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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第五十三話 立ったと皆で手を叩こう

「よし、後一点ぐらいならワイにパス出せばすぐに追いつけるで!」

「俺は囮にばっかり使われてないか? 先輩なんだからちゃんとアシストになるパスもくれよ」

「僕も前線の左サイドにいるんだけど、攻める時に存在を忘れられてないよね?」

「右サイドを幾度となく駆け上がっている、俺のオーバーラップの労力も失念しないように頼む」


 ハーフタイムにロッカールームへ戻る最中、ひっきりなしに攻撃的なポジションの奴らから声をかけられる。ああ、なんだかそろそろ島津が攻撃陣に混じっていても違和感がなくなってきたな。

 それにしても彼らの意見を要約すると、そのほとんどが「パスをくれ」というものだからその意図は判りやすくはある。声をかけてきた奴は皆、得点したいんだよな。

 

「はいはい。逆転するためにはもう失点しないとしても後二点は必要ですから、最低でもそれぐらいはアシストのパスを供給するつもりですよ」


 俺の返答に各々がよしと拳を握り締めている。

 まあ、まだスペインにリードされているのだが前半の内に一点取り返した事で攻撃陣は完全に士気が回復したな。それにうちの連中は逃げきろうとしての駄目押し弾を狙うより、相手を追いかける後がない展開の方が気合いが入りやすい傾向にあるようだ。

 本当はどっちでも同じぐらいモチベーションを保たないと計算が立たなくてマズいんだが、こんな逆転しようって時には逆境に燃えやすいのはありがたい気質である。


 逆に日本の守備陣に漂う空気はまだ硬い。前半のみで二失点、しかもその元凶がたった一人の相手選手というのだから精神的なダメージが大きかったのだろう。ただその相手というのが世界大会でも最高クラスのファンタジスタというのがこの試合の難しい所なのだが。

 他の勝負所については試合前から準備していたおかげで、俺達の年代では世界最高レベルと評されているスペインのパス回しが相手でも持ちこたえられているのだ。今のところまだ、守りを崩されても決定的なシュートまでは撃たれないようになんとか抑えているという感じだけどな。

 それだけにDF達は失点の原因である酔いどれへの対策に有効な手だてがなく、マークしている俺に頑張って貰うぐらいしかないのが辛そうだ。 

 偉そうに斯く言う俺も、酔いどれを止めるのは一人ではなく明智や石田といった守備の上手いMFのフォローがなければ厳しいんだけどね。


 そんな中ポンポンと手を叩く軽い音がロッカールームに響く。お馴染みの山形監督がチーム全員の注目を集めるための合図だ。


「よし、前半の内に一点を取り返せたのは大きい。これなら間違いなく逆転できるぞ」


 状況を整理して俺達にまずは一息つかせると、それから後半の指示が始まった。


「スペインは後半もこれまでと同様に中盤で回すパスサッカーのプレイ内容は変えないはずだ。あいつらは中盤でボールキープし続けるのが異常に上手いからな。駄目押しを狙ってくるだろうが、それができなくとも引いては守らない。

 自分達のゴールから遠い場所でボールをキープすれば敵に攻められる危険が少ないというのが奴らの哲学だ。追加点を狙わずに試合を終わらせようとする場合でも、必ず自分達でパスを回す事によって時間を経過させようとするはずだ。だから、基本的な対応はこれまで通りの戦術で構わない」


 リードされてるくせにやけに余裕たっぷりな台詞だ。ただその左手が胃の辺りを抑えていなければもっと説得力があったんだろうが。

 とにかく痛んでいるであろう胃を抑えている手以外、表面上は何一つ心配してない計算通りだと言いたげな様子のまま監督は続ける。


「ただ酔いどれにボールが渡った場合は、アシカがマンツーマンにつくだけじゃなくてその後ろに石田や明智のどっちかが必ずフォローに行け。今日のあいつは間違ってもフリーにしちゃいけない相手だ。アシカを信用してない訳じゃないが、できるだけ失点に繋がるリスクは避けないといけないからな。

 それとDFは絶対にラインを下げるなよ。中盤との間をコンパクトに保ってスペースを消していないとスペインの高速パスワークには対抗できない。苦しくなっても真田はDFのラインを上げ続けるんだ」

「判ってます」


 真田キャプテンはしっかりと頷いた。これ以上の失点を防げるかどうかは判らないが、彼の真剣な表情ときっぱりとした口調から察するとすでに後半も厳しい戦いをする覚悟は決まっているようだ。

 どうやら敵の猛攻に耐えきれず、ズルズルとラインを下げていってスペインの素早いパス攻撃で蹂躙されるという最悪の展開にはならなさそうだと胸を撫で下ろす。

 となると守備での一番の問題は俺が酔いどれを止められるかにかかっているのか。

 ふむ、そうだな。幾つかアイデアが浮かんできた。


「ちょっと石田さん、酔いどれ対策を今の内に決めておきましょうか」

「ああ、あいつの対応を全部を俺に丸投げするとかじゃなきゃ相談に応じるぞ」

「……それも悪くないですね」

「おい!」


 俺の冗談に石田は顔を引きつらせる。嫌だなぁ、貧乏籤ならともかくそんな美味しく楽しい仕事を押しつけるわけないじゃないか。

 うん、それにしても試合前に僅かにあった優勝候補や世界の強豪と戦うという気後れは一切なくなっているな。

 騒々しいがリードされているのを忘れるぐらい日本代表のロッカールームは活気に溢れていた。



  ◇  ◇  ◇


「さて前半はスペインと「酔いどれ」ドン・ファン選手の活躍によって二対一と日本代表にとっては少し厳しい結果になっていますが、松永さんはご覧になってどう感じましたか?」

「そうですね……」


 興奮のせいかやや早口になっているアナウンサーに対し、松永は逆に余裕がある様子だ。実況席の椅子には背もたれがないにも関わらず、深く腰掛けているようなゆったりとリラックスした態度で返答する。


「やはりスペインの「無敵艦隊」は優勝候補の看板に偽りなしという事でしょうか、戦力的には日本を上回っているようですね。山形監督は勇敢にも攻め合いを選んだようですが、それが裏目に出て中盤の厚みと技術の差でかなりの時間帯でボールを支配されて押されていました。特に今日は向こうの「酔いどれ」が調子良さそうなのが痛いですね。その乗っている相手とマッチアップしている足利が止められなければ、これから何点取られるか判りませんよ。ま、私の見立てではあの酔いどれはちょっと止められそうにありませんが」

「そ、そうですか。なぜか松永さんが敵のエースを止められないと言った瞬間に、実況席の空気がほっと緩んだような気がしましたが実に不思議です。それはともかく、足利選手がドン・ファン選手を止められない理由がなにかあるんでしょうか?」


 和やかになった実況席の雰囲気に僅かにむっとした気配を滲ませ、松永はアナウンサーの質問に答える。


「ええ、ここまで二人のマッチアップは他者の影響が少ない一対一の状況で行われています。そうなると二人の間に圧倒的なスピードやパワーの差がない場合は技術とセンス、そして一対一での経験に勝敗は左右されるんですよ。

 やはりそうなると物心ついた頃にはすでにストリートでサッカーボールを蹴っていたという酔いどれの方が優位なのは動きません。足利も才能がある選手だとは思いますが、いかんせん彼がサッカーを初めたのは小学三年とスタートの時期が少し遅かった。そして最初からチームスポーツとしてのサッカーを学んでいるんです。ストリートでまず一対一を遊びながら覚えた相手にその得意分野で勝負するのは無謀です」

 

 松永の説明は理が通っている。もし、スピードもパワーを考えずに純粋にテクニックのみで戦う一対一のコンテストでもあれば、酔いどれドン・ファンはこの十五歳以下という年代なら間違いなく世界チャンピオンになれるほどの逸材だからだ。

 ただ、解説者である彼の関知しない事柄がいくつかあったのである。

 まず一つは足利の経験が松永の調べたそれと一致していない事。これは仕方がないだろう、何しろ怪我で途中で断たれてしまったとはいえ選手生命一回分のサッカーを経験した後でやり直しているとは想像もできないからだ。

 次に松永が知らない点として、足利は実況席の誰よりも酔いどれの事を詳しく――ある意味酔いどれ本人よりも知っていると言える点だ。

 未来の酔いどれがこれからなるはずの成長した姿を目に焼き付けていたのだから、ビデオでチェックしたとはいえ参考になるデータがあまりなかった酔いどれよりも足利の方が相手に対する情報量では圧倒している。己と敵を知れば百戦危うからずだと胸を張る割には、すでに酔いどれを相手にしたマッチアップで足利は何度か負けてはいるがこのアドバンテージも大きい。


 そして一番の問題はこの大会で松永がした予測は悉く外れているのを、まだ彼自身だけは「そんな事ない、ちょっと外れたのを私を嫌いな奴がネットなどで大げさに叩いているだけだ」と絶対に認めようとしていなかった事なのかもしれない。

 だから余計に彼の中の常識に当てはめてはムキになって予想を立て、それがまた外れてしまうという悪循環をもたらしているのである。


「でしたらやはり日本代表は不利だと?」

「ええ、頑張ってほしいのですが一点とはいえリードされた状態で後半に突入し、こちらのストロングポイントである中盤の力はスペインが世界一なのです。どうしても不利なのは否めないでしょう」


 もちろん、日本代表を応援しているのですが……、と松永が続ける前に彼にとっては不愉快な事にコメントが終わるとほっとしたような安堵の空気が実況席を覆った。


 そして彼の知らない所では多くの日本人に「これまで通り予想が外れるのを信じてるからね、松永~」などと画面越しに声をかけられていたのだ。

 日本の不利を伝える松永の言葉に、サポーターはなぜか逆転の可能性の高まりを感じて安堵の吐息を洩らしているのだからある意味最高の解説者なのかもしれない。 

 この予想と逆の目が出る現象は「安心の松永クオリティ」とネットでは呼ばれ、実況を反映している掲示板などでは「日本の逆転するフラグが立った、立ったよ!」と元アルプス在住だった少女の友達が車椅子から立ち上がった時のような喜ばれ方をしているのを、まだ日本代表の前監督は気がついていないのである。

 まあ、知ったからといって誰も幸せにはなれない情報ではあるのだが。

 

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