表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
167/227

第二十九話 観客を喜ばせよう

 いきなりの上杉のシュートで始まった試合は、そのおかげで開幕から会場の空気が一気にヒートアップする。

 これまでどことなく力無く垂れ下がっていた感のある日の丸が元気よく振られるようになり、日本を応援するコールがサポーター席から湧き上がる。うん、これは期待通りの盛り上がりだ。しかも日本のサポーターだけでなく、地元イギリス人からの声援も混じっているのがいい。

 残念ながらシュートはポストから僅かに右に逸れ、ゴールはならなかったのだが元々得点する為の物ではない。そりゃ入ってたら文句なしだが、これでも目的は果たしたと考えていいだろう。

 

「何やってんだお前!」


 キックオフシュートに血相を変えて詰め寄る真面目なアンカーの石田に、上杉が「あ、ああ枠を外してすまん。次は絶対に入れるさかい勘弁な」と照れくさそうに頬をかく。おそらく彼や他のメンバーが怒っている理由は上杉が謝ったようにシュートを外してしまったという理由ではない。

 これでは全く話が通じないとみたか、矛先を上杉ではなく彼をそそのかした俺へと変えようとする石田に先手を打つ。


「この歓声を聞いてください」

「は?」


 虚を突かれ口を開ける石田に畳み掛ける。


「こんな盛り上がった歓声、ブラジル戦ではゴールされた時ぐらいだったでしょう? それを今日は日本が三秒で引き出したんですよ。観客を味方につけた、その事だけでも今のは悪いプレイじゃなかった証明になるじゃないですか」

「え、あ、うん。そうなるのかな?」


 サッカー選手としてはともかく、精神的にはまだ未熟なこの年代の少年を言いくるめるのはお手の物だ。


「さあ、この勢いを逃さないように先制点を狙います! 後ろは頼みますよ、アンカー……じゃなかった石田さん!」

「おう、任せておけ」


 よし、上手くいったな。会場も沸いたし、ピッチにいる他の仲間も「シュートを焦るんじゃない」という監督の指示を破った俺達に怒りを向けて頭に血を上らせているようだ。

 ほとんどが「監督の作戦をまた無視しやがって」と腹を立てているが、中には「俺にもキックオフシュート撃たせてくれればいいのに」とむくれている奴もいる。

 でもこの皆がかっかしている方が、うちの代表に似合わない沈滞ムードよりは百倍はましだ。


 それに、今の奇襲の一発でドイツディフェンスの実力が垣間見えた。

 いきなりのシュートに一番速く反応したのはやはり皇太子ハインリッヒだったのだ。彼の声ではっとしたようにキーパーが動いてボールを追ったが、それでもあのイタリアの赤信号より一歩目は遅い。

 なるほど、予想通り厄介なのはキーパーよりリベロであるハインリッヒの方だな。

 情報通りの視野の広さとセンスの確かさ、そしてコーチングの速さに舌を巻く。

 そう目星をつけた要注意人物が、キーパーから短いゴールキックのボールを受けとってこっちを向く。たったそれだけの姿から不意に危険だ、と反射的に俺の中の警報が鳴らされる。まだ敵のボールは相手のゴール前にあるにもかかわらずである。


「ディフェンス、来るぞ!」


 俺の叫びに、まだ近くにいたアンカーの石田も含めて一斉にボールの位置を確認する。そして「驚かせるなよ」と言いたげにほっとしたように肩の力を抜いたのだ。馬鹿! 油断するなって。

 次の瞬間、センターサークルにいる俺の頭上をかなりの速度でボールが通り越した。

 皇太子の撃った強烈なロングキックのパス一発が、そのまま前線へ抜け出しかけたドイツの新型爆撃機ヴァルターの下へ……行く前に武田が体を寄せてカットする。ナイスだ武田! そしてすぐにそこからこぼれたボールをフォローしていた真田キャプテンが拾い、敵の詰めていないサイドへと散らす。


 ふう、とりあえず怖いラインの二人による速攻は防げたか。

 それにしてもハインリッヒの奴ははなんていうキック力してるんだ。しかもあれだけの距離がありながらDFがパスを止めなければヴァルターの足下へピタリと通っていたぞ。

 自分はドイツのDFのライン上にいながらゲームメイクができるってのは嘘じゃないみたいだな。プロでもそうはいないキック力と精度を兼ね備えていやがる。

 世界レベルの相手の実力に戦慄しながらもつい口元は歪む。

 よしよし、武田ならフィジカルの強さでは爆撃機相手でも引けはとっていない。それに、今はディフェンスに大きな身振りで指示を出している皇太子の性格は意外と負けん気が強いと判った。

 プライドが高そうだとは思っていたけれどそれ以上にクレバーな印象が強かった少年だが、こっちのキックオフシュートに対して即報復をしてきやがったか。


 やっぱり冷静だとか完成してるって評価はあれど、皇太子も人間。しかもまだ血気盛んな少年時代だ。そのクールさの仮面の裏側にある負けん気を上手く引き出せれば、ゴール前から釣り出す機会が産まれるかもしれないな。よし、俺の心の中の「ドイツ皇太子攻略作戦ノート」に書き込んでおこう。


 それにしても今の日本ゴール前でのぶつかり合いは少し不思議な感じがする。いくら武田の体が強くてもよくドイツが誇るストライカーから簡単にボールを奪えたな。

 もしかして爆撃機は整備不良で調子が悪いのだろうか? もしそうならば日本代表にとってはプラスなんだが……。  

 後に世界的な選手になるはずのヴァルターと正面から戦ってもみたかったが、コンディションを整えるのも勝負の内。お前が調子悪くてもこっちは容赦しないぞ。

 そう考えてヴァルターに目をやるが、あれ? あいつどこいった? 


 あ、いつの間にかうちのキーパーの真ん前にいやがる。そこは完全にオフサイドだよな。意味が分からない行動に、密着マークに指名されたDFの武田も困惑している。でも武田もやりにくそうだ。ラインを上げればヴァルターの様子が見れないし、張り付けばラインが崩れる。

 今は一応ラインを上げてオフサイドの位置にヴァルターを置き去りにしているが、ボールは前で展開されて自分のマークすべき人物は後ろにいる。爆撃機を自分の目の届かない所に置くのは心臓に悪いのだろう、忙しく首を振って体ごと振り向いては何度も両方の現在状況を確認している。

 それにしてもこのヴァルターは何を考えてあんなボールが貰えないポジションでぶらついて武田やキーパーの動きをぼーっと眺めているんだ? 純粋で天然の点取り屋ってのはどうも俺にはよく判らない。

 

 まあ、あまり気にし過ぎるのも良くないか。守備は一時真田キャプテンとマーカーの武田に任せて、攻撃に集中しよう。

 真田キャプテンから左のサイドバックを経由して、石田・明智と中盤の底を渡り俺へとパスが回る。

 よし、まだ俺へのマークは緩い。さっきの上杉による威嚇の一発がドイツディフェンスの心理に微妙に影響しているのだろう、少しばかり腰が引けDFのラインが下がっているぜ。

 ハインリッヒがDFラインの最後尾から大声で叱咤しているようだが、ドイツ人でも誰もがお前みたいなタフな精神をしているはずがない。精神力は修羅場をくぐった場数で培われるのだ、この年代でさらにこの大舞台で動揺しないような奴がいればそっちの方が異常に分類される。


 さて、ではとりあえず一人動揺の素振りがない皇太子をゴール前から引っぺがそう。今度の攻撃は監督の指示通りサイドへとボールを振る。

 右サイドで待ち構えていた山下先輩へ渡すと、先輩もマークのサイドバックをすぐには突破しようとはせず細かくボールと体を動かす。しかし簡単には抜けそうはないとみたか俺へとボールを戻した。

 俺もすぐさまパスを少しだけ下がった明智へはたく、明智もまた迷わずに左サイドのウイング馬場へと攻めるサイドを変える。

 リズミカルにボールと日本の選手がピッチで踊る。 

 うん、まだ得点はなくてもいいムードになって来たぞ。攻めあぐねてボールをたらい回しにしているのではなく、じっくりと攻めの形を整えているテンポの良いパス回しだ。

 

 相手のドイツはやりにくいだろう。右サイドから左へと中央を経由してワイドにピッチを使って攻められているのだ。

 オフサイドラインを上げればサイドでうずうずしているウイングが駆け上がるスペースをくれるような物である。だからといってサイドへ人数を割くと中央が薄くなる。かといってプレスをかけようにも、俺達のパス回しは速く、そしてサイドチェンジなどのロングボールも混じっている。パスが回り始める前段階から準備していなければディフェンスが取り囲んで防ぐのは難しい。


 ドイツの――いやディフェンスを統括する皇太子が下した結論はサイドのウイングにマークを付けるというやり方だった。

 中央は薄くなろうと自分がいれば守り切れるという計算らしい。だがそのプライドの高さが命取りだぜ。

 サイドアタッカーの二人にはそこで待機してもらい、中央へ殴り込みをかける。

 ボールが真ん中へ戻ると、サイドバックは中央へポジションを絞りたそうだがマークする相手の山下先輩と馬場は頑としてタッチライン沿いから動かない。舌打ちしそうな顔をしながら両方のサイドバックはゴール前から離れている。


 さあ、ここまでお膳立てを整えてくれたんだ。ここからは俺達の出番だよな。

 サイドアタッカーの二人がいない為、残ったドイツのDFと守備的MFは全員が俺と明智、そして最前線の上杉へとぴったり張り付く。

 でも、一人忘れているぞ。現在うちのチームの得点王だ。ここまで我慢させて悪かった。さあ、お前の出番だぞ、行け島津!


 俺はいつもと違って右サイドではなく中央へ勢いよくオーバーラップしてきた小柄な少年へとパスを出す。

 その彼へと蹴ったボールが足を離れた瞬間に髪が逆立った。まずい! ちょっと待て、いつの間にお前がそこに移動して島津の前でパスカットしようとしてるんだよハインリッヒ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ