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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第四十六話 休日はゆっくり過ごそう

 俺は自分の携帯からではなく部屋についている固定電話で日本にかける。今こっちが昼の十一時だから時差を考えると……日本では夜の八時か。まだこの時間ならかけても大丈夫だろう。

 国際電話は料金が高いらしいがこのホテルの部屋代は協会持ちである。世界大会に参加する選手の諸経費は全てサッカー協会が払ってくれるので、度を過ぎない程度の電話やルームサービスであれば使っても問題がないのだ。ま、そりゃそうか。代表選手が宿代を払えなくて拘置されるとかの事件になれば、そんな選手を代表とした国も恥ずかしいからな。


 俺が国際電話をかけるといつもより少しだけ長く待たされた後、幼馴染みの透き通った声がした。真の声は受話器越しでも高く綺麗なのだが、どこかにまだ子供っぽい鼻にかかった甘い響きが残っているな。


「もしもし?」

「こちらはイギリス滞在中のサッカー選手だけど、久しぶりだな。真は元気か?」

「アシカだ! あ、うん、私は元気だよ。だって毎日納豆を食べてるもんね! 夏バテや冷房病なんて私には全然関係ないよ」


 用心のためか一言目には名前を出さなかった真に対し、俺も遠回りな名乗りを返してしまった。久しぶりなせいでそんな風に探り探り会話をしていると、いつの間にか普段通りの呼吸で掛け合いが始まる。あー、なんだかこいつと話をしているだけで連戦の疲れで精神的にささくれ立っていたのが癒されるな。

 

「あー、まあ真の好物はともかく日本で何か変わりはないか?」

「ん、さっきも言ったけど私は元気だし、アシカの試合がある時はおばさんと一緒に応援してあげてるしね! その声援に対する感謝の証としてイギリスからのお土産を頼むよ!」

「はいはい。それじゃあ何も問題なしなんだな」

「んー特にはなかった……あ、でもそう言えばアシカが勝ち上がっていくに連れてアシカの友達だっていう子達が増えて大変だっておばさんが言ってたね」

「そうか……」


 まあ名が売れれば親戚が増えるってのは良く聞く話だしな、俺が顔も覚えていない知り合いや友達が増加するのも判る。あまり愉快ではないが有名税と考えれば仕方ないのだろう。

 ため息が出そうになるのを咳払いで誤魔化して我慢する。わざわざ国際電話でそんなのを聞かせたらこいつに心配をかけてしまうじゃないか。煩わしさを振り払うため、ここは真でもからかっておこう。


「真が俺の不在に耐えかねて、ウサギは一匹だけだと寂しくて死んじゃうんだよって状態にまで衰弱してるんじゃないかと心配して電話したんだけどな」

「別に寂しくなんかないよ! こっちだって毎日お祭りしてるし」

「え? それって俺が帰ってから一緒に行くって話じゃなかったのか」

「ん、だから私はほとんど家から画面越しに眺めているだけだよ? もともとインドア派だしね」


 うわ、そんな風に言われると罪悪感が微かに生じる。約束を守るためにお祭りに参加するのを我慢するとかそこまでしてくれているのか、真ってこんなにしおらしい女の子だったかな。


「あー、なんだか真にまで気を使わせたみたいで御免な。俺が帰国したらその見てるだけだったお祭りにも一緒に参加しよう」

「ええっ! それは止めた方がいいんじゃないかな。大騒ぎになっちゃうよ!」

「いや、年代別の代表選手になって地上波じゃないテレビに試合で何回か出たぐらいじゃそこまで騒がれないって」

「でもこのお祭りに参加している人達ってサッカーファンばっかりなんだから、アシカ本人だってバレたらいっきに伸びちゃうんだって」


 思ったより真からの抵抗が強いな、まあお礼のつもりなのに無理強いするのは良くないか。


「そんなもんなのか? ま、終了時間なんかが伸びたら迷惑をかけることにはなるな。無理な参加は止めておくよ」

「うん、それがいいよ。松永なんて登場してたのが本人だと確認されたら、凄い騒ぎになったからね!」

「へー、あの人ってまだ人気あるんだな。それにお祭りになんかにも参加してるのか、ちょっと意外だ」

「というかほとんど主役で、なんだかずいぶんと燃え上がっていたよ」

「そんなにお祭り好きだったのか、あの人」


 マイナスばかりだった松永前監督だが、若干イメージの変更を余儀なくされる。

 どこで祭りをやっているのか尋ねようとした時に、この部屋のドアでノックと俺を呼ぶ声がする。あ、遊びに行くっていってた奴らが帰って来たようだ。


「それじゃまた電話するよ」


 と会話を終わらせようとすると、「え、えっと……」といつもは歯切れの良い真が口ごもってるような様子がする。なんだろうと思いつつ待っていると、受話器の向こうから小さく深呼吸するような音が聞こえた。


「あの……怪我しないでね。一緒にお祭りに行くの楽しみにしているんだから。それとさっきねだったお土産は大会の優勝カップがいいな」

「おう、選手の一人一人に優勝カップはもらえないだろうけど、記念品ぐらいは見せに行く」


 真なりに精一杯考えての激励に俺は軽く応じた。

 電話を切りながら、これで優勝するしかないと改めて覚悟を決める。こういった小さな約束や決心の積み重ねが苦しいときに最後に自分を支えてくれる精神力の原動力となるんだ。電話越しだからといって約束を忘れずにおこう。


 おっとこっちの方を忘れていたと急いでノックされたドアを開ける。苛立っているのかどんどんキツツキのようにノックが激しくなっているからだ。

 ドアの向こうにはいろいろな袋を抱えた山下先輩達の姿が。休養日でトレーニングはないとはいえ朝っぱらからよく出かけて買い物までする暇と体力があるもんだ。

 俺なんか今日は軽くストレッチとボールタッチをした後はずっと体を休めているのにな。もともとそんな風に静養する為に休養日ってあるもんだろ。

 こいつらみたいに休みの日には外へ遊びにくり出すタフな奴らばかりだったら、大会期間中に休みなんて作られなかったんじゃないのかな。そう考えるとちょっと怖い。


 とりあえずドアから入った途端に意気揚々と戦利品を他人の部屋のテーブルに乱暴に置き始めるチームメイトを呆れて見守る。こりゃまた凄い量を買ってきたな。

 テーブルに重そうな音を立てて置き終わると、胸を張るのは日本の参謀役だ。


「ふふん、僕は料理の方もリサーチは完璧っす。知り合いの人に頼んでイギリス名物のテイクアウトを買い出ししてきたっすよ」


 そう、こいつらは「ホテルの料理は飽きた」「美味しい物が食べたいっす」と言い残して勝手に料理を買ってきたのである。本当はこれはしてはいけない事と判ってはいる。水が体質に合わないだけで下痢などをする事があるのだ、その土地の物を勝手に食べて体調を崩してはたまらない。事前に代表のスタッフから極力買い食いはしないよう注意がされていたのだ。

 だが勝ち進んでホテル滞在が長くなるにつれ、だんだんその辺はルーズになっていった。まあ発展途上の国とは違い、日本からの観光客も多いイギリスである。出所さえしっかりしていて熱を通してあれば食中毒やお腹を壊すといった可能性は低いだろうと黙認されるようになったのだ。


「で、自信ありげな明智は何を買ってきたんだ?」


 俺の疑問にふふんと鼻で笑って答えると、勢いよく袋から見慣れない食物を取り出していく。


「まずは、開店当初から使い続けている伝統の油で熟成された白身魚と芽の部分の皮を切っただけのジャガイモをじっくりと揚げたイギリスのファスト・フードの代表格、フィッシュ&チップスっす。それにインパクトは絶大な、羊の腸とその内容物を一緒に食べられるまさに一粒で二度美味しい癖になる味というスコットランド伝統料理のハギス。そして蒲焼きでもご存知のスタミナ抜群の鰻を使ったメニューである鰻のゼリー寄せっす。素材の味を生かすためにゼラチンにほぼ生の鰻を入れただけっていう一品っすね。この三種類だけでも食べればイギリス料理は制覇したも同然だそうっすよ」


 いかにも「どや!」といった顔で明智が自信満々にテーブルに出した物は、あまり口に合わないイギリス料理に対しても敬意を払おうと決めている俺にすらとても食料とは思えなかった。

 俺の目に映るのは油ぎっているどころか茶色い油の固まりのような物体と丸ごと揚げられたチップと言う名に反したジャガイモ、そして恐るべき臭気を放っている羊の腸らしきもの。さらに盛り上がったゼリーの中にびっしりと小さな鰻が詰まってその全ての目が恨みを含んでこっちを睨んでいるかのような一皿だった。


「……これ、まじで食えるの?」

「ちゃんと、イギリス料理の伝統を忠実に守っている店からのテイクアウトっすよ」


 ここまでとは思わなかったのだろう、明智に同行していたくせにそろそろと部屋から脱出しようとする奴らもいる。この料理に退いている連中を逃がして試食役が俺だけにならないように、慌ててその腕を掴む。


「どこへ行くんですか上杉さんに山下先輩?」

「あ、俺はちょっと……その山へ芝刈りに」

「じゃあワイは川へ洗濯に」

「そんな巨大な桃を拾う後期高齢者のまねなんかしても無駄です。絶対に逃がしませんよ」


 二人をがっちりと捕獲するが、それでも身をよじって逃走を計る山下先輩に上杉。

 明智がそんな俺達を呆れたように見つめているが、この下らない寸劇は無駄ではなかった。ここで新たな登場人物が参加するまでの時間を稼いだのだから。


「お前達うるさいぞ。いくら休養日だからといってあんまり騒いでホテルに迷惑をかけるな」


 ドアを開けて注意するのは山形監督だ。どうやらノックはしたらしいが、俺達は料理のインパクトとその後の騒動で気がつかなかったらしい。

 そこで監督が「ん?」と首を捻る。どうやらテーブル上の料理に気がついてしまったらしい。


「お前達、それはどうしたんだ?」


 買い食いは禁止だろうと言わんばかりの厳しい声に俺と山下先輩に上杉の視線が重なる。ピッチで常に連携しているサッカー選手達はこんな時にでも瞬時にアイコンタクトが成立するのだ。

 俺達三人は声を揃えて監督に答えた。


「山形監督へのプレゼントです」

「え?」


 大きく口を開けた監督と明智に今がチャンスだと畳み掛ける。


「ほら、山形監督が最近疲れてるみたいだったから、美味しい物でも食べてもらって少しでも回復してもらおうとしたんです。皆でお金を出し合ってイギリス名物をご馳走しようと買って来ました」


 ちょっとあっけにとられた表情の山形監督に、テーブル上のあまり食欲をそそらないメニューを明智が出したばかりの袋にさっさとまとめて手渡す。


「お、おう。ありがとな」


 訝し気だがその中に嬉しさを隠しきれない監督が「部屋でゆっくり食べてください」とにこやかな笑みを張り付けた俺に送り出され、大量の料理を持って部屋から出て行く。

 ふう、完全犯罪成功だ。あの見た目と嗅覚が食べ物ではないと警告をだす料理を始末し、さらに買い食いはしないというルールを破った事もうやむやにしてのだから。

 ただここで展開の速さについていけなかった明智がぽつりと聞き捨てならない事を呟いた。


「監督、最近胃を悪くしてたみたいっすけど。あのイギリスの名物料理食べても大丈夫っすかね?」


 部屋にいた全員の目が合い、再びアイコンタクトでの相談が始まる。食べて大丈夫じゃないかもしれない物をお前は仕入れて来たのかと突っ込みたいが、今はそれどころじゃない。

 ここで監督に倒れてもらっては困るのだ。

 だが、同時に怒られずにあの料理を回収する上手い言い訳なんかあるはずもない。

 しかし、一番早く行動を起こしたのはやはり日本が誇るストライカーだった。こいつはとにかく決断と行動の速さは天下一品だ。


「大丈夫や! これまでの経験上、顎先を斜め四十五度の角度でピンポイントに打ち抜くと相手はその前後の五分間ぐらいの記憶を無くしとった。脳を揺さぶって料理を回収すれば直前のこの部屋での記憶も失って丸く収まるはずや!」


 何が大丈夫なのか一切わからない台詞を言い捨てて、ドアから飛び出していく上杉。

 直後にまたもや外から悲鳴が届く。


「上杉、いきなり俺に殴りかかるなんて何考えてるんだ!?」

「男は拳を振るわなアカン時があるんや!」

「それってたぶん今じゃないぞ。とにかく落ち着けって。あ、武田! 良い所にいた、助けてくれ!」


 ドアの外の喧噪を尻目に、窓から空を見上げる。うん昨日のアメリカ戦での雨が嘘みたいな上天気だ。これからの試合のスケジュールでも晴天が続いてくれればいいんだけどな。アメリカ戦みたいな泥仕合はもう御免だ。

 外の騒ぎはさらにボリュームを上げている。叫び声から判断すると上杉の乱闘に武闘派の武田まで参戦したようだ。そろそろ止めないとまずいかと俺もしぶしぶながら出陣の決心をする。

 それにしても休養日のはずなのになんて騒々しい奴らだろう。ま、精神的にはリフレッシュしたからよしとするか。

 なんで俺がこんな事の後始末をしなければいけないのかと思いつつ、騒動の真ん中へ歩き出す。


「アシカまで来たぞー!」

「やっぱり面倒事はアシカと明智の仕業か!」

「アシカ、襲撃失敗やどないする?」

「そうっす、アシカが監督にあんな事しなければここまで大事にならなかったっすよ!」

「発端は絶対に俺のせいじゃないよね!」


 混乱が増す一方の中、いつの間にかこの事件が「だいたいアシカのせい」という事態に陥りそうになってしまっていた。



 ――強敵であるスペイン戦を控えて、息が詰まりそうな緊張感に満ちた日本代表チームは休養日にも規律正しい生活を送っていた。

 監督やスタッフからの日本への連絡には、この日もそう報告されていたそうだ。ありがとう山形監督。そして、このチームにはもう少しチームワークというものが必要ではないかと痛感した一日だった。 


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