表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
20/227

第十九話 体力をもっとつけましょう

 四回戦の開始直前審判の笛を待つ間に、俺は瞳を閉じていつものルーチンをこなしておく。

 ふむ、昨日の試合での体の疲労・怪我などは無し。引っかけられた右足も受け身でつかった肩も湿布を貼る必要さえないほどダメージはなかったのだ、体調としてはほぼベストである。目をつぶるといつものようにピッチを上から見下ろす感覚で選手の動きがチェックできている。ピッチからの土の匂い、柔らかな風と照りつける日差しが肌で感じ取れる。うん、体のキレ・精神状態共に万全だ。


 そうでなければ困る。なにしろこの試合は監督から「最後までいくつもりでやれ」と指示されたのだ。今までのように前半だけといった途中までの出場ではないらしい。

 決勝と準決勝が来週だから、今日疲れたとしてもそれまでには回復すると踏んでいるんだろうし、俺がどこまでやれるか試す意味もあるのだろう。体がぶるりと震え口の端が吊り上る、やはりスタメンでフル出場してこそレギュラーだよな。


「おい、アシカ。なに笑ってるのかしらんが作戦を覚えているな?」

「ええ、基本的には昨日の三回戦と同じで俺と山下先輩で崩すって話でしたよね」

「そうだ。だからもっと俺にパスをよこせよ。俺がこのチームのエースで十番なんだから」


 口をとがらせて要求する山下先輩はどうもこれまでの試合内容に納得がいっていないようだ。三回戦ではPKキッカーにもなったのに欲張りだなぁ。まあそんな性格なほうがスコアラーとしては向いているのかもしれないが。


「判りました、今日の試合は先輩を中心にしたコンビネーションを重視しましょうか。俺も先輩にパス出しますからお互いとキャプテンでしっかりと中盤を作りましょう」

「ああ、攻撃は俺に任せて後ろは頼むぞ」

「了解です」


 話し合いというよりは一方的に先輩の言い分を聞かされていたが、まあ別に反対する事でもない。昨日の試合の反省から俺も少し似たような事を考えていたのだ。翻弄できると確信した相手からPKをもらうプレイが俺の目指していたものだったのかと。

 もう一度基本から考え直すと、俺は中盤の真ん中で攻守両面で活躍するプレイヤーを目標にしていたんだよな。もちろん戦況によっては前に顔を出して得点に絡むのも重要だが、それも基礎である中盤の安定をこなしてからの話だ。ここまでほとんど点を取られていなかったのはうちが圧倒的に攻めていたのもあるが、それ以上にキャプテンが中盤とDFラインの間を汗かき役となって支えていてくれたおかげが大きい。

 そこで今回は原点に戻って山下先輩とではなく、キャプテンとコンビを組む感覚でやってみようと思ったのだ。そこに監督のフル出場指令と山下先輩の「攻撃は任せろ!」だ。うん、先輩のお手並み拝見でむやみに上がらずボランチとしてチームのバランスを取ることを優先しよう。


 審判の笛で試合が始まったが、今回もまた山下先輩はもちろん俺にもマンマーカーがつけられた。まあ予想の範囲内だからいいけどね。

 マークの事は意識から外して、自分の目と鳥の目の併用でざっと相手のフォーメーションを確認する。

 ふーん、うちと同じ三・五・二か、じゃあ中盤での主導権争いが激しくなりそうだな。お互いがMFの多い陣形をとっているので当然ながら中盤のプレッシャーがきつくなるのだ。ただ、向こうは守備的MFの一人が俺をマークするために普通よりも若干上がり目になっている。このギャップにより空いたスペースは色々と使えそうだ。


 

 前半の半分が過ぎたがまだ両チームにスコアの動きはない。やはり中盤での潰し合いに終始して、なかなかそこからの展開が始まらない。山下先輩もドリブル突破やスルーパスで惜しいところまではいくのだが得点にまでは至らなかった。

 そんなじれったい試合経過の中、俺がDFからパスを受け取ろうとしたタイミングで相手が隙を見せた。俺達が自陣でパス回しをしていると油断したのか山下先輩のマークが緩んだのである。俺が背を向けているからといって油断しては駄目だぜボーイ。自分の身体の年齢を無視した敵への忠告を内心ですると、速攻の狼煙を上げる。


 毎朝一緒に練習している仲だ、俺の「山下先輩!」という叫びとロングパスに瞬時に反応する。

 俺がパスを出したのは先輩の足下とかではなく、俺をマークするためのMFが空けているスペースへである。普段であればボランチがいるべきであるが、今はぽっかりと空いた無人のスペースだ。右へ流れながらパスを受け取る先輩に俺のマーカーも迷いの色を隠せない。

 何しろゾーンディフェンスで守っていれば自分が担当すべき場所が攻められているのだ、自分も戻るべきか一瞬悩んでも仕方がないだろう。だがそんな時間は与えない。俺もさっきまで山下先輩が居たスペースへ斜めの線を描くように駆け上がっていくからだ。

 山下先輩と俺の前線へ走る軌跡が時間差はあるとはいえ交差する。先輩をマークする相手も間に合うか微妙な距離にまで逃げられた山下先輩と、今こっちに進んでくる俺とどっちに対処すべきか躊躇した。マンマーカーの二人が上手く切り替えができずに俺に引き付けられる。このチャンスを逃すんじゃないぞ自称エース様! 


 俺とチームメイトの期待に応えるように山下先輩がゴールを決めた。マークがずれたとはいえボールを受けとってからシュートまでの約四秒は、俺でさえ口笛を吹きたくなるほど鮮やかな動きのファインゴールだった。

 俺の猛ダッシュの攻め上がりは一見無駄のようだったが、そうではない事は自分が一番よく判っている。鳥の目による戦況確認ではDFも幾分はこちらに意識を奪われ、結果的に山下先輩に対する警戒がルーズになっていたのだ。

 ……決して誰も褒めてくれないから自分を慰めていたわけじゃないぞ。

 一人寂しく「俺の戦いはこれからだ」と拳を握っていると、「アシカもサンキューな!」と滅多にない満面の笑みを見せる山下先輩がいた。頬をかいて視線を逸らすと拍手をしている監督と目が合った。ためらいがちに手を上げてそちらに応えていると今度は俺の頭をがっしりと抱きしめられる。


「足利ナイスランだったぞ」


 キャプテンも目立たない縁の下の役割を黙々とやっているから、俺の無駄走りがチームに貢献するプレイだと判ってくれたんだろう。まあ、別にこの人たちに認められたからって訳じゃないけどやっぱりチームの為に全力で走るのは悪くないな。スタミナが不足していても自分の為じゃなくチームの為だと思えば勝手に足が出る。これは自分で思っている以上に、俺もいつの間にかこのチームの一員になってたって事か……。



 試合も進み後半の残り十分を切った。攻撃陣は好調の山下先輩が奮起して引っ張り、全得点に絡む活躍をしていた。そのおかげで、この時点で三対ゼロだ。三点差あれば逆転負けという間抜けな事はまずないだろう。油断するつもりもないが、これ以上無理するつもりもない。なぜならそろそろ俺の足が疲労でSOSを発信しているからだ。なにしろ今回が初めてのフル出場であり、ここから先は未知の体験になるのだから無茶なプレイはとてもできない。くそ、試合がこれほど消耗を早めるとは計算外だったな。


 ここで初めて俺は鳥の目によるデメリットを受けていた。いや正確にはデメリットというほどではない、使いこなせていないが為の不利益だ。

 それは鳥の目を使うと試合中のペース配分をやりにくいという事だ。なまじ一目で戦況が把握できる為に、常に急所である地点へと急き立てられるように移動してしまうのだ。普通であれば気が付かないような些細な敵味方のポジションミスの度に小刻みにダッシュを繰り返していては体力が持つはずもない。今までの前半だけといった限られた時間内だけならともかく、フル出場するにはいつもアクセル全開では燃料切れをおこして当然だ。ましてや俺はまだ小学三年生、ここまでもっただけで褒めてほしいよホント。


 でもさすがにかなり体が重くなってきたな。今日はそんなに攻め上がりはしなかったが、長短のパスで攻撃のリズムと溜めを作った。アシストこそ最初の一本だけだったがパスの成功率は百パーセント近いはずだ。むしろ体力を消耗したのは守備のスペース埋めと敵のパスの分断に忙殺されていたからだ。体で止める場面こそなかったが、人数かけて攻められるとDFのラインの前のバイタルエリアに侵入する相手からボールを奪おうとてんてこ舞いだった。

 ちらりと視線をベンチに走らせるが、監督はFWに向かって大声で何か指示を出している所だった。フル出場させるって言ってたし、今までみたいに途中で引っ込める気はなさそうだ。

 だったら自分でペースの調節しなきゃ駄目か。


 ただ闇雲に走り回るんじゃなくてもっと効率的に動かなくては。

 小学生というレベルで見れば俺のプレイは効率がいいだろう。だがこれからもっと上のレベルで戦うためには、今以上にプレイの最適化をしなければならない。という訳で少し体力を温存しよう。よし、自己正当化完了。


 ずっと落としていた腰を伸ばし、大きく息をつく。額から滲む汗を袖で拭ってもすぐに次の汗が目にしみる。くそ、日差しが少しは弱まれば楽になるのだが。肌と喉がひりついている、次にボールアウトした時には絶対スポーツドリンクを飲みに行くぞ。

 そんな風に気を抜いていたのが悪かったのか、相手のDFがオーバーラップしているのに気がつくのが遅れた。まずい! 一気に最前線まで駆け上がった向こうのリベロによってこっちの守備陣に乱れがでる。俺がマークにつくかせめて一言「DF上がってる」と注意すべきだった。


 舌打ちして自分で止めに行くことに決めた。これまで中盤の攻めはキャプテンが大過無く防いでくれていたんだ、こんな突発的なオーバーラップのようなイレギュラーがなければ抑えてくれるはずだ。

 

「俺がマークします!」


 宣言してキャプテンとDFを手で制する。彼らには今までの役割に専念してもらったほうが、マークする相手をスイッチするよりもミスがないだろう。


 DFラインにまで潜り込もうとするリベロの前に立ちはだかる。だが、彼はかわそうとする素振りさえ見せずに腕と肩で体当たりするような形で押しのけようとした。単純すぎるその振り払いに一歩下がって受け流す――はずだった。それが出来なかったのは、疲労のせいでバックステップを踏もうとした足がもつれたのだ。一瞬棒立ちになった俺の体をなぎ倒して進む敵のリベロ。

 審判は俺のあまりに無抵抗な倒れ方に作為の匂いを感じたのか、ファールの笛を吹いてはくれなかった。尻もちをついた俺はなす術もなく敵の攻撃を見つめるしかない。


 ――そうして相手は意地の一点を返したのだった。

 残り時間はロスタイムを入れても五分を切っていた為に、結果としては大局に影響はなくそのまま三対一で終わった。

 矢張SCとしては完勝と言っていい内容だ。だが俺にとって自分の体力のなさと終わっていないのに気を抜く甘さなど多くの課題が残る試合でもあった。


 俺って本当に何遍失敗すればこりるんだろうな、次の試合ではこんなミスしてたら勝てるはずもないぞ。なにしろ次の相手は本来の歴史であれば、うちが敗れているチームなのだから。

 そして、これだけは忘れちゃいけない。俺が必死で上を目指しているように、敵も俺達を倒すのに一所懸命なのだ。これを肝に銘じておかないとまた同じ詰めの甘い失敗を繰り返してしまう。俺は進歩しているはずなのに、なぜか二歩進めば一歩下がっているんだよなぁ。

 つい楽をしようとする自分のあまりのふがいなさに、重い足を引きずりながらがしがし髪をかきむしって反省する俺だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ