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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第四十一話 ベンチで頭を悩まそう

 日本代表を率いる山形監督はゆったりと深くベンチの椅子に腰かけて腕組みをしたままじっと視線をピッチに固定していた。彼の厳つい外見は泰然自若としながらも、心の中では緊張のあまり出そうな貧乏揺すりを止めるのに気を遣い、ラインぎりぎりまで走り出て大声で檄を飛ばしたいのを我慢しているのだ。

 この代表チームのメンバーには細かい指示を出すよりも、自信満々に座ったままで「お前達を信頼しているぞ」という無言のメッセージを送った方がいいと判っているからだ。


 それでも彼の頭の中だけは忙しくこれからどう動くべきかのシミュレーションを繰り返していた。

 だからといっても目の前で行われている日本対アメリカ戦の前半戦は旗色が悪いわけではない。

 むしろ試合の立ち上がりに日本が明智・山下・足利といった中盤のコンビネーションでアメリカの守備を崩し、最後は司令塔の足利から上杉へのホットラインが機能しての得点で一対ゼロとリードしているのだから有利な状況であるのは間違いない。

 しかし監督は試合の状況に一喜一憂するのではなく、現在の戦況から未来を予測してその中で最も都合がいい結果が導かれるように常に準備しておかなければならないのだ。

 今現在一点リードしているからと楽観しているだけでは監督として失格だろう。


 山形はトーナメント二回戦がアメリカと決まった時は無意識の内に唇が綻んでいた。これまでのデータでも明らかにアメリカよりもイングランドの方が強敵――というかイングランドが相手ならこっちが総力戦でかかっても勝敗はどう転ぶか判らなかった。だが、アメリカが相手ならば日本代表の方に色々な選択ができるだけの余地があると判断しているからだ。

 だから今日のアメリカ戦だけでなく先を見越した作戦を事前に幾つか立案し、その腹案を持って試合に臨んでいたのである。

 これまでは中盤を制圧しボール保持率を高くする作戦がはまり、敵は有効な攻撃が出来ていない。スラムダンカーにはヘディング争いをする機会さえほとんど与えていないのだから、守備陣には花丸を上げるべきだろうなと山形監督は思う。

 だが他にも考えていた作戦を実行しようにも、山形が躊躇うような条件がここで二つ。

 

 まずは日本のリードが一点だけということ。

 二点差もあればサッカーではある程度のセーフティリードになる。

 もちろん油断は禁物だが、二点差がつくという事は敵の守りが上手くいっていないのとこちらの作戦が功を奏しているのを意味している。そこから試合をひっくり返すのはなかなか難しいのだ。

 だからこそ二点以上の差がついた後からでも逆転した試合が大逆転としてクローズアップされ「二点差は最も危険」と言われるのだろうが、そんな試合は実力が拮抗した試合ではあまりない。二点差というのは勝敗の一つの目安だと山形監督は考えている。

 そうなるとまだリードが一点だけの今はデリケートな状態であり、日本が押しているというこの微妙なバランスを崩すのが怖くてなんとも自分の方からは動きにくいという状況なのだ。


 次に気になるのが天候だ。

 試合前からぱらついていた小雨が時間進行に併せて徐々に強まってきている。さすがはプレミアリーグでも使われるスタジアムだけあって、整備が行き届いているのか水はけも良くいまだにピッチのコンディションは悪くない。

 だが、このまま雨がさらに降り注ぐと芝の上に水たまりが浮くような悪条件下でのプレイも覚悟しなければならないだろう。

 トーナメント、しかもそれが国際試合などではできるだけ日程を動かさないようにするために多少のアクシデントを無視してでも試合を続行するからだ。

 したがってこれ以上雨足が強まるのなら、こちらも泥だらけのピッチで戦うのを前提にした対策を考えなければならない。

 そこまで思考を進めていると、ピッチ上で動きがあり山形監督は思わずベンチから腰を浮かして前のめりな姿勢になる。


 敵の陣地に少し踏み込んだトップ下の位置で足利がまた曲芸を披露したのだ。

 明智からのパスを敵のゴールに背を向ける形で受け取ろうとした足利が、ちらりと右サイドの山下へ視線を流す。だがそれはフェイントだ。

 彼はトラップでボールを足下に止めるのではなく、ダイレクトでふわりと真上に浮かせたのである。そのワンタッチで自分についていた背後のマークを振り切った。

 足利の体で影になっていた死角から、いつの間にか彼の頭上をボールが通過しているのに全く気が付いていないアメリカのDF。

 最初のフェイクで右へのパスかとコースを切ろうとした直後に慌てて自分を抜こうとする足利を止めようとするが、完全にボールを見失い混乱して足が止まる。


 一瞬でそのマーカーを引き離すが、足利の脚力ではシュートレンジにはまだ遠いのかもう一度空中にあるボールを軽くタッチする。リフティングの要領で浮き球にしたままボールキープして前へ出るうちの誇る小柄な道化師。

 だがゴール前ともなるとアメリカもそうは長い間フリーにしてくれない。空中に舞うボールに三度目のタッチをするタイミングで足利がボレーシュートの体勢に入ると、ほぼ同時に彼の前に新たなDFが立ちはだかりシュートコースを塞ぐ。

 それを無視したようにボールをめがけて格闘技のミドルキックのように真横に右足を振り切る足利。

 

 ――ボレーを撃つはずの足利の右足は空を切った。

 だがすぐさま空振りしたはずの右足は地面に着き、それと同時に左足がさらにその外側からピッチに落ちる寸前のボールをすくい上げる。

 リフティングからのボレーシュートと見せかけた変形のラボーナだ。

 山形監督を含めたベンチのメンバーですら、足利の右足がシュートを完全に空振りしたように見えた瞬間には頭にクエッションマークを浮かべて動きが止まっていた。

 

 ましてやそんな珍しいプレイに直面しているアメリカ守備陣は、固まったままラボーナによってDFの裏へと出されたボールを視線で追いかけるだけになっていた。

 足利のこういったゴール前でのラストパスは、どんなトリッキーなキックでも――例えそれがヒールキックでもノールックでもラボーナであろうが異常なまでに精度は高い。それどころか、普通のパスより正確なんじゃないかとさえ話題になるほどだ。

 スピードはないが絶妙にコントロールされたパスがアメリカにとって最も危険な位置、ペナルティエリア内のDF裏へと運ばれる。

 敵の守備陣がはっと気を取り直した時には、すでにそのボールは髪を逆立てた日本の点取り屋が豪快にダイレクトでアメリカゴールへと蹴り込んでいた。


 上杉はエリア内へ飛び込んできたそのままの勢いで敵のゴールを通り過ぎて、日本のサポーター席前までその足は止まらない。

 天に突き上げたガッツポーズで「俺が点を取ったんや」と観客席に自分の拳を見せつけると、すぐにそっちには背を向けてピッチから祝福に駆け付けるメンバーへと正対する。

 どうしてだろう、一つ一つは不自然ではない動きのはずなのだが山形監督の目にはなぜか上杉がチームのメンバーに背を見せないよう警戒しているように感じられたのだ。

 実際今も得点したうちの自慢のストライカーはフェンス際の看板に背中をくっつけて守るようにしている。まるで自分の背後に回られるのを嫌がる国際的狙撃手のような挙動だが、何かあったのだろうか?

 そんな埒もない疑問に頭を悩ますべきではないと打ち切り、ベンチから他のメンバーに混じり声を出す。


「ナイスシュートだ上杉! それにナイスパスだアシカ!」


 俺に声をかけられた能力は申し分ないのだが実に扱い辛いコンビは、大歓声の中でも俺からの祝福が届いたのか振り返るとベンチに向けて二人揃って親指をびっと立ててきた。

 目上であるはずの監督に対しての仕草としてはあまり行儀がよろしくないが、得点した直後なのだからここは大目に見よう。そう考えて山形監督も格好をつけて親指を立て返す。

 へへっと照れくさそうに歯を見せる少年達にこっちも頬が緩む。うん、まあ悪い子達じゃないんだよなこいつらは。サッカーに関しては凄く優秀だし。

 ただ落ち着いていて自分の言葉をよく守る選手より、少しやんちゃなこいつらの方がずっと頼りになる。一癖も二癖もある選手達をスタメンに抜擢した山形は自分をそう納得させる。


 思い起こすと山形監督は、行儀よく規律正しい松永前監督の残したチームに限界を感じたからこいつらを受け入れて攻撃的なチーム作りに着手したのである。

 その彼の選択は間違いではなかったとここまでの大会の成績と今日のスコアが証明してくれている。

 過去の自分の決断を自画自賛している山形監督の頬にぽつりと水滴がかかった。

 ベンチから立ち上がって前へ進んだ拍子に屋根になっている部分からはみ出し、雨が降りかかる場所まで来てしまったらしい。

 自分の体で実感して判ったが、思った以上に雨粒が大きく勢いが激しい。


「これは……本降りになるな」


 なるほど、足利がボールを浮かしてプレイしていたのは単に奇をてらって相手の動揺を誘うだけでなく、出来るだけボールを芝に着けないようにしていたのか。山形監督も自軍の得点に綻んでいた唇を引き締める。

 足利がそうした小細工をしなければならないほどピッチの中では精巧なボールコントロールが難しくなっているのかもしれない。おそらくベンチで見るよりもずっと雨の影響が強いのだろう。

 仕方ない。

 ピッチから一層暗くなり始めた空へと視線を移していた山形監督は、前半だけで二アシストを記録した足利を引っ込める決断を下していた。

  

 

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