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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編
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第一話 最高の舞台を楽しもう

「おおー、今回はちゃんと試合する会場で練習させてもらえるんやな」


 自分のつんつんと逆立てた髪をかきあげながら、当たり前の事を感心したように弾んだ声で言うのはうちのエースストライカーである上杉だ。他のメンバーも試合会場となるプレミアリーグでも名門の一つに数えられる有名サッカーチームのホームであるスタジアムで試合できるのを喜んでいる傾向がある。だが特に喜んでいる上杉の場合はなにしろこれまでで唯一の海外での試合経験が一番酷かったサウジでのアウェー戦だ。

 それだけに今回のイギリスがきちんとしたホスト国としての責任と誇りを持って参加国を迎える待遇が心地いい驚きだったのだろう。

 こうして他国へ行くと日本でのスポーツ大会における開催や運営の平均レベルの高さに改めて感謝の念が湧く。恵まれてるんだよな、俺を含めた日本のサッカー少年は。


「ま、驚いてないでみんなも試合中にとまどわないように会場の芝の具合やボールの跳ね方、色々気になる点をチェックしておけよ」


 監督のその言葉に頷いて皆が一斉にピッチ上に散らばる。よし、俺も一通りチェックするか。小刻みなボールタッチや丁寧なコントロールを信条とする俺のプレイスタイルには、監督が指摘する要素はどれも結構重要な要素だからな。

 その冷静さもピッチに足を一歩踏み入れると吹き飛んだ。うわ、なんだこのピッチの芝は。まるで絨毯のように毛足が長くふかふかしている。ここまで芝の状態が良いピッチコンディションは、日本のJリーグのトップチームが戦う試合会場で試合した事がある俺でも経験がないぞ。

 さすがはサッカーの母国で芝には異常なこだわりがあるというイギリスだ。種類に違いでもあるのだろうかいつも踏まれているはずなのに生き生きとして緑の香りまでが日本の物より強く感じられる。プレミアリーグなどのレベルが高いサッカーが提供される国には、それに相応の舞台装置として最高のピッチが存在するって事か。

 通常でも芝が長いと当たりが柔らかく足への負担は少なくなる。それは当然としても、デメリットとして考えられる長い芝で足元がぐらついたり走りにくいといった点はない上に、パス回しや細かなボールコントロールはまるで自分が上手くなったんじゃないかと錯覚するほどやりやすい。

 バウンドしたボールは高く弾み、グラウンダーのパスは転がるというより氷の上を滑るように素直にイレギュラーせずに直進するのだ。

 ――これがヨーロッパのトップレベルのピッチかぁ。俺もいつかこんな所で――って、いやいつかじゃなくてこれから戦うんだよな。


「よし、うんいいな。このピッチ状態は日本にあってるんじゃないか? いつも日本でやっているパスをつないで攻撃的にいくサッカーが問題なく実行できそうだ」


 俺の言葉に周りで同様に芝の感触を楽しそうに確かめていたチームメイトも頷く。


「うん、そうっすね。ここまでしっかりと管理されたピッチコンディションなら大丈夫っす。日本のサッカーが世界に通じる――いや世界を制する事ができるって証明してみせるっす」


 俺と同じ細かい技術を重視するタイプな為に自分のテクニックが十全に発揮できそうなピッチを歓迎している明智が、真っ先に賛意を示す。


「まあこんな芝の上で試合ができるなら、文句のつけようがないな。俺も全力を出せそうだ」


 殊勝な発言の主は最近少し攻撃面での影が薄くなってしまった山下先輩だ。予選最後のサウジ戦で攻撃力より俺へのフォローが評価されたのが本人的にはご不満らしい。このごろ俺からのパスが少ないから得点が減ったんだ、とグチを吐かれたので攻撃のバランスに配慮しながらもこの人に多めにパスを供給しなきゃいけないな。


「ワイはシュート撃つだけやから芝はあんまり関係ないわな。それよりここにはお客さんがようけ入りそうなんが嬉しいわ」


 一人だけ芝などの下ではなく周りを見ているのは上杉だ。まるでピッチへ覆い被さってくるような何万人入るんだと尋ねたくなる観客席の多さと高さにスタジアムの豪華さなどの方に目が行っている。きょろきょろと首を振っては「くっくっく、ゴールパフォーマンスはここにふさわしい派手なのを考えておかんと……」と含み笑いをしている。相変わらずどこか他のチームメイトとは思考がズレている少年だ。

 とにかく俺達が想像以上のピッチコンディションに満足していると、ぽんぽんと手を叩く音と「おーい、お前ら集まれー」と山形監督の声が響く。どうやら極上の芝にはしゃいでしまって思ったよりも時間を消費してしまったようだ。


「よーし、短い時間だったがスタジアムで戦う感覚を少しはつかめただろう? 本格的な練習は別に用意された練習場でやるからこのピッチの感触だけは忘れずに覚えておくんだぞ」

 

 という監督の声を最後に二日後に試合を行うピッチから退場する事になった。



 改めてミニバスに乗ってホテルに帰るのだが、その車内でもやはり話題になるのは今目にしたばかりのスタジアムについてだ。俺の隣でちゃっかり「先輩の権利だ」と異国の町並みを観光できる窓際をゲットして座っている山下先輩も、実際に戦う場を前にした興奮がまだ冷めていないのか頬に赤みが残り唇には笑みが浮かんでいる。


「なかなかいいスタジアムだったな、さすがはサッカーの母国って言うだけあるじゃないか」


 腕組みをしながら自分があのピッチで活躍している姿を思い描いているのかにやにやしている。多少しまりのない顔が鬱陶しいが、その感想には同意だ。あんなスタジアムで試合ができるなんてサッカー選手冥利につきる。


「ええ、本当に楽しみですね。あそこで試合ができるのが」


 俺も頷くと「お、アシカが俺の意見に素直に賛成するのは珍しいな」と肘でつつかれた。なんだか異国の地でハイになってるのか山下先輩が異様にはしゃいでいる。俺も試合が近付いて試合会場の確認までしていると高ぶってくる物はあるが、こんなに前から興奮してたら本番前に疲れてしまうのではないかと思う。


「まあとにかく初戦のナイジェリア戦と次のイタリア戦でこっちのピッチに慣れておかないと、ブラジル相手には勝負にならないでしょうね」

「ああ。今大会はブラジルが本命……ていうかサッカーなら大体どの大会でもブラジルが有力候補なのは変わらないんだよな」


 と顔を見合わせて苦笑する。波はあるがブラジルは毎年のように名選手と名チームを生みだしている。特に俺達の年代は当たり年だったのか、本来は日本代表だったはずのカルロスを始めとして綺羅星のようなスター候補生が勢揃いしているのだ。同じ予選グループ内ではイタリアも名門だが、どうしても今大会に参加してるメンバーではブラジルに一歩譲ってしまう。


「でも多分同じ予選グループの他のチームは、俺達日本からは確実に一勝を計算しているんでしょうね」


 ちょっとため息交じりの俺の台詞には自虐が入ってしまったかもしれない。「いつも強気のアシカらしくないな」と山下先輩が目を見開く。


「いえ、出発前にちょっと見栄を張っちゃったんでどうやって勝ち抜こうか頭を捻ってるんですよ」

「まあアシカと明智がうちの頭脳だからな。ゲーム展開ならいくら考えても足りないかもしれんな」

「ええ、万が一予選で敗退なんかしたら夏の残りはお祭りと藁人形に追われるのが確定してます。何が何でも勝ち上がらないと」


 一抹の恐怖が混じった俺の言葉に前の座席から反応があった。


「なら話は簡単や、パスは全部ワイに寄越せばええ」


 にゅっと頭を出して前の座席から後ろへと背もたれの上で手を組むと、そこへ顎をのせた上杉がどこから話を聞いていたのか「他の国がうちを甘く見るのは勝手やけど、そいつらの想像以上に日本は――というかワイは歯ごたえがあるで」と全く他国の強豪に気後れはしていない様子で牙を剥く。この少年の物怖じしない気性は面倒でもあるが、仲間にすると実に頼もしくもあるな。

 その上杉の隣からさらに真田キャプテンまでもが顔を出す。キャプテンという役目と真面目で責任感のある性格上、落ち着きに難のある上杉のお目付け役というか常にセットで行動させられている真田キャプテンだが、彼にも俺達の会話が耳に入ったらしい。


「うーん。日本はまだ世界のサッカーシーンからすれば田舎には違いないからね。他の国から見下されるのもある程度は仕方がないよ。ブラジルやイタリアなんかはワールドカップで何度も優勝している強豪だしね」

「何だか弱気ですねキャプテン。真田キャプテンがそんなに腰の引けた態度じゃチームに影響しちゃうじゃないですか」


 さっき自分が発言した自虐的コメントは棚に上げて、彼の弱気な発言に対して周りに聞こえないように小声で叱咤する。だが、相手の真田キャプテンはきょとんとして目を丸くすると、年下の俺に怒られたにも関わらず含み笑いをし始めた。


「ああ御免、弱気に受け取られちゃったか。僕は「まだ」日本が注目されていないって言いたかっただけだよ。未来でも見下されているとは限らないよね。特に僕らの年代がこんな世界大会で大活躍した場合には」


 にこやかな表情はそのままだが、口に出されたのは柔らかなだけではなく芯を感じさせるいかにもキャプテンらしいプライドと責任感に溢れる言葉だ。

 これってつまり「この大会で大暴れして、世界に日本のサッカーレベルの高さを思い知らせろ」って事だよな。


「じゃあ、何が何でも勝ち上がるだけじゃなく優勝して世界を驚かせなきゃいけませんね」

「まったくや、ワイは最初からその気やで」

「その通りだな、俺も日本を発つ前に優勝コメントを考えておいたからな」

「うん賛成。そこの二人ほどじゃないけど僕も負けるつもりでイギリスまでは来ないよ」


 俺と上杉に山下先輩と真田キャプテンの四人は深く頷くと、全員の拳を椅子の背もたれ越しに軽くぶつけ合った。

 まだ相手に合わせた作戦などの細々したものはあるがとりあえず試合前の心構えはこの拳をぶつけた瞬間に完了したのだ。後は実戦でお互いがこの約束を守るだけである。そうすればここで約束した全員の望む結果がついてくる最高のハッピーエンドになる……といいんだけどな。世界はそこまで甘くないのも十分に承知している。

 

 だからこそ「世界一になる」とか「絶対優勝する」とか口に出すのだ。よく守れない約束はしない方がいいと言うが、俺はそうは思わない。例え十対零で負けていたとしても「ここから必ず逆転できる」と断言できないような奴はチームメイトに欲しくはない。そして間違いなく叶えられるような物ならばわざわざ口に出すまでもないのだ。

 叶うかどうか判らない、いや叶わない可能性の方が高いからこそ俺は言葉にして自分と周りの人に誓いを立てる。


「絶対に世界一になりましょう」

「ああ」

「任しとき」

「ベストを尽くそう」


 大言壮語に聞こえるが、こいつらとならやれるかもしれない。

 いやミニバスの中を見回すとこのメンバーだけではない。それ以外にも目立つ面子の明智や島津だけでなく、他にも労を惜しまない左ウイングの馬場に屈強なセンターバックの武田と地味な黒子に徹しているアンカー達に加え、練習試合の相手としての役割を文句一つ言わずにこなしている控えの選手達まで日本代表の一員としてここにいるんだ。

 このチームならば必ずやれるはずだ。

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