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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
181/227

第四十三話 バスケットボールでは勝てないと認めよう

 「スラムダンカー」の異名を持つジェームスは後半開始の笛を待ちながら、イライラして爪を噛みそうになるのを自制していた。この指先はバスケットの選手としての大切な商売道具なのだ、綺麗に整えて割れないようにマニキュアまでしているのに自ら傷を付けるなんてとんでもない。

 そんな矯正したはずの昔の癖が出そうにまでなった彼のストレスの原因は、前半の試合展開のもどかしさに尽きる。

 これまでジェームスはバスケットやアメリカンフットボールでも絶賛された恵まれた身体能力で、サッカーにしても難なくこなしてきたのだ。だが、初めて味わう世界大会はこれまでとはちょっと勝手が違う。

 特に今日は自分のやりたい豪快で観客にアピールするプレイができずに、なかなかゴールが決められない。あげくに前半の最後の辺りには味方からのパスさえ禄に回ってこないようにすらなってしまった。

 対戦相手である日本のチビのMFやボクサー崩れのFWが活躍して拍手や歓声を受けているにも関わらずだ。


 彼は別段サッカーというスポーツに拘りを持つつもりはない。ただ、偶然やる機会があったのと知り合いが「世界で最も競技人口が多く競争が厳しいスポーツ」と口にしたから試しにやってみただけだ。それなのに気が付いたらこんな所までアメリカ代表の一員として連れてこられていたのである。

 まったく人気者は辛いぜ。こう引っ張りだこになるのも天才の宿命かとプレイ中にも関わらずジェームスはオーバーアクションで肩をすくめる。ま、俺がいろんなチームに勧誘されるのはいつものことだしなとセレクションの度に繰り返されるスカウト合戦を思い返す。


 ジェームスは己の才能に関する自信で胸に積もっていた苛立ちを振り払った。

 少し冷静になるとこれまでに大量の汗をかいているのが気になる。目に入りそうになっていた額の汗を乱暴に拭うと、クールダウンされた頭で自分をマークする日本のチームを観察した。

 子供の頃ストリートバスケットで賭けの相手にしていたハーレムの大人の奴らとは比べ物にならない。日本の同じ年齢であるDFなんかはずっと細くて小さくジェームスが全力でぶつかったら壊れそうな奴ばかりだ。こんなのに封じ込まれているのかよ俺様が。

 まあサッカーを続けるよりバスケットやアメフトなんかの方が金になるだろうが、ここで負けて終わるのも面白くないよな。

 餌を見つけた狼のようにジェームスはぺろりと分厚い唇を一舐めする。

 この大会で優勝すればバスケットのプロとしての契約金を釣り上げるネタにもなるはずだし、スポンサーに対してもいいプロモーションにもなる。なによりこんなチビどもに負けるのも気分悪いしな。反則じゃなければ俺のプレイで相手が怪我しても問題ないはずだ。


「俺にかなう奴なんていない。みんな俺に触れただけでぶっ飛ぶ」


 いつもの自己暗示の呪文を己に向けて呟くと、体に力が漲り勝手に牙を剥くようにと彼の口元がつり上がった。黒い肌に映える白い歯は自らが光りを発するように鋭く輝く。

 いまいちこれまでテンションが上がらなかったジェームスの波のあるメンタルは、ようやく敵を叩き潰すという一点に絞られた事で安定したのだ。 


 アメリカンフットボール、バスケット、これまでも様々なスポーツで存分に才能と運動能力の高さを見せつけていた才能溢れる「スラムダンカー」の本領が、よりにもよって日本を相手にした今サッカーでも発揮されようとしていた。

 ――そして彼の黒光りするスキンヘッドからのヘディングシュートは、後半だけで三回もゴールネットを揺らす事となる。



  ◇  ◇  ◇


「ああ! またもアメリカの攻撃です! 後半の十分過ぎにジェームスのダイビングヘッドで一点差にされてから試合の流れが一変しました。身長とパワーで圧倒的に勝るアメリカのパワープレイに日本が防戦一方です!」

「だから試合前に言ったんですよ、あのスラムダンカーは危険だと!」


 日本のピンチにも関わらずなぜか嬉しそうに「ほれ見た事か」と言いたげな松永を、アナウンサーがきっと睨みつけた。


「でも松永さんはその後のハーフタイムで「ここまでスラムダンカーが不調だと、後半は交代もあるかもしれません」って言い直してましたよね!」

「……今はそんな事言い争ってる場合じゃないでしょう! 日本のピンチなんですよ、何とかしてあのスラムダンカーを止めないとあいつ一人に試合を決められてしまいます!」


 急に掌を返す松永とアナウンサーの攻防は意味もなく熱い。

 テレビからはアナウンサーVS松永、そして日本対アメリカの緊迫した実況が流れてくる。

 もっともその緊張感の何割かは点差が詰まった試合による物だけでなく、楽勝ムードだった日本が苦戦に陥るという事態について、実況の二人がお互いに予想のミスを押し付けあう為の物でもあるのだが。

 この放送をしている時点でもう試合は後半は二十分過ぎていた。後十分だけしのいでくれれば日本の準決勝への道が開けるのだが、予想したよりもはるかにその道は険しいようだ。


 試合が行われているスタジアムから随分と離れた日本の地でも固唾を飲んで激闘を見守っている人々がいた。

 その中に画面から目を離さずに耳では喧嘩しているような実況を聴きながらも、お互いの手を握り合っている足利と縁の深い女性が二人いる。祈るように応援している年齢差のあるその二人の女性も、現地で応援している他のサポーター同様に応援で息を弾ませ鼓動を激しくしていた。

 自分の応援している息子や幼馴染みがピッチからいなくなったとはいえ、ここで逆転なんてされては困る。次の試合へ進めなくなった足利ががっかりと肩を落して帰国する姿が目に浮かんでしまうからである。

 他のことはともかく、サッカーで敗北した時の足利の落ち込みには特効薬がない。

 表面上は取り繕っても次の大会が始まるまでは、どんなに元気づけても気落ちして食欲をなくす――特にこっそりと真がばれない様に食事に忍ばせていた納豆など一口も食べなくなる――のが続いてしまうのだ。なぜか目には映らないように工夫しても、足利はまるで文字通り嗅ぎ分けているかのようにその料理を残してしまうのを二人とも何度も体験していたのだ。だからこそ足利がいなくなったピッチでも日本が勝利してくれと一心に願う。


 だが、その「なんとか最後までしのぎ切って」という彼女達を含む日本の純粋なサッカーファンの応援も通じずにとうとうここまで良く守っていた日本のゴールが再びこじ開けられてしまった。



  ◇  ◇  ◇


「馬鹿! 気を抜くな!」


 山形監督は裏返りそうな叫び声をベンチから上げた。

 もう試合時間が終わろうかというタイムリミットぎりぎり。

 時計を見て残りはロスタイムのみだとほんの僅かに集中力を切らした日本のDF陣が、サイドからの突破を許しスラムダンカーへのいいセンタリングを上げさせてしまったからだ。

 そして空中戦になれば、バスケットのリングに易々とボールを叩き込めるほどの最高到達点を誇るスラムダンカーが存分にその高さを発揮してしまう。

 恐怖に凍り付く監督の視界の中で武田に真田キャプテンといった日本が誇る守備の壁の上を、黒く輝く頭が一人だけ密集地から抜けてボールを額で捉えた。そのパワフルかつ豪快な天から叩き落とすヘディングシュートが日本のゴールに突き刺ささる。

 

 日本のイレブンとベンチのメンバー、観客席にいるサポーターさらには遠く離れた日本の地から応援をしていたサッカーファン。

 全員が言葉を失い、呆然とアメリカのスラムダンカーが胸の星条旗マークに口付けて天を指さす芝居がかったパフォーマンスを見つめる。

 終了間際という最悪に近い時間帯での失点である。

 山形も自分の顔から血の引く音をはっきり耳にしたが、頭を抱え込みたくなる衝動はなんとかねじ伏せる。ここで指揮官が動揺した姿を見せてしまえばもう立て直せない、逆転される前に試合が終わってしまう。


 どこで間違ったのかと後悔が山形監督の頭の中をよぎる。

 後半は日本のカウンターによる攻撃は機能せず、ほぼ一方的にアメリカのペースになってしまっていた。

 特に厳しかったのは足利が外れた段階でアメリカの中盤のプレッシャーが全て明智に集中した点だろう。それまでは二人の司令塔が適度な距離間を保ってパス交換をしていたのだが、後半は攻撃の起点が一つなのだからそこを真っ先に潰そうとするのは当然かもしれない。

 それでも監督が期待したように明智は持ち前の高い技術を生かしてそんな厳しい条件下でも前線にパスを通そうとするが、ピッチコンディションはどんどん悪化していったのがまた痛かった。芝の上をスピードを落とさずに滑るスルーパスなどが蹴れなくなったのである。

 これには相手の裏へ走る上杉と島津も困ってしまった。彼らがDFラインを駆け引きで出し抜いても、いつものような鋭いスルーパスが来なくては攻め手に詰まるからだ。

 

 ここまで雨が日本のパスワークを乱すとは山形監督には予想外だった。いや、正確には今日好調だった足利と山下を外した時点からチームのリズムが変調して、雨がそれをより一層はっきりと浮き出させたのかもしれないが。

 その修正をする間もなく、アメリカが後半から採用したボールを持つととにかく怒濤のロングキックで敵ゴール前へ殺到しするという作戦が功を奏してきた。いわゆるキック&ラッシュと呼ばれる単純な戦術である。

 シンプルな作戦で融通も利かないが、アメリカのような運動能力に優越したチームが体力に任せてこれでごり押ししてくると守備側は辛い。一気に敵に流れをもっていかれてしまったのだ。 


 山形監督は失点で同点になってしまったショックに鈍痛を訴え始めた胃を押さえ、緊張に止めていた呼吸を無理矢理再開させる。

 動揺するのは試合後にいくらでもできる。今は明らかに悪い流れをどうやって断ち切るか、そして延長も見据えての交代をどうするかだと彼は自らを叱咤し頭を悩ませた。

 その隣では「ほらやっぱり僕がいないと駄目なんですよ!」「馬鹿、俺がいなかったからここまでやばくなったんだ!」と煩く騒ぐ途中交代のコンビがいる。

 少しは静かにしろよと叫びかけた自分の口を抑え、奥歯を噛みしめる。ここで怒鳴るのは明らかに監督である自分の作戦が失敗した八つ当たりになるからだ。

 ここで怒りに身を任せるよりも、これから先どうするかを考えるのが自分の役目だろう。


 ぎりぎりで自分の中の一線を守った山形監督は、もう三分もないロスタイムに動くより延長戦に賭ける事に決めた。作戦の変更を選手に伝達し理解させるのには、それなりの時間がかかるからだ。

 こんな残り時間が少ない切迫した状況では、下手な選手交代をしたら事態を好転させるどころか悪化――最悪の場合はパニックに陥らせてしまう。その混乱を起こさないためには僅かな時間とはいえ監督が直に指示を下す必要がある。後半が終了し、延長が始まるまでに設けられた短い休憩とはいえその短い時間でも戦術を変えるには必須なのだ。


 そして戦術を変えるのならば、上杉に代えて前線に体を張ったポストプレイが出来るFWを入れるべきだろうと山形は思考を進める。不本意だがアメリカと同じようなパワープレイに持っていくしかないか。

 ここまで交代のカードを一枚残しておいて良かった、まだ戦術を変えて流れをこっちに持ってくる切っ掛けになる。よし、まだ運は残っているな。

 無理やりラッキーだったとこじつけて山形は気を取り直す。

 自分の後半での選手交代と作戦変更がミスだったと認めながらも、代表チームの監督は最後まで勝負を諦めるわけにはいかないのだ。


 ……結果論になるのだがこの試合は延長戦になる前に片が付いたため、彼の悲愴な決心は無駄になるのだったが。


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