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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第五十二話 激励のお返しをしよう

「今の失点は言い訳しようがないぐらい、全部酔いどれに抜かれた俺の責任です」


 まずはしっかりと自分の落ち度を認めた。だが謝ってる態度じゃないと自覚できるぐらいに歯を食いしばり、拳を握り締めてチームメイトへ向けて目をぎらつかせるという形相である。


「でももう二度とあんな無様な抜かれ方はしないので、今の作戦を絶対に変更しないでください」

「おお、凄い自信っすね。僕はアシカのへこみ方からすると、もうこの試合では使いものにならないかと思ってたっす」


 さらりと残酷なことを告げるのは、俺が酔いどれに手を貸されるまでは呆然と尻餅をついたままだったのを知る明智だ。


「ああ、さっきみたいな尻餅ついとったままで涙目のアカン状態が続くようやったら、アシカの代わりにワイが酔いどれの相手に立候補しよう思ったで」

「いや、上杉さんは一対一の勝負をするようなドリブラータイプじゃないでしょうが」

「そやかて、自信なくした奴よりはマシやろ思てたけど、案外に立ち直り早いもんやな」

「それが取り柄ですからね。例え死んでも復活してみせますよ」


 さらりと本音を混ぜてしまったが、MF同士の話にもしゃしゃり出てくるうちの点取り屋を相手にするのには手を焼く。こいつはゴール前でしか役に立たないんだから、中盤で酔いどれとマッチアップするなんて余計な事は考えないでほしいものだ。


「上杉は余計なことをせず、敵ゴール前で張ってろ」


 俺が言いたいことをズバリと代弁してくれたのは、いつもは穏やかな真田キャプテンである。

 さっきまでベンチ前で監督の傍らにいたのだが、指示を聞き終わったのかセンターサークル付近のこっちにやって来たのだ。


「……ずいぶんな言い種やな」


 拳を固め剣呑な雰囲気を漂わせ始めた上杉に、真田キャプテンは事も無げに「――と山形監督が言っていた」と続ける。

 どうやらさっきの言葉は監督から上杉に対する指示を伝えただけらしい。それを理解したチーム一喧嘩っ早い少年も気が抜けたように「さよか」と手持ち無沙汰になった拳を開いて髪を逆立てている頭をかく。


「明智についても、船長だけでなくもっと酔いどれへの注意とフォローをするように。後その警戒する分だけもう少しポジションを下げろってさ」

「了解っす」


 明智にも監督からの指示を伝えると、真田キャプテンが俺の方へ顔を向ける。

 もしかして、酔いどれとマッチアップはやめろとかカウンター戦術に切り換えろとか言われないよな。監督からの命令が戦術変更ならばそれでも従いたくないという感情と、一対一で完全に破れてしまったのだから従わざるえないという理性がせめぎ合い身構えてしまう。


「アシカは笑え」

「は?」

「酔いどれに抜かれてからずっと厳しい顔をしているって言ってだぞ。まあ確かに今もほらしかめっ面をしているよな。でもお前は笑っている時が一番リラックスしていいプレイができるから、一回抜かれたぐらいで笑顔をなくすなとさ」

「はは」


 監督から予想外の指示にさっき酔いどれの言葉の意味を知った時と同じ笑い声が漏れる。だが今度はあの時のように乾いた自虐的ものではなく、暖かく潤った心から素直に溢れ出るものだった。

 なんだ意外と信用されてるじゃないか、俺って。


「うん、アシカはそのぐらい相手を舐めてた方がいいっす」


 明智までもが「初対決の時はPK戦まではずっとアシカが笑ってたせいか、もの凄く手強くてやりづらかったっす」と太鼓判を押してくれる。

 よし、安堵して頬を緩ませたら体から無用の強ばりまでも抜けた。さっきからずっと握りっ放しで爪が食い込んでいた拳も自然と解けてるじゃないか。リラックスしているとはまだ言いがたいが、十全に力を発揮できる状態だ。

 つい先刻までの酔いどれへのリベンジに囚われすぎて、がちがちに入れ込んで体中の筋肉が堅くなったコンディションとは雲泥の差である。

 

 ――イギリスの名物料理を食べさせたり、胃薬を必要とさせたりと山形監督にはいろいろ迷惑をかけているんだ。せめてピッチの上でだけは楽にしてやらないといけないよな。

 もう一度深呼吸をして意識的にさらに体の力を抜くと、ベンチに向かって指示された通りにできるだけの笑顔を作っては心臓を叩く。あんたの言葉がちゃんと胸に染み込んだぞというメッセージだ。

 監督も同じ仕草で返そうとしたのだろうが、その際に最後のジェスチャーで抑えた場所が胸ではなくお腹の辺りになっているのが泣ける。早めに点を取り返して負担を減らしてやらないとそのうち胃に穴が空いてしまいそうだ。


「すぐに逆転するぞ!」


 俺が叫ぶと再開に備えていたスペインの選手達は驚いたような顔を一瞬したが、すぐにそれは苦笑に変わる。

 おそらくあいつらは日本語の意味は判らないなりに「酔いどれに抜かれた負け犬が虚勢を張って遠吠えをしている」ぐらいにしか感じていないのだろう、だがそれでいい。俺の実力をこいつらに見せつけるよりも試合に勝つほうがずっと重要だ。その為には侮って油断していてくれた方が攻略するには都合がいいからな。

 それに、今俺が見返したいのはお前だけなんだ酔いどれのドン・ファン。ちょっと待っててくれよ、すぐにお前にも俺が味わったのと同じ敗北感をご馳走してやる。

 再開のホイッスルを聞きながら、俺は酔いどれに対してそう心で語りかけていた。



 再開後もスペインは中盤での激しいプレスと高速のパスワークは変わらなかった。

 二点も取ったのだから、こいつらも少しぐらいはペースダウンしてくれるんじゃないかという期待は甘かったようだ。いや、想像するのも怖いが相手にとってはこれぐらいが通常のプレイなのかもしれない。

 だが、その中で一つだけ付け込めそうなポイントがあった。

 俺に関するマークが緩いのだ。

 もちろん敵のゴール前へのパスコースの遮断などはきっちり行われているが、後ろに酔いどれが張り付いている場合は他の選手は集まってこない。おそらく意図的に彼が俺と一対一をしやすい状況を作っているのだろう。

 一人だけでも組織だってプレッシャーをかけなくていい相手がいると周りも足を止めて息がつけるし、また酔いどれがボールを奪えればすぐにカウンターのチャンスに備えられると俺は放置されているようだった。

 これは俺と酔いどれがマッチアップすれば、絶対に彼が勝つと決め込んだ作戦である。

 舐められているのに腹が立つが、若干頭に血が上るのを自覚しつつも必死にクールになれと呪文のように呟いては対応策のタイミングを計る。

  

 何度か来たパスを強引に前へ進めようとはせずに左右へと散らしながら辛抱を重ねていく。

 俺だって攻撃したいが、敵ゴールの方を向くと酔いどれが「待ってました」とチャージをかけてくるのだ。この時間帯にボールを奪われてもう一点取られてしまえばそこで試合が決まってしまう。少しでも作戦の成功率を高くするためには、ここは我慢の一手である。

 こうしている間にも少しずつ日本は押し込まれ、形勢はリードしているスペインの有利に傾いていく。

 腹の中がじりじりと焼かれるような焦燥を抑えつつ、じっとチャンスという獲物が来るのを熟練の狩人のように息を潜めて待つ。


 あまり気が長くないと自覚している俺がいい子にしていたご褒美なのか、人の集まりと動きが狙っていた物にほぼ重なるグッドタイミングがやってきた。

 ここでマーカーの酔いどれから距離を取るように少し位置を下げる。同時に中央の底やや左の位置でボールを持った明智に特別な注文をつけたパスを要求し、右サイドの山下先輩と島津には「上がれ」とサインを出す。上杉はここでは無視だ。あいつは勝手に動いてくれた方が下手に命令するより決定率が高くなる、生粋の肉食獣だからな。


 明智からふわりとした浮き球のパスが、俺の隣で高くバウンドして前方のピッチへ跳ねる。

 その軌道と交差するようなコースをとって走り出す。さすがは明智である、この柔らかく山なりになったボールは要求通りだ。これならイメージ通りのプレイができる。

 距離的にはどうやっても酔いどれよりも俺の方がこのパスには早く追いつく。そう考えたのだろう、酔いどれが停止して待ちの体勢に変わった瞬間の事だ。俺は急加速してまだ宙へ浮いているボールを追い越した。 

 酔いどれからしたら俺が彼との一対一から逃げてボールをスルーしたように見えたはずだ。

 パスがそのままのコースをたどれば、丁度俺の合図でそこへ移動してきた山下先輩や島津に渡りそうなルートを辿るのがその予測に拍車をかける。

 舌打ちしそうな表情で酔いどれはボールを通り越した俺を一瞥以外は無視し、その背後に隠れたボールをカットしようとする。その行動は動きかけた時点で再び足を止めざるえなかった。

 俺が抜かれた時同様、あいつは思ったはずだ。あるはずのボールが消えたと。


 俺は併走していた浮き球を追い越すと、走りながらボールの落ち際をヒールでひっかけてその軌道を変え自分の前方へ飛ばしたのだ。

 しかもその一連のアクションを酔いどれに見えないようボールが背後に隠れた状態の時に、ばれないようにノールックでだ。

 博打に近いトリックプレイだが、このぐらいしなければ酔いどれを抜くアイデアがなかったのだから仕方がない。

 

 おそらく相手の酔いどれもこんな技を使われるのは初めてのはずだ。

 ストリートの狭い場所ではこんなにスピードに乗って大きくスペースを使うヒールリフトはやれない。また普通のピッチでサッカーをするようになれば、こんな馬鹿げたプレイをする選手もそういないだろう。

 傍目からはかなり分の悪い賭けに見えるだろうが、鳥の目を持ち後ろからのボールの来るタイミングを計れる俺ならば勝算は十分にあった。

 それにハイリスクなプレイだったからこそまたリターンも大きい。

 ほら、敵にとっても酔いどれが一発で抜かれるのは想定外だったのか自由に動けるフリースペースが彼の後ろにはあったのだ。

 組織的なディフェンスが持ち味のスペインが相手なのだから、例えそれがほんの僅かでもノーマークの状態で動ける敵陣のスペースは俺にとって黄金のように貴重な時間と場所である。


 だが、それでもいち早くスペインのキャプテンマークを着けた奴が接近してきやがる。さすがにスペインのキャプテンともなると危機への反応が俊敏だ。これでは雨のアメリカ戦のように二・三度とリフティングをして都合のいいポジションへ移っている暇はない。

 落ちてくるボールをダイレクトで撃つのが最善の選択肢だろう。

 俺の現在地はスペインゴールからやや遠目の正面から少し左である。角度とタイミングからして左足で撃つしかないな。本来なら利き足の右に持ち変えたい所だが、凄い勢いで間合いを詰めててくる「船長」フェルナンドはそれを許してくれるような甘い相手ではない。

 なあに、こんな事もあろうかと俺は利き足ではない左足も鍛えてきたんだ!

 新発明を発表する科学者のような感想を漏らしつつ、左足を一閃させる。

 心地よい抵抗感を残して、ボールがスペインゴールへ向けて放たれた。

 落ちて来るボールを左足のボレーでアウトサイドに引っかけて撃った――つまり通常より足の小指側で蹴ったのだから回転がかかり、蹴った当初は外れたかに見えるゴールの枠に向かっていい角度でスライドして行く。


 しかしスペインのキーパーも対処が速かった。さすがは強豪国の守護神である。自分達のエースが抜かれたという動揺も最小限に抑えて、すぐに精神的な再建を果たして俺のキックに飛びつこうと反応する。 

 だが、それ以上に動き出しが速い者がいた。

 酔いどれが抜かれた事によるディフェンス陣の刹那の集中の乱れを感じ、得点の臭いがする場所へ常に顔を出すハイエナのように貪欲な日本のゴールゲッターだ。

 一瞬足が止まったDF達の裏へと走り抜けると、ミサイルのように飛び込んでのダイビングヘッドを敢行する。

 ほとんど打ち合わせなどしていない、ぶっつけ本番のコンビネーションだが上杉のヘディングは見事に俺のシュートのような速いパスを額で捉えた。

 その結果俺のキックをシュートだと判断して動き出していたキーパーは目を見開いて、上杉の弾丸ヘッドによってゴールネットが揺れるのを確認するしかなかったのだ。

 

 よし!

 俺はまた右拳を力一杯握り締めてガッツポーズを作るが、今度はまったく痛みを感じない。血が滲んでいるのに我ながら現金な痛覚をしているとは思うが、これはゴールした後の紅葉が映える背中の痛みが軽いのと同じようなものか。

 さてとりあえず、本来ならば真っ先にやるべき祝福は後回しだ。

 勢いをつけすぎて跳躍したせいでお腹を打ったと呻いている上杉にはもうちょっと後で御機嫌伺いをすればいいだろう。

 あいつも「アカン、レバーにいいの貰った時みたいや」なんてとぼけたコメントできるぐらいだからきっと大丈夫だろう。

 あれはたぶん本気で痛がっているのではなく、俺の観察眼では上杉は背中に紅葉をつけられるのを嫌がってダメージを過大に周囲に晒しているように見えた。仰向けになって腹を押さえているあいつの体からは「腹が痛いんやから背中に触るんやないで」と無言のアピールをしているような雰囲気が立ち上っている。

 いや、もしかしたらそれだけでなく自分をマークしているスペインの相手DFに対してもダメージを喧伝する事でこの際に少しでも油断させようとしているのかもしれないが。得点を取るためならなんでもする抜け目のない奴だからな。


 でも俺にはまだ上杉の元にいく前にやらなければいけない事がある。

 ゴールの騒ぎに背を向けると歩を進める。

 ああ、ここにいたか。こっちを睨むような目で口をへの字にしているスペインが誇る童顔の天才に肩を叩いてほほ笑みかけた。

 せっかく得点したんだ、さっきの返礼として酔いどれに対して俺もこれだけは上から目線で言い返しておかなくては。


ブエナ・スエルテ(頑張れよ)


 ってな。

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