表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
143/227

第五話 ハイタッチを交わそう

 

 島津が躊躇する素振りも見せず、インに切れ込んだ時点で俺は「あ、あいつならシュートを撃つな」と感じていた。

 おそらく上杉もそう感じたのだろう、自分のポジションをパスを受け取ろうとする場所からこぼれ玉を押し込もうとする位置へと小刻みにステップを踏んで移動する。逆にそれがマークしているナイジェリアのDFの警戒を集め、結果的に時間をロスした守備陣が詰める前に島津にミドルシュートを撃つだけの余裕を与えたのだ。


 ペナルティエリアのすぐ外の右四十五度、島津が最も好んでシュートを放つ彼のスィートスポットだ。本来DFであるはずの彼がそんなシュートを撃ちなれた地点を持っているのが不思議だが、そこから放たれたシュートが唸りを上げてゴールを襲う。

 敵のキーパーも長い手を伸ばすが、彼の守っている場所とシュートされたボールのコースの間はかなり離れて距離があったため飛びついてもボールには触れることもできない。

 そうこの時点ではゴールの枠から逸れているぐらいのコースだった為に、キーパーのセービングも届かなかったのだ。だが、キーパーのグローブを通過するとボールはまるで意志を持ってその邪魔な手を巻いて行くように曲がっていく。

 島津はあの得意なポイントから何遍もシュートを撃っているのが役に立った。

 まるでフリーキッカーがいつも同じ位置からフリーキックの練習をしていれば判るように、彼もこの自分が得意とするゾーンからアウトサイドにどのぐらい引っかけて撃てばゴールの枠にいくかを体感的に知っているのだ。

 スピードを落とさずに急激に曲がったシュートは、ポストの内側をこするようにしてゴールの中へと飛び込む。


 開始してまだ三分、しかも伏兵のサイドバックによるゴールである。

 まだ会場の全てがあっけにとられたような空気の中、島津の雄叫びと共に拳が天に振り上げられた。

 ここまであまりにも攻撃的すぎるDFとして日本国内ではマスコミ受けが悪かった島津である。早々に結果が出せなければスケープゴートにされかねないと危機感があったのだろう、その鬱憤を晴らす腹の底からの叫びだ。

 しかしDFが守備の拙さを指摘されてなお、自分の持ち味である攻撃力を生かして得点することで先発出場に反対する意見を見事に封殺するとは、なんと言うか実にうちのチームらしいやり方だな。

 おっとそれより、得点した島津へ祝福にいかないと。


「ナイスシュートです、島津さん!」

「うむ、ありがとうアシカ。貴様のパスも山下のスルーも良かったぞ。またあんなコンビネーションを頼む」


 空に向けて吼えるのを中止し、俺の言葉に応える島津の口調も弾んでいる。世界大会と言う大舞台でゴールを決めたのだ、そりゃ嬉しいに決まっているよな。

 世界大会からは得点した選手の背中を平手で叩くのは自粛しようと決まっていた。チームで一番ゴールするであろう、そして間違いなく一番凶暴な上杉がファイティングポーズを取りながらの「ワイの背中に手を出すんやない! 出したらやり返すで!」という「祝福の赤い紅葉」を廃止しよう法案は彼の気迫に押されあっさりと可決されていた。

 だから代わりと言うわけではないが、俺が右手を掲げると島津が笑顔のまま大きく手を引いてからピッチに良い音が響くほど強くハイタッチを交わす。思ったより強い衝撃に赤くなった手に息を吹きかけていると、いつの間にか俺の後ろには次々に手を掲げるメンバーが列を作っていて、笑顔の島津によるぱしんという乾いた音が何回も連続する事となった。


 この先制点によって日本が今日の試合の主導権を握る事が確定する。

 向こうはスピードのある選手を生かすために日本の陣地にスペースが欲しかったのだろう、だからこそ守備優先のカウンターでまずは日本の前線の選手を充分に引き付けてから攻撃しようという戦術を立てていたはずだ。少なくともアフリカ予選ではその作戦が成功したせいか、ずっとそれだけで通して他の戦術は採用していなかったのでおそらく戦術的な柔軟性はほとんどないだろう。

 カウンターチームにとって先に点を取られるのは、普通のチームが先制されるよりもゲームプランが崩れるという意味ではずっとダメージが大きいのだ。


 これでアフリカ予選の時のような余裕を持った戦い方はできないだろう? ナイジェリアチームの方へと視線を走らせる。うん、大会の初戦でしかも試合開始直後に失点だ。チーム全体が完全にパニックに近いぐらい浮き足だっているな。

 互いが掛け合う声も向こうの監督が出すベンチからの指示も苛立ちと刺々しさが隠し切れていない。今ナイジェリアイレブンの頭の中は真っ白に近いはずだ。だからこそ彼らが回復する前にここでまた叩いておく必要がある。

 俺はまだ喜び合っているチームメイトに声をかける。


「さあ、予定より早いけれど止めを刺しにいきましょう」


 その声に期待を込めた瞳で上杉と山下先輩が見つめてくる。俺も日本の初得点はこの二人のどちらか――たぶん上杉だと思っていたから、島津に先を越されて悔しいのだろう。チーム内での得点王争いだが、マイナス方向への物ではなく活性化をもたらす健全なライバル関係という奴だ。

 チームが先制したのは嬉しいが、そのゴールを決めたのが自分でなかったのが我慢できないというエゴイスト達を擁しての試合に俺は手応えを感じていた。山下先輩もここ最近は俺のフォローに回ってくれているが、まだまだ牙を抜かれてはいないな。

 お、審判が試合再開を急げと急かしている。確か英国での審判の基準は厳格で、少しでも反抗的な態度を見せるとまずかったっけ。始まったばかりで審判の機嫌を損ねても意味がない、ここは素直に再開の指示に従おう。

 

 センターサークル内に置いたボールの前でナイジェリアのFWがスパイクの爪先で何度もピッチを蹴っている。先制され苛立たしい気持ちはよく判るが、芝をむやみに傷付けるのはルール違反ではないがマナーには適っていないぞ。ほら、審判も少しだけ不快気に眉を寄せているじゃないか。

 対照的にこっちはゴールした島津への祝福で位置に着くのこそ遅かったが、興奮と緊張が適度にブレンドされたサッカーをプレイするのに最適な精神状態だ。少なくともイライラしているのが丸判りのナイジェリアチームよりよほど雰囲気がいいな。


 審判が再開のホイッスルを吹くと、ナイジェリアはFWの二人がフルスロットルで日本陣内へと駆け込んでくる。ふむ、やはりお前達は日本を舐めて勝ち点三の皮算用をしていたな。だから失点を大急ぎで取り返しにくるんだろう。

 だがうちのDFも優秀だぞ。二人のFWが飛び出したぐらいでは、いくらアフリカ系の特色であるスピードとパワーを併せ持ったカウンターのスペシャリストでも……敵FWの情報を一つ一つ思い返すと段々不安になってきたが本当に大丈夫だよな?

 後方を確認すると真田キャプテンと武田の日本が誇るDFのパワータッグがナイジェリアFWを足止めしている。監督の言うようにいったんストップすると迫力が半減するな、あいつらは。なんとかなると胸を撫で下ろし、俺は改めて自分の仕事に集中し始めた。

 

 現在のチーム事情では俺はボランチやセントラルMFという攻守両面を支える中盤よりも、少し前目のトップ下に近い攻撃的MFのポジションについている。もちろん完全にそこだと決まっているのではなく、マークを外したり敵に読まれにくくするために頻繁に明智や山下先輩ともポジションチェンジをするのだが。

 だからここでの俺がやるべき行動はあえて守備には戻らずに、味方のディフェンスがボールを取り返してくれると信じてパスを受け取りやすくまた攻めやすい位置へと移動するのが正しいだろう。


 俺が自陣に下がるどころか逆に前へ出て敵のDFとMFの間にあるスペースへと移動しようとしたのが気に入らなかったのか、マークしているナイジェリアの選手が肩をぶつけるようにして進路を塞いだ。

 反則ではないがかなりラフなプレイである。うんやっぱり先制された焦りで雑な行動が顔を出しているな。

 もし国際試合の経験が豊富であれば試合はまだ始まったばかりだと感情的な行動にブレーキをかけられるのだろうが、向こうはチーム全体が上擦ってやがる。そんな精神状態では繊細なプレイなど出来っこない。

 ああ、言ったそばからナイジェリアのFWがファールを取られている。どうやら真田キャプテンがボールとの間に上手く体を割り込ませた時に手で押して倒してしまったようだな。

 カードが出るほど悪質ではないが、その場から日本ボールでの再開となる。

 速攻ですぐにも同点だと勢いよく飛び出していった相手の選手の戻る足取りが、気落ちと徒労感で重いな。


 それを見て取り、真田キャプテンによって素早くリスタートされたボールはまだ完全には守備に戻り切っていないナイジェリアイレブンを慌てさせた。速く正確なパスがよく整備された芝の上を滑っていく。

 真田キャプテンからのボールが明智を経由して俺まで回ってきた。周りのDFが大急ぎで守備のブロックを作り直しているな、ならば……。

 俺はさっきの攻撃が右サイドからだったのを踏まえ、今度は左の馬場へとパスを出す。

 必死にバックしてきた敵MFがカットしようとスライディングするが、ここのピッチはボールを転がしても球足の強さは殺さないんだ、そこからじゃ届かない。ほら、馬場へときっちり届いた。


 慌ただしく駆け戻ってきたばかりの敵ディフェンス陣、しかも先制されたのとは逆サイドからの攻撃にラインの乱れは隠せない。DFは急いでゴール前にブロックを作り、MFは攻撃的なポジションにいる日本選手へと張り付く。

 そこで俺は一旦引く。入れ替わるように明智が俺を追い越して前へ上がっていった。

 俺と山下先輩が右サイドでコンビを組んでいるのなら、日本の左サイドからの攻撃は馬場と明智が背負っているのだ。呼吸の合ったタイミングで馬場から明智へとボールが回る。

 明智はこの時点で敵の守備を見て速攻は無理と判断したのだろう、プレイの速度を落としてマークが自分に付く直前に俺へパスを出す。

 俺もまた普段よりゆっくりと敵が自分へとディフェンスに来るのを待ってから右サイドの山下先輩へボールを任せる。


 ギアを一段落とした少し遅めのボール回しにナイジェリアDFの守備が徐々に崩れていく。カウンターでの速攻と見せてからの明智のゆっくりとしたパスによるチェンジオブペースで向こうのリズムが完全に乱れているのだ。

 しかも攻めるサイドを左から右へと何度も変更し、DFは両方のサイドに振り回されている。それがまた俺達がわざとゆったりとしたプレイをして遅めのパスを回しているものだから、間に合わなかったと諦める訳にはいかずに一回一回懸命に走ってマークにいかねばならない。その挙句に追い付いたら「ご苦労様」とまたボールをよそに捌かれるのだから肉体的にも精神的にも消耗するだろう。

 さすがだぜ明智、小学生の頃から似た戦法をやっていたお前の方がこの作戦を指揮させたら上手いかもしれんな。


 監督の言う「パスを回して相手を消耗させる」という作戦が見事にはまって、ナイジェリアが痺れを切らすまでのしばらくの間はこのまま日本がボールを保持したままの時間が続く。

 ――ただ一つだけ日本代表にとって想定外だったのは、うちのエースストライカーがナイジェリアより先にこの展開に我慢しきれなくなった点ぐらいか。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ