐらい綺麗な形になれば、枠を外したりイタリアの赤信号のような化物クラスのキーパーがいない限り必ず得点になっていた。そしてうちのエースは異常に枠内へのシュート率が高いのが自慢なのだ。

 決まったか!? 日本のイレブンは全員が期待する。

 だが、上杉のシュートはキックした位置から二メートルも進まずに敵の体に吸収されてしまう。

 そこでシュートを完全にブロックしたのは、褐色の肌が多いブラジルの中でも一際黒く輝く肌をしている敵のキャプテンでもあるクラウディオだった。


 さすがにブラジルのディフェンスの要であるこいつだけはそう簡単には出し抜けなかったか。

 長身でがっしりしているというDFの理想像のようなパワーと高さを兼ね備えた体格なのに、俊敏性が取り柄である上杉が見せたキレのある一瞬の動きにもついていけるスピードまであるのか。くそ、恵まれた身体能力しやがって。

 かなりの威力を持っているはずの上杉のシュートをなんなくその体で止めたクラウディオが、日本の選手が近くにいないDFへボールを渡すと相手はそれを大きく前線へ蹴り出す。

 ちぇっ今の強力なシュートを受け止めても痛む素振りすらなしか。相手が怪我するのを望んでいる訳ではないのだが、まるでダメージがないようだとそれはそれで面白くない。ちっとも弱点が見えてこないような奴は攻略するのが難しいからだ。

 少しでも痛そうな反応を見せれば、次にまた上杉へボールが渡ればブロックを躊躇う事はなくても反射的にシュートモーションに対し体がぎゅっと固まるはずだ。それを逆手にとってのキックフェイントなども使えるのだが、あれじゃあ無理だなそんな小細工に引っかかりっこない。

 会心のシュートを止められた上杉がクラウディオに殴りかかりたそうな目で睨んでいるが、なんとか落ち着いてくれ。おまえぐらいしかその「サンパウロの壁」と呼ばれたDFと戦えるFWは日本にいないんだから。


 日本陣内にいるブラジルのトップ下を狙って蹴り出されたロングボールは、そのパスコースに上手く割って入った明智によってカットされた。やはりブラジルはこれまでのデータ通りトップ下にボールを集めるようだな。作戦通りそこに張ってあった罠が作動して敵のカウンターが成立しなくなったのに一息つく。

 しかし、ここまでの試合展開を通じての感触だがカルロスやエミリオが出てこなかったのは予想外だったが、日本にとってはメリットしかない話でデメリットや問題は何もなさそうだ。こっちの意表を突く作戦かと思いきや向こうもそんなつもりはなかったようだな。


 そして、今の一連のプレイで大雑把だがブラジルの戦力評価もとりあえず判断できた。

 ブラジル代表は個人的なテクニックではスペインをも上回っているかもしれない。だが、チームとしてはスペイン代表の方が遙かに成熟していた。

 確かブラジルは個人個人の技術や強さを大事にする伝統があったはず、つまり「最高の十一人を集めれば最高のチームにならないはずがない」という思想だ。でも、今の各々の役割を完全に理解してカバーし合っている俺達ならば十分にチームプレイによって対抗できる。準決勝でハイテンポかつハイレベルの真剣勝負を経験した事が、俺達日本代表のレベルを引き上げてくれていたのだ。

 これならば監督や皆にした世界一にしてやるって約束を反故にしないで済みそうだな。


 まずその第一歩として――ブラジルが築いたクラウディオという強固な「サンパウロの壁」を破ることから始めようか。


「上杉さん」

「なんや?」

「世界一のストライカーになりたいのなら、そんな壁ぐらいぶち壊してくださいよ」


 俺からの無理なリクエストにも関わらず、彼は本当に嬉しそうに牙を剥いた。これは狼がご馳走を前にしたのではなく獲物を発見した時にだけ見せる野生の笑みだ。


「ワイもそのつもりや」

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