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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第十六話 次に向かって話し合おう

 土日と続けて公式試合を二つもこなした俺は「よし、やれる」と確かな手応えを感じ満足していた。

 だが、そうでもない人もいるらしい……具体的には今目の前にいる我がクラブのエース様とか。


「おいアシカ。昨日の試合はどう考えても俺へのパスが少なすぎたんじゃないか?」

「仕方ないじゃないですか、マークが二人もついていたんですから」

「だけどな、もっとこう、何というか……」


 山下先輩は頬をふくらませていささか乱暴な扱いで足下のボールをこねくりまわす。こいつは表情と同様にボールの動きの荒っぽさが納得できないと感情をだだ漏らしにしているな。


「まあまあ、足利もわざとお前にボールを廻さなかったんじゃないし、ぐちぐち後輩を苛めてないで次の試合をどうするか考えようか」


 と朝練の前の話し合い続行を進めるキャプテンは本当に苦労人だ。確かにここで無駄なお喋りに時間を費やしてもしょうがない。これからも続く試合に向けて相談するべきだな。


「でも、これから先に進むとやっぱり十番の山下先輩はマークされると思いますよ」

「うん、僕もそう思う。うちはFWより中盤が注目されているから、攻撃的MFのポジションにいる山下は間違いなく最重要ターゲットになる」

「ってことは次からもあんなマークがつくのかよ」


 うんざりと山下先輩がボールを上空へ蹴り上げる。きっちりとコントロールされているので公園外には出ないが、もう少し落ち着いてくれ。


「うーん、そうでもないかもしれないな」

「ん、どうゆうことだ?」

「さあ?」


 自分で言っておきながらそれを否定するキャプテンに、落ちてきたボールをトラップした先輩と二人で首を捻る。こんな咄嗟の場合には山下先輩とは息が合うんだよな。そんな俺達にキャプテンは「判ってないなぁ」とため息を吐く。


「足利がこれまでの二試合で目立ち過ぎたんだよ。僕が相手チームにいたら山下と足利を間違いなくマークして潰そうとするね」


 キャプテンの言葉には、自分より注目されている後輩に対する自嘲の念がほんの僅かに混ざっていたようだった。


「いや、俺が敵チームだったら一番厄介だと思うのはキャプテンみたいなタイプですけどね。ねえ山下先輩」

「え? お、おぅそうだな」

「足利はどちらかというと攻撃寄りだからそう思うのかもな、それと山下はそこまで心がこもってないなら相槌を打つなよ」


 とキャプテンは年齢に似合わないほど深みのある苦笑いする。良かった、拙いフォローだがとりあえずは機嫌が戻ったようだ。これから先を見据えれば彼のテンションが下がっていいことなど一つもないからな。

 それと彼の言う通りだとすると俺にも密着マークがつくのか、いやー本当に面倒だなぁ……。まいったなぁ……。


「おい、アシカ。何にやけているんだ?」

「え?」

「うん。足利がいつもボールに触っている時の初孫を見る爺さんのような表情してたな」


 どーゆー表情だよ。二人の言い草にイラッときながら口元に触って確かめると、確かに口角が上がっている。いかん、敵に警戒されるプレイヤーだと聞かされて胸の高まりを抑えきれていないのだ。

 だって敵からノーマーク状態って楽ではあるけど、相手にされてないみたいで悔しいじゃないか。今までの対戦相手もある程度時間が経過したら、俺を無視できないと悟ってマンマークをつけたりと対応してきた。だが、試合が開始される前から俺専用に対策を立ててくることなどなかった。ま、そりゃそうだよな。今大会が公式戦デビューなのだ、俺の事を知っているのはうちのクラブの関係者ぐらいだからな。


 だからこそ嬉しい。俺の能力を下尾監督やチームメイトが高く評価してくれているのは判る。だが第三者のひいき目なしな観察で俺が警戒に値するプレイヤーだと認められたのなら、それは一つの勲章だろう。

 俺が自分の表情を取り繕えないでいるとキャプテンがまた疲れたような息を吐く。大丈夫だろうか? キャプテンは俺や山下先輩と一緒だとため息が多いような気がするからちょっと心配だ。


「とにかく次ぐらいから足利もマークがきつくなってくるのは予想しておくべきだな。山下と足利は少し距離を縮めてダイレクトプレイを多めにして相手からのプレスをかわそうか」

「俺は二人ついてたマークがアシカと分散して一人になるなら個人技で抜けるぞ。アシカにもマークがつくならかえって距離をとって一対一で勝負する状態を作った方がよくないか?」

「……うん、それもいいですね。キャプテンと山下先輩のどちらの意見も悪くありません。相手のフォーメーションと状況によってお互いの距離を判断しましょうか」

「そうだね、二人の後ろは僕がフォローする。まずいと思ったら一旦僕にボールを返してくれれば組み立て直すよ」


 キャプテンと山下先輩の意見は正反対だがどちらがいいともこの段階では判断できない。マークしてくる相手を簡単にかわせるなら一対一で、手強いならコンビネーションで崩すべきだろう。理想とするのなら未来のスペインにある名門チームのようなパスサッカーができればいいのだが、小学生に世界最高峰のチーム戦術をこなせというのは無茶だろう。せいぜいが参考にするぐらいだ。

 だから後ろにはキャプテンが控えていてくれるのが、地味に凄く嬉しい。キャプテンは中盤の掃除屋またはボールコレクターと言うべきか守備に重点を置いたプレイが持ち味だが、別にテクニックがないわけではない。いやむしろレギュラークラスでもボールさばきは上位に入る。しかし自分のプレイスタイルには合わないとバッサリ切り捨て、シンプルな汗かき役に徹しているのだ。

 俺達の緊急バックパスでも十分に堅実なボール回しをしてくれるはずだ。


「まあキャプテンを保険にできるなら安心できますね」

「俺についてはそんな心配いらないけどな!」


 自信満々のどや顔の先輩にため息を吐く。ユニゾンしたかと思えば隣のキャプテンもこっちを見て苦笑いをしていた。そうだよな、山下先輩との付き合いはこの人の方がずっと長いんだ。苦労してますねと目で語りかければ、微妙な表情で顔を逸らされた。なんだろうこの「おまえが言うな」的な反応は?


「ごほん。じゃあ最初は山下の意見を元にしてやってみようか。個人で突破できるならその方が手っとり早いしね。予想以上に相手が人数かけてきたりしたら、三人の距離を縮めてワンタッチパスで圧力をかわすのがいいと思う」

「ういっす」「了解」


 キャプテンの提案は俺としても納得できる物だった。山下先輩は自分の意見が通り、また一対一の勝負を存分に戦えそうな予感に顔を綻ばせて賛成している。


「それでは、とりあえず今日の朝練はワンオンワンの勝負を負け抜けでやりましょうか」

「お、それでいいのか? ずっと俺がプレイすることになるけど」

「……じゃあ山下と足利からでいいよ、勝ち残りの方と僕とってことにしよう」


 と苦労性のキャプテンを残し、まずは山下先輩と一対一で勝負することになった。この二人はクラブでもトップクラスの実力なので一騎討ちするといい練習になるのでラッキーだ。


「では、山下先輩の先攻でどうぞ」

「へへ、すぐにキャプテンの出番ですから準備していてくださいよ」


 と実に小物臭い台詞と共にドリブルで突っ込んでくる。俺達が朝練でやっている一対一のルールは簡単だ。決められた鉄棒の間にボールを通せば攻撃側の勝ち、その前にボールを奪えば防御側の勝ちだ。

 単に負けたくないだけならば鉄棒の前でキーパーのように守備していればいいのだが、それはみっともないと暗黙の裡でしてはいけないことになっている。


 俺も前へ進んで山下先輩を迎え撃つ、二人ともどちらかといえばテクニック派で接触プレイを嫌う傾向にある。そのせいかいつもより対峙している間合いが遠い、ワンステップで飛び込める距離を僅かに外した睨み合いだ。俺が試合でディフェンスをする場合は鳥の目を使って、味方のDFと連携するのが基本だがこの場合では通用しない。

 深く腰を落として相手の動きを伺う。山下先輩も似たような体勢でじりじりと間合いを詰めてくる。試合と違ってどれだけでも時間をかけられるのがこの一対一だ、実戦における仲間の援護を待つディレイなど意味がないとこちらから状況を動かす決意をした。

 

 スペックで比較すると俊敏性は互角にしてもトップスピードは向こうが上、テクニックや経験では前世込みのこっちが勝るがフィジカル面においては二歳の年齢によって大きく差をつけられていた。

 まあパワーに関しては向こうの方が上でも、山下先輩が自分からチャージする可能性はほぼゼロなのであまり関係はない。

 総合すると肉体面での優位な先輩と経験や技術とメンタルといった方向で有利な俺といった図式だ。ざっくりと考えるなら一対一で戦うならばほぼ互角だろう。

 性格的に待つことが苦手な山下先輩に対して正面から飛び込む。もちろんこれはフェイクでボールを取るのが目的ではなく、先輩のリアクションを期待しての行動だ。案の定俺の動きに反応してこっちを抜き去ろうとするようだ。

 ならば右? 左? どっちから来る? 山下先輩の利き足である右足が右に振られる。俺から見ると左か――じゃない、これはボールをまたいでいるだけでボールは動いていない。では右――でもない、先輩の視線と右膝の角度を考えると――股抜きだ!

 瞬時に左足を後ろにずらし、体の真下にあるボールを引っかける。よし、ボール奪取だ!

 顔を上げるとボールを残したまま勢い余って俺を追い越した山下先輩が、どこかばつの悪い表情で俺を見つめていた。あ、今「チッ」って舌打ちしただろう。「この小石がなければ」ってクレーム付けるなよ。

 微妙な空気になりかけた俺達二人にキャプテンが声をかける。


「それじゃ、今度は足利が攻撃側で僕が守備だね」

「え? あ、はいそうです」


 こんな雰囲気でものんびりした態度で割って入れるキャプテンはやっぱり大物なのかもしれないな。

 と、そんなことより久しぶりのキャプテンとの一対一だ、気合いを入れてやりましょうか!


 キャプテンと山下先輩の二人はレベルの高い――しかもまったくタイプの異なるプレイヤーである。自分より年が上で当然ながら体格もパワーも相手の方が上だ。将来海外でプレイすることになれば周りはみんなこんな感じになるんだろうな。

 現在一緒に練習出来るクラブの中では最も高い技術を持ち、さらに正反対の個性の選手を相手に何度も一対一の勝負を出来るんだ。今までの自分なりに計算していたトレーニングとは若干道を違えるが、この二人との特訓は吸収力の高い今の俺にとってもかけがえのない財産になるのだった。

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