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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第六十二話 朝食は静かに食べよう

 スペイン戦の激闘を終えた翌朝、俺はいつも通りの時間より少しだけ遅くベッドの上で目を覚ました。

 柔らかく心地いい寝具が「おいでおいで」と誘う二度寝の誘惑をぼんやりした頭でもなんとか振り払えたのは、自分のお腹から届く虫の音のおかげである。

 うん、昨日のスペイン戦はかなりハードな試合だったもんな。成長期の体が消費した栄養を補給しろと声高に要求してもおかしくはない。

 よいしょっと外見に似つかわしくない年寄り臭い声を出して床に降り、組んだ手を上げて背伸びをした。背筋の関節が鳴る軽い音が響くのと一緒に次第に意識が鮮明になっていく心地がする。

  

 よし、頭がすっきりしたら次は朝食に行く前にコンディションのチェックだ。

 まず一番心配な足の具合を診断したが不思議なぐらいにこれが問題ない。準決勝という厳しい舞台だった割にはかえって普通の試合後よりもダメージが少ないぐらいだ。

 普段なら試合が終わる毎に、軽い打ち身やら捻挫の治療でアイスパックをべたべたとテーピングで固定するのが習慣のようになっているのにな。湿布などを貼るのはしばらくしてからの話で、試合直後は熱を下げるために直接患部を氷で冷やすのが手っとり早いからだ。まあ冷やしすぎないように時間を小分けに空けたり、患部との間にタオルを挟んだりもするんだけどね。

 だが昨日はそんなある意味直接的な治療法はほとんど必要なかった。筋肉の疲労はともかく、物理的な打撲などのダメージを敵からほとんど受けなかったからである。

 これは俺がマッチアップしていた相手がテクニシャンの酔いどれだったのと、クリーンな試合を好むスペインだったのが大きい。

 もちろん日本も汚いファールは犯さなかったのでスペインの選手達にも怪我などが少なかったはずだ。あれだけの試合をして体力の消耗はともかく、試合をしていた誰にも肉体的な損傷がないのはかなり嬉しい出来事である。

 お互いが納得できる良い試合をすると、もし次にスペインとやる事になっても俺達みたいにピッチにいた選手の間ではまた敬意を持って正々堂々戦えるという嬉しい予想が成り立つのだ。


「うーん、よし!」


 体調をチェックしながらの背伸びも終わり、体の気だるさと眠気が一気に払拭される。

 まだ筋肉の張りと重く感じる疲れは残っているが、今日明日ぐらいマッサージを受けてじっくり回復に専念すれば結構いいコンディションにまで戻れそうだ。

 やはり俺がグループリーグのブラジル戦やアメリカ戦の後半を休ませてもらったのが、地味にこの早い回復に繋がっているようで結果的には監督からのありがたい配慮だったな。


 そんな事を考えながら食堂へ行くとちょうど上杉や島津に明智、それと山下先輩などが勢揃いしたテーブルの席が二つ空いていた。そこに集まって居る皆の顔色にも体調不良を思わせる影はない。俺と同等以上に疲れているはずだが勝利した喜びがそれらをカバーしているようだった。

 ちょうど朝食にはぴったりの時間帯なのか他のテーブルも結構埋まっている。

 まあここでいいかと「おはようございます」と最年少らしく丁寧に挨拶をして座ることとする。

 試合でもよく絡むメンバーがいる席に腰を落ち着けてから、もしかしてこれは濃いキャラクターばかりの隔離された席なのではと思い至った。いや、でも今更慌てて席を移るのも変だしな。

 常識人で精神年齢の高い俺がここにいるのも不相応な気もするが、周りのテーブルにいたチームメイトも俺がこの席についたらなんだかほっとしたような空気を醸し出していた。あれはきっと俺にこのテーブルの奴らを上手くコントロールして面倒を起こさないようにしてくれって思っていたんだろう。

 ふむ、チームでは最年少なのだがここまで皆に頼られるのも悪くない。


 俺はパンやフルーツと言ったあまり料理人の手が加わっていないメニューを手にしてテーブルへ着いた。朝食だから軽いものを選んだのではなく、消去法でこういったメニューになったのだ。

 偏見かも知れないが俺が学んだ美味しいイギリスの料理は「できるだけ調理してない」物だった。和食のように素材の味がどうこうではなく、手間暇がかかっていないというのが味を損なわない結構重要なポイントである。

 手間がかかっているとその分外れ籤を引く可能性が高くなるのだ。さっきから随分上から目線で辛口な感想だが、これは俺の嗜好がイギリスの料理と随分かけ離れているせいかもしれない。


 手を合わせてかなり吟味したつもりでもやっぱり水気が少なくパサついた感じの朝食をとっていると、そこへ山形監督がやってきた。

 俺達のテーブルのメンバーに微かに目を剥いたようだったが「大丈夫ですって、俺がついています」という思いを込めてウインクをすると彼は安心したのか溜め息を吐いたようだった。試合翌日の選手以上に疲れているのだろうか? 胃の辺りを押さえているし、この問題児達をまとめ上げるのにはきっと人知れない苦労があるんだろう。

 同情を込めた眼差しに監督がひきつった笑みを作り弱々しく腹をさするような動作をする。きっと俺から伝わる同情の念が身に沁みているんだろうな、監督がどこか修行を終えた僧侶みたいに悟ったような表情になっているじゃないか。

 するといつもは他人の事など気にも留めていないような上杉が、不器用ながらも調子の悪そうな山形監督を気遣う。


「なんや具合が悪いみたいやけど、欲しい食いもんあるなら取ってきてもええで」

「あ、ああ。じゃあちょっと疲れのせいか食欲がないんで胃に優しいものを……」


 思いがけない人物からの問いに、驚いたように答える監督。だがその答えに「なんや胃に優しいモンって?」と眉を寄せる上杉。うん、お前はこれまで胃が痛くなった経験なんてなさそうだしね。

 困惑した上杉だったが、そこへタイタニック号並に信頼性のある助け船が明智から出された。

 

「上杉さん。中国には昔から医食同源という考え方の中に、体の中で不調な部分を食事で補うと良いという思想があるっす。つまり肝臓が悪ければレバーを食べればいいとかって話っすね」 

「お、おう。マンガかなんかで聞いたことはあるわな」


 いきなりちょっとピントの外れた事を言い出した明智に思わずテーブルの皆が注目する。


「すなわち監督の胃が悪いならば、用意するべきは胃袋を使った料理っす! つまり以前監督にあげた羊の胃袋に詰め物をした名物料理のハギスのような……」

「アホ! あれを監督に食わしたんは秘密やろ!」

「ハギス? 秘密? う、なんだか胃だけではなく頭痛も……」

「か、監督、無理をして思い出そうとしないほうがいいですよ!」

「アシカも安心するんや! 今まであの角度でワイのパンチが顎に決まっとって記憶の残っていた奴なんておれへん!」

「うう、胃と頭だけでなくそんな記憶はないのにまるで殴られたように顎までもが痛くなってきたような……」

「いかん、山形監督がUFOに連れ去られ謎の手術を受けた被害者のような意味不明な事を呟いて呻きを始めたぞ!」

「アシカこれどうしたらいいと思うっすか?」


 いや俺に聞かれても困るんだが。

 監督に朝食のメニューを尋ねただけなのに、なぜだか大騒ぎになる俺達のテーブル。それなのに他のテーブルについている日本代表の面々は「ああ、あそこのテーブルにいる面子が集まるとやっぱり」とでも言いたげな表情でこっちを眺めるだけだ。

 たぶん皆は俺が止めてくれると期待していたのか、俺に対しては特にきつい視線が浴びせられているような気がする。

 いや、もしかして俺がこのグループの責任者だと勘違いしているのかと苛立つが、思い出せば騒ぎになった後の会話で名前が出てきたのは俺と山形監督ぐらいだ。原因が俺だと勘違いされても不思議はない。

 そこに朝なのにすでに疲れているようなちょっとよれよれとした雰囲気の真田キャプテンがいいタイミングやってきた。

 おお、さすが日本代表の主将だ。姿を見てないと思っていたが、どうやら俺達と一番距離があるテーブルで気配を消すように食事をしていたらしい。あんな所にいたら、まるで俺達にみつからないよう隠れていたみたいじゃないか。遠慮せずにこっちのテーブルに来れば良かったのにな。遠慮深いキャプテンだったが、それでも騒ぎが起こるとホテルに伝わるような面倒事になる前に消火をしにきてくれたようだ。


「アシカ、どうした?」


 え? あんたも第一声が俺に対する質問? なんだか不条理さを感じながら事態を収拾するべく簡単に説明する。このままでは事情が判らない真田キャプテンが可哀想だもんだ。


「えーと、明智が監督に「胃が痛いならハギスでも食えっす」って言ったら今度は監督が頭痛を訴えたんで、上杉がボクシングやってた時代にKOした相手の容態を解説したんです。するとなぜだか監督が胃や頭だけでなく顎を押さえて記憶障害になったと呻きを上げただけですね」


 俺の言葉に数秒キャプテンの動きが止まり、軽く頷いて返事をする。


「全く意味が判らん」

「そうでしょうね。今ので判ったら、たぶんこれから先かくかくしかじかだけの説明でどんな事態でも理解できるようになりますよ」


 自分の顎を指で触れていた真田キャプテンは「いや一つだけ判った事があるな」と一人合点する。一応このチームでの突っ込み役は俺だけという自覚があるので、半ば義務感からか質問をしておく。


「何が判ったんですか?」

「アシカがいると騒ぎが大きくなるって事だな」

「ちょっとそれは冤罪です!」


 なぜかキャプテンの言葉に「うんうん」とか「そやな」と納得している風な同じテーブルの仲間を睨む。

 それに応じ「いつも事件に巻き込まれる探偵みたいっすね!」と喜んだり「ワイは被害者にならへんで」とファイティングポーズをとったりする連中。これではたして日本代表はチームワークが取れていると言えるのだろうか?

 真田キャプテンがぼそりと呟いた。


「まあ類は友を呼んだのか、朱に交わってお互いを赤く染め合ったのかは判らないけど」

「ひどい、俺をこいつらと一緒にしないでくださいよ!」


 俺の必死の抗議に「いや、お前ら一緒のチームだろうが」と無情に答えるキャプテン。


「じゃあ、真田キャプテンはそのチームのキャプテンですが」


 俺の突っ込みが痛いところに入ったのか「い、いやそれはだな」と口ごもるキャプテン。

 その姿に思わず仏心を出してしまう、キャプテンには世話になっているし俺だって鬼じゃないんだから。


「ああ、ならやっぱりこのチームの全責任は監督にあるって事で」

「む、うん、そうだな」


 意外とあっさり納得するキャプテン。知らなかったがこの人も意外とノリがいいみたいだ。

 とにかくそういった訳で、朝食時に食堂で騒いだのはなぜか胃と顎と記憶の障害を訴える山形監督が全て責任をとってホテル側に謝罪することとなったのだった。


「その、俺が朝食の場で具合を悪くしてちょっとした騒ぎになったみたいだな。ホテルの責任者には通訳の方からお詫びを、そして看病してくれようとした選手達には礼を言っておいてくれ」


 しばらくして落ち着いた山形監督の言葉に少しだけ「悪かったかなぁ」と罪悪感が湧いたが、これまでに彼から受けた恩は決勝の活躍で全てお返しすることにしよう。

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