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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第七話 実況席では仲良くしよう

「いやー松永さん、前半が終了しましたが、ここまで日本代表は満点の出来なんじゃないですか? 前半だけで二対零、序盤からずっとボールとペースを完全に支配しています。ボールの支配率でも六割以上を日本が占めていますし、シュート数にコーナーキック数でも相手のナイジェリアを圧倒していますよ」

「……そうですね。予想よりずっと日本の調子がいいようですね」


 なぜか試合が進むに連れて顔色が冴えなくなっていった松永をよそに、アナウンサーは日本代表の活躍に滑らかな舌の回転が止まらない。


「そして松永さんがウィークポイントにならないかと危惧していた島津ですが、素晴らしい先制ゴールに加えて何度も攻め上がってはチャンスを作っています。松永さんの不安を払拭する活躍ですね」

「……サイドバックながらチャンスと見るや……いえ、チャンスでなくとも常に攻め上がる彼のプレイスタイルはリスクもありますが上手くはまるとリターンもまた大きい。日本を舐めてかかってくる相手には有効に作用しているのでしょう。

 逆にナイジェリアは試合の入りを誤りましたね、まだ経験の浅いチームが落ち着く前に先制されてしまいました。ナイジェリアはこの年代では世界大会のような大きな大会に初登場の選手がほとんどのようでしたからね。大舞台に舞い上がっている内に日本に先制され、気が付けばボールを支配された上にワンミスが失点に繋がる守備にずっと追われる精神的に消耗する展開です。二点ともどうやって日本に点を取られたか判っていないのではないでしょうか」


 なんだか松永が珍しく解説者らしいことを喋っているようだが、これは自身の間違いを認めるのではなく「俺が悪いんじゃなくて、弱点を攻められないナイジェリアが悪いんだ」と言い訳しているような印象だ。

 しかし、そんな事に頓着せずアナウンサーは話を進める。前半のダイジェストや他のグループの結果まで全ての情報をハーフタイム中に収めようとするとあまりぐずぐずしていられないのである。


「さて前半のハイライトシーンをご覧ください。開始から三分、MFの足利のパスをウイングの山下がスルーした所にオーバーラップした島津が内に切り込んで豪快なミドルシュート。この先制点で流れを引き付けた日本はゲームメイカーの明智を中心としたパスを繋ぐポゼッションサッカーを披露します。そうしている内にナイジェリアディフェンスの綻びを見つけたのか明智・足利・そしてエースストライカーの上杉というホットラインからの追加点が生まれました。

 その後も反撃にきたナイジェリアのスピード感溢れるアタックをDF陣がしっかりと守り、攻撃陣は冷静にパスを回してじっくりとした攻めを続行していました。残念ながら三点目は奪えませんでしたが、ボールの支配率からも判るように明らかに日本が押しています」

「まったく厄介な攻撃陣ですよねぇ。あ、いや日本を敵に回した敵のDFの心情から考えてみたんですが、センターフォワードで日本チームの得点王である上杉をマークしなければならないのは当然です。それに加えてアジア予選では共に攻守両面で活躍した両ウイングも無視できない、さらにゲームメイクのみならず決定力のあるMFの足利と明智も警戒対象です。そこへ予選でのシュート数では左ウイングの馬場以上に撃っていた右サイドバックの島津ですか、こいつらみんなを止めようとするのはちょっと大変ですよ」


 なぜか心情的に日本ではなく敵チームの監督のような思考になっている松永へ、アナウンサーが当然ながら突っ込みを入れる。とはいえ色々としがらみがあるのかかなりソフトな物ではあったが。


「松永さんは敵のナイジェリア監督の心理がよくお判りのようですね。日本チームのウィークポイントへのご指摘は前半はあまり当てはまらなかったようですし、相手への思い入れが強いのか試合中も日本のオフェンスについてより敵のディフェンスについてあれこれアドバイスめいた言葉をおっしゃってましたが」

「べ、別にナイジェリアディフェンスを応援していた訳ではなくてですね、山形監督の作った日本代表をどう止めるか客観的にシミュレートしていただけです。あなたのような素人ならばただ自国の代表を応援していればいいんでしょうが、私みたいなプロは第三者的な視点で観戦しなければいけないんです」

「……はあ、そうですか」

 

 ここまではっきりとお前は素人で何も判ってないと公共の電波で言われてはカチンとくる。アナウンサーは額の辺りの血管を浮き出させながらなおも無理に冷静さを装う。


「で、では松永さんが試合前に「自分ならスタメンには出さない」と断言した島津の見事なゴールをもう一度見てみましょう」


 アナウンサーの言葉に「うわぁリプレイに行く前にわざわざ松永の失態に言及しちゃったよ」とギスギスした空気が実況席を満たす。松永も「そうですね、無駄なお喋りはやめてさっさと選手達がプレイしている画面へ切り替えましょうか」と、話をするのが商売のアナウンサーの存在意義を無くすような事を言ってから頷くと視聴者の見ているテレビの画面上ではリプレイが始まる。

 だが、アナウンサーと解説者は二人とも笑顔の仮面を張り付けたような表情で、画面上のリプレイではなく互いの目から非友好的な視線を離そうとはしない。

 日本代表はいいリズムで試合を運んでいるが、実況席の方はそうもいかないようだった。



  ◇  ◇  ◇


「決まったな」


 日本対ナイジェリアの前半が二対零のままで終了すると、興味を無くしたようにテレビから視線を外したカルロスはまたやりかけのストレッチを続行した。ぐっと身を沈めると彼の長い足がすっと抵抗無く開いてそのまま下腹部が床に触れる。百八十度開脚するいわゆる股割りだが、それを彼はあっさりやれるだけの柔軟性を持っているのだ。

 普通のフットボーラーはそこまで股関節を柔らかくしようとしないし、発達した太股の太い筋肉が逆に邪魔になってなかなか完全に百八十度までの開脚はできない。それをこの資質に恵まれた少年は当然のようにやってのけるのだ。

 そこまで柔軟性に拘らないブラジルのチームメイトが「なんでそこまで足が開くんだ?」と本人に聞いてみると「毎日ストレッチをやってるんだから出来ない方がおかしい」という他の平凡なサッカー少年に聞かれたら怒り出すような意見が出てくるのが彼らしいが。

 そんなカルロスと同じように、黙ってアップをしながらテレビを見ていたブラジルDFの要でキャプテンでもあるクラウディオが頷いた。


「ああ、そうだなこの試合は日本の勝ちで決まりだろう。日本はカルロスやエミリオが注目しているというだけあってなかなかやるじゃないか」

「うん、そうだね。この流れならまあ日本が逆転される可能性はないだろうね」


 こっちはアップに飽きたのか、エミリオまでにししと笑いながらカルロスとクラウディオの「日本の勝利」という予測に太鼓判を押す。そんな小柄で子供っぽいストライカーにカルロスは溜め息混じりで忠告する。


「エミリオは今まで寝てたんだから、ちゃんとアップしなきゃ駄目だろうが」 

「えー、これでもちゃんと試合前に起きたんだから偉くない? いつもだったら開始のホイッスルまでうつらうつらしてるよ」


 これまでこいつはそんな態度で南米予選を戦っていたのかと周りを慄然とさせたが、ブラジルが誇るもう一人の天才は「いや、これまでは別にお前が試合中も寝てたとしても俺一人で問題なかったけどな」とあっさり認めた。


「次の試合のイタリアはちょっと厄介だ」

「へえ、カルロスがそう言うほど?」


 目を丸くするエミリオに事情通でもあるキャプテンのクラウディオが補足する。他のチームメイトには聞こえないように小声で「イタリアのゴールキーパーのジョヴァンニは間違いなく今大会のナンバーワンキーパーだ。うちのキーパーの前では表だって言えんが、頭一つ抜けているな」とあまり敵について情報を知ろうとしないエミリオに耳打ちする。


「へぇ、そのぐらいいいキーパーなんだ」


 エミリオの笑顔の質がふわふわした物からどこか凄みをうかがわせる物へと変化していく。その雰囲気の推移を満足気に見つめていたクラウディオが頼もしげに目を細める。


「エミリオは国際大会は初めてか、ならこの先何度も奴とは当たるだろうな。実際俺は――ああカルロスもかな? 国際大会の度に当たっていた。イタリアもうちもトーナメントを勝ち上がるからよくぶつかったんだ。そして毎回戦う度にあいつがブラジルに生まれてくれてれば俺の仕事はもっと楽だったのにと思うんだよな」

「ああ、俺も二・三回戦ったことがあるがどうもやりにくいんだよなあいつは。それに大会ごとにベストイレブンを選ぶと俺やあいつなんかいつも入ってるから顔見知りにはなってるぞ」


 カルロスまでもがイタリアのキーパーをただの「ジョアン」ではなく個人として認識した上で高い評価をしているようだ。


「へー、カルロスとクラウディオの二人が揃って警戒する相手ってちょっと興味が湧くなぁ」

「イタリアの(カテナチオ)の番人、ゴールキーパーのジョヴァンニだな。赤信号という通称を持つ大型キーパーでもうじきセリエAのどこかでデビューするはずだぞ」

「赤信号って?」

「ああ、あいつが燃えるような赤毛なのを引っかけたあだ名で、イタリアの記者がいつかの国際大会でジョヴァンニがナイスセーブを連発した後に「世界のどこの攻撃陣が相手でも我らが赤信号を相手にすれば停止せざるを得ない」とか自慢した記事がきっかけになったそうだ」


 クラウディオに続けてカルロスも敵キーパーに加え敵チームの実力に太鼓判を押す。


「イタリアは一対零で勝つのを最高とする美学があるらしいからな。あいつらの守備への拘りはちょっとついていけないぞ。だけど、楽しく美しいサッカーが好きなブラジル国民には理解しがたい美学を持っているとしてもイタリアの実力は本物だ。まあこのグループにおいては二番目でしかないけどな」

「うん、じゃあ今からやる試合ではっきりとブラジルが一番だって証明しなくちゃいけないね」


 ――強敵との試合へ準備する彼らの脳裏には、グループで三位以下の実力と判断した日本への関心は残っていないようだった。



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