表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
183/227

第四十五話 スカウトの目を向けさせよう

「最後は敵のオウンゴールによる日本の勝利と意外な結果に終わりましたが、松永さんはアメリカ戦を振り返っていかがでしたか?」


 視聴者に信頼感を与えるようなどこか真面目そうな作りの顔へ笑みを宿して、松永前監督に問いかけるアナウンサー。ここまでの試合経過における松永の解説と予想とがことごとく外れているのを突っ込みたくてうずうずしているようだ。

 答える松永の表情は反対に硬くて渋い。


「そうですね……まず日本代表の前半は悪くなかったですが、後半は守備的なシステムへの変更と選手交代でリズムを崩して流れを向こうにやってしまいましたね」

「ああ、あの松永さんが褒めていた日本の選手交代でアメリカペースになりましたね」


 さらりと松永にとって忘れたままでいてほしい痛い点を補足するアナウンサー。その一瞬額に血管が浮いたようにも見えたが、それでもめげずに松永は話を続ける。


「あとアメリカについてですが、やはりスラムダンカー・ジェームスは私が指摘していたように良くも悪くもキープレイヤーになりましたね」

「ええ、松永さんが注目選手と紹介していた前半は無得点で、交代させた方がいいと見限った後に怒涛のツーゴール。さらに、ここまで来たら勢いを止めるのは難しいと警告した途端にオウンゴールで日本に決勝点を献上してくれました。いやー、さすがサッカーの専門家の解説はひと味違いますねぇ」


 おそらく内心からこみ上げる悪戯心を抑えきれないのだろう、口の端をひくつかせ相手チームにもちょっと失礼な茶々を入れるアナウンサー。その態度に臍を曲げたのかむっとしたように、デスクの上で肘を付き顔の下半分を組んだ両手で隠すポーズで黙り込む松永。

 生放送中にこの態度はまずいのではないだろうか? さすがにそのまま居心地の悪い無言の数秒が経過すると周りもざわついていてくる。解説者が残りの放送時間に一切口を開いてくれないと放送事故になるとでも思ったのか、アナウンサーの方も慌てて話題の変更を試みる。


「えーと、ではアメリカ戦を振り返るのはこのぐらいにして、日本代表の次の試合の展望についてですね。相手はすでにベスト四を決めていたスペイン代表との戦いになりますが、まずはこの無敵艦隊と豪華で強そうな愛称を持つチームはどのような相手なのでしょうか?」

「……専門家の予想と解説が当てにならないと思われるなら、アナウンサーのあなたが全部やればいいのでは?」


 公共の電波に乗ってこの実況席の様子が流れる中で、解説者という自分の役割を思い切りブン投げて横を向く松永。すねているのかもしれないが、四十男にそんな事をやられればかわいいどころかはっきり言ってかなり鬱陶しい。

 目を大きく見開いた後、ため息がでそうなげんなりとした色を隠せないアナウンサーだったが、カメラの下に出された「予想をなんとか引き出せ」というフリップの指示にすぐにニュースなどの報道番組用の真面目な顔を作り直す。この辺の切り替えの速さはさすがプロフェッショナルだ。

 朝のテレビ番組でやるいい加減な星占いより当たらないと評判の松永の予想は、ある意味名物的な物となってどんな予想が飛び出すのか期待しているファンも多いのだ。制作側としては外すわけにはいかない番組のポイントなのだろう。


「いやー、試合が終わってから采配や予想にいちゃもんを付けるのは簡単ですが、それには土台になるしっかりとした専門家のご意見があってのことです。私たちのような素人は松永さんなどの専門家と違って結果論でしか試合を議論できませんからね」

「……まあそういう事なら仕方ありませんね」


 アナウンサーが自分を素人と認めた事であっさりと機嫌を直したらしい松永が軽く咳払いをして、改めてテレビカメラに視線を向ける。


「スペイン代表は大会前から優勝候補に挙げられてましたが、その期待通りにここまで危なげない試合内容で勝ち上がってきました。

 その強さの秘密はチーム全体の技術の高さによる中盤の構成力とボールキープ率です。極端な話、ゴールキーパーを含めた全員が他国の司令塔並みのパス能力とテクニックを持っているんですよ。どこからでもゲームを作れる、また簡単なパスミスがほとんどない。それが圧倒的なボールの支配率に繋がり、攻撃のチャンスを増やすんです。相手はどこからでも、また何度でも攻撃を繰り返されて疲れ切って最後にはサンドバック状態になってしまうという一方的な展開がほとんどでした」

「それは……確かに強そうですね」


 さっきまでの面白がっている態度から一変させ、相手となるスペインの評価に唾を飲み込んで相槌を打つアナウンサーの声音は暗い。


「実は私が代表を率いていた下の年代でのスペイン代表は、同じようにボール支配率こそどのチームより上でしたがここまでの強さは持っていませんでした。パスは良く回るのですが、ゴールを決めきれない内に相手チームからの手数の少ないカウンターで失点というシーンが少なくなかったのです」

「ほう、それなのに今大会は好調ですね?」


 合いの手を入れるアナウンサーに松永の舌の回転も滑らかになっていく。


「ええ、今の無敵艦隊は艦隊を指揮する船長と酔っぱらい操舵手がコンビで語られるように、「酔いどれ」と呼ばれるドン・ファンが今大会のスペイン代表に参加してからチーム事情が好転し始めました。元々ずっと代表のキャプテンを務めている「船長」フェルナンドによる全体的なゲームコントロールは問題なかった訳ですから、最後のスパイスとして異質なリズムを持つファンタジスタのドン・ファンが参加した途端ゴール数が爆発的に増加したんです。

 そうして一度でもリードするとボールを保持して失わないというスペインの特性が生きてくるんですよ。今大会でも闘牛士が牛に少しずつダメージを与えていくように、相手が反撃しようとやっきになってもリズミカルなパス回しで相手を翻弄して止めを刺す――追加点を取って終わりというゲームばかりでした」

「なるほど強敵ですね……では日本代表はそんな相手とどう戦うべきでしょうか?」


 アナウンサーからの質問に「うーん難しいですね」と腕組みをして悩む素振りの松永。


「こういったパスを回すチームにはまずきっちり守備を固めて引いて守り、カウンターで得点する戦術が定石であり有効です。ですがスペインは、そういった作戦を採用してくるチームを悉く粉砕して準決勝までやってきましたからねぇ。正直私が率いていた頃の代表でもカルロスのような強力な切り札が居ないと厳しいです。ましてや山形監督が作り直したチームは今日のアメリカ戦でもそうでしたが、守り切るのが苦手な選手構成なんです。さて、どうやって攻略するのか山形監督のお手並み拝見ですね」 


 どうやら度重なる炎上騒ぎに少し慎重になったのか、勝敗については口を濁す松永。しかしその話す内容は明らかにスペイン寄りである。

 少なくとも彼が監督していたままの日本代表ならば、カルロス級の助っ人を入れなければ勝てないと断言しているに等しい言い草だからだ。


「なるほど、次の戦いは日本代表にとって厳しい物になりそうです」


 ――アナウンサーの言葉に嘘はなさそうだった。

 


  ◇  ◇  ◇


「あら、次もまた強そうなとこと当たっちゃったみたいね」

「強そうどころじゃなくて、めちゃくちゃ強いんですよスペインは!」

「でも、松永さんの解説ではいつも日本の相手は強そうに聞こえるし……」


 足利の母からこぼれた素直な感想に思わずその眼鏡をかけた細面を頷かせる真だった。テレビから流れる松永前監督の解説では、これまでほぼ不吉な事しか言われていない。普通こんな状態のチーム事情と実況席の空気だったら日本は敗退、松永は解説者を下ろされていただろう。

 それがベスト四のここまで続いたのだから、日本代表も松永の運も相当な物だ。少なくとも他国ならば確実にどっちかが潰れている状況のはずである。

 だが今では逆に「松永の日本に対する批判が収まったら負けそうな気がする」とネット上では話題になるほど松永の辛口のコメントは注目されている。

 真のような代表の選手に近い位置にいるファンからすれば、ほとんどいちゃもんをつけているような松永の意見なのだが、それが厳しければ厳しいほど次の試合の勝算が上がると信じられているのだ。

 

 却って松永が日本の選手に期待しているような事を言うと「これは孔明の……いや松永の罠だ!」と騒然となってしまう。なぜならこれまで松永が対戦相手として注目し、期待していると解説で紹介した外国の敵選手のほとんどが沈んでいったのだ。

 おかげで日本代表の勝利を願う熱心なファンは、松永に期待のコメントを貰おうと敵チームの主力を彼のブログやツイッターに向けて情報を発信して紹介しているのである。

 そのおかげなのか、世界大会でイギリスに来てからは日本チームの道のりはほぼ順調だった。唯一ブラジル戦だけでは敗退したが、あれは完全な力負けで運の要素の入る余地はなかったせいだ。

 だからこそ真もスペインが強豪なのは承知していても、松永が敵のチームを褒めているという一点で次の試合に期待が持てるのだ。



 そしてこれまでの試合とアメリカ戦の前半で目立つ活躍をしていたのだが、足利の評価は意外な事にまだ定まっていない。

 日本国内ならばそこそこ名の知られたプレイヤーなのだが、世界的に見れば実績不足で知名度も活躍した試合も少なすぎるからだ。これには松永が監督をしていた時代の、カルロスが居て世界の目を集めていた代表とすれ違ってしまったことも一因である。

 スカウトとしても派手でトリッキーなプレイは目を引く選手だが、サンプル不足でまだ実力は未知数だとそのサッカー選手としての能力を測りかねているのだ。

 足利の真価が試されるのは、テクニシャン揃いのスペインの中盤――中でも無敵艦隊の船長と酔いどれの操舵手を相手にした時となるのは間違いない。それまでチェックはするが拙速な判断はやめておこうというのが、この時点では日本人選手を登用する事に慎重な海外のスカウト達の判断になる。

 

 日本と足利、そのどちらにとってもスペイン戦は重要な一戦になるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ