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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第五十三話 チームの士気を上げよう


 閉じているドアの向こうから微かに観客のざわめきが伝わってくる。さすがに予選突破か否かの結果が決まる最終節、しかもホームゲームである。これまでの予選中であったどの試合よりも多くの観客席が埋まっているのだ。

 そんなざわついた雰囲気の中、山形監督はロッカールームで自分の言葉を待ってじっと目を凝らし耳を澄ませている少年達を見回した。

 彼が前任者から受け継ぎ、そしてそこに日本中から探し出した選手を加えて鍛えた日本代表のメンバーだ。これ以上のチームを作ることは彼には不可能だった、そう断言できるほど短期間とはいえ精力を傾けて作り上げた自慢のチームである。


「皆、まずは礼を言わしてくれ。予選前に急遽変更された監督である俺に今日までよくついて来てくれたな。結果いかんによってはこのチームも今日までとなるが――」

「そんな辛気くさい事べらべら喋らんでもええやろ。ワイが帰ってきたんや、復帰祝いにハットトリックをしたらアホなミスせぇへん限りは間違いなく勝つわな。タイタニック級の大船に乗ったつもりで、監督はデンとベンチに座っててくれたらワイが勝利をプレゼントしたるわ」


 山形の言葉を止めたのはこの代表のエースストライカーである上杉だった。彼はアウェーのサウジアラビア戦で痛恨の一発退場を宣告され、それ以来出場が停止されていたのだ。処分が明けてやっと今日試合に出られるようになったと意気込む彼の体から放たれる熱量は、エアコンが入っているにも関わらずこの部屋をかなり暑苦しくしている。

 随分と生意気な台詞ではあるが、それが上杉の胸を張り腕組みしたどこか偉そうな姿と逆立てた髪にはぴたりと似合っている。うむ、もしもこのロックな少年が一発退場のショックで点取り屋らしい覇気を無くしていたら容赦なくスタメンから落とすところだ。だが、理不尽なレッドカードを突き付けられるというトラブルを経てさらに精神的に図太くなっているようだ。まさにストライカー以外のポジションでは使い道がない唯我独尊な少年である。

 上杉のぎらぎらした眼光と不遜な態度にかえって山形は安堵する。よし、これなら問題なく彼に最前線を任せられそうだ。

 山形監督は破顔して精悍さを増したエースに頷く。


「そうか、前置きには退屈している奴もいるみたいだな。じゃあさっそく今日の試合のスタメンと作戦の最終確認をしておこう」


 そうして発表したスタメンはアジア予選の初戦であったヨルダン戦とほぼ同じだ。

 ここ二・三試合の不本意なある意味妥協を余儀なくされたチーム事情から解放され、ようやく怪我や出場停止の影響なくベストのチームを編成出来た山形は満足だった。

 ただ初戦と少し違うのはDFである武田をスタメンに入れ替えたぐらいか。試合で使ってみて真田とのコンビネーションも悪くないようだし、高さと強さがある分ストッパーとしては申し分ないと最終戦でもスタメンに起用したのである。武田もこの予選で一気に成長した選手の一人だろう。

 さらに山形は相変わらず右のサイドバックには島津を起用し続けている。こいつには守備がザルだとの批判も多いが代表チームを攻撃的にするためには欠かせない人材だと思っているのだ。この島津がDFとしてチームに加わっている限りはピッチにいる代表の全員が、監督は守り切る作戦を採るつもりがないと意思表示しているのを感じ取れるのだ。ある意味攻撃的な日本代表チームを象徴する選手とも言えよう。


 そしてFWには監督として一番気にしていた復帰明けとなる上杉だ。これまでの練習や試合前の態度を見る限りでは退場明けでも委縮することなく、いやいつも以上に堂々として気合が入っている。二試合休んだために体の疲労はないはずなので上杉の精神面のコンディションさえ良好ならばアウェーの二戦で不発だった控えのFWを出す必要はない。

 前試合から実戦に帰ってきたMFのアシカにしても怪我の影響はもうないらしい。フィジカルコーチからも「フル出場に問題なし」との報告を受け取っている。中国戦での好調を維持しているのならきっと今回もやってくれるに違いない。

 他のメンバーも連戦や遠征の後の疲れも見せず、心身共にいい状態に持ってこれた。

 今の山形監督が考えうるこの年代の日本で最高の選手達で作ったスターティングメンバーだ。必ず勝利を掴んでくれるだろう。

  

 でも試合前に彼らの力を十分に引き出すためには、最後に気合を入れる演説を行い選手たちのテンションを上げて「絶対に勝つぞ」と決意させて試合に向かわせなければならない。

 実は山形はこういった場面が苦手なのである。元々厳ついご面相に、自分が現役の頃は鉄拳制裁も日常の完全に体育会系の縦社会で育ってきたのだ。今更現代っ子を感動させるような名台詞がぺらぺらと出てくるはずもない。

 その為にこうした試合前の時に喋るべき言葉は事前に色々と考えては来ているのだが、選手達を前にしてメモを読み上げる訳にもいかない。そんな事をしたら士気が上がるどころか、選手達があくびを噛み殺す退屈な時間になって試合に対するモチベーションも下がってしまう。

 そんな訳で出だしはともかく演説の後半になると、メモしていたはずの内容から外れてほとんどがアドリブである。だからこそこの状況で口を開くのは勇気が必要だった。もしかしたらこの最後の演説の出来次第が選手達に影響しアジア予選の成否が決まるかもしれないと深く考えすぎた山形は、肩と口にほとんど物理的な重みを感じていたのだ。

 こほんと、拳を唇に当てて咳払いをすると改めて代表の皆に向けて語りかける。


「お前達、今日は勝たなきゃいけない試合ってことは判っているな?

 このサウジアラビア戦に勝たなければ日本の予選突破はない。もう引き分けでも救われないことが他のグループの結果で決まっているんだ。この引き分けでも予選敗退という情報を試合前の今話しているのは士気を下げる為じゃなく、俺はグッドニュースだと思っているからだぞ。下手に引き分けでも仕方ないだなんて馬鹿な負け犬の理屈を試合中に考えずにすむからな。よく覚えておけ、今日の試合に限って言えば勝利以外は敗北でしかないんだ。だから――」


 まるで今見つめている日本代表が敵であるかのように山形は眼光鋭く睨みつけた。


「だからサウジアラビアを叩き潰せ。一片の慈悲もかけるな。点差が何点開こうと容赦するんじゃない。前回の戦いを思い出して見ろ、あの酷い試合に比べてホームの今日のピッチは慣れた美しい整備された芝だ。審判は公平なジャッジをしてくれるはずだ。観客はみんな俺たちのサポーターだ。負けるどころか引き分けにされる要素すら一つもない。勝つためのお膳立ては周りが全て整えてくれている。後は俺達がそれを実現するだけだ」


 山形は一息ついてロッカールーム内の全員が聞き入っているのを確認する。あの上杉やアシカでさえ真剣な表情で耳を傾けているな、よし。


「中国戦が終わってから今日まで、今までにないほどの具体的なトレーニングでサウジを相手にする戦術は叩き込んだはずだ。マークする相手への対応、ディフェンスの仕方、有効なコンビネーション。それはもうお前達の体にインプットされている。だから俺が改まってここで指示を出さずともピッチ上で教えた通りに動けるはずだ。今更慌てて指示を出すまでもないな。

 それにうちには指示を無視しまくって結果を出し続けている奴もいるしな」


 そう言うとアシカは目を逸らした。だが上杉と島津は「誰や、監督の言うことを聞けへんなんて悪い奴もいるもんやな」「うむ、同感だ」と悪びれない態度だ。もしかしたら指示を無視している奴というのが自分達を指していると気がついていないのか? 何という神経の太さだ、ワイヤー並だな。

 まあそんな奴らだから国際試合の予選最終戦という土壇場でも硬くならずにいられるんだろうが。


「だから今日の試合は俺があまり口出しをする必要がない。もう一度だけ確認しておくがここはホームの慣れた試合会場で、審判も公平なジャッジをしてくれるはずなんだ。俺はあのアウェーでの敗戦後も実力はうちの方がずっと上だと判断していたんだぞ、それがここまでまともに戦える準備が整ってくれればもう俺が心配する理由どこにもない。ピッチに出るお前達に全てを任せられる。最後の指示さえ守ってくれれば自由に戦ってくれてかまわないぞ」 


 そこまで話していると控え目にロッカールームのドアがノックされ「もうすぐ時間です」との声が室外からかけられた。彼が熱くなって語っている内にもうそんな時間になっていたようだ。

 よし、では戦いに行こうか。

 山形監督が声をかけられたドアに向かって歩き出すと、焦ったような声がかけられた。


「ちょ、ちょっと待つっす。その最後の指示って何っすか?」

「そうです、それが判らないと俺も皆を統率しにくいです」


 明智と真田の質問に山形監督は少し驚く。そうか、まだ言っていなかったか。


「お、そうだったか。つい当たり前のこと過ぎて言ったつもりになってしまっていたな」


 改めて全員と向かい合うと、最後の絶対に守ってもらわねばならない指示を下す。


「――勝て」


 一瞬の沈黙の後、監督以外の部屋にいる全員がロッカールームを震わせるほどの大声で応えた。


「おう!」

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