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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第五十一話 強く拳を握りしめよう

 俺は酔いどれとの戦いに邪魔が入らないのを驚きつつも喜んでいた。

 来るなと指示した日本の仲間はともかく、リードしているスペインがわざわざリスクのある一騎打ちに乗ってくれるかが不明だったからだ。

 それでも酔いどれに任せたって事は、よほどこいつを信頼しているのだろう。

 スペインのような強国にそれだけ信じられている相手の力に対して鳥肌が立つが、逆に言えば俺が勝てばそれだけ敵チームに与える精神的ダメージもでかいって事になると自分を励ます。


 なんにしろ、邪魔が入らない二人だけの戦いになるのは望ましい。不確定要素が少なくなればなるほどこいつの動きの予測がつきやすいからである。

 動画によく映っている名プレイってのはどうしてもゴールした場面かドリブルで相手を抜くシーンが多く、パスの場面は少ないからな。ここで第三者へのパスがないと断定できるなら酔いどれとの勝負に集中できるのだ。

 また開幕の時のような虚を突いたロングシュートに関しての心配も、今みたいにキーパーどころかピッチ上全ての選手に注目された状況では必要ない。

 うん、つまり後顧の憂いなしで一対一に専念するための最高の舞台なのだ。


 センターサークルのど真ん中で俺を迎え撃つ酔いどれの前にボールを差し出す、と見せかけて蹴り足がボールを追い越してのエラシコで切り返す。

 む、やはりついてくるか。

 ならば左肩で相手をガードしつつ右から抜く、と思わせての軸足の後ろを通すクライフターンは……くそ見破られてたか。

 俺の技はこれまで以上に最高のキレを見せているんだが、それでもこの酔いどれを振り切れない。

 と、しまった! 次の一瞬だけボールを止めて跨ぐ動作がフェイントとばれたのか、酔いどれにボールを奪われてしまった。

 こっちが右足を動かしたらお前の動きもシンクロして追随していたくせに、フェイントに引っかかったんじゃないのかよ。俺の初動からワンタッチめがフェイクになると読んでいたのか?


 ボールを取ったら、微塵も躊躇せずそのまま俺を突破しようとする相手に少しだけ感謝と尊敬の念を抱く。

 よし! 酔いどれが向かって来るのならまだ挽回できるはずだ。パスで組み立て直しなんかせず、この酔いどれも俺を一対一でねじ伏せようとしてきたのだからな。きっとお前の負けず嫌いな性格からしてそうくると信じていた。

 それに、俺を抜きもしないでピッチ中央のここからのパスならばゴールにまでは直結しない。中盤へバックパスで逃げる手もあるが、そこからのディフェンスは石田なんかの汗かき役の仕事としてとりあえず今は脳裏から消そう。でも、この「酔いどれ」ドン・ファンが敵に背を向けるとは思えないけどな。

 さあ、抜けるもんなら抜いてみろ。

 俺が誘いの隙を見せると、そこに食いついて来た! けどそれはフェイクだよね? ほら、お前の右足は踏み込んでいるけれど重心は後ろに残ったままだ。

 なら、当然次はそれに反応させて逆を突く酔いどれの得意技だろう? ごめん、でも実は俺はその技は初見じゃないんだ。これまでの相手みたいに一発で突破できると甘い考えは捨ててもらおうか。

 このタイミングでステップを踏んでボールにチャージすれば……、よし奪取成功。

 

 奪い返したボールを仲間に託すという考えは頭に浮かびもせず、再び酔いどれとの勝負に没頭する。

 俺が毎朝イメージトレーニングで一対一をする相手の中に、カルロスと同様酔いどれも入っている。そのせいかこれほど手が合うというか、マッチアップが噛み合うとは思っていなかった。

 どんどん自分と相手の動きにキレが増していき、フェイントは鋭く、踏み込みは速くなっていく。


 ――しかし、その均衡が破れる時がやってきた。


 右から来ると反応しかけた俺の体が停止する。確かに酔いどれの突破しようとしたコースは右からだ。だがボールはどこへ行った? 

 試合中にボールが見えなくなるのはさほど珍しいことではない。

 敵味方の体が障害物になって見えなかった、シュートやパスが速すぎて目の動きが追いついていかなかったなど理由は色々ある。

 だが、ボールが今どこにあるのか判らないというのはそれとは別次元の問題だ。

 俺がボールの行方を完全に見失ったというのは、やり直してから初めての体験になる。

 これまではどんなに速い動きでも、俺の鳥の目で脳内のイメージ画像ではっきりと捉えていたからである。

 

 マズい! 動揺した瞬時の隙を突かれ、酔いどれが俺を抜きにかかる。だがボールは……どこなんだよ! その時、ようやく見つけたのはちょうど俺の股間を通り過ぎていった所だった。

 嘘だろう? どうやっていつの間に股抜きなんかをしやがった!?

 そんな仕草はしなかったはずだし、こいつのプレイ集でもこんなタイミングと動きで股抜きしたのなんかお目にかかった事がないぞ。

 俺に見えないようにヒールで触ったのか? それとも回転をかけてボールを動かしたのか? もしくは死角に隠した後ろ足の爪先でトーキックか? 未来の技術を含めた俺の知識でさえ、今の酔いどれのプレイがどうやったのかまだ理解できない。

 理解できているのは今、俺が一対一の戦いに敗北しそうだってだけだ。

 無理に足を閉じてボールを止めようとするが、そのブロックよりも一瞬速く体の真下をすり抜けていく。


「くっ」


 急な体勢の変更に耐えきれずにバランスを崩して、俺は芝に尻餅をついてしまった。倒れる前に相手をつかんで立ち直ろうにも、ドリブルで抜いた酔いどれはすでにここから遠ざかりつつあったのだ。

 痛みより屈辱に顔を歪めて振り向くと、酔いどれから展開されたボールがさらに日本陣内を侵略する姿が映った。


「頼む、誰か止めてくれ」


 俺の口から、哀願する口調で言葉が漏れる。

 


 俺を振り切った酔いどれは、周りが遠巻きにしていたその少しだけ無人のスペースを生かして一気に加速する。

 こんな奴がすでにトップスピードに乗った状態で突っ込んでくるのだ、一人で止めるのは無理と判断したのだろう。石田と真田キャプテンという、うちのディフェンスで二大貧乏くじを引く役目の人間がコンビを組んで立ちはだかった。

 だが、なぜかここであっさりと酔いどれがボールを手放す。

 俺とあれだけ一対一に執着していたにも関わらず、急に興味を失ったように淡泊なボール離れだ。

 それが一層の混乱を日本ディフェンス陣へ引き起こした。

 俺と石田に真田キャプテンという日本の背骨に当たる中央のラインが、全部酔いどれに引きつけられてピッチの真ん中に固まってしてしまっている。

 しかも、相手スペインの攻撃的ポジションの選手達は酔いどれが俺を抜いた瞬間に「待ってました」と、全員が事前に決められていたのだろうフォーメーションでの速攻の動き出しをスタートさせているのだ。

 守備の中心人物は誘い出され、スペインの他の選手の息のあった一斉の動きも捕捉しきれない。

 こんな状況でまともなディフェンスができるはずもないだろう。 

 ――だから酔いどれからのパスを素早くFWがリターンし、それを受け取った「船長」フェルナンドの豪快なミドルシュートによって追加点を奪われたのは守備陣の責任ではない。


 俺のせいなのだ。


 尻餅をついたまま呆然と日本ゴールの中を転がっているボールを見つめていると、その視界に差し出された手が。

 少しだけ放っておいてくれればいいのにと罰当たりな感想を思いつつ、差し出されたその手の主を見上げる。

 視線を上に動かすとそこにあるのは満面の笑みを浮かべた「酔いどれ」ドン・ファンの姿だった。

 こいつは子供特有の無邪気な残酷さで、たった今叩きのめしたばかりの相手に「大丈夫か? 立ち上がれよ」とばかりに手を出したのだ。

 反射的に払い除けそうになった自分を抑え、せめてもの意趣返しに力一杯握り返しながら立ち上がる。

 その反動で軽量級の酔いどれがふらつき、二人共また尻餅をつきかけたのはご愛嬌だろう。

 こいつは身長や体重などを含め、俺とフィジカル面においてはほとんど差がないのだ。それなのにこれほどに実力差があるのかと思うと貧血でもないのに視界が暗くなる。


 おそらくさっき俺を抜いた技にしても、たぶんこいつが試合前から準備していたのではなくこの場でとっさに出たアドリブの技なんだろう。俺は事前に蓄えたデータを頼りしすぎて、この天才の閃きについていけなかったのだ。

 ――これが俺のようなやり直しによるまがい物ではなく本物の才能って奴かぁ。

 唇を噛み締めながら俺が自分の足で立ったのを見届けると、彼はなにやらスペイン語で呟きながら肩をぽんと軽く叩いて去っていった。

 いや、スペイン語で話されても俺は判らないんだがな。

 とりあえず聞き取れた単語だけをスペイン語も堪能だと聞いてた明智に質問する。 


「今の酔いどれが言ったブエナ・スエルテって単語の意味判りますか?」

「確かスペイン語で……頑張れって意味だったはずっす」

 

 はは、そうか。明智の答えを聞いた俺の喉の奥からは乾いた笑い声しか出てこない。

 無意識に握りしめていた酔いどれに助け起こされた右手を開く。掌には跡が残りそうなぐらい爪が食い込んでいるな。

 ……ああ、そうか、なるほど。

 俺は一騎打ちで負けて無様に尻餅をついた上に日本の失点の原因になり、挙句の果てには自分を抜いた酔いどれに助け起こされて「頑張れ」と励まされた訳か。



 もう一度、今度はもっと強く血が滲むほど右の拳を握りしめた。

 舐めるな。


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