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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第四十七話 理想のチームを追い越そう

「ん? どうかしたかドン・ファン?」


 そう「酔いどれ」という変わったあだ名を持つ少年、ドン・ファンに声をかけるのはスペインが誇る代表チーム「無敵艦隊」のキャプテンである「船長」フェルナンドだ。

 呼ばれた方の酔いどれはそのあだ名に似つかわしくない、まだあどけなさとそばかすの残る童顔を振り向かせた。


「あ、フェルナンドか。今ちょうど次の日本戦のビデオを見返していたとこ」

「ほう、お前にしては珍しいな」


 根っからのキャプテン気質なフェルナンドは少しでも変わった点があれば、チームの不安要素ではないかと首を突っ込んで確認したがる。この時も、いつもは相手の研究なんてしないドン・ファンがなぜかイタズラっぽく目を細めて次の対戦相手のビデオを見ているというのが気になった。


「何かお前の注意を引く事でもあったのか?」

「いや、そういった訳ではないんだけどね……」


 そう言いつつも彼の目は、テレビ画面で楽しそうな笑顔を浮かべてヒールキックのパスを通している小柄な日本人選手から離れない。


「僕と似てる奴がいるなーって」

「そうか?」


 逆に研究家タイプであるフェルナンドの方はすでに日本への分析を終えているのか、ちらりと画面を一瞥しただけだ。「俺にはとてもこのアシカって奴とお前とは似てるようには思えないがな」と真面目な顔で首を捻る。


「あ、もちろん外見とかじゃなくてプレイスタイルの話だよ?」

「ならばますますこいつなんかとは似てないな」


 きっぱりと船長が言い放つ。


「お前の方が十倍は上手い。次の試合で存分に一対一の相手をしてそれを思い知らせてやれ。ムードメーカーで司令塔のこのアシカってチビを潰せば、日本も俺達との実力差が判っておとなしくなるだろうからな」

「やっぱり? 実は僕もこいつを直接対決で叩き潰したいと思ってたんだ!」


 船長とは気が合うから楽でいいなーとスペインの天才少年は目を細めて猫のように笑う。足利と一対一での勝負させてもらえると喜ぶドン・ファンとフェルナンドの顔には、酔いどれが負ける可能性など見あたらないのか一片の曇りもなかった。



  ◇  ◇  ◇


「さて俺達が次に当たるスペインが強豪で、これまでに当たったブラジルやドイツと並んで今大会の優勝候補に挙げられていたのは知っているよな」


 山形監督は全員のミーティングに集めた選手達の顔を見つめながら話し出す。この人の話はいつも始まりが結構唐突なんだよな。そう思いながらも今回は突っ込まずに黙って頷く。

 彼が「いつ食べたのかよく覚えていないが、イギリス名物を口にしてから腹の調子が悪いんだ」と言い出してから、俺や明智に上杉といった問題児に分類されるメンバーはなぜだか皆、監督に優しくなったのだ。

 そんな秘密を持った俺達を含むチーム全員の顔付きから真剣さが滲みだしているのに満足したのか、さっそく監督は準決勝で激突する強敵をどうやって倒すかのミーティングを始める。

 だが彼にはその前に俺達へ一つ言っておかないといけない事があるようだった。


「実はこのスペイン代表ってのは俺が最初に作ろうと考えていた日本代表のモデルとなったチームなんだよな。ブラジルに勝利するための対抗策を考えたんだが、カルロスを擁する相手の圧倒的な攻撃を完全に防ぐのは無理だ。ならばこっちがボールを多く保持して攻撃の回数を増やし、相手のチャンスの数を減らす……。そういう観点からこのボールの支配率が最も高かったスペイン代表を一つの理想としたチームを作り始めた。

 まあ俺が集めてきた攻撃的なタレントが、上杉にアシカに島津や山下といったアクの強いメンバーだったためにうちのチームの方向性はかなり異なってしまったがな。でも当然ながら、モデルにしたぐらいだから相手のスペインはパスを繋いで延々と攻め続けるチームとしての一つの完成型だ。少しでも気を緩めると、開始から終了までずっと向こうのボールになりかねん。一瞬たりとも手を抜くんじゃないぞ」

「はい!」


 全員の声は大きいが硬い。チームを作る時のモデルにしたという敵の強さへの実感と、ベストフォーまで勝ち進んだというプレッシャーがじわじわと俺達の肩にのし掛かってきたのが感じ取れる。いくらこの年代にしては精神的にタフな連中ばかりだと言っても俺以外はまだ精神年齢が子供なのだ、多少の動揺は仕方ないだろう。

 そしていつもは敵のチーム全体への大雑把な説明の後は警戒すべき有力選手を挙げるのだが、ここで山形監督はしばし口ごもって躊躇した後に明智を指名した。


「どうやらお前の方が詳しいみたいだからスペインの有力選手に関する説明を頼むぞ。ああ、もし重大な言い抜けがあれば俺の方から補足するから、明智は好きなように喋ってくれればいい」

「了解っす!」

 

 元気よく起立して前へ進み出る明智に、俺は仲間の一員が話をすることで少しはチームメイトの緊張がほぐれるのを期待する。

 これは山形監督が選手の意見をないがしろにせず重要視しているというメッセージでもあるからだ。

 そして実務的な面もある。なにしろ協会から提出されたスペイン代表の資料にはタレントの数が多すぎたのか、これまでの試合でスタメンの数より多い有力な選手が記載されていたらしいのだ。とてもではないが準決勝までの短い期間では情報の取捨選択ができなかっただろうと明智経由で聞かされている。

 もちろんある程度は監督や同行しているスタッフでもまとめたようだが、時間的制限により内容としては貧弱な物になってしまったのだろう。


 だからここで情報通な明智に好きに話させれば、うちで一番情報通の彼の意見も聴けるし選手の意見が反映されると士気も上げられると監督なりに計算したのではないか。

 山形監督は自分でも気が付いていないみたいだけど、アメリカ戦での采配ミスによって代表を率いるのに必要な確固たる自信を失いかけているんじゃないかな?

 そんな不安を少し心に宿した中、スペイン代表の情報どころか日本サッカー協会内部、さらにはこの代表チームのスタッフにまで諜報の手を伸ばしている少年が話し出した。


「ではスペインの要警戒選手っすが、これはもうこの二人組「無敵艦隊の船長と酔っぱらい操舵手」フェルナンドとドン・フアンで決まりっす。このニックネームはスペイン代表の愛称である「無敵艦隊」にちなんだ物っすね。でももうスペインのお二人のあだ名もブラジルの「超特急」カルロスやドイツの皇太子ハインリッヒと同じレベルで浸透しているっすね。その中でも「酔いどれ」ドン・ファンはこれまで噂が先行しているわりには表舞台に立ったことがないので、世界中の有力チームのスカウトが血眼になって注目しているそうっす」


 明智の言葉に真田キャプテンが自嘲を込めて頷いた。


「ああ、そう言えば「船長」フェルナンドとは国際大会で何回か顔を合わせた事があった。向こうは日本の印象としてはカルロスしかなかったかもしれないけど」


 そうか、その頃は松永監督が意図的にカルロスのワンマンチームを作っていたのだ。他の選手の影が薄くなるのはしょうがない。


「船長フェルナンドは下のカテゴリーから一貫してその代表チームのキャプテンを任される逸材だったっす。で、無敵艦隊のキャプテンをずっと務めていたからあだ名が「船長」これは判りやすいっすね。もう一人の「酔っぱらい操舵手」とか「酔いどれ」ってのは司令塔のドン・ファンのニックネームっすが、まあこいつもゲームメイカーだから船の針路を決める操舵手ってあだ名になるのは判るっすよね? 酔いどれとかってのは、代表のデビュー戦でドン・ファンがふらふらとポジションを無視してうろついていたのを解説者が「あいつは酔っぱらってるのか!?」と罵倒したのがきっかけだそうっす。ま、そのデビュー戦では結局一得点三アシストを記録したそうっすけど」

「何それ怖い」


 調子が悪そうに見え、しかもまだコンビネーションも固まっていないだろうデビュー戦でそれかよ。


「とにかくその二人を中心にした中盤のパスワークがスペインの生命線っすね。これを攻略しないことにはどうにもならないっすよ」


 そう言って山形監督の顔を伺うと彼も渋い表情で頷く。彼もスペインの中盤が豪華であるのを認め、それを破らなければ日本に勝利はないと考えているのだろう。監督の同意を確認した明智が続ける。


「たぶん相性的にはテクニシャンでファンタジスタタイプの酔いどれにはアシカが、比較的オーソドックスなMFの船長には僕がマッチアップした方がいいっす。念のためにアンカーの石田には俺達のフォローを頼むっす」

「ああ、判ったよ」

「それと中盤をコンパクトに保つためにDFは思い切ってラインを上げるようお願いするっす。幸い向こうはパサーが多く、一人でラインをちぎるようなスピードスターはいないっすから」


 いつの間にか選手の分を越えて作戦にまで口出しをしているが、本当にいいのだろうか?

 明智の嬉々とした演説を耳にしながら、強敵スペインについてだけでなく少し元気を無くした山形監督の事も気がかりだった。



「山形監督」


 ミーティングが終わり、他の人影がいなくなった室内で資料を揃え直していた監督に声をかける。次の試合までにはいつものこの人に戻っていてもらえないと、選手としては試合に集中できないからな。


「なんだ?」

「元気がないようですが、大丈夫ですか? あ、もしかしてまだ誰が差し入れたか不明なイギリス名物を食べた影響が残っているとか……」


 心配そうな俺の様子に微かに唇を歪めると「体調には問題ない。ちょっとあの名物料理を食べた前後の記憶が曖昧だが、それ以外は以前より快調なくらいだ」と答えた。

 ではなんで疲れた様子なんだろうと俺が問うより早く、監督は自分の頭をかく。


「俺はスペインをモデルにしたって言っただろ? 次にそのチームと戦うんだが、はたして模倣したチームが本物に勝てるのかってな……。あ、いや、別にお前らにとっては関係ない話なんだが」


 試合を前にして余計なことを選手に言ってしまったと思ったのか、手を顔の前で左右に振って「今のは聞かなかったことにしてくれ」と頼む山形監督。

 だが、ここで聞き流すのは無理だ。聞いてないふりどころか、しっかりと意思のこもった眼差しで監督を見返した。


「もし俺達がスペインに勝てば、監督は自分の理想を超えるチームを作れたってことですよね。それって俺達も監督のどっちも本物を超えられたのは自分の力だって自慢できるんじゃないですか」


 ちょっと格好を付けすぎたかもしれない。

 だが、しばらく黙っていた山形監督は不意に「わはは」と大口を開けて笑うと「子供がそんないらん事なんか考えるな。選手は監督の事なんか心配するな。それは俺の仕事なんだから」と力を込めて髪の毛をくしゃくしゃに撫でてきた。


 まあ、まだ空元気にすぎないだろうがとにかく監督も元気が出たようで何よりだ。

 だが、ここまで格好を付けて言ったのだからスペインに勝たないと山形監督の落ち込み具合が酷くなってしまうよな。

 でもこれで、また俺が酔いどれとスペインに負ける訳にはいかない理由が一つ増えた。


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