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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第十四話 挨拶の長さに気をつけよう

 初夏のぬけるような日差しの中、俺を含め何百人もの小学生達はピッチで整列していた。まだ夏本番にはなっていないとはいえ遮るもののないこの場所では肌が小さな針でちくちく刺されているようにひりつく。


「……であるからして、我が県のスポーツ振興と少年の健全な育成を……」


 なぜ、サッカー大会なのにお偉方の挨拶があるんだろう。しかも精神年齢の高い俺だからまだ内容が判るが、小学生にとっては難しすぎる内容だぞ。このおじさん何のために長時間演説しているんだ?

 暑さと疲労感でだんだん頭がぼうっとしてきたら、近くで土を叩く軽い音がした。動くのも面倒なので何かとぼんやりと観察していたら、同じように整列していた選手の一人がうずくまっていた。日射病だな、あれ。


 担架で運ばれる少年を横目で心配しつつ、こいつのせいかと壇上の男を睨むが、かえるの面に小便なのか全く動じる気配もなく紙束を読み上げ続ける。まさかこんな大会が始まる直前にこんな敵が現れるとは……。あ、また一人倒れた。

 ただサッカーの試合をやるだけなのになんでこんな面倒な事をするんだろうな。俺はプロ志望である、純粋にサッカーを楽しめるのは小学生くらいだろうと覚悟はしていたが、小学生でもこんなもんかぁ……。

 いや、だからこそ上手くならなければならない。中途半端な実力だから周囲に影響されるんだ。例えばサッカーの神様やアルゼンチンの神の子だったらどんなわがまま言ってもそれが通るはずだ。だからこそ俺もそういったレベルまで上がるべきなのだ、わがままを言うためではなく自由にサッカーができるように。


 自分の長々とした挨拶が、一人のサッカー少年の微妙におかしなハングリー精神と上昇志向に火をつけたことなど知らぬまま、頭頂部の薄い中年が自分の犠牲者の数に満足したのかようやく口を閉じて開会式が終わった。



「みんなご苦労だったな」


 開会式から迎える監督の顔にも疲労の影がある。なぜ試合前に疲れなければならないのか理解不能だが「今年はうちのチームは誰も倒れなかったか」と胸をなで下ろしている監督に文句をいっても仕方がない。この口振りではどうやら毎年数名KOしてるみたいだしな、あの挨拶男は。誰か止めろよ。


「まあ、ともかくうちの試合まであと一時間だから四十分間は休んでていいぞ。あとは水分の補給はしっかりすること、のどが渇く前に十分おきに口をゆすぐ程度でも水を飲んどけよ」

「はい」


 俺の「矢張(やはり)SC」における公式戦の初戦はあと一時間後か……、汗ばむ陽気なのにぶるりと体が震える。

 監督の言葉があっても、チームの全員の中で休もうする者はいなかった。開会式で体力をすり減らしたとはいえ、小学生がこんな大会の出番間近でじっとしていられるわけもない。

 皆で誘いあってウォーミングアップの時間まで現在行われている試合を見学する事にした。俺達が勝ち上がれば次に当たる相手がやっているはずだ。チェックしておいて損はないだろう。

 そんな少し軽い気分で観戦をする事に決めたのだ。だが……、


「……なるほど、この試合の勝者であればなんとかなりそうですね」

「そうだな、問題なさそうだ」


 キャプテンと山下先輩の会話からも類推できるように、眼下で行われている試合はさほどレベルが高いとは思えなかった。別に馬鹿にしているわけでもないし、油断して敗北のフラグを立てたい訳でもない。

 だが対外試合やうちのクラブの紅白戦に比べてさえも、何というかもさっとしているのだ。テンポが遅いのか外から見る分には展開が単調に感じられる。正直な話、うちのクラブは結構レベルが高いんだよな、少なくとも後のJリーガーを輩出するぐらいには。それがやり直してからもまた同じクラブを選んだ理由の一つでもある。やはり恩師がいるからってあからさまにプロになるのは不可能なほど弱いチームに入るのは御免だからな。

 

 これ以上の観戦はあまり意味がないと判断し、自分達の試合に備え体をほぐすことにした。

 スケジュールが詰まっている為にピッチが開放されてから試合が開始されるまで十分しかない。それだけでウォーミングアップを完全に済ませるのは不可能だ。その為に隣にある第二競技場がアップ用として準備されている。芝はないが、軽く体を動かすには問題ない広さが確保されていた。

 こんな所で怪我する訳にはいかないからな……。いつもより更に入念なストレッチで筋の一本一本までチェックしていく。そして足を大きく広げ体重をかける、いわゆる股割の姿勢で静止した。これをやり始めた頃は手を付くぐらいまでしか足が開かなかったが、今では股間と地面の間が僅かに空いているだけだ。毎日の練習後と風呂後のストレッチの成果である。これだけ体が柔らかくなればプレイの幅も広がるし、怪我する可能性も少しぐらいは減少すると期待できる。


 黙々とウォーミングアップで体に火を入れていると、熱と共に笑みが浮かんでくる。手足は勝手に踊りだしそうに、心は大声で笑いだしたくなってくるのだ。沸々とテンションが上昇していって仕方がない。アップの手順を終えて大きく息を吐くと、口から出たのは炎のように熱い息吹だった。早く始まってくれないかな。


 

「じゃあ、作戦通りのスタメンとフォーメーションでいくぞ。油断は禁物だが、おそらくはいつも通りにやれば問題ないはずだ。相手を見下さず、焦らず、怪我せず試合してこい。いいな」

「はい!」

「よし、行って来い!」


 下尾監督の指示終わり、俺達の一回戦がようやく始まろうとしている。俺もポジションにつこうとしたら監督に手招きされた。


「アシカは三点以上差がついたら前半で引っ込めるぞ。明日も試合があるんだし、まだ体の出来上がってないお前がデビュー戦でフル出場はきついだろう。その代わりエンジン全開で前半の二十分でスタミナを使いきるぐらいに暴れろよ」


 と背中を押された。小学生を対象にしたこの大会は前半二十分、後半二十分となっているが、確かに俺の今の体力ではフル出場は難しい。無理すれば出来ないこともないだろうが、これからの連戦のスケジュールを考えると止めておいたほうが賢いだろう。

 その初戦の相手はあまり有名ではない新興のクラブで、レベルもそれほど高くはないという話だった。別段エリート意識に染まったつもりはないが、確かに試合前のピッチ上での動きを見る限りでは実力のあるチームが持つ迫力は感じられない。

 これならば前半だけでも勝てる……そう口元を緩めた瞬間俺は、背筋に冷たい物が走り右膝に電気が流れたような感覚を味わった。


「うあ!?」


 小さな叫びをあげた俺は怪訝な表情で振り向いたチームメイトに何でもないと手を振った。

 今の感覚は肉体の痛みではない、自分が緩みきっているのに気が付いた恐怖心の発露である。自分がどれだけ思い上がっているのか、頭ではなく体の方が理解して警告してきたのだ。

 何回同じ間違いを繰り返せば気が済むんだ俺は! まだ公式戦デビューすらしていない餓鬼が開始のホイッスルが鳴る前から勝った気でいるだと? どこまで増長するつもりだよ。


 天を仰いで目を閉じる、視界は闇に閉ざされるが脳裏のスクリーンには敵味方合わせて二十二の光点が表示されている。そのまま思いきり息を吸い込むと瞼を開いた。

 瞳に映るのはただの点ではなく二十一人の少年の姿であり、その全員が準備に余念がない。試合に向け集中を高めているその姿に対し、データだけ並べてすでに勝負のついたつもりでいる自分がたまらなく小さく感じられた。

 俺は胸に溜めていた息を大声と共に吐き出した。


「絶対に勝つぞー!」


 いきなり叫び声をあげた後輩に驚いた様子だったが、我に返ったキャプテンは率先して「おう!」と応える。

 よし、今の雄叫びで気合いが入った。自分たちが有利との情報を忘れるつもりはないが、これから戦う敵を全力でなければ倒せない強敵と想定する。デビュー戦で手を抜くとおかしな癖がついてしまいかねないしな。

 この試合はもらったとか馬鹿な事を考えている暇はもうない。これから始まるのだ、そしてこの試合から始まるのだ。


 試合開始の笛が高らかに鳴らされた時、体内にあるアクセルはすでに底まで踏みつけられていた。フルスピードで加速する俺にとって敵チームの動きはゆっくりとしか感じられない。いや実際に今まで戦ってきた対外試合や紅白戦の相手なんかよりもテンポが遅いぞ。それがまだ油断しているせいでそう感じるのか、それとも俺のレベルが上がっているせいなのかとりあえずは全力でテストさせてもらおうか!



 ――試合中、俺は誰にも止められなかった。



 前半終了のホイッスルと共に俺はピッチを引き上げる。ドリンクをがぶ飲みしていると、監督に「お疲れ、よくやったぞ」と肩を叩かれた。どうやら今日はこれでお役御免らしい。

 後半に備えて戦術を話し合っている中で、ゆっくりとクールダウンを始める。後半も出場するレギュラー組と途中出場を狙いせわしなくダッシュを繰り返すベンチスタート組に挟まれて、一足早くダウンをし始めた俺に対しては皆がなんだか遠巻きにしているような微妙な雰囲気で接している。


 結局七対一のスコアで初戦を突破した矢張SCの二回戦は明日の午前である。くじ運良く、後五回勝てば全国への切符に手が届く。今日は上手くいったが、最後まで気は抜けないな。


 俺の公式デビュー戦は前半のみの出場、五アシストという記録で幕を閉じていた。

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