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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第六話 駄々っ子にプレゼントを渡そう

 ぷちん。ナイジェリアのゴール前から何かが千切れるそんな音がした。

 いや、もちろん現実に音として空気を震わせて耳に響いた訳ではない。そこから漂う雰囲気が俺に幻聴を起こさせたのだ。その錯覚は俺だけでなく日本代表のチームメイトにも共通していたようであり、その後に続く喚き声に全員が「ああ、原因はやっぱりあいつか。もう面倒だなぁ」という表情になる。


「お前ら、いい加減にワイにもパス寄越さんかい!」


 敵のDFとキーパーが「なんだこいつ」と訝しげな視線をいきなり叫び声を上げた上杉に投げかけている。だが一応パスという単語に反応してかボールを要求していると踏んだのだろう、一層彼へのマークが厳しくなった。

 元々日本はワントップで常に最前線にいるのは上杉一人の布陣なのだ。うちで彼が一番敵からマークされているのは間違いない。

 そんな厳重にチェックされている奴――しかもボールを持つとほぼ百パーセントシュートしかしない奴にパス回しのボールを気軽には預けられないのも当然だろう。それが気に入らないのか、「俺はここにいるぞ」と上杉もがっちりと固めているナイジェリアディフェンスの僅かな隙間を突き何度かフリーになりかける。


 だが、この時点では攻撃を司っているのは明智である。俺ならば自分がドリブルしてでも無理やりにゴール前の上杉へのパスコースをこじ開けようとしたかもしれない。

 けれども冷徹さであれば多分チーム一の少年は、上杉がフリーになろうと動いては敵からの警戒を集めているのをこれ幸いと安全な反対の方向にボールをサイドチェンジしたりしてゲームを作っている。

 明らかにチームメイト間のコンビネーションが上手くいっていないのだが、それが逆に敵のディフェンスに微妙な混乱と疑問を生んでいた。

 

 それはもしかしてこの騒がしいFWは囮なんじゃね? という疑惑である。実はこれは完全な誤解なのだが、傍から見ているとナイジェリアのDFが上杉を最初は危険な奴を警戒する視線で見ていたのが、段々煩いだけの面倒な奴だと舌打ち混じりに見下すものへと変わっていた。

 それがまた気に入らないのか上杉はまた両足で小刻みにステップを踏んでいる。あ、あれってもしかして地団駄を踏んでいるのか? うわぁ生で見るのは初めてだが、運動神経のいい奴が地団駄を踏んでもアップでよくやるその場でダッシュとしか思えんな。

 まあそんなに上杉が軽く見られているのにはサイドバックである島津がFWであるはずの上杉を一顧だにせず自分でシュートを撃っていたのも影響しているな。島津があれほどのシューターとは想像していなかったのだろう、おそらくではあるがナイジェリアはイタリアとブラジルに気を取られて日本の研究をあまりしていなかったのではないかと思う。

 もし事前にナイジェリアの監督から選手に対し厳重な注意を呼び掛けていれば、失点した焦りからとはいえここまで早くうちで最も危険な少年から警戒を薄れさせるはずがないのだから。

 ま、これに関しては同じようにブラジルとイタリアの分析に時間を割いた日本があまり大きなことは言えない。


 時間が経過するに従って敵のDF達から緊張感が少しずつ失われていく。日本のあまりゴールへ向かうという縦への気迫の無く、ただ守備陣を迂回してのパス回しにゴール前にいるFWへの侮りが加わった。それらがほんの僅かにとはいえ敵DF達の集中力を鈍らせたのだ。

 ――ここだ。

 俺は中盤の後ろからギアを上げてぐいっと前へダッシュする。これまではパスを捌くという横への展開に慣れきっていたナイジェリアのMFが、とりあえずはお義理ででも付いておこうかというような気の抜けた動きでやって来る。だがそんなのに付き合う暇はない、緩慢なマークを尻目にそれが近づく前にさっさと前方へ駆け抜ける。

 そこへ明智がパスを出してくれた。さすがにタイミングも出す位置も最高だ。ボールは足元ではなく最高速にしやすい前方のスペースへと俺の意図を完全に読んでいる。

 パスを渡った時点ですでに俺のドリブルはトップスピード、向こうのDFはこれまでさんざん左右のサイドに振られて中央のスペースを誰が担当するのかが曖昧になっている。

 

 こんな場合は躊躇することなく中央突破だ。もう少しだけ侵入できればミドルシュートが狙える距離と角度になる。

 後数歩だけ進む余裕を願ったが、仮にも世界大会まで勝ち上がってきた相手だ。そこまで自由にはしてくれない。危険なエリアに入る直前にDFが正面にやってきた。

 こいつもまた俺より頭一つ分は大きい。そんな相手にここまで真正面に立たれるとシュートコースが消されてしまう。シュートが無理ならば、こいつを抜くかそれともパスに切り替えるかの二択となる。

 俺はトップスピードを落とさないように、フェイントすらせず進路を少しずらして相手の左を抜けようとする。

 こっちは上がってきたそのままの勢いで向こうは待ちかまえていた状態だ。反応はされたが、速度差から俺の正面に向き合ったままではいられない。

 俺へ付いていくため半身に敵がなった瞬間、急ブレーキをかける。長く柔らかい芝なのにスリップもせず、軽量級の俺はボールをコントロールしながらも何とかピタリと止まれた。重量級の敵は重心を俺の進もうとしていた方向へ傾け始めたばかりだったのでどうしても一瞬の間ができる。

 その間に敵を抜くどころか一歩「下がった」おかげで俺はシュートコースはともかくゴール前へのパスコースを見いだしたのだ。


「上杉さんお待ちかねのプレゼントですよ!」


 鳥の目によって脳内では彼の位置は把握しているが、直接アイコンタクトするにはDFが壁となっている。だから俺は声でタイミングだけを教えて、ペナルティエリアで最もディフェンスが薄い場所へとボールを送る。あいつならば必ずそこに走り込むはずだ。

 俺の期待を裏切らず、上杉がDFの影から顔を出した。正直俺でもどのルートを通って彼がこのシュートスポットにたどり着いたのかさっぱり判らない。

 だが、俺には上杉ならここへ来ると感じていたし、上杉も俺の声がかかる前からゴール前にダッシュの準備をしていた。たぶんここへ駆け込めば自分がシュートを撃てるパスが来るとストライカーの本能が体を動かしたのだろう。

 

 DFはこの急展開についてはこれない。お互いが相手の姿を確認もせずに行うコンビネーションなんて、セットプレイなどの予め決められた作戦ならともかく普通はぶっつけ本番ではやらないだろう。

 だがピッチを上から見るパサーの俺と、逆に自分の行動に周りが合わせて当然と本能で動くストライカーの上杉はフィニッシュに至る過程でだけはまるで何年もコンビを組んでいるかのような息の合い方をするのだ。

 イレギュラーのないピッチでは俺の出したパスはDFが邪魔しなければ問題なく上杉に届く。そして彼の強靭な右足は俺からの美味しいボールをシュートミスするはずがない。

 これまで俺からのゴール前へのパスはほとんどトラップはせずワンタッチでシュートを撃っている上杉は、今回もまたダイレクトで豪快なキックによりボールをゴールマウスに叩き込んだ。

 ペナルティエリア内とはいえキーパーが一歩も動けないほどスピードのあるシュートである。

 こいつは力一杯撃つと空に向かってボールを打ち上げてしまったことはないのだろうか? トラップもしないで全力で蹴っても浮かないボールを蹴れるのは、下半身だけでなく鍛えられた上半身でボールを吹かさないように体幹をしっかり抑え込んで軌道をコントロールしているからだろう。

 まったく決定力に関する点では上杉は実に恵まれた羨ましい才能だな。

 

「はっはっはー、見とるか! これがワイの世界デビュー弾や!」


 天に向かってやたらと腰の入ったアッパーを突き上げた上杉は、誰に対してアピールしているのか大声で叫ぶ。

 周りのナイジェリアDFが忌々しげな目で睨み付けているのを全く気にしていない。

 いや、たぶん彼は気が付いてさえいないのだろう。守備陣からの刺々しい敵意や威圧を完全にスルーしている。さすがは自分が得点する以外は興味を持たない空気の読めない点取り屋だな。


「ナイスシュートだ上杉!」


 ふと気がつくと俺ではなく他のチームメイトの方が早く上杉を囲んでもみくちゃにしていた。背中に平手で紅葉を付けるのは禁止になったので、ほとんどの奴が頭をがしがしと彼の頭を乱暴に撫でている。

 ハイタッチのつもりか天に突き出した後、広げられた上杉の掌は無視されている。いや、なんかつんつんしていて触りたくなるもんな、あいつの髪型は。そのせいか上杉が試合前に整えていた髪型がずいぶんと乱れているぞ。

 自分でもそう感じたのか右手を下ろして手櫛で整えようとするが、鏡もなく汗をかいている現状では試合前のようにはいかない。諦めたのか最後は自棄になったように自分の手でぐしゃぐしゃにかき回すと、俺を見つけては「こいつも同じにしたれ」とお返しのようにこっちの髪を乱雑にかき回して軽く拳で胸を突く。


「どや、ワイにパスすれば点を取ってやるって言うたやろ」

「ええ、俺も取らせてやるって言ってましたよ」 


 お互いが自分の手柄だと主張し合った後、同時に噴き出す。どっちの貢献が大きかったかはとりあえず今は関係ない。本当に重要なのは日本が追加点を奪ったという事実だけである。

 日本側の陣地に戻りながら周囲に目を走らせると、ナイジェリアのベンチは大忙しだ。なにしろカウンター戦術を柱にしているチームが二点先に取られてしまったのだ、プランが根底から崩壊しているだろう。その立て直しと選手の士気を高めるためには短時間ではどうしようもないはずだ。


 ――これはもらったな。

 油断をするのは敗北への道だと判っているが、これはゲームメイカーとしての冷静な判断の結果だ。

 このナイジェリアはまだチームとして成熟していない。身体能力は高いが、仮想相手としてちょうど一つ上の年代であるアンダー十八の選手達と思ってプレイすればそう外れていない。俺達と比べてもスピードやパワーと間合いはナイジェリアの方が少し上だが、細かい技術や戦術面では逆に粗がある。

 俺などのユース出身の選手は部活のように三年区切りではなく、その上とも練習や試合の経験があるからちょうど年上のようにフィジカル差があっても戸惑いなく対応できている。それは日本の他のメンバー全員にも言えることだ。ほとんど問題なく試合に集中して臨めているのだ。だから、油断さえしなければこの試合はずっとペースを握ったままでいられるはずだ。


 日本側のベンチも向こう同様に騒がしいのに違いはないが、雰囲気は対照的に温かく柔らかい。ベンチ入りしているメンバーはアップも兼ねているのだろうが全員総出で踊ってるな。体が熱くなって、疼いて、暴れたくて仕方がないのだろう。

 俺も一回目の人生ではベンチウォーマーの悲哀を味わった事があるから気持ちは良く判る。その悔しさをバネに努力を積み重ねて、今はこのスタメンの地位にいるんだから。あいつらもこれをいい経験にしてレギュラーを目指して欲しいものだ……俺と同じポジションの奴を除いてだが。

 俺と上杉が二人してベンチへ向けて拳を掲げると全員が同じように応えてくれた。まるで日本代表が一斉に空へとパンチを撃っているようだな。

 ふと思い出して観客席を眺める。

 試合前は緊張で見回す暇もなかったが確かに日の丸が客席の一角ではためいている。


「上杉さん、サポーターの応援にも応えましょう」

「ああ、そやな」


 多少の身長差がある俺達のコンビが肩を組んだままサポーターへ手を振ると、旗が飾られている一角から爆発的に歓声が上がる。

 ああ、本当に何回味わっても飽きない経験だ。自分達への応援と喜びの声を耳で聞くのではなく、シャワーのように全身で浴びるというのは。

 俺は日本でテレビを見ながら応援してくれているはずの幼馴染みと母へ向けて、上杉は誰か判らないが彼にとっての大切な人へ向けて笑顔でガッツポーズを繰り返した。


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