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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第五十話 次の試合に備えよう


「前を切れ、まずはゴール前への突破だけは阻止するんだ!」

「無理に止めようとするより、とにかく時間を稼いで仲間のフォローを待て。お前一人がディフェンスしてるんじゃないぞ!」


 コーチ陣から厳しい指導の声が響く。

 ハーフコートでの攻撃と守備の役割を決めてのミニゲームである。サウジのエースであるモハメド・ジャバーによるカウンターを想定した訓練だ。タイプ的に一番日本代表では似ている山下先輩を仮想敵として攻め込ませ、守っているDF達は容赦なくしごかれていた。特にマッチアップする機会が多いだろう武田とアンカーは何度もマークする動きとディフェンスの連携を繰り返し体に覚えさせられている。

 でもこれだけしっかりと相手を想定した訓練をするのはうちの代表チームには珍しい。もともとこの日本代表チームはアジア予選の直前に完成したチームだけに、まずは味方同士の連携やチームとしての力をアップさせるのに時間を取られて個々の敵に対する詳細な対策などはあまり練ってこなかったからだ。


 俺はそのミニゲームを横目で見ながらフィジカルコーチとマンツーマンでトレーニングしている。俺だって実践的練習に加わりたいが監督が怪我から復帰したばかりの俺は大事をとって休ませるのと、サウジには俺と似たタイプがいないから参加したらDF達のリズムが狂うから駄目だ、との理由で参加を禁止させられたのである。

 俺のプレイスタイルが独特だとたぶん褒められたのだろうが、それでも除け者にされてしまったような寂しい気持ちが生まれてしまう。


「足利君、こっちに集中して」

「あ、はい。すいません」


 素直に謝罪してまた地味だがきついストレッチに戻る。これって真剣にやると筋トレに劣らないぐらい体力を使うんだよな。終わった後は練習着にしているジャージが汗でぐっしょりになって、しぼると滴り落ちるぐらいだ。

 でも本職の人から教わりながらやるのは色々と発見も多い。これまで自己流でやっていたストレッチにはまだまだ無駄な部分と足りない動きがあったようだ。コーチがいなくても自分一人でこのストレッチをこなせるよう努力しないとな。

 額に汗を浮かべて一通り真剣に体中の筋をほぐしきるとコーチが嬉しそうに肩を叩く。


「うん、これだけ動かせるならもう大丈夫、試合に出ても心配はいらないよ。右足もちゃんと完治しているし他に悪い所もない。僕が保障するよ」

「本当ですか! それは助かります!」


 これは掛け値なしの本音である。右足の具合によっては中国戦と同様に後半から投入するかもしれんと断られていたのだが、完治しているならフル出場ができる。

 アウェーの地であれだけやられたのだ、俺がリベンジマッチに燃えるのは当然だろう。これでコンディションは憂いなしで戦う事ができるのだ。

 

 そして俺以外にも当然ながらサウジアラビアとの再戦に入れ込んでいる奴もいる。レッドカードで退場したサウジ戦後に二試合あった出場停止が解け、ようやく次の試合から出場できるうちのエースストライカーの少年だ。

 だが……こちらもチーム練習から離れて黙々とシュート練習する上杉の体からは蒸気になった汗とともに殺気がまき散らされている。どう見ても出場停止明けのストライカーとかいう光景ではなく、鎖が外されるのを今か今かと待つ餓えた狼や虎といった猛獣の風情である。

 アウェーでの戦いには帯同してなかったのだから、他のチームメイトより休養がとれているはずである。なのに上杉のただでさえ無駄な肉の無かった体がさらに削がれたように引き締まっている。

 いつもは騒々しいくらいの上杉が愚痴の一言も言わずにシュート練習をしていると、まるでいつ爆発するか判らない不発弾のような扱いで誰も話しかけられない。

 頼むから爆発するのは試合になってから、暴れるのは点を取るだけにしてくれよ。


 一人で牙を研いでいる上杉を視界から外して、また俺はフィジカルコーチとトレーニングを続行する。今度はリハビリや右足の治り具合を確認する運動ではなく、試合中にどうやってファールから怪我をしないで身を守るかの指導だ。今後「アシカはファールで潰せばいい」と不埒な考えを持つチームと対戦した時の為に是非とも習得しておきたい技術である。

 こちらの方も自分の持っている半端な知識以上にコーチは幅広く実践できる技を教えてくれた。よし、サウジ戦までに身につけるようしっかり覚えておかないと。

 こうしてサウジ戦までの代表練習は順調に進んでいった。



  ◇  ◇  ◇


「それにしても俺の評価が逆転しているな……」


 夕方のトレーニングを終えて食事も済ませると、手持ち無沙汰でネットに手が伸びてしまう。自分の評価がどうなっていようと仕方がないのだから関係ないと無視すればいいのだが、つい自分の名前を入れて検索などしてしまうのだ。

 そこで中国から帰国した後で恐る恐る調べてみたのだが、どうやらネット上では俺の評価が急上昇しているようだ。まだスタミナがないとか競り合いに弱いという正当な批判はあるが、怪我に弱いという非難には「サウジの毒蛇君って言われてる奴らに二人がかりでファールされたんだよ、あれはもしアシカが怪我に弱かったりミサンガが守ってくれなかったら引退ものだよ!」と擁護してくれる謎の人物もいて心強い。

 ただなぜこの人物が、お守り代わりにしていたミサンガが切れるまで俺の体を守ってくれたというオカルト染みた話を知っているのかが不審である。親しい人間にしか喋っていないのだから、もしかしたらストーカーかパパラッチのように身辺を伺っているのかもしれない。まだそんな人物達に狙われるほど有名になったつもりはないが、念の為に母や真にも不審者がいないか気を付けるように言っておこう。一応二人とも女性だしな。


 ま、それはともかくアウェーのサウジ戦で最底辺にまで落ちていた自分の選手としての価値が上がったのは嬉しい。明智の控えで良いという意見もなくなって、スタメンの一員としてちゃんと戦力に数えられている。

 特に中国戦の最後のループシュートは「あそこからダイレクトで狙えるのは凄い」とか「絶対まぐれだ」とか賛否両論ではあるが話題になっている。ただ俺はこれまでの公式試合ではアシストはともかくそれほど得点はしていなかったので、決定力についてはまだ疑問視している者もいるようだが。

 その前段階の中国キーパーが弾いたルーズボールにいち早く追いついた動きは完全にまぐれとされているな。好意的な意見でもせいぜいが「あの位置に移動していたこと自体が凄いんだ」と俺がこぼれ玉の位置を予測して動いていたとは誰も思っていないようだ。

 それも仕方のない話だ。実は俺は鳥の目のようにピッチを上から眺めて状況をリアルタイムで分析・把握をしているのだとは言っても信じてくれないだろう。  

 

 それよりも腹立たしいのが、なぜか俺が前監督である松永の秘蔵っ子だと勘違いして噂されている事だ。なぜか俺の成長途中である体と才能を守るためにあえて過酷な代表チームに選ばなかった、という麗しい師弟愛のストーリーが出来上がっている。

 いったい何の冗談だよ? 秘蔵っ子どころかあの前監督と顔を合わせたのは一回だけ、代表合宿に参加した際に挨拶しただけだ。しかも前監督は素っ気なく頷いただけで声さえも聞いてねーよ。

 その挙げ句に後は全国大会で優勝しても全く音沙汰なしだ。俺の体を気遣っているっていうなら、他の選手はどうなんだとか試合には出さなくても合宿の練習には参加させろよとか突っ込みたくて仕方がない。

 どうしてこんな根も葉もない噂が流れるんだか。


 そんな俺の意見を代弁するかのように「実際はアシカは松永前監督に嫌われて召集されなかっただけだし、あの松永が曲がりなりにも監督だと威張っていられたのは現役時代に築いた実績と人脈のおかげだ」とする内部情報を知ってるんじゃないかと疑いたくなるほど事情通のアンチ松永一派が現れた。

 それに対抗してか「松永前監督はカルロスをブラジルに行っても代表で通用するまで育て上げ、アシカに対しても体力面を考慮して選出しないという自分の実績より選手の将来を考える名監督だった。つくづく健康に問題がなければ続投してほしかった人材だ」とする松永の擁護派、ハンドルネームが「サッカーは爆発だ」という爆発が好きそうな人間も現れて大論争を展開しているようだ。

 なんだか面白そうではあるが、俺が手出しをすると事をややこしくしそうだな。


 ぶるりと頭を振って余計な詮索を強制終了する。よし、気分転換終了だ。

 まずはサウジアラビア戦に勝つことだけを考えなくては。マスコミやネットの対策なんかは後で構わない。結局俺達が勝てば賞賛され、負ければボロボロになるまで叩かれるだけだ。勝って自分の意見を言えるようにしないと負け犬の遠吠えだと誰も耳を傾けてはくれないだろう。


 ベッドで横たわると目を閉じて頭の中でサウジアラビアとの試合をシミュレートする。選手としての目線ではなく、ピッチを上から鳥の目で見ている映像が脳内に浮かんだ。

 ゲームのように選手たちが走り、ボールが動く。

 よし、昨日より日本代表チームと俺の動きがさらに洗練されている。具体的にイメージが固まってきたからか連日の特訓の成果だろうか、日を追うごとに想像した日本チームが強くなっていくのだ。

 もちろんこれは妄想でしかない。だが俺はピッチ上では司令塔としての役割を期待されているのだ、このイメージ通りに代表チームと自分の体を動かせたら圧勝できるぜ。


 ――待ってろよ、サウジアラビアと毒蛇め。

 ベッドに横になっても眠気はなかなか訪れない。敵のフォーメーションを破るタイミングでは右足がピクンと小さく跳ね、敵のカウンターがくると歯を食いしばり首の筋肉が張りつめる。

 端から見るとうなされているのかと勘違いしそうな寝相になりつつ、俺は自然と眠りに落ちるまでずっと頭の中で考えられる限りの攻め方のパターンと守備を検討し続けていた。

 

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