第二十五話 仲間の戦いを応援しよう
「今回のブラジル戦ではBチーム主体でいくぞ」
山形監督は試合の三日前からそう宣言していた。
Bチームというのはナイジェリア・イタリアの二試合を戦ったスタメンではなく、その控えを中心としたメンバーのチームだ。
便宜上Bチームと呼んでいるのは、俺を含むレギュラーチームをAチームとしてそこと毎日練習試合をしているからだ。
だが、ここのメンバーはスタメンを比較してもほとんど能力的には差がない。いや、むしろAチームの上杉や島津といった俺を除くアクの強い個性的な選手がいない分素直で扱いやすいかもしれない。他の監督ならばこのBチームをそっくりレギュラーへ昇格させてもおかしくないレベルである。
ただ、Bのメンバーは松永前監督が集めた選手が多いので、やや守備的でフィジカルの強いカウンター向きの人材ばかりが揃っている。その分だけ今のレギュラー達のAチームよりも柔軟性や攻撃の面では物足りなさがあるかもしれない。
そこがまあ、今の山形監督の好みとはやや外れているせいでスタメン落ちの不遇をかこっているのだろうけれど。
だからこそ、この知らせを受け取ったBチームのメンバー達気合の入り方は凄まじい。皆が拳を握りしめて目を輝かせている。
そんな次の試合の先発メンバーに山形監督は説明を続ける。
「次のブラジル戦はすでにグループリーグ突破を決めている同士の対決だ。相手も無茶な作戦はとってこないだろう。あるいは日本を相手に戦術を工夫したとしても、それは日本がこれまでの試合で出場してきた攻撃的なメンバー相手での話になるからな。Bチームでいけば逆に意表を突けるかもしれん。
それで、お前達Bチームは前監督の元でもやっていて慣れているカウンター戦術をしてもらうぞ。カルロスやエミリオなど破格の点取り屋が多いのがブラジルの特徴だ。でもカルロスなんかは俺が来る前に一緒のチームでやっていたお前達の方が特徴は良く判っているだろう。だから奴を徹底的に封じ込めてのスコアレスの引き分けを狙おうか。もちろん勝ってもかまわないが、まずは日本の守備の堅さをブラジルと観戦者に見せつけてくれ。
これまでのように試合終盤の守備固めではなく、お前達がフルタイムで全力で戦える場だ。ここで一発目立つ活躍を期待しているぞ」
多分リップサービスも込みでの監督の熱弁だが、それでもこれまで出番のなかったメンバーの士気は高い。
すぐにでも体を動かしたそうに胸の中の炎を持て余して、貧乏揺すりまでしている選手もいる。
気になるのは今回はブラジルと戦えないスタメンの反応だが、事前に連絡があっただけに俺も含めて動揺は少ない。そりゃ試合に出れないのは残念だが、監督直々に「突破が決まったんだからトーナメントまで体を休めておいてくれ」と頼まれたんじゃ断れない。それどころか大切に扱われているようで、正直優越感をくすぐられてしまった。
ま、事前に連絡してくれて良かったと思うぞ。上杉なんか先に言ってなかったら、絶対にこの場で噛み付いていただろう。あいつは「次の試合でハットトリックしたる!」と息巻いていたからな。
そんな事情はともかく、ブラジルのような強豪国と戦えるのは羨ましい。
休めるときは休んでトーナメントの順位を上げるよう努力するのももちろん重要だが、公式戦で強敵と戦える経験というのも得難いものだからだ。
多少の嫉妬を交えて気合いを入れている次の試合のスタメンに「恥ずかしい負け方をしないでくださいよ」と冷やかす。
「当たり前だ。俺達は日本代表だぞ、どこが相手でも恥ずかしい戦いはできないに決まっている」
きっと睨み付けたのは次のブラジル戦でのゲームキャプテンだ。シャレの判る真田キャプテンとは違って真面目で堅苦しいタイプだから俺は少し苦手なんだけど、言うことは一分の隙もない正論だった。
確かに今の発言は失言だったな。俺はどうも自分で思うより次のブラジル戦に出場出来ないことに焦っているらしい。
「すいません、言い過ぎました」
素直に頭を下げる俺に表情を和らげ「判ってくれればいい」とすぐ謝罪を受け入れてくれた。……悪い人じゃないんだよな、ノリがちょっと合わないだけで。
まあこんな優等生で委員長タイプが一人ぐらいはいないとまとまらないのかもしれない。うちのチームはアクが強い選手が多いからな。
自分が戦えないのは悔しいが、Bチームも日本代表の仲間だ。ブラジルを相手に見事勝利して、一位通過をしてもらおうじゃないか。
「ああ、それと――からこの代表へ当ててメッセージを預かっている」
「……誰?」
名前を聞いた途端盛り上がった周りと対照的に新加入組はきょとんとした顔をしている。かく言う俺もその一人である。
全く聞き覚えがないんだが、有名人なのだろうか。
そんな代表入りして日が浅い連中の態度に気が付いた真田キャプテンが説明をしてくれた。
「ああ、お前達とは入れ違いになったんだったか。あいつはカルロスの直後、エースとして十番を受け継いだ奴だ」
「ああ、あの……」
そこで言葉を飲み込んだ。カルロスの代役を強制され、敗戦の全責任を松永前監督に押し付けられたと聞いた事がある。その彼がどうしたんだろう?
「あいつも一時期はスランプになってサッカーを辞めようかとまで悩んだそうだが、俺達のナイジェリア戦とイタリア戦を見てたら悩むのが馬鹿らしくなったそうだ。
そのぐらいテレビで見たうちのチームは、代表のくせにプレッシャーを感じないで伸び伸びと楽しそうにプレイしてたそうだぞ。だから今度は俺達みたいに楽しんだサッカーでいつか再び代表までたどり着いてみせるから、その時はまたよろしく頼むとさ」
「そうですか……」
チームメイトだった奴らは監督に預けられたメッセージに感慨深そうだ。やはり一時とはいえ仲間だった少年の事は気にかかっていたのだろう。
「おまけに日本が活躍して実況で解説者が困ってるのを見ると飯が旨いと言っていたから、ブラジル戦はきっとあいつも観戦するはずだ。昔の仲間に対しても胸を張れるような試合を見せるぞ!」
「おう!」
うん、次の試合は初出場の体力十分で気合の入ったメンバー達によるいい試合が期待できそうだ。
◇ ◇ ◇
「強ええ……」
思わず感嘆の溜め息が漏れた。その対象は残念ながらピッチで日本代表として戦っている仲間ではなく、その敵のブラジル代表に対しての物だ。
この予選突破が決まった後の最終戦では日本と同じ事を考えたのか、ブラジルも主力選手を出さなかった。つまり、カルロスなんかは出場していなかったんだ。
少し敵のスタメンに対して期待外れだったが、それはお互い様かもしれない。だが、同様に柱となるメンバーを数人外した条件下でもなお日本代表がブラジルに圧倒されている。
「ブラジルはやっぱりサッカー王国を名乗るだけあって個人の技量が高いっすね。一対一ではいいようにやられてしまってるっすよ」
俺の隣のベンチでそう冷静に解説するのは明智だ。どうやらこいつは日本を応援するよりブラジルの戦力分析に余念がなさそうだ。
「ちっ、ワイがおればなんとかするんやけどな」
逆にぎらついた目で不利な戦況を見つめているのは上杉だ。彼にとっては試合の観戦とは自分が出ていたらどうやって点を取るのかといったシミュレーションでしかない。
これまでのスタメンで出ていた攻撃陣――俺と山下先輩に明智と上杉に島津は今日の所はお休みだ。あ、島津は攻撃陣じゃなくてDFだったけどまあいいか。
今回試合に出ているメンバーは初出場の者が多く、連戦のレギュラー達より疲労がない為にコンディション面ではいいはずだ。精神面にしたって昔の仲間が観戦していると気合が申し分なく乗っていた。
だが、そんな感傷や期待といった柔らかな幻想は、圧倒的な実力差という現実によって容赦なく粉砕されてしまったのだ。
チーム力と言うのは一人一人の力を十一人分足したら答えが出るような単純な物ではない。だから世界的スター選手を集めたチームでもあっけなく負ける事がある。
しかしこの試合においてブラジルは徹底的に個人技術の優越を生かす作戦をとってきた。カルロスなどのスターはいないのに、攻撃時にはほとんど全てのポジションで一対一を仕掛けられ、そして勝利されてしまっては作戦や戦術以前の問題で個の力の差が露呈してしまっている。
向こうの監督はカルロスといったスタークラスの選手が居なくても、ブラジルならばタレントの差で勝てると踏んだのだろう。ベストメンバーの時と代わらないフォーメーションで、緩いルール以外は選手達の自主性に任せたサッカーをやらせている。
うるさく組織を徹底させるより、全ての一対一の場面で勝利すれば試合そのものも負けるはずがないという傲慢な発想だ。
それがまた子供の頃からずっとサッカーに親しんできた、年齢的には幼いくせにサッカー経験は長い狡賢さと高い技術を持つ選手達に見事にマッチしているのだ。
「たぶんブラジルの選手達は自分のやっているポジションでは自分が世界一上手いと思ってるんでしょうね。だから全員が一対一で勝負するのに躊躇しない。尊大なまでのプライドとそれに見合った実力ですか。こりゃ俺達が出てても苦労したでしょうね」
「ええ、そうっすね。しかも攻撃の要のカルロスやエミリオといったツートップ、守備はキャプテンの「サンパウロの壁」クラウディオといった主力を休ませての話っすからね。全ポジションで世界一の選手を揃えたら負けるはずがない、そう言わんばかりの余裕たっぷりの試合ぶりっすね」
……この試合では交代要員でさえない俺達はここから応援することしかできない。
あきらかに力の差があるにも関わらず、日本代表は最後まで諦めなかった。ブラジルの倍は走っているんじゃないかと思うほど汗と泥にまみれ、声を掛け合い、日本という国を代表する青いユニフォームに恥じないよう全力を尽くした。
山形監督もテコ入れに選手を入れ替え、戦術をカウンターから攻撃的にチェンジしたり、大声でメンバーを鼓舞したり必死にこの場で打てるだけの手を打っていた。
それでも結果は三対ゼロ。ほとんど日本の攻撃による見せ場は無し。超攻撃的と呼ばれるブラジルの左サイドバック「暴走特急」フランコの一得点一アシストの活躍を見せつけられることとなったのである。
……結果論で言えば、ブラジルは相手がカウンターでくるのに異常なまでに慣れていた。
日本もカルロスが出る場合の対策をして予想を外してしまっていたり、攻撃の主力を休ませていた。いくつもの誤算や先を見越した采配の結果とはいえ、あまりにもあからさまで残酷な力の差が見えてしまう結果が出たのである。
この結果に喜んだのはブラジル国民と日本では実況席の一人ぐらいだけだったそうだ。