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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
172/227

第三十四話 皇太子を相手にしよう

 俺達の年代において、おそらく世界最高レベルのディフェンス能力を持つドイツの皇太子ハインリッヒと試合の重要なポイントとなるであろう時間と場所での直接対決だ。

 しかも今の俺はボールを持ってゴール方向を向いているという願ってもない状態である。

 これで燃えなきゃサッカーをやっている甲斐がないよな。

 

 相手の皇太子も大事な場面と判断してか俺にそれ以上の準備はさせてくれない。すぐにパスやシュートを撃てる距離を消そうと微妙な位置にまで素早く体を寄せてきた。

 普通のDFならば俺にはもう少しくっつくか離れるかの二択で、こんな風に正面から向き合う事はめったにない。それはパワーで劣る俺を接触プレイで強引に潰そうとするか、ドリブルで抜かれるのを警戒しすぎて間合いを広く取るかのどちらかを選んでいるからだ。


 しかし一対一ならば絶対にドリブルでは抜かれない自信があるのか、無造作に思えるほど素早く踏み込んでくる皇太子。

 確かにこのぐらいの間合いがあればドリブル突破だけでなく前方へパスされた場合にも対応できるだろうが、俺にとっては最も技術を発揮しやすい中間距離でもあるぞ。

 よし行くかと軽くボールを右左へタッチして揺さぶり、肩や首に視線といった物まで駆使して「抜くぞ抜くぞ」と誘っては先に相手を動かそうとする。

 ちぃっ、これぐらいじゃ引っかかってはくれないか。

 もしこんな時に慌てて足を出してくれる奴だったらその逆を突いて突破するのはさほど難しくはないのだが、相手もドイツの誇るリベロでありそんな無様に抜かれるようなまねはしてくれない。

 それどころか隙あらばボールを取るぞと、無言のプレッシャーをかけて追いつめられた俺の方が無理なドリブル突破をするように誘導しているようだ。


 くっ、この一見地味にさえ映るディフェンスなのだが、基本に忠実でなお落ち着き払っている。さすがに一筋縄ではいかないようだ。

 これまでに相対してきた数々のDF達は俺がここまでフェイントを重ねれば我慢しきれずタックルを仕掛けてきたりバランスを崩したりしてきた。そうやって先に相手を動かしてから後の先で突破してきたのだ。

 いや例え抜けはしなくても少なくともどこかしら綻びと突くべき弱点が浮かんできたのだが、皇太子からはそんな隙らしき物は微塵も見当たらない。

 これほど一対一が厳しく感じるのはちょっと事情は違うがイタリアのキーパーの赤信号とペナルティエリア内でやった時以来か。

 弱気の虫が顔を出しそうになり、バックパスで逃げようかという思考が脳裏をよぎる。

 無意識の内に鳥の目で連携が長く最もパスがしやすい山下先輩と、俺の危機には必ずフォローに現れててくれるはずの明智の位置を確認した。

 だがその瞬間に前の皇太子から受けるプレッシャーが僅かに減ったのだ。

 あ、もしかして……。


 俺はすっと顔を伏せると今度は上杉の姿を探す。

 うん、あいつはいつも通りオフサイドラインぎりぎりの所で俺からのスルーパスを待っている。普段ならばもっと思い切り良く飛び出すのだが、今回はいつものように俺からほとんど溜めなしで出されているパスとは違う為にタイミングが取れないらしい。

 そして俺が上杉に注目している間、さっきまでの立ち位置を変えて皇太子は完璧に彼へのパスルートを潰している。

 つまりどういう理屈か判らないが、俺がどこを狙っているのかこいつに読まれていると確定していいだろう。

 それが俗に言う気配を読んでの話か、それともディフェンスに長けたが故の勘なのか、それとも俺の鳥の目めいたものを持っているのかは知らん。それでも一つだけ判ったのは――これは利用できるって事だ。 


 俺は改めてこれまでの手足の小刻みなフェイクに加え、ボールを左右に動かし・跨ぎ・ヒールキックにスピンでの微妙なボール操作まで切る手札を増やしてていく。

 その上でボールがいかにも「相手が足を伸ばしたら取れそう」なぎりぎりのラインに設置し続ける。さらには首の振りに顔の向きに味方の位置、さらに鳥の目での視界まで総動員しての駆け引きは継続中だ。

 観客は俺の隙に見せかけた誘いに、なぜ皇太子はチェックしにいかないのか不思議がっているだろうな。

 どうでも良いことだが、テレビ画面越しなどではこの俺と皇太子の一対一での細かい機微が判らずに俺がボールを保持したまま二人で向き合ってぼーっとしているように映るのかもしれない。

 松永前監督なんかにはどんな解説されるか判ったもんじゃないな。

 まあそんな心配は後回しにして、この厄介な相手を攻略するのに集中しよう。


 このままではらちが明かないと決意してもう一度深く顔を伏せるが、これは鳥の目ではなくスタートダッシュに必要な前傾姿勢を目立たなくするためである。

 ここまで色々とパスやフェイントに意識を割かせたんだ、一番シンプルなスピードとキレで勝負する縦へのドリブルでの突破への警戒は薄れているはず。

 別に完全に相手の裏をかくんじゃない、「またフェイントか?」と疑ってくれるだけで構わない。国際戦のレベルでは敵が一%でいいから対処が遅れてくれればそれだけで勝負が決められるのだ。


 そして俺はその色々とフェイントを仕掛けている最中にも皇太子の挙動――特に肩の動きを注視していた。こいつは軸がぶれない分だけ逆に呼吸の際の肩の上下が良く判る。そして肩が上がるのは息を吸い込んでいる時で、その瞬間だけはどんな人間でも反応が遅れるのだ。

 ――よし、今だ!

 俺の持てる全てのフェイントと観察力を発揮してチャンスだと決断したアクションは、相手のハインリッヒ対して一歩半だけ先んじるアドバンテージをもたらしてくれた。


 一歩半踏み込んだというのは一対一をやっている敵とちょうど肩が並ぶぐらいの場所である。

 後は速度を上げて抜き去るだけなのだが、皇太子も自分の不利を悟ったようだ。抜かれない様にと無駄な動きはせずに並んだ肩をぐいっと押し込むようにして俺のバランスを崩そうとする。

 ぎりぎりでファールを取られない程度のチャージが、すれ違いかけた俺の肩に強い衝撃を与えた。

 安定感よりスピードと切れ味を重視したダッシュではその圧力に耐えきれず体は傾いていくが、皇太子を相手にしてるんだ、このぐらいは想定済みだぜ!

 受け身よりも俺はそのままの体勢から右足を振り抜くことを迷わず優先する。


 その俺が蹴ったボールが向かうスペースはドイツゴール前にいるうちのエースストライカーと、それをマークしているDFの裏側だ。

 一対一で皇太子が前へボールを通すはずがないと味方を信頼しきっている敵のDF。

 俺と皇太子ハインリッヒの勝負には微塵も興味も抱かずに、自分へパスが来るかどうかだけを気にしている味方の点取り屋。

 この二人のボールに対する反応の速さは、当然ながら性格が悪い方へと軍配が上がった。

 斜めになっていく視界の中、ボールがイメージ通りのラインでオフサイドをかいくぐった上杉に渡ったのを確認した俺は、日本が得点する事までも信じて身をよじると背中と尻でピッチへ転がるように受け身を取る。

 お前へとパスを送るのが俺の役目で、そこから先はお前の仕事なんだからな上杉。外したりしたら本気で怒るぞ。


 ――ピッチに倒れ背中とお尻をぶつけた際の刹那の意識の空白の後、俺は「痛てて」と突いた尻餅に顔をしかめた。

 その時にはすでに上杉が叫び声付きのシャドウボクシングをしながら、自身の久しぶりのゴールをサポーターに向かって誇示している所だった。

 うん、ちゃんとイメージ通りにゴールしてくれたようだな。


 倒れた体の各部位の軽い痛みも全く気にならずに頬を緩めていると、すっと目の前に差し出された手に「お、サンキュ」と捕まって立ち上がる。

 だがその大きな手をたどっていくと、それはドイツの皇太子の物だった。

 思わず俺を倒した相手にも関わらず「ダ、ダンケシェーン?」と疑問形の感謝のドイツ語に言い直したが、立ち上がらせてもなお身長さからくる見下ろしは無表情のままだ。

 今の攻防と失点に相当プライドが傷つけられたのか、そのまま身を翻してドイツゴールへ帰っていくまで彼の鉄の仮面で出来たような厳しい表情は崩れなかった。

 その孤高の後ろ姿を見送っている内に、上杉のあまりに堂に入ったシャドウに近づけないチームメイトが諦めたのか代わりに俺の方へと近づいてきたのだ。


「ナイスアシストだ、アシカ!」


 防ぐ間もなく次々に俺の背へとハンコのように赤い手形が押されてゆく。気が付けばその中にちゃっかり上杉までもが紛れ込んでいるじゃないか。

 お前もしかして、興奮に我を忘れた当初はともかく途中からは紅葉を避ける為にシャドウボクシングを続けていたな。


「痛てて、俺は今転んだばかりなんですから手加減してくださいよ」

「え、どこか怪我したのか?」


 途端に心配そうに尋ねてくる山下先輩に「いえ、背中と尻餅をついただけで特にダメージは……」と打ち消すと「じゃ、オッケーやな」と紅葉の嵐を続行しようとする拳を握ったり開いたりして自分の番が待ちきれない様子の上杉。

 その彼に敢然と立ちはだかるのは頼りになる山下先輩だ。


「待て、アシカを叩きたいのなら……」

「いや、別に無理してまで叩きたくはないっす」


 とその寸劇に対して顔の前で手を左右に振る明智を無視し「俺を倒していけ」とでも格好をつけるのかと期待したが、先輩は人差し指を上杉へと突き付ける。


「そのゴールした野郎を存分に叩いてからだ」

「あ、それもそうっすね」

「そっちは僕も叩きたいかも」


 ついちょっと前まで俺の背に群がっていたチームメイトが一斉に上杉をロックオンする。

 じりじりと生存者ににじり寄るゾンビの群のような代表選手達に囲まれた上杉は、ファイティングポーズを取って絶体絶命のアクション映画のヒーローのように叫んだ。


「くっ、アシカ! お前裏切ったんやな!」

「え? これって俺のせい? あ、でも俺も参加しますね。上杉さんの背中で行われる紅葉狩りには」

「参加料は無料っすからどんどん参加してオッケーっす。それと上杉今頃気が付いたんすか? 基本的に全部アシカのせいっすよ」

「うん、このチームの不都合は大体アシカのせいだな」


 山下先輩や明智が責任を俺に押し付けながら、楽しそうにゴールを決めた殊勲者にじゃれかかる。

 ……この代表選手達の俺に対する評価は一度はっきりさせなければならないと心に刻んだ。まあ、それより今は上杉の背後をとるのが先決だけどな。


 若干他のチームとはノリが異なっているようだが、とにかく勝ち越し点を挙げた日本の雰囲気は最高に盛り上がっていた。 


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