表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
161/227

第二十三話 テレビとネットに踊らされよう

「ああっとどうやらここで山形監督はトップ下で司令塔の役割を果たしていた足利選手を下げますね。交代で入るのは守備が得意なMFの選手ですから、どうやらボランチだった明智選手を一列上げて攻撃の組立を任せ、中盤の底の守りをフレッシュな交代メンバーで固める作戦に出るようです。

 今、チーム最年少の足利選手がサポーターからの拍手に送られながらピッチを後にしています。ピッチ上の道化師の舞台は今日の所はこれにて閉幕を迎えたようですね。次回の公演を楽しみにしましょう。

 さあそして残り時間はロスタイムを考えても十分足らずといったところでしょうか、山形監督がアジア予選で何度も見せた守りの方程式に従って最後の逃げ切りを図るようです」

「そ、そうですね。残り時間を考えればこの交代は悪くはないと思いますよ」


 解説役の松永の声は上擦っている。後半が始まるまでは自信満々な態度だったのが、足利の同点ゴールからだんだんと元気がなくなった。それ以降は大柄な体躯がしぼんだようで解説の言葉も徐々に減ってきている。

 松永の変化を肌で感じているアナウンサーが気配を感じて画面に映らない場所を横目で見ると、そこには「どんどん松永に突っ込んでいいぞ」と書いたフリップを掲げているディレクターの姿が。

 どうやら上の方針が視聴者からの苦情に耐えかねて松永を切り捨てても構わないと決まったのだろう、やっと松永と正面から対決してもいいようだ。

 自分勝手な松永に対してこれまでとらざるを得なかった迂遠なやりとりや奥歯に物が挟まった態度とはもうおさらばだと思うと、アナウンサーは長時間実況を続けてきた精神的疲労がみるみる回復するように感じられた。

 俄然攻撃的になったアナウンサーが、表面上はあくまでもにこやかに松永を問い詰め始める。


「さて足利選手ですが、松永さんは彼が同点のゴールを決めるまでずっと足利選手には辛口のコメントばかりでしたね。結果的に彼はピッチを後にする時、観客からスタンディングオベーションを受けるほど活躍しましたが」

「い、いやいつもの試合よりパスをゴール前でカットされる率が高かったですからね。それに結局ノーゴールで終わった前半のスコアでは攻撃を操る司令塔として責められて当然でしょう」


 ソフトな語り口のアナウンサーに冷や汗混じりに答える松永。彼我の立場が完全に逆転してしまっている。


「前半もPKを取ったりとなかなか活躍していた印象はありましたが……、そういえば足利選手や島津選手など今日の試合で得点したのは、どちらも松永さんが批判した選手ばかりですね」

「……あれは、何と言うか、そう愛の鞭! 叱咤激励の喝です。甘やかすだけでなく時には厳しい態度で臨むことで、まだまだ成長段階であるこの年代のサッカー選手達は世界と戦えるぐらいに一段とレベルを上げていくんですよ」

「それに足利選手のヒールキックでのファインゴールが決まった時には「嘘だ!」と絶叫してましたが」


 畳み掛けるようなアナウンサーの指摘にしばし固まっていた松永は、はっと頭に豆電球が付いたような明るい表情で言い訳を開始する。


「ああ、あれは「嘘だ」と言ったんじゃなくて「うんそうだ」と足利のプレイに対して後押しの応援をしたんですよ。ああいったトリックプレイは彼の持ち味ですからね。これまでさんざん手塩にかけた愛弟子のプレイをわざと悪く言うわけないじゃないですか」


 必死に言い募る松永とは逆にアナウンサーの方は懐疑的だ。


「そうでしたか……? ではVTRで松永さんの発言の確認を」

「それよりも今ピッチで行われている試合に集中しましょう! 日本がここから守り切れるかどうかが大事なんです。ほら、もう残りはロスタイムだけになっているんですよ!」

「そ、そうですね。松永さんへの追及はまた後ほどにして、頑張れ日本! 残り僅かな時間、きっちり守り切ってくれ!」


 ふう、何とか逃げ切ったなと顔に書いてあるような松永が、額の汗を拭うとデスク上に置いてあった水をぐいと乱暴に飲み干して視聴者に向けてなのか弁解する。


「これまで足利に対して何度も辛口のコメントをしましたが全部彼に成長してもらいたいがためです。その証拠に私は代表監督時代に、足利特有の下を向いたプレイスタイルやヒールキックの多用に文句を一言も言ってません。これは彼に確認してもらっても構いませんよ。だから誤解を恐れずに言うなら足利の特異なプレイスタイルは私が育てたと言っていいでしょう」



  ◇  ◇  ◇


「アシカは、じゃなかった速輝(はやてる)は私が育てた!」


 テレビからの解説者の言葉に対抗するように日本では胸を張って宣言する女性がいた。その隣の赤いフレームの眼鏡をかけた小柄な少女が「そりゃアシカの実のお母さんなんだから当たり前なんだけど、ちょっと落ち着こうよ……」となだめる。

 だが、少女は最初は抑える役割のはずだったが言葉を重ねている内にだんだんと自分の方の血圧が上ってきてしまったようだ。艶やかなポニーテールを振り回し、松永への弾劾を開始する。


「なんだか今の発言はおかしいよね。アシカのプレイスタイルに文句を言わなかったって、そりゃほとんど話をした事がなかったからじゃないか! アシカから聞いた話では、最初に挨拶した時そっけなく頷かれたぐらいしか対面した記憶はないって言ってたんだよ。どこが育てたって言うんだ、もし本当にそう思っているならこの松永って監督の下の選手は皆が育児放棄されてるよ!」 

「あ、あの真ちゃんどうどう」


 立場を入れ替えて今度は真を足利の母が落ち着かせる番だ。

 それでもいくら年長の彼女もずっと我慢ができるわけではない。遠いイギリスの我が子と目の前で興奮している幼馴染みとどちらも思い入れが深いだけに、前監督である松永のあまりに適当な言い草にイライラが募ってきているようだった。

 そんな頭に血が昇った二人の怒りの炎に油を注ぐように、またテレビから松永の空気を読んでいない発言が足利家のさして広くないリビングに響く。


「足利については彼の自主性を尊重し、技術をいかしたトリッキーな特質を損なわないようにとそれだけに気を使いましたね。その結晶としてこの試合のヒールショットに繋がったのなら彼を初めて見出した監督として誇らしいです」


 また画面越しの無責任な松永のコメントに「むきー」と真が吠える。


「それってよーするに、アシカに対しては何も指導してないってことじゃないか! それに初招集してから後は一遍も呼ばなかったくせに!」 


 そこで何かを思い出したように急いで携帯を取り出して操作する。その小さく可愛らしい口元は歪み、眼鏡はレンズに光が反射して輝きその下に隠れた瞳がどんな様子をしているのかは判然としない。どこからともなく「ふふふ、実況スレで暴露してやるもん」とかいった小さな声が漏れてくる。

 もう我が子が出ていない試合よりも、何かにとりつかれたような真の方が気にかかる足利の母も多少は息子の仲間がまだ戦っている代表チームに対しては薄情かもしれない。

 その足利の母からどこか心配そうな視線を受けていた真は携帯を見つめて「ひぃ!」と悲鳴を上げる。


「うわーん、ネットでの代表のサッカー速報スレッドで「悲報! 日本代表に選ばれていた足利選手がイギリスにおいてバックで赤信号を無視し強引に突破した模様。なおこの事件の目撃者は現地でも1万人近く、テレビ撮影もされており被害を受けたイタリア人から現在も罵声を浴びている。しかも足利少年はまだ十三歳であり当然無免許であった。関係者は事態を重く考えて足利選手の身元を調査している」なんて書き込んである……どこから突っ込んでいいのか判らない出鱈目が拡散してるよー!」


 まるっきりの嘘ではないが、微妙に間違っている。これではまるでサッカーについてではなく足利が無免許で自動車事故を起こした犯罪者のような記事になっているではないか。

 もちろんこれはイタリア戦での、足利のヒールでのゴールとそれに対する観客の反応に関しての物である。イタリア人サポーターがブーイングをしたのは間違いないし、関係者が身元を調査って事は海外クラブのスカウトが足利のプレイに興味を示して動き出したってことだろう。

 たぶんこれはネット上の冗談のつもりで書かれた速報には違いないが、大事な試合で活躍したにも関わらずこういったネタになるとは素直な賞賛とはとことん縁のない足利少年である。

 そこへまた真の悲鳴が上がる。


「ああ、今度はアシカについて「後ろ向きで俯きがちな敵と目を合わせられないチキン」とか書き込まれてる! なんでイタリアに勝ち越した殊勲者をそうバッシングするのかな! あ、他にも「あのフリーキックをアシカがヒールで蹴ってたらそれで入ってたんじゃ?」ってなんだか普通のキックよりヒールで撃った方が威力のある必殺技っぽく思われっちゃてるよ! 褒めている意見もあるけれど、あのプレイスタイルは真面目なファンには人気がないのかな。なんだかネタ扱いされている方が多いよー!」

「ま、真ちゃん。試合が終わって無事に日本が勝ったみたいだから、もう携帯を見るのはその辺で、ね?」


 ……結局試合は足利が居なくなってからも流れは変わらず、無事に日本がリードを守り切っての勝利に終わった。


 だが、真にとってアシカの試合が終わっても彼女自身の戦いはこれからだと拳を握りしめ、携帯からパソコンへ武器を持ち替えて孤独なネット上で戦い始めるのだった。

 この彼女の尽力によってネット上でのお祭りと論戦はさらに拡大の一途をたどり、若き日本代表はサッカー関係のマスコミのみならず一般人を相手にするマスメディアからも、さらなる注目を浴びることとなった。だがそれはまた少し先の話である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ