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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
180/227

第四十二話 ピッチ外からフラグを立てよう

「このままで最後までいけるっす!」

「アシカ、もっとワイにパス寄越さんかい! 今日こそワイにハットトリックせぇって神さんがお膳立てしとるんや!」

「それよりアシカは俺へラストパスをくれよ。コンビプレイは上手くいってもゴールと離れすぎでシュートできないじゃないか。上杉だけでなく長い付き合いの先輩にもっと愛の手をプリーズだ」


 前半の勢いをそのままに騒がしく戻ってきた俺達は、勝っている時限定の高揚した馬鹿話をハーフタイム中のロッカールームで交わし合う。

 水分補給をするために浴びるようにスポーツドリンクをがぶ飲みしてはむせたり、タオルで汗だけでなくしのつく雨で塗れた体を冷まさないように手早く拭ったりと忙しい。

 しばらくすると、そこまでチームのいい雰囲気を壊さないようにとちょっとの間は黙って待っていたのだろう山形監督が軽く手を叩いて皆の注目を集めた。


「よし、前半は申し分のない出来だ。だが、少しずつ雨が激しくなってきたな。残念ながら予報でもこれからの時間帯の降水確率は悪くなる一方だ、当然ピッチコンディションも悪化するだろう。だから無理をして足を滑らせて転んだりして怪我をしないように気を付けるんだぞ。そして、悪条件下で体力を消耗する後半は作戦を守備的に変更する事で今の二点のリードをきっちり守り切ろう」


 監督はぐるりと首を巡らしてチーム全員の顔を見回す。

 それに応える俺達スタメンの表情は正直言って渋い。その原因は俺達が攻撃好きなだけでないのだ。

 この山形監督はチームをまとめたりモチベーションを上げたりする試合前のマネジメントの手腕は優秀だが、リアルタイムで行われる実戦での戦術家としては少々頼りないからだ。

 特にこれまでの試合では作戦を守備的に変更する際にその欠点が強く表れるように思う。もちろんその作戦を実行段階で上手く遂行できない俺達も悪いとは思うのだが、この攻撃的なメンバーを揃えた代表チームでは根本的にスタメンや戦術を一変させない限り守備を重視するシステムとは相性が悪いのだ。


 だからといって監督の戦術的な指示を一選手の俺が覆せるはずもない。ま、いざとなれば守備的な変更なんか無視して俺がピッチ上で攻撃的にシフトチェンジしたゲームメイクをしてやればいいか。

 そんな俺のお気楽な考えは次に発せられた山形監督の言葉にあっさりと潰える。


「後半はアシカと山下がアウトだ」


 え? 俺と山下先輩が交代? 冗談かと耳を疑うが、どうやら紛れもなく本気のようだった。監督は淡々と俺の代わりには守備が上手く運動量の豊富なボランチを入れ、先輩のポジションには島津を前線に上げてその分は空いたディフェンスラインにDFを一人増やすと続ける。

 確かにそれで守備はかなり安定するだろうが、そんなチーム全体の事情より俺は自分が途中で下ろされるショックで頭が一杯だった。なにしろやり直してからこれまで、俺はスタミナが尽きたか怪我した場合ぐらいしかピッチを後にした経験がないからだ。

 ましてや今日は前半だけで二アシスト、ゴールに繋がる活躍をしてチームに貢献していると自負していたのだ。とても途中交代には納得なんてできない。

 抗議しようとする俺を突き出した手と視線だけで制し、監督は後半ピッチへ向かうメンバーに指示を出す。


「さっきも言ったが少しずつ雨が強くなってきた、当然ピッチコンディションも時間経過に従って悪化していくはずだ。後半の司令塔役の明智は細かいパスやドリブルは多用せずに、ロングパスやサイドチェンジなんかの大きな展開でゲームを組み立てろ。

 DFは相手も似たようなロングパスをゴール前に放り込んで敵の攻撃陣が駆け込んでくるキック&ラッシュでくると想定して守れよ。前半もアメリカはその傾向が強かったが、後半はもっと連中のフィジカルの強さにものを言わせた肉弾戦を挑んでくるはずだ。守備の人数が増えたからといってDFラインを統率する真田はもちろん他のDFも集中を切らさずに、いざとなったら体で止めるのも躊躇うな」

「はい!」


 元気よく返事をする後半戦も出場するメンバー。くそ、今ここで監督に不満をぶちまけるのはこれから戦う仲間の士気を下げる愚行だな。

 隣で同じように面白くなさそうな顔をしている山下先輩と一緒に腹の底から湧き上がる文句を飲み込み、ぐっと唇を噛みしめる。


 そこに一通り後半戦も出続けるメンバーへの戦術上の指示を終えた監督が俺達へと手招きする。

 ちょっとだけ膨れっ面の俺と山下先輩がいつもよりのろのろと歩いていく。そんな俺達の無言の反抗に苦笑した監督が交代の指示を出したのを誤魔化そうとしてるのか「お前達も前半はよくやったな」と大きなバスタオルで二人まとめて頭をごしごしと拭う。

 うわ、労っているつもりかもしれないがやり方が乱暴すぎるぞ。ほら、一つのタオルで強引に二人を一緒にやるから俺と先輩の頭がぶつかっちゃったじゃないか。


「お、すまん」


 うずくまって鈍い音を立てた頭を押さえたまま恨みがましい視線で見つめる。すると山形監督は全く悪びれずに自分もしゃがみ込むと、また俺と山下先輩の二人をまとめて首に太い腕を回して強引に肩を組んでくる。

 そして、あまり唇を動かさずに周囲には聞こえないほど小さな声で囁いた。


「あんまり不満げな行動をするなよ、チームの雰囲気が悪くなるだろう。それに俺はお前達を見限ったんじゃない。逆に次の準決勝――相手は強敵のスペインだな、そことベストコンディションで戦わせるために早めに戻したんだ。この試合はもうお前達が居なくても勝てるが、次の試合はベストなお前らが必要なんだ。だから体力を消耗する後半の泥仕合から救出したんだぞ」


 ……いやー、まあ代表の監督からそう言われてしまえば仕方ないかなぁ。うん、ほら山下先輩も一気にご機嫌になってるし、そこまで期待されているんならこの交代も受け入れて上げましょうか。

 それにしても俺の力をそんなに必要としているなんて、仕方ない監督さんだなぁ。

 全く俺達がいないと駄目なんだからこの山形監督は……。そう愚痴りながらもついついここまで評価されている事に唇が綻んでしまうのだった。

 この時は俺も山下先輩も監督が「計画通り」といったドヤ顔をしていたとは、後に真田キャプテンに教えられるまで想像もしていなかった。



  ◇  ◇  ◇


「さて、前半は日本の計画通りの展開だったんじゃないでしょうか。スコアも二点のリードでボールの支配率も六十パーセントを超えています。攻守共に安定していてどうやら松永さんの懸念材料だった身体能力の差はあまりなかったようですね」

「あー、そうですね。日本が良かったのもありますが、アメリカのストライカーの「スラムダンカー」ジェームスが全然機能してません。敵の前線では彼を最も警戒していたんですが、今日の所はコンディションでも悪かったのか彼からは全然ゴールの臭いも危険な香りもしませんね。このままの状態では私なら途中で交代させますよ」


 いつも通りアナウンサーと解説者松永という二人の間の空気は悪いが、それでもこれまでの試合よりは幾分ましだ。

 おそらくそれは日本が二点もリードしているという状況と、昨日の直前予想では松永が「アメリカの選手達の身体能力は凄いが勝敗の可能性は五分五分」と言っていただけで、これまでのようにはっきりと「日本が負けるでしょう」と断言していないからだろう。

 

 だから松永も若干アメリカ贔屓ではあっても、これまでのように笑顔の裏で日本が不利になれと願っているような不穏な雰囲気は醸し出していないのだ。

 比較的なごやかに両者が前半のハイライトシーンを話し合う。特に二点目に繋がった足利のリフティングからの一連のプレイを松永が「普通の監督ならこんな派手なプレイは自重させるのかもしれませんが、私は一度もこんな曲芸を止めろと彼に指示したことはありませんよ」と胸を張ったのだが、アナウンサーに「ええと指示もなにも、足利選手は松永さんとの会話は最初に挨拶した記憶しかないとインタビューに答えてましたが」「……か、彼は忘れっぽい選手ですからね」と冷や汗をかいたいった一幕もあった。

 そうこうする内にハーフタイムも終わり、後半に向けて交代するメンバーが発表される。それを確認して松永が頷く。


「攻撃的な駒である足利と山下を下げてディフェンシブな選手を投入ですか。ま、山形君にしてはいい采配だと思いますよ。二点のセーフティリードがあればカウンターをくらうリスクの高い細かいパスを繋ぐ攻撃を避けるには十分です。となるとサイドアタッカーの一人である山下と、トリッキーなプレイが持ち味の足利を無理して起用し続ける必要もない。この二人はドリブルや細かい技術が売り物のコンビですから、雨で芝とボールの動きが不安定になるとベストな働きはできないでしょう。

 そんな彼らと守備の意識の高い二選手を入れ替えれば格段にディフェンス力はアップします。雨で文字通りの泥仕合になる可能性もあるのですから、パワーとスタミナとディフェンスを最重視して逃げ切るつもりですね。なかなか理に適った作戦で、私でもこの状況なら守備固めの手を打つかもしれません」

「ほう! いつもは厳しい愛の鞭が多い松永さんが認めるほど正統派で勝算の高い作戦なのですね。それならばこれからも安心して見ていられそうです。この中継をご覧の視聴者もほっと胸を撫で下ろしてリラックスして観戦できるのではないでしょうか。ですが、気を抜かずにこれまでと変わらずに声援をお願いします。日本からの応援がここイギリスの地にまで届いて選手達の力となっているのは間違いありません。後半もぜひ声が枯れるまで応援をしてください」


 画面から届くアナウンサーの声に、画面の日本人選手を一人一人指さしで確認していた女性が首を傾げる。


「あら、本当に速輝がいなくなっちゃったのね」


 後半に向けてピッチへ出ていくメンバーの中に息子の姿を見つけられずに、少しの落胆とどことなく安心の表情を浮かべる足利の母。


「そ、そうですけど、ほらアシカが今日は駄目だったからって交代するんじゃないみたいです。試合に勝つためには必要な作戦とメンバーチェンジだって褒めてますよ」


 我が子の活躍機会も失ったが、同時に危険な目にも会う事も無くなった寂しさと安堵の入り交じった足利の母だった。だがその顔を元気を無くしたと誤解したのか、いつも一緒に観戦している仲間を元気づけようと慌ててフォローする意外と気配りをする真。


「でも、その日本の作戦を褒めてる解説者って……」

「ええ、まあ松永なんですけど……」


 解説者の名前を呼ぶだけでお互いの表情に不安の影を差す。その不穏な空気を察した真が、空元気で心配はいらないはずですよと自分のまだささやかな胸を叩く。


「きっと大丈夫ですよ! なにしろ二点もリードしてるんですから、例え松永が褒めてもきっとこのまま勝てますって。大丈夫、大丈夫!」



 ――これだけ盛大にフラグを立てたのだ。当然ながらちっとも大丈夫ではなかった。



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