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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
154/227

第十六話 落ち着いてPKを蹴ろう

 上杉の言葉に不吉な予感を覚えつつも、こうなってはもう見守るしかない。

 なぜだか彼が任せろと胸を叩く度に視界に映るコーナーフラッグが風もないのに異常にはためいているようだが、きっとそれも背中から吹き出す冷や汗も気のせいにちがいないのだ。

 審判は上杉が上機嫌に置いたボールの位置をチェックして、お互いのチームの全ての準備を整えるのを待っていた。

 日本の攻撃的なポジションのメンバーはがほとんどペナルティエリアのすぐ外まで来ている。

 これはボールがこぼれたらすぐに押し込むためだが、でもできればそんな手間をかけずに素直にゴールして欲しいと俺と同じように祈るような視線でうちのキッカーを見つめている。

 おそらくはスタジアムの中だけでなく、日本からもテレビで観戦しているサポーター達の注目を一身に受けているだろうに上杉はその自信たっぷりな挙措には一切乱れがない。

 これだけふてぶてしく周りを気にもしない――言い方が悪ければ精神的にタフなのは一種の才能である。


 そして次は相対するイタリアのキーパーであるジョヴァンニを観察する。

 うん、悔しいがこっちも微塵も平常心を乱していないようだ。味方のDFのミスでPKという絶体絶命のピンチに陥ったにもかかわらず、まるでこれから行われるのは実戦ではなくただのPK練習というだけような自然さだ。

 そのジョヴァンニが威嚇の一種なのか気合いをいれるように掌に拳をぶつけて大きな音を立てると、ぐっと手を広げてようやくキックを待ち受ける体勢になる。

 その構えで気が付いたのだが、こいつは背が高いだけじゃなくて手足が同じ身長の人間と比較しても長いのだ。

 その長い手を大きく広げて、赤い目立つ髪をなびかせて長身のジョヴァンニが今にもキッカーに襲い掛かろうとするように構えるのだ。ゴールライン上から放たれた威圧感がキッカーでもない俺達にまで届いてくる。

 おかげでジョヴァンニの体がより一層大きく、そしてゴールが随分と小さく見えやがるな。

 これならばPKですら「入る気がしない」と弱音を吐くFWがいたのも頷けるぜ。

 俺達の年代でナンバーワンと言われるPKストッパーのプレッシャーとはこれほどの物だったのか。

 だが、日本が誇る武闘派ストライカーの上杉はむしろその殺気を心地良さそうに受けて牙を剥いている。元は世界を目指していたボクサーなのだ、こういう対峙で物怖じというものを全くしないのは頼もしいぜ。


 スタジアムを包むざわついた雰囲気が、ボールを挟んで睨み合う二人の少年から発せられる気配に静まっていく。

 そんな張りつめた空気の中、審判が笛を吹いた。

 鳴った途端に躊躇いもせず、上杉が力強い助走で踏み込むと逞しい右足を振り抜く。同時にジョヴァンニが左に跳ぶ。

 ボールを蹴る音と空気を切り裂く音、その上に赤信号が芝を蹴りジャンプする音、そして何かが衝突する音までもが一瞬で混じり合った。


 その結果ボールは――ゴールに入ることなく転がっていく。

 あの赤信号が上杉のキックするコースを偶然か読み切ってなのか止めやがったんだ。

 左にジャンプしたジョヴァンニ自身の顔の辺りのコースに来た威力のあるボールを肘でブロックするように弾いたのだ。

 しかも、弾いた方向は正面にではなく自分の真横方向へ強く、である。

 そのままコーナーフラッグ付近に転がっていくボールを見つめ、舌打ちする。こんな方向へ弾かれてはキッカーの上杉や近くで待機していた俺達日本の攻め手が詰めて押し込むのも難しい。

 まさか……ボールを弾く角度まで計算して止めたんじゃないだろうな、この赤信号の野郎は!


 芝に四つん這いになりながら、PKを止めたにもかかわらず油断を微塵も現さずに早くも体勢を整えようとしているジョヴァンニの口から雄叫びが放たれた。

 その叫びに滲む勝利の響きに苛立ちが走る。止められたのは俺じゃねぇ。

 次からは俺をPKキッカーにするよう上杉に抗議しようか。そんな風に微かに意識がボールから離れる。

 PKを止められ、しかもそのボールを押し込むのも無理。ならばもう一度コーナーキックから立て直そう。

 最大のチャンスを逃した事で日本代表は気が抜けていたのかもしれないな。皆がそう考えて足を止めていたのだ。


 しかし、相手も日本につき合う義理はない。いくらジョヴァンニでも狙って弾いたとまでは思えないが、イタリアはこんなキーパーがいるのだからPKをストップするという状況に慣れがあったのだ。

 PKで止めたボールが真横へ飛んでラインを越えそうになるという事態など、赤信号がいるこのチームならばこれまでの戦いで何度かあっても不思議はないのを俺は失念してしまっていた。

 弾かれたボールがラインを割る前に、猛スピードでスライディングしたイタリアのDFによってピッチへと引き戻されてしまったのだ。この時点で俺を含めた日本代表はすでに集中とプレイを切ってしまっていた。

 しかもPKのためにうちの選手は全員イタリア陣に近くまで接近し、ディフェンスもラインを上げてしまっている。

 ボールを確保したイタリアのDFは確実に笑っていた。それもピンチを脱出した喜びからではない、絶好のカウンターのチャンスが転がって来た事への興奮にである。


「カウンターが来るぞー!」


 俺だけでなくPKで敵ゴール前にいた日本の全員が絶叫して、そいつからパスが出されるのを邪魔しようと動いた。

 だが足が止まっていた俺達では相手がキックするのを止めようにも間に合わない。

 こうなると問題は守備陣になるが、日本代表は攻撃的なチームだけにイタリアゴール前に多くが集まっていた。

 でも、さすがに防御を専門とするDFの三人とアンカーだけは日本陣内で控えてくれていたのだ。さすがは真田キャプテン達だ、守備のスペシャリストとしての立場を忘れていない。とは言っても彼らもかろうじてセンターラインの向こうにいたぐらいだが。

 守りが一応はこれまで通りの四人はいる事にほっとする間もなく、カウンターの狼煙となるロングボールがボールを拾ったDFから蹴られた。

 ――あれ? このコースは……。


「今度は右サイドじゃない! 中央だ!」


 俺が叫ぶが、それより早く日本のDFは右サイドへ偏った防御網を敷いてしまっていた。仕方ないだろう、これまで前半の十回近いイタリアのカウンターの全てが島津が空けていた右サイドから崩そうとしてきたのだから。

 逆襲をくらう全ての回で自分のポジションをお留守にしていた島津もどうかと思うが、毎回そのサイドを抉ろうとするイタリアの動きとリズムにすっかり慣らされてしまっていたのだ。

 PKで得点できなかった気落ちもあり、日本の守備陣は何も考えずにただ反射的にこれまで通りの守りをしようと動いてしまった。はっとした時にはすでに中央にはぽっかりとしたスペースが空いてしまっている。


 これまで日本の右サイドを蹂躙してきたイタリアの快足FWが、喜々として日本陣のど真ん中をドリブルで駆け抜けていく。

 本来そこにいてスペースを埋めるべきアンカーのポジションが右にずれてしまっているのだ。

 人が足りないディフェンスは仕方なく真田キャプテンが中盤の底のエリアでチェックに行く。彼もいつもならばゴール前の番人をしているのに、こんなに前まで引っ張り出されてしまった。

 快足FWはスピードに乗ってかわそうとするかと思いきや、すぐ後ろに詰めていたイタリアの攻撃的MFへ戻し自分はダッシュする。MFはダイレクトでふわりとキャプテンの頭上を越える優しいループパスを出した。

 そのパスが落ちた場所はもうペナルティエリアのすぐ前、必死に寄せてきた最後のDF武田と日本のキーパーより一歩早くイタリアFWの左足からシュートが放たれた。


 飛び出しかけた体をなんとか捻り、シュートに触ろうとするうちのキーパー。だが、無情にもボールは彼の指先をかすめるようにして進み続ける。

 一瞬の空白の後、審判が強く笛を吹き鳴らした。

 飛びついたキーパーが芝の上で横たわっているその後ろでは、ゴールマウスの中を転々とボールが転がっているのだ。

 ――前半二十七分、イタリアの先制。


 得点を上げたFWが叫び声を上げて走り出すが、数メートルも行かない内にイタリアの他の選手に捕まってピッチの芝に埋もれるようにもみくちゃにされている。

 俺達が得点した時の背中をばしばしと叩かれる平手よりずっと手荒い祝福だが、その対象となったFWはまるで痛みなど感じていないような輝く笑顔をしている。

 俺達は三十秒も経たない内に起きた、両チームのあまりの立場の逆転にただ呆然とその光景を見ているだけだ。



 しかし困った事になったぞ。

 攻めあぐねていた日本は、勝ち点でリードしていた事もありグループリーグを勝ち抜くためには引き分け狙いの展開も頭にあったのだ。

 例えば上杉や島津をさげて守備的な選手を配置するといった守り固めの戦術だ。不得意の分野だが、それで勝ち点一を確保するためにリスクを避けてのスコアレスドローでよしとする消極策は使えなくなってしまったのである。

 いやそれどころか、この堅守のイタリアから何としてでも得点して最低でも同点にせねばグループリーグの突破も怪しくなってしまったのだ。

 

「まだまだこれからです。試合はまだ半分もすぎていませんよ!」

「おう、その通りだ!」

「そうっす!」

「そ、そやな」


 そんな風にチームメイト鼓舞するが、やはり士気が落ちるのは避けられない。

 そしてどれだけ取り返そうとしても前半に残された僅かな時間では、イタリアが分厚く築いた閂は小揺るぎもしない。

 さらにまずい事にイタリアはFWの一人のポジションを下げて、四・三・二・一という後方に重心を置いて中盤の守備まで引き締める、いわゆる「クリスマスツリー」という完全な逃げ切り型のフォーメーションに切り替えてきたのだ。

 DFが四人にほとんど守備専門のMFアンカー役が三人、そして一応攻撃的と分類上はされるだろうが二人の攻撃的MFは攻めだけでなく中盤のチェックは怠らない。そしてワントップにはさっき得点した快足FWという構成だ。

 さらに、そしてそのツリーの根本に最後の砦としてジョヴァンニが控えてやがる。


 ここら辺の容赦のない試合運びは、勝つ為ならばスペクタクルなどいらないという恐ろしいまでの割り切り方からきているのだろう。ここまでリアリズムに徹した試合運びができるのがイタリアの強さか。

 ――冗談じゃない! このままでは日本はその強さの引き立て役にしかならないじゃないか。

 そんな焦りがじわりと忍び寄ってきた来た頃、審判が前半の終了を告げる笛を吹き鳴らした。

 

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