表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
195/227

第五十七話 サインを間違えた事にしておこう

 俺と酔いどれの二人はこの試合何度目になるか判らない一対一の勝負をやり始めた。

 気負う様子もなく無造作に相手は俺の間合いにまで踏み込んでくるが、この軽いステップはフェイントだな。

 つい足を出してボールにちょっかいをかけたくなるタイミングではあるが、もし足を出す素振りを見せたら次の瞬間には出した足の外側に逃げられてしまう。

 だから下半身ではなく逆に肩をピクリと上下させてこっちもフェイントを返し「先に動けよ」とプレッシャーをかける。

 酔いどれも「少しは反応しろよ、ケチ」とばかりさらに足の裏を使ってボールを押し出す――ように見せて切り返す。

 でも残念ながらそれはこっちの読み通りだ。このルートは通行止めだとボールを奪いに行く、っとマズいこいつもフェイントかよ! 危ねぇ、酔いどれのボールコントロールがスピードに乗っていたせいで引っかかりそうになったじゃないか。


 俺が憧れていた選手の一人である酔いどれドン・ファンを相手取って堂々と渡り合える充実感と、試合に勝つためにはまずこのマッチアップに勝たねばならないというプレッシャーが同時に肩へずしりと乗っている。その重みを苦しいどころか心地よく感じているんだから、俺もまた懲りない救いがたい人間だよな。

 ここでいつまでも遊んでいたいが、そういう訳にもいかない。最後の対決は俺の勝利で幕引きをさせてもらわなければな。


 俺がアタックするために微かに間合いを詰めようとしたのと同時に酔いどれも踏み込んだ。

 げ、この至近距離とタイミングにボールの位置はやばい。ほらこいつの得意技の……違う! しまった逆か! 肩を掴めそうなぐらい密着した状態からの高速フェイントで、完全に予想を裏切られた俺のバランスが崩れそうになる。それを尻目に反対方向から抜こうとする酔いどれ。

 完全に抜かれた! 

 目を瞑りそうになりながら覚悟するが、この刹那俺の体はほとんど無意識の内に動いていた。 

 片手を芝に突いて体を支えながら、酔いどれの体を避けるようにして足を伸ばすとボールだけを引っかけていたのだ。

 バランスを崩してからここまではほとんど無駄な動きどころか予備動作のない反射的な行動で、たぶんボールを奪われた酔いどれより俺の方が驚いているかもしれない。

 

 ああ俺の肉体は勝手に最適な行動をとれるぐらいにまで鍛えられていたのか。

 毎朝欠かすことのなかったトレーニングはこの瞬間の為にあったような気さえする。

 それにしても俺は自分の体がこれほどのリカバリー能力と素早く動けるポテンシャルを秘めていたのに気がつかなかった。

 アジア予選で戦ってきた相手は皆自分より大きく速い選手ばかりだったために、身体能力に関しては多少自信喪失気味だったのだ。

 だが、考えてみればこの酔いどれと俺はサイズがほぼ同じなのだ。しかも同じテクニシャンタイプとすれば極端な肉体的なハンデはなくエンジンも似たような物なのだろう。

 これまでさんざん自分より年齢も身長も上の奴らとやり合っていた甲斐があったぜ、いつの間にか相手に合わせるように俺の体もレベルアップしていたんだな。

 自分の体の吸収力に感謝しつつ、未だ片手をついたままボールを明智へとはたいてから跳ねるように身を起こす。


 さあ、反撃だ。

 しかし今度はこれまでの酔いどれからボールを奪った後の、敵ゴールに近い地点からの速攻――いわゆる「ショートカウンター」とは異なり、まだスペインのゴールは遠く俺にはマークがぴたりとくっついている。

 その相手はもちろん酔いどれドン・ファンだ。

 どうやらボールを奪われたせいで負けず嫌いに火が付いたのか、光栄にも俺から目を離さずに密着マークするみたいだな。こいつから警戒されるなんて厳戒態勢のVIP待遇は正直嬉しくないぞ。


 日本のボールは明智から左サイドの交代で入ったMFへ回されるが、すぐにまた中央の底で待つアンカーである石田へと戻ってくる。仕方ない、交代で入って来たのは馬場と同様の労を厭わない運動量が持ち味の選手である。

 本職のサイドアタッカーのように自分でドリブル勝負をがんがん仕掛けるタイプではないからな。

 それにドリブラーなら他にもいる。石田もそう考えたのか今度は右サイドへとパスを振った。

 山下先輩が「待ってました」と言わんばかりの輝く笑顔でそれを受け、守りの堅い中央からサイドライン沿いへドリブルで流れていく。その針路と交差するようにDFラインから上がってきた島津は中央へ走り込む。

 うん、まるで波が打ち寄せるように多人数で行われるダイナミックで大きな展開だ。

 組織だった守備が特徴のスペインもこれだけボールが両サイドを行き来し、DFのはずの島津がトップ下の俺の真ん前にいるようなオーバーラップが頻繁に行われる状況では守備のブロックが乱れるのは当然だろう。

 

 俺もチャンスが来たとゴール前へ走り込むが、どうしても酔いどれのマークを外せない。

 彼の未来におけるプレイスタイルはボールを持っている相手でなければチェックは淡泊だったように記憶しているが、どうやら今ここにいるドン・ファンはそうではないらしい。肉体的な接触はないのだが、蜘蛛の巣が絡んでくるように俺へのパスコースを執拗に潰している。 

 その為に味方も俺をパス回しの一員にできず、それ以外のメンバーでボールを回しつつ攻め込んでいるのだ。

 だが、案外俺を使わないのがいい囮になっているのかリズムのいい攻撃が続く。


 山下先輩がサイドを深く抉ると中央へ正確なボールを折り返した。

 ニアサイドへ絶妙のタイミングで飛び込み、その速く低いセンタリングへ足を合わせる上杉。 

 ゴール前を固め、ヘディング争いに備えていたDFはその動きについていけない。駆け引きでノーマークになりワンタッチで角度を変えただけの彼お得意のゴールか!? 

 そのシュートは飛びついたキーパーによって弾き出された。

 さすがはスペインの守護神、今のダイレクトシュートを止めるなんてなかなかやるなぁ。

 コーナーキックになったのをいい事に額の汗を拭い、相手のキーパーを称える。今までの相手だったらキーパーがあの「赤信号」以外だと、得点になっていてもおかしくはないぐらいに良い攻撃にシュートだったんだが。


 やはり少し揺さぶったぐらいじゃゴールは割らせてくれないか。

 俺はちらりとマークする酔いどれに目を走らせるが、今のスペインの危機にも微塵も揺らいでいないようだ。ヤバい。相当集中しているな。こいつをかいくぐって得点に絡むには一筋縄ではいかなさそうだ。

 だけど、このプレイだけは俺をマークしてもあまり意味がないぞ。

 

「おーい、明智。このコーナーは俺に蹴らせてくれ」

「え、あ、はい。いいっすよ」


 コーナーキックは明智がいつも蹴ってるのだが、今回だけは俺に譲ってもらう。ほら、これならマークのしようがないだろう? ふ、酔いどれも「そんなのあり?」って顔をして集中が削がれている。

 よし、この緊張が緩んだ間にさっさと逆転してしまおうか。

 右手で複雑なサインを出す。

 頷く上杉に島津と山下先輩というアタッカー達。他の日本のメンバーは動きがないが、得点力の高いメンバーが揃ってサインを出した後に移動するのだからディフェンスも大変だ。

 そして、動いた奴らは皆それほど背が高くない。ヘディング争いよりもDFを振り切る一瞬のキレが命綱の連中なのである。

 そいつらが全員ゴール前の密集地から数歩下がる。当然ながらノーマークにする訳にもいかずに釣られてDFも数人ついていく事となる。


 俺はその光景を見届けると全力でキックを放った。

 コーナーキックをフルパワーで蹴るなんて滅多にないが、曲がりや高さより速さを追求したセンタリングに見えるだろう。

 攻める側も合わせるのが大変だが、これだけスピードがあると守る側もオウンゴールにならないようにクリアするだけでもタイミングがシビアになる。

 その高速クロスがゴール前に上がった。


 ストレートなように見える軌道から少し下がった日本のアタッカー連中へのボールだと判断したのか、キーパーもDFも一斉に前へ飛び出す。

 そうだ、そう見えるように蹴ったんだからな。

 曲がれ!

 その念が通じたように俺が蹴ったボールがそこからゴール方向へとスライドする。

 回転をかけるようにわざとこすって上げたのではなく、蹴るポイントを中心から僅かにずらして勝手にスピンがかかるようにして曲げたのだ。

 野球の球種で言えばカーブではなくスライダーの軌道と言うべきか、普通のカーブより小さく速く遠くで曲がる。

 その会心のキックは俺のサインによって集まったメンバー、それに釣られたDF、飛び出したキーパーの誰にも触れることなくそのままスペインのサイドネットの内側に突き刺さったのだ。

 一拍おいた後に審判の笛が響く。


「おおおー! 見たか、俺のキックはブレ球だけじゃねーんだぞ!」


 俺は天に向けて大声で吠える。今のは偶然でもなんでもなく、完全に自分の力でコントロールされたゴールだ。さっきのフリーキックなどはポストに嫌われていたが、これでもう誰にもセットプレイからの得点力が低いだなんて文句は言わせねえぞ。

 空を見上げて叫んでいると慌ただしい足音が近づいて来たので、荒い呼吸のままそっちへと顔を向ける。

 身構える間もなく、ゴール前に集まっていた日本の仲間が全員で飛びついてきた。


「ぐはっ!」


 ほとんどラグビーやレスリングのタックルのような勢いのつきすぎた抱きつきで、芝の上に押し倒されて肺の中の空気が絞り出される。慌ててベアハッグしている腕を叩いてギブアップするが興奮のあまり上に乗っている誰も気がついてくれないようだ。


「凄ぇ! やるじゃないかアシカ!」

「ワイを囮にしたのは許さんが、許す!」

「あのアタッカーを下げるハンドサインは全部嘘だったんすね? さすがはアシカっす! 僕は敵はともかく味方までは騙せないっすよ!」

 

 といった称賛の声とやや褒めているのか判断できない言葉などが酸素不足に陥っている俺にかけられた。

 へへへ、背中の皮が痛くなったり息が苦しくなったりと大変だがやっぱりゴールした後は格別だ。ピッチの上で寝ころんでいるのに空を飛んでいる気分だぜ。こりゃ上杉なんかのストライカーがゴール中毒になるのも判るな。

 しかもこの喜びはこれまでの幾つも経験したものより比較にならないほど大きい。

 たぶん参加している大会のグレードが上がるほど、注目を集めるほどにこの高揚感は大きくなっていくんだろうな。準決勝でこれなら、もし決勝でゴールしたらどんな気分になれるのか楽しみだぜ。


 いや、それはこっちを睨んでいるスペインをきっちり仕留めてからの話になるか。

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ