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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第三十七話 暗い雰囲気を吹き飛ばそう

 残り時間も十分を切る、後もう少しで逃げ切れるという時間帯で同点に追いつかれてしまった。

 だが俺の心の中では悔しいという感情よりもさすがはサッカー大国のドイツだ、やるじゃないかという賞賛の念の方が強かった。

 別段手を抜いた覚えもないし、集中力をなくしたつもりもない。しかしドイツの力――特に皇太子の気迫に若干押されていたののは認めなくてはならないだろう。

 この代表チームに加わってからは失点を追いかける展開が多かったので、逆に何度リードして突き放してもしぶとくくらいついてくるドイツの粘り強い戦いぶりは新鮮な感覚を味あわせてくれる。

 たぶん俺達と戦っていた相手もこんな風に常に追いつかれそうなプレッシャーに晒されていたのだろう。


 自分達のリードがなくなったのを喜ぶわけにはいかないが、対戦する相手が諦めを知らない強敵だとこっちにも気合が入るってもんだ。逃げ切るんじゃなくて、もう一点とって叩き潰さないと勝負はつかない。

 センターサークルでそう覚悟を決め直す俺の隣では、明らかに唇の端を笑みの形につり上げている少年がいた。

 上杉は残り時間を守る為に消費しようとするのではなく、また得点を奪いに攻撃的にシフトしなければならなくなった状況を明らかに喜んでいるようだった。リードしていた先ほどよりも体の動きが楽しそうに弾んでいたのだ。

 ……せめてもう少しだけでも内心を隠せばいいのになぁ。

 失点して肩を落す日本のDF陣の厳しい視線がこっちに集まっている。守備陣から睨まれる不器用なゴールハンターを憐れんでいると、その上杉がこっちを振り向き「おい、アシカ」と呼びかけてきた。


「何ですか上杉さん?」

「お前はもう少しにやけるのを加減した方がええんやないか? 同点に追いつかれて笑ってるんは感じ悪いわ」


 思わず自分の頬に手を当てると、うん確かに自覚しているより緩みが大きかったようだ。自身も浮かれている上杉に気づかれるぐらいなのだからよっぽど酷かったのだろう。

 いかんと慌てて両掌で音が鳴るほど頬を叩く。それで頬と気を一気に引き締めると、目を丸くして俺の乱暴な目覚ましを見つめている上杉に向き直った。

 傍若無人な彼にしては珍しくチームメイトに気を使ってくれたんだ、俺からも一つ忠告を送ろう。


「上杉さん今度はキックオフシュートはなしですよ」

「……お、おう。もちろんや」


 一瞬体を電流が流されたように硬直させた後、あからさまに図星を指された表情で「ワイがそないな考えなしな事をすると思ってるんか!」と逆ギレをして声を荒げてきた。


「ああ、良かった。ならこれから上杉さんはキックオフシュートはもう一回もやらないんですね」

「……いやこの試合の一発目かてお前がやれって言うたからやないか! それに、そうやカンフル剤としていきなりシュート撃つのも必要な時もあると思わへん? 思うよな! ならこれからワイが初っ端に撃って外した場合は全部アシカの責任っちゅー事で」


 ……なんだかメンバーから「このチームの問題は大体アシカのせい」って言われている原因が判ってきた。

 しかもこのストライカーは「あ、でもキックオフからのシュートが入った場合の得点と功績はワイのもんやで」と追い打ちをかけているのだ。プレイと違って上杉は口を開くごとに緊張感が削がれていく。

 そこに俺達二人の間に漂う微妙な空気を読まず口を出す少年がやってきた。


「あの、もうキックオフっすよ」

「……そ、そうでしたね」

「ワ、ワイは忘れてへんかったで」


 とりあえず今度の再開では、俺の活躍によりまたいきなりのシュートで始まるのは防がれたのだった。

 失点したばかりの状況では俺と上杉の会話は不謹慎なやり取りに見えてしまうかもしれれないが、得点を奪いに行く攻撃陣の雰囲気が落ち込んだりするよりはずっとましだよな。 



 さて残りが十分を切った時点で同点であれば、普通の試合は中盤を省略したロングボールの蹴り合いとなる場合が多い。

 下手に中盤でボールをじっくり回しているとそれをカットされれば大ピンチになりかねないからだ。この時間帯で失点すればリカバリーが効かない為に、どうしても消極的にすら見える安全策を取ろうとしてしまう。

 さらに体力が尽きそうな試合の最終盤なのである、スタミナが残り少ない後ろのディフェンスの方から押し上げを期待せずに前のメンバーだけで攻撃してくれといった理由もあるだろう。


 でも俺達日本代表はそんな前線だけのカウンターで攻撃するチームじゃない。中盤でじっくりとパスを回し、サイドを経由したとしても高さで勝負するクロスを上げるより、グラウンダーで最前線のFWの足元へボールを繋いで最終的にシュートへ持っていくのが攻撃の基本形である。

 なによりワントップの所にドリブルがさほど上手くなく、フィニッシュしかできない上杉を配置した段階で「前からボールを取りに行く事で結果的にカウンターになっても、自分達から引いて守ってカウンターを狙う事はしない」と宣言しているようなものだ。

 だからこそ、中盤に試合を組み立てられる俺と明智のゲームメイカーが二人もいるのだが。


 その俺と明智は中央からの崩しに拘っていた。

 確かに皇太子のディフェンス能力は脅威だが、それでもかなりスタミナを消費しているのも事実だ。そして彼を相手にして攻撃することはそれをディフェンスをさせる事によってさらに体力を使わせて攻撃への余力を無くさせる事にも繋がる。

 うんこの辺は理路整然としているな。

 これでさっきの失点のきっかけが完璧に抜けると思ったチップキックをカットされたせいで、頭に来たからもう一回皇太子の所から攻めようとしているのではないと証明されたような物だ。

 俺は完全に冷静で落ち着いている。さっき明智に相談しても「う、うん。アシカはれ、冷静っすね。あ、ちょっと監督が僕を呼んでいるような気がしないでもないっす」と認めてくれている。その後でなぜか俺から足早に遠ざかりながら「やっぱりこのチームの最大の売りも厄介事も大体アシカのせいっす」と呟いていたが、なんでだろうな? 上杉と言い明智と言い問題児ばかりが俺の責任にしたがるのは困ったもんだ。 

 

 しかし、正直この皇太子を無視してロングボールを敵のゴール前に放り込む作戦ではドイツを相手にしては成功率は低い。日本の長所であるはずの中盤の組み立てを放棄したようなものになってしまうし、空中戦では上杉も長身のドイツDF相手には分が悪いからだ。

 だから明智にしても冗談交じりにでも俺の中央突破作戦を承認してくれたのだろう。

 そう言うわけで今も頑張ってドイツ攻撃陣からボールを奪還したディフェンス陣に、ボールを渡せと要求する。  


「真田キャプテン、パスください!」 


 右手を上げて声を出すと、日本語が判らなくても雰囲気で内容を察したらしい皇太子の奴が音も無く接近してくる。その姿に明智がちらりと視線を流してこいつも手を上げた。


「こっちにも頼むっす」


 おそらく明智の行動はマークの厳しい俺への負担を減らすためと、皇太子及びドイツディフェンスに対する「日本の攻撃の起点はアシカだけじゃないっすよ」という牽制だろう。これでマークが分散してくれるはずだ。

 だが、それに感化されたのか他にも前線で上がる手の数がさらに二つも増殖する。


「あ、俺にもよこせって!」

「アホ! ボールはワイのもんや!」


 ……もうやだこいつら。

 上杉と山下先輩の挙手の追加にパスを出そうとする真田キャプテンはもちろん、敵のドイツ人までがうろんな目つきで見つめてくる。

 たぶん二人の点取り屋も俺へと警戒が集中するのを防ごうとしたんだろうが、どうにも本気で「パスをよこせ、シュートを撃ちたいからできれば今すぐに」と言いたげな表情をしているためにちょっとだけ信用ができない。

 いっそのこと「どうぞどうぞ」とこいつら最前線の奴らにボールを譲ってやろうか、そんな考えを頭を振って追い払う。そんな単純なロングパスをした所で強靱なフィジカルを持つドイツDFに弾き返されるだけだ。


「そこの二人は無視してください!」


 点取り屋二人をないがしろにする言葉を出すと共に前線から凄い殺気を感じた気がしたが、あくまで気のせいにしておきたいのでしばらく肉眼はもちろん鳥の目でもそこら辺は見ないようにする。


 さて、真田キャプテンからのなんとなく「お前らいい加減にしろよ」というため息が混じっているような感覚のパスを受け取ると、覚悟を決めて自分とドイツゴール付近の状況を確認する。

 挙手してまで注目を集めていた上杉と山下先輩の二人は当然マークがきつい。特に一番ゴールに近い上杉にはマーカーが密着している。

 残りの前線の駒は左サイドの馬場ぐらいだが、ドイツの守備はあいつだってそうそうフリーにはしてくれない。

 まあゴールから離れている分まだマークが緩いが、その分得点するためにはそこからさらに何か一手必要だ。


 ――つまり効率を考え、リスクを無視すれば皇太子のいる中央を突破するのが一番なのだ。そしてそれを理解しているからこそ大黒柱の彼を据えているのだろう。

 ならば今度こそ正面から突破してやるぞ。


 そう固く決意をした一分後、少しだけ気合いが空回りした俺と日本の攻撃陣は皇太子ハインリッヒにボールを奪還されてしまう。

 完全に体力を使い果たしたかと思ったのだが、この少年は勝負所では想像以上の力を発揮するという敵に回すと厄介極まりない主人公補正のような特徴があるようだ。

 こいつにしてやられるのは、今日これで何度目になるのか判らないぐらいである。

 だがこの時にボールを奪われてしまったプレイが、結果的に最後のゴールへと繋がったのだから俺と日本代表にとってはずっと忘れられない失敗の記憶の一つとなるのだった。


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