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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第三十三話 互いの長所を潰し合おう

 後半の開始前、審判の笛を待つ俺の表情は少しばかり強ばっているかもしれない。

 ほんの一分前はリラックスして体をほぐしながらいつものルーチンワークをこなしている最中だったのに、体力の残量と鳥の目の調子をチェックしていた時にちょっとした問題が発生したのだ。

 別段俺の体に関するトラブルではないのだが、俺にとってはかなり重要な気掛かりだ。

 まずその前に心配していた体力の方については大丈夫である、前半にあまり活躍できなかったせいでまだスタミナが有り余っているせいだな。前半の相手によって抑え込まれたのは喜ばしい事ではないが、逆に後半にガス欠になる心配が少なくなったとプラスに考えよう。

 だから、俺の体調に関しては何も問題はないのだ。


 問題があったのはその次に鳥の目のチェックしている時の事だ。当面の相手となる皇太子ハインリッヒを「スタミナが切れてたり、どこか痛む場所でもかばっている様子はないか」と弱点を探すためにじっと観察していると、彼がこっちを見返して楽しそうにウインクしてきたのだ。

 いかにもドイツ人らしいどこか厳しく気位が高そうな少年だが、茶目っ気も年齢相応にあるらしい。

 俺は思わずウインクされた相手が自分ではなく他に誰かいるのではないかと周りを見回したが、ピッチを俯瞰した図で確認してもそこには誰もいない。だとすれば……あいつ俺が鳥の目で見ているのに気がついていたんだな。

 ああ、なるほど。俺が前半プレイを潰されていたのは俺のパスが鳥の目に頼りきりだったからか。便利すぎる力に慣れ、無意識の内に依存したプレイをしてしまっていたようだ。

 だが、相手も鳥の目を感じ取れるといった選手だとすればこっちの対応だって自然と変わる。俺が子供の頃からトレーニングして手に入れた技術は断じて鳥の目を生かす為の物だけではないのだ。


 確かに相手の皇太子と呼ばれるハインリッヒが持って産まれた資質は間違いなく俺以上だろう。ドイツの皇帝と呼ばれた偉大な選手の後継者として、名前負けしないだけの心・技・体の何一つ欠けていない才能と高いレベルでバランスのとれた実力を当然のごとく持っていやがる。

 だけどな皇太子様はどこか勘違いして見下しているようだが、俺の最大の特徴は鳥の目なんかではなくしぶとい所なのである。例え死んでもサッカーをやるためだったら復活するぐらい執念深く諦めが悪い性格をしているのだ。

 待っていろよ、この後半で道化師が決して皇太子にピッチ上では劣らないことを思い知らせてやるぜ!



 そういった決意を固めている最中に後半が始まったが、ドイツは前半の最後から始めたDFラインと中盤を前に押し上げる陣形を続行している。

 これは終了間際の得点に至るまでの流れが良かったと判断して、いいリズムを崩さないようにしているのだろう。

 こっちとしてはちょっと判断の難しい展開だな。

 もちろん得点源のFWヴァルターとDFラインからゲームを操るリベロのハインリッヒを警戒しないわけにはいかないが、他の選手を無視していいはずがない。

 仮にもサッカー大国のドイツ代表だ、エース格の二人ほど目立たないとはいえ粒は揃った選手達である。

 

 特に厄介なのが俺達日本のDFの注意が自分達から逸れているのがプライドを刺激したのか、サイドアタッカー達がここが勝負所だと積極的にドリブルで勝負を仕掛けてくるようになったのだ。

 もちろんそのサイドからの攻撃の最終目的は爆撃機ヴァルターに弾薬を補給……ではなくクロスを供給する事だ。このドイツの両翼のサイドアタッカーはこれまでのグループリーグでは得点がないことから、ゴール前での決定力はないのだろうがクロスを上げられるのだけは警戒しないわけにはいかない。

 なにしろ神出鬼没だが破壊力満点の爆撃機がうちのゴール前をふらついているからだ。

 このヴァルターは「ペナルティエリア内とゴールできそうな所」なら日本陣内のどこにでも移動するのでマークしにくくて仕方がない。もしもステルス性の爆撃機を保有している国と戦争をするのなら、こんな「いつどこから急に爆撃されるか判らない」怖さを常に感じてしまうのだろうな。

 

 そこで日本の守備に目を転じれば、言うまでもなく右サイドはもろい。それは島津をサイドバックとして登用している時点で判りきった事だ。

 では左サイドはどうなのか? これはアジア予選の最初の内はもちろん島津に比べればずっと守備の上手い、というか守りの局面でちゃんとそのポジションにいるサイドバックを先発させていた。

 だが右サイドを抉られてクロスを上げてくる敵を相手にした場合、片方のサイドだけが守りが堅くてもあまり意味がないと結論が出たのだ。

 従って、島津がスタメンの時には左には上下に運動量の多いサイドバックではなく、屈強なセンターバックタイプのDFを使っての真田キャプテンと武田を含む三人のDFが中央に絞ってスリーバックの守備体型を形作っている。


 武田と真田キャプテンに加え、もう一人長身のDFが日本ゴールにいればそう簡単にセンタリングからのヘディングで得点は許さない。なにしろ島津がスタメンって時点でそのパターンで攻め込まれるのはさんざん経験しているからだ。

 ドイツを相手にした場合も日本代表で一番ヘッドに強い武田が得点率の高い爆撃機ヴァルターと空中で争い、真田キャプテンがそのフォロー、そしてもう一人のFWを残ったDFが相手をしている。

 オールラウンドに活躍できる真田キャプテンは別としても、島津以外の二人のDFはフィジカルと対人での強さを買われての先発起用である。これなら中国の楊みたいな規格外の長身のエアバトラーでもない限り大丈夫だ。


 さて、日本の守備について一安心したところでここから先は俺が担当する攻撃についてである。

 こっちの方はなかなか上手い事行っていない。

 なにより皇太子がDFラインで頑張っているからなかなか突破するのは難しいからだ。それにこいつは個人的なディフェンス能力以前にラインの統率やカバーリングのタイミングが絶妙なんだよな。

 遠くからスルーパスでラインの裏を狙うとオフサイドトラップに引っかかり、もう少し踏み込んでラストパスを出そうとするといつの間にか間合いを潰されて彼と一対一をやるはめになる。

 これは皇太子が自分がディフェンス側となった場合の一対一での勝負に絶対の自信を持ってるから出来るんだよな。自分がマークした相手に抜かれる事はもちろん前へはパスさえも通させないという尊大な自負心のなせる業だ。それがまた嘘やハッタリじゃない所が腹立たしい。


 だから俺がボールを持って中央からの展開を図ると、ここまではほとんどがバックパスで終わる結果になってしまっている。むしろ俺を囮にした攻撃の方が得点に繋がった山下先輩のドリブル突破のように効果的なのだ。

 でも後半になるとさすがにそのパターンも通用しなくなってきた。俺も皇太子のプレッシャーに負けてゴールに背を向けてばかりじゃなく、なんとかこのドイツディフェンスを打開しなければ……。

 まあ、そのための餌は少しずつ撒いているのだが。


 何度もボールが俺へと回される度、後ろにすっと音もなく気配が近づく。振り返って相手の顔を確認する必要も、鳥の目を使う必要もない。このタイミングでくっついてくるのは皇太子ハインリッヒ以外には考えられないからだ。

 ピタリと張り付いて反転しにくいというほど密着マークはしていない。だが、ターンをしようとするとそのアクションの最中に無防備になる一瞬で踏み込まれてボールを奪われそうな嫌な距離の取り方だ。

 パワーはあるのに体を押し付けてごり押しをしてこない綺麗な守備のやり方だが、ここまで洗練されてレベルの高い一対一のディフェンスを受けるのは俺も初めてである。

 

 これまでに皇太子ほどではなくとも、高いディフェンス能力を持った選手にマンマークされ似たような状況に追い込まれた事は経験がある。だが、その場合は背中を向けたままでヒールパスを何本か通してやれば相手が混乱し出したのだ。

 それがこの皇太子相手には通じない。

 ヒールキックは基本的にかかとの向いた方向にしかボールを蹴れないという欠点がある。それでもボールの出所が判らなかったりタイミングが計れなかったり、ノールックでパスが出せるとは思わなかったりと敵の虚をつく事で俺はヒールキックでも高いパス成功率を誇っていたのだ。

 しかしこの皇太子が俺と似たピッチを俯瞰できる視点を持っているとするとどうなるか? 俺がヒールで撃とうとしているタイミングもコースも丸判りでカットし放題になるのだ。ヒールで撃つこの場合はどうしても普通のキックでパスするよりも球足が遅くなるのがカットしやすさに輪をかけてしまう。


 もちろんドイツの攻撃の始点になるこいつにボールを簡単に渡すわけにはいかないよな。そんなことをしたらあっと言う間にカウンターとなるパスを爆撃機に出されて逆転されてしまう。

 それに何度も同じ相手にボールを奪われるなんて俺のプライドが許さない。

 従って無理な攻撃は諦めるという悪循環だ。

 俺が背後からの皇太子のプレッシャーに負けたようにバックパスを繰り返すと「アホー」だの「ワイとの約束を破るんか?」と罵声が飛ぶが、もうしばらく我慢してくれよ。


 そんな微妙な硬直状況がしばらく続いたが、ようやく試合を動かせる場面がやってきた。

 ボールが俺へと回ってくるのだが、僅かに皇太子が寄せるのが遅い。いや、実はそうではない。後半に入ってから俺がボールを受けとる度にポジションを毎回ほんの少しだけ下げていたからだ。

 具体的にはほんの半歩ずつ。最初からこの位置でゲームメイクをしていれば俺がドイツ陣内にもうちょっと踏み込むまで泳がせようとしたかもしれない。

 だけど長い間をおかずに適度なタイミングで俺がパスを受け取ってはじりじりと俺が皇太子を釣り上げていたのには気がつかなかったようだ。

 

 ここまで誘い出されてはDFラインに戻るまでには致命的なタイムロスが生じてしまう。ならばこの場で俺からボールを奪うしかない。そう腹を決めたのかハインリッヒがさらに寄せるスピードを上げた。

 ――ちょっとぐらいは迷えよ、可愛気がないなぁこいつは。

 だが、その間にこっちは完全にターンしてドイツゴールへ向かう準備は終了している。条件としては完全に五分だろう。

 ここに至って、ようやく俺が万全の体勢でドイツの皇太子ハインリッヒと真正面から一対一をできる状況が出来上がったのだ。

 ドイツ人である彼には通じないと判っていてもつい口にしてしまう。


「さあ楽しもうぜ皇太子!」 


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