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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第五十話 時代遅れの騎士になろう

 俺達が代わって世界一の中盤になってやると意気込んでみたものの、やはりスペインの経験豊富で組織だったMF達を攻略するのは一筋縄ではいかずに手こずってしまう。

 この大会随一――つまり俺達の年代では世界一と評される中盤なのだ、全てにおいてレベルが高いのは承知していた。だが、実際に体験してみると最も厳しいギャップを感じたのは日本とスペインとの絶対的なスピードの差である。

 彼らは攻守における一つ一つのプレイが早いのだ。


 いや、行動する速度が肉体的に速いのではない。単に反射速度だけならばアフリカ系選手の方が優っているだろう。だがスペインの選手達は次に自分がどう動くべきかという判断が速いために、プレイへの初動と一歩目のスタートが早いのだ。

 その一歩分の猶予を持って敵に先んじているおかげで、彼らはボールを淀みなく展開するのを可能にしている。ちょっとだけ敵より先に動けた分、パスやマークの受け渡しといった基本的なプレイが正確になる。そしてそれがスペインの選手にまた余裕を与えて、さらに落ち着いたプレイが出来るといった好循環が生まれている。

 結果としてスペイン代表だけが連鎖的にアクションのスタートがどんどん早くなっていくのである。

 しかし相手がそのスピードアップにはついていくのは至難の業だ。

 こっちには迷う間すら与えてくれず、スペインはさっさと次から次とアクションを続けている。そういう展開が続くと相手はスペインの後追いをしているだけの間抜けな案山子になってしまう。

 日本としてはいつものように中央で敵の穴を探るパス交換をしようとするだけで、ゴール前へのアシストパスを通そうとする時のようなシビアな精度とタイミングを要求されるのだ。

 当然そんなぎりぎりの集中で渡ろうとする綱渡りは長続きはしない。シュートどころか前線の上杉などに届く前にあえなくカットされスペインのボールとなってしまう。


 だが、スペインの攻撃もまた日本の必死のディフェンスを突破できないでいた。中盤は豪華だが、スペインには一人でDFラインを破ってゴールを決められるような傑出したストライカーはいない。

 いや、パサー揃いで技巧派を集めた敵の中盤構成からすると、強引に突破するタイプよりパスの受け手や出し手として優秀な人材の方がスペインの戦術にマッチする。監督がそう考えて上杉のようなすぐに撃つシュータータイプよりゴールに拘らずパスやアシストが上手いタイプのFWをスタメンに選択したのかもしれないが。

 なんにせよ、ボールを自分達がキープする事を好むスペインはリスクが高いパスはそうそう出してこないのだ。だからこそまだ日本の守備が開幕直後の一点だけの失点で持ちこたえられている。


 今はまだ試合の序盤で、俺達も体力を気にする必要がなく集中力が途切れないでいるからスペインについて行けている。

 スタミナが十分なおかげで中盤が完全に崩されないうちはいいが、このままハイペースでのパスサッカーをお互いに続けて消耗戦になっていけばどうしてもこの早いテンポに不慣れな日本が不利になってしまう。それはこの十分間で身に染みて理解できた。

 これまでスペインと当たったチームも中盤のプレスのかけ合いでは互角に戦えないと感じて、引いて守るカウンター戦術へと方針転換をしたんだろう。

 だが俺は、いや日本代表はそう素直に負けを認めるほど従順ではない。


 最終ラインの真田キャプテンが上手く体を入れて相手FWへのボールを奪うと、素早くそしていいタイミングで俺へと渡してくれたパスを反撃のきっかけにする。

 いつもは石田や明智といったもう一つ下のポジションを経由するのだが、今回はそこを飛ばして目の合ったトップ下の俺への直通のロングパスだ。一段跳ばしが功を奏したのか、アイコンタクトを受けた俺の移動の成果かまだマークが甘い状態の俺へとボールが来たのだ。

 こんなチャンスはめったにない。これまでの試合中はほとんどの場合がボールが来た瞬間、いや下手をしたらトラップする以前から敵に囲まれていただけに今の周りに敵がなくプレッシャーのかからない状態が心地よい。

 そして、これで酔いどれとの一対一をやれる舞台も整った。


 俺はこのスペインが誇る天才が未来で成長した姿でプレイしているのをすでに見たことがあると言ってたよな? 当然ながら、彼の特徴も得意な技も全てはっきりと覚えているのだ。

 ある意味酔いどれと呼ばれる選手の完成形を知っているのだから、それよりも幼くまだ未熟で引き出しの少ないこの時点でのドン・ファンに負ける要素はない。

 だからこそ彼と直接対決できる状況に拘ったのだ。

 スペインの攻撃の切り札である「酔いどれ」ドン・ファンはいつかインタビューで「少年時代に一対一で負けた経験がない」と答えていたはずだ。当然スペイン代表の奴らも練習などの際にこの天才に一対一を挑んだが敵わなかったのだろう。だったらこれが酔いどれに刻まれる最初の一対一での敗北となるはずなのだ。

 初めて一騎打ちに負ける酔いどれはもちろん、こいつの才能を知っている分だけスペインのショックも大きいだろう。その動揺に付け込んで、酔いどれを抜いた勢いを削がずに速攻で襲いかかり一気に同点に追いつく!


 俺は仲間に「任せろ」とフォローを必要としないという意味のハンドサインを出し、酔いどれの待ち構えているセンターサークルに向けて突進した。


  ◇  ◇  ◇


 画面の中では足利とドン・ファンがちょうどセンターサークルの中に二人だけの世界を作って対峙していた。その間では小刻みにそして不規則にボールが動く、複雑な駆け引きとフェイントの応酬を絶え間なく行われている。

 ボールを跨ぎ、インサイドで転がし、アウトで戻すと、次は足裏で引きずる。ボールは忙しそうに跳ね回り一瞬たりとも止まらない。

 二人共忙しそうにステップを踏んでは肩を落とし、手を振って、顔は常に抜くコースを探すように左右を見渡しているが、その行動のほとんどが相手に対するフェイントだ。

 会場の両国サポーターとイギリスの観客も、日本とスペインの二人のちびっ子テクニシャンのマッチアップに大きな歓声を上げている。

 そんなピッチ中央での激しい争いに、日本の実況席からは松永の声だけが二人の戦いに重なった。


「お互いのトップ下がピッチの真ん中でワンオンワンをするなんて全くナンセンス極まりない。こんな事は近代サッカーではまずありえませんよ! 近代化されて組織が整備されればされるほど攻守どちらのフォローもすぐにやってくるからです。

 どんなスター選手でも狭いスペースで組織的に襲いかかればボールは奪える。量は確実に質を凌駕するんです。なのになんでこのピッチの一番目立つところで二人のゲームメイカーが一騎打ちしているのに他の誰も参加しないんですか!」


 怒ったような松永の解説は珍しく的を外していない。だが、幾つかの前提条件が異なっている。

 この場面だけで考えれば松永の意見は理にかなっているのだが、両チームともこのマッチアップはこの場限りのものではなく今後の試合の流れを決めるための対決と捉えているのだ。

 足利は向こうのエースである酔いどれを倒すことで日本に勢いをつけるために一人で抜くことに拘り、スペインに至っては本人だけでなく仲間も端から酔いどれが抜かれるはずがないとフォローに行く必要性を感じていないのだ。

 それが日本とスペインの両選手に対する信頼を示し、相手が加勢しないならこっちもしない方がアクシデントもおこらずに順当に自分のチームの司令塔が突破するはずだと信じている。ならば両チームともその後の攻撃に有利なように、マッチアップしている司令塔をフォローするよりも速攻の準備を進めている方がいいだろうと考えているのだ。

 つまりどちらも自分達のチームのファンタジスタが負ける心配よりも、勝って相手を抜いた後にどうやって攻撃して得点に繋げるかを問題視しているのである。

 その両チームの思惑を読みとったのか、松永が時代遅れな戦いですねと吐き捨てる。


「こんな個人戦のような戦いをするのはセピア色に古ぼけた時代の名残でしかありませんよ。他の選手が障害物に隠れて銃撃戦をやっている戦場のど真ん中で、鎧を着けた騎士達が「我こそは」と名乗りを上げて一騎打ちをしているようなものです。さっさと介入しない他の選手も対応が遅いですが、足利ももっと早くヘルプを頼まないと」


 そこでようやくアナウンサーが興奮した口調で割り込む。


「確かに最近では余り見なくなったピッチ真ん中での個人的に勝負している場面ですが、この一対一にはなんて言うのか両選手のロマンというかお互いの意地と誇りが垣間見えますね。戦っていると言うよりもそう、まるで二人のストリートダンサーが相手の目の前で交互に華麗なステップを披露し「どうだ俺は凄いだろう、お前にできるか?」と技を競い合って挑発し合っているような感じです」


 松永の声はあくまでも懐疑的だ。


「そうでしょうかね?」

「ええ、だってほら二人とも笑ってますよ」 


 確かに画面上の二人はハイレベルな技術と反射神経を駆使して激しい一対一を繰り広げながらも、その唇は綻んでいるようだった。

 その小柄な体格と童顔のせいで身につけているのが両国の代表ユニフォームでなければ、そして舞台が世界大会の準決勝のピッチ上でなければの話だが、技術が高度すぎる以外はどこかの街の日溜まりで無邪気にじゃれあってサッカーボール遊んでいる子供達となんら変わりがない雰囲気だったのである。


「あの二人、本当に楽しそうに踊ってますね」

「そうですかね」


 やはり松永だけは賛同しなかったが、それでも二人の子供達は時代遅れの一騎打ちをしながらも笑い続けていた。

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