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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
156/227

第十八話 反撃の狼煙を上げよう

 審判が後半の開始を告げるまで体を暖め直しながら、そっとイタリアの様子を窺う。

 敵チームの全員が「俺達の守りだったらこの一点で十分だ」といった自信に満ちた表情をしているが、そこに俺達に対する侮りの気配はない。

 ちぇっブラジル戦の逆転劇でこりたのか、向こうの監督に油断するなと喝でも入れられたか。

 前半は耐えに耐え抜いてからのカウンターで得点したんだ、この年代なら少しぐらいは作戦通りだと気を緩めてくれてもいいものを。

 向こうの陣形にしても前半終了間際に見せた、守備最優先の四・三・二・一のクリスマスツリーフォーメーションを変える様子はない。

 カウンターでさらに追加点を狙うより、確実にこのままのスコアでの試合終了を目指しているようだ。


 より一層守りに入って前半よりも堅くなったイタリアを、どうやって攻略するべきなのか……。

 まあ攻めるしかないんだけどな。

 最低でも引き分けに持ち込まないとうちのグループリーグの突破は危うい。俺達日本代表が勝ち点を稼げない事よりも、ライバルであるイタリアに勝ち点三を与えるのがまずいのだ。

 イタリアの実力を考えれば、第三戦で当たるナイジェリア代表相手にも勝利しそうだからである。またブラジルも今日の試合でおそらく勝ち点三をゲットするだろう。


 そうなれば日本が万が一このまま今日の試合を落とせば、二戦目を終えた段階でブラジルが勝ち点六のトップでイタリアと日本は勝ち点三で並ぶ事になる。僅かに得失点では上回るが、それもイタリアとグループリーグ敗退が決まって消沈したナイジェリアの戦いでは逆転される可能性が高い。

 三戦目でイタリアが勝利するとの予想が当たると、予選突破のためには日本は次の最終戦のブラジルとの試合で得失点差を意識した大量点での勝利を義務づけられてしまうのだ。

 カルロスのいるブラジルを相手にして、そんな制限が付けられるなんて罰ゲームのような試合は真っ平御免である。

 従って何としてもこのイタリア戦を落とすわけにはいかないのだ。

 よし、これでより攻撃的にシフトして特攻する理論武装は完璧だ。後は実行に移すのみ。

 審判のホイッスルによってピッチ上が慌ただしくなる中、俺は自分の心臓が高鳴るのを実感していた。


 

 だが現実はそう甘くはない。後半もすでに十五分を過ぎたが――まだ試合はスコアの変動もなく膠着した状態を維持していた。

 あれだけアグレッシブだった前半よりも、さらに俺達日本代表が攻勢を強めているのもかかわらず、だ。

 イタリアの守備の堅固さはもはや異常なレベルである。カウンターを仕掛ける暇がないほどこっちが連続してアタックをかけているのに、攻められっぱなしのはずのイタリアDF達には焦りの色も集中が途切れる様子も見られない。

 イタリアが中盤に一人とはいえ人数を増やしたせいか、俺達が前半よりもフィニッシュにまで行ける回数が減っているせいもあるのだろう。向こうは時間の経過と共に、攻められる精神的な疲労よりも試合終了が近付く充実感を味わっているみたいだ。


 こっちとしては島津を完全に右ウイングとして固定し、真ん中には上杉と山下先輩のツートップ。左からは馬場がウイングでそこから一段下がってトップ下の俺とそして明智までもが攻撃的なMFのポジションに押し上げているのだ。

 それら日本のオールスターのような面子が手を尽くしても、ジョヴァンニが守っているイタリアのゴールは割れないでいる。

 そうこうしている内にも時計の針は淡々と進む。

 冷静に、焦らないでと自分に言い聞かせていた自制心がじりじりとやすりにかけられて、苛立つ感情が弾けそうになってくる。

 だが、俺以上に気が短い少年達が揃っているのが今の日本代表だ。


 久しぶりにイタリアがロングボールを日本のゴール前に蹴り出すが、そのままピッチからボールが出てしまった。

 プレイが途切れて、日本のゴールキックとなるちょっとした間に上杉の合図で攻撃陣が集まってくる。


「ええ加減に追いついておかんと、そろそろやばいで」


 当たり前の事を口に出す上杉に、山下先輩が負けん気一杯の表情で噛みつく。


「だったらどうすればいいんだ? ただ文句を言うだけならわざわざみんなを集めんなよ」

「ああ先輩方落ち着いてください。それに上杉さんも何か案があるんですか? 突破口を開けそうなアイデアなら歓迎しますが」


 山下先輩をなだめながら上杉に尋ねると、迷う素振りもなく彼の考える名案を披露する。


「時間も少なくなってきよったから、これからのボールは全部ワイにパスするってのはどうやろ? 監督ももっとシュートを撃てって発破かけとったし、そうなるとチームで一番シュート力あるワイが撃ちまくるちゅうのはかなり名案やと思うんやけど」

 

 ……うん、判ってはいたけれど彼にとってだけ都合のいい内容だ。いや、作戦の幅が無くなる分守っているイタリアにとっても都合がいいかもしれない。

 とてもではないが採用ができない意見である。上杉は今日本が前線に戦力を集めているのをどう考えているのか。


「ん? そりゃワイの囮になるためやろ?」


 なんでそないな判りきった事を、と引き締まった顔をきょとんとしたものに変える元ボクサーの少年に力が抜ける。周りを見ればうちの他の攻撃陣も毒気を抜かれて呆れているようだ。

 あまりにもブレない上杉に思わず吹き出してしまう。しまったと自らの口を塞いだが、失笑したのは全員に確認されてしまったな。


「なんやアシカ。ワイの名案になんか文句でもあるんか?」

「いえ、上杉さんの認識に文句を付けるほど野暮ではありませんよ。ですが、パスを全て上杉さんへ回すという作戦は却下します。他の選手にもシュートがあると意識させた方がディフェンスは迷ってチャンスは広がりますし、それに……」

「それに?」

「そんな作戦じゃあ俺がゴールできないじゃないですか」


 なぜか俺の至極真っ当な意見までもが上杉の迷作戦と同じ反応を周囲にされると傷付いてしまう。

 だが、このちょっと肩の力が抜けた状態でいい。これまでは焦りのせいか少し入れ込みすぎていたからな。

 

「まあ上杉さんの作戦は論外として少しリラックスしましょうか。焦りで攻撃も単調になってきたような気がしますし、余裕を持ったプレイするのを忘れないように。日本代表の「楽しんで・攻めて・そして勝つ」というモットーに従ってこのイタリア戦を楽しみましょう」 

「そんなモットーあったっすか?」

「今、俺が作りました。そう言う訳で皆楽しそうにプレイしてください。そうじゃない人にはパスしません」

「え、おい、ちょっと待つんやアシカ」


 日本のゴールキックでプレイ再開されるとこれ以上は話し合いができないと、さっさと切り上げてボールを受け取りに少しポジションを下げる。

 俺の言葉に納得できないのか上杉はさかんに首を捻っているが、他のメンバーはリラックスして楽しめというメッセージを受け取ってくれたようだ。焦りの影が全員の表情から拭われている。

 よし、いい具合に余計な力は抜けたようだ。あんな必死の形相になられてはリズムやパターンも一本調子になって逆に読まれやすくなるからな。


 あの勘と読みに秀でたジョヴァンニを相手にしてワンパターンな攻撃など、どうかイタリアのカウンターでばっさりと斬ってくださいと介錯を頼んでいるようなものだ。

 もっと余裕を持って攻略しないと、と言いつつさっきまでの俺も視野狭窄に陥っていたんだよな。でも今の上杉との馬鹿話で僅かなりとも心に余裕と遊びができた。

 なるほど、戦場でエースと呼ばれる人達が緊張した場でジョークを飛ばすのは、こういった効果を狙っているからなんだろう。


 さて、冷静になった目でもう一度イタリアの攻略を考えようか。

 俺も後半になってからは、できるだけ早く追いつこうと得点に直結するゴール前の二人へのスルーパスばかり狙っていたような気がするな。

 もしかして組立が強引でシンプルになりすぎていたのか?

 今はいつものポジションよりやや右サイドの位置にいるが、ボールがようやく回って来たからちょっと試してみよう。

 前を向きこれまで通りキックするモーションへ入ると、上杉に山下先輩といったラインの裏側へ抜ける選手との間にDFが割り込みカットする構えを見せる。そしてジョヴァンニはそのタイミングでポジションを前へ移動していた。


 うん、やっぱり読まれていたか。

 一拍おいてリズムを取り直して、逆サイドの馬場へとサイドチェンジする。

 あ、こんなにピッチを広く使うのも久しぶりだ。敵ゴールへの最短距離である縦への突破に拘りすぎていたんだな。

 そして今のディフェンスの動きで判ったが、おそらく中央に故意に穴をいくつか空けているのだろう。だからこそ俺や明智のようなパサーで技術があればその小さな穴をパスでこじ開ける事ができるが、相手もその穴から来ると攻撃する箇所をあらかじめ予測しやすいのだ。

 ましてや空けてある隙やパスコースなどはかなり小さいし、タイミングもシビアだ。そのためどうしてもパスが厳しくなり、受けにとっては優しくなくてシュートが難しいボールになる。

 タイミングと場所を指定できるなら、あのキーパーにとっては止められる程度のピンチにしかならないのだろう。

 そんなリスキーな作戦を取るのが可能となっているのは、あのジョヴァンニへの信頼感が高いからに他ならない。

 だって安定感の無いキーパーが背後にいたらディフェンスは罠を張ったり、わざと隙を見せて誘ったりなんて怖くてできやしないからな。


 ――でも隙は隙なんだよな。単純に壁を作られている場所より破りやすくはある。

 舌を出してぺろりと唇を舐める。

 よし、なんだか楽しくなってきたな。

 これまでずいぶんと舐められてイタリアの思うように踊らされていたが、手品も種が判ればそれを逆手に取るのは難しくない。

 ではせっかく敵がご招待しているんだから、それを利用してイタリアのゴールまで案内してもらおうか。

 これ以上時間をかけるとずっと攻め続けている攻撃陣の体力の消耗と、ベンチで目立たない様に腹をさすっている山形監督の胃の具合が心配だからな。

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