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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第四十七話 DFの意味をよく考えよう

 島津が観客席に向かって手を振っている。おそらくテレビ中継を観戦しているはずの家族にもその晴れ姿を見せておきたいのであろう、その笑顔に一点の曇りもない。

 ただ時々ちょっと背中辺りが痛そうな様子を表すが、それはたぶんゴールポストにぶつけたからではなく手荒すぎる祝福のせいであって心配はいらない。

 ポストとの接触プレイよりダメージが大きい祝福の平手の嵐については一度真田キャプテンが「やめようか」と提案した事があったが「じゃあ最後に真田キャプテンにして終わりにしよう」という事態になり、その最後になるはずだった祝福の後、真田キャプテンは清々しい表情で握った拳を震わせてこう宣言した。「俺の代ではこの祝福はやめない。少なくとも俺がキャプテンマークをつけている限りは」と。

 おそらく世にある悪しき伝統というものはこうやって成立していくのだろう。

 

 とにかく後半に入ってからの鮮やかな逆転劇に客席の一部を占める日本人サポーターもそしてベンチも大興奮である。特に山形監督は「よし、俺は賭けに勝ったぞ」とか叫んでいるが、まさかこの勝敗に金とか賭けてないだろうな。もしそんな事があれば即免職されてもしかたないぞ。八百長しているのと変わらないからな。仮にも俺を代表に抜擢してくれた監督さんなのだ、そんな間抜けな退陣劇にならないことを祈っておこう。


 だが喜んでいるのは俺たち日本のイレブンも一緒だ。状況さえ許せば心置きなく騒ぎたい、ただそれを向かい合っている中国代表が許さないだけだ。

 彼らの目には何か決意したかのような炎がある。

 ここで俺は確信する。こいつら間違いなくこれからピッチ上全部を対象にした激しいプレスをかけてくると。敵からのただならない様子に同様の考えに至ったのだろう、明智と真田キャプテンそれに俺とある程度チームを指揮するメンバーが集まってくる。


「敵さんは怒っちゃったみたいっすね。たぶんあの後先考えないプレス地獄が始まりそうっすよ。どうするっすか?」

「ふむ、中国代表の様子からそれは窺えるが……残念ながらディフェンスは楊の高さ対策とロングボールに対処するので手一杯だ。現状他のタスクをこなすのは難しい」

「ああ、じゃあ島津さんに一旦下がるように伝えてもらえますか。得点して落ち着いたでしょうし、ハイプレスされた場合には考えていたこともありますから」


 俺が急場しのぎとはいえ対策を考えていたのに驚いたのか二人ともが口をOの字に開ける。


「それってどうするんすか?」


 俺が答える前に審判が再開のホイッスルを鳴らす。どうやら悠長に話をしていられる時間は過ぎてしまったようだ。


「とにかく真田キャプテンは最終ラインの統率と楊に対するマークをしっかりお願いします」

「ああ、了解だ」


 頷くとすぐにバックラインへ下がっていく。そりゃ中国のFWがこっちのゴールに向かって来ているから、あまり時間はかけられないよな。途中でまた敵陣に突っ込みたそうな島津を呼び止めては何か話している。あ、島津がこっちを振り向いた。とりあえずにっこり笑って手を振っておこう。反射的に手を振りかえした島津はちょっとだけ眉を寄せて自分の振った手を見つめたようだが、とりあえずは今上がるのは思いとどまってくれたようだ。

 中国チーム相手のハイプレス対策はこの中国の攻撃を防いでから実行するしかない。だが相手も手っ取り早く得点しようと無理矢理にでも楊へとボールを渡そうとしている。あいつに一本でもパスが通れば危険すぎるからな、うちでいえば上杉みたいなスコアラーだ。

 くそ、上杉の復帰は次の試合からだったよな、早く帰ってきて欲しいぜ。あいつはいればいたで厄介事の種だが、いなくなった時には途端に「上杉さえいれば……」と存在感が大きくなるな。


 まず中国代表は中盤でボールを回し、FWの楊がゴール前に到達すればそこにロングパスを上げる方針は変わっていないようだ。ただFWと共にじわりと中国のMFもポジションを上がり目にしている。これは間違いなく少しでも日本陣地の深い場所でボールを奪う為の前掛かりなフォーメーションだ。

 敵の自陣への大量流入に思わずといった形でこちらの選手も陣形が退き気味になってしまう。結果日本陣内のゴール前からその少し前、バイタルエリアと呼ばれる危険地帯が敵味方で密集する。

 

 やばい。直感的に危険を察知して俺もDFのフォローに入る。

 こんなごちゃごちゃした狭いゾーンに選手がひしめき合っているのは俺にとってできれば避けたい場面だ。だが同時に今ここで止めに入らないと間に合わないという警報が頭の中で鳴っている。

 俺と同様にピンチを感じたのだろう明智が一緒に敵味方が入り乱れるゾーンへと突入する。

 その時、中国の中盤の底――センターライン辺りから放物線を描くロングボールがペナルティエリアのすぐ手前に蹴り込まれた。


 偶然かそれとも何遍も放り込んで距離感を掴んだのか、無造作に蹴られたようなロングパスが前線のポスト役を正確に狙っていた。

 その高いボールに向かい前線のターゲットとなっている楊が跳び、マークしているDFの武田と最後の砦としてDFラインの裏に控えていた真田キャプテンが絡み合うように空中でボールを奪い合う。

 さしもの巨人の楊も相手が二人掛かりでは分が悪かったのか、DFが二人掛かりでも抑えきれなかったと言うべきか三人の頭を経由してクリアともリターンパスともつかない中途半端なルーズボールになる。


 そのこぼれた玉にいち早く追いついたのは日本のDFだ。逆サイドの島津がとんでもなく派手なため、ここまであまり目立つことのなかった左サイドバックがボールを確保して前へ蹴ろうとする。うちの代表チームでは外へ出して敵からのボールで再開されるクリアよりも前へ――特に右サイドへ向けて蹴れと奨励されている。

 当然彼もそちらに蹴ろうとしてほんの微かに躊躇う。その視界に待ち構えている敵が映ったのだろう。このまま右サイドへ向けてキックしてもすぐパスカットされてしまうと思っても仕方ない。

 無理はできないと切り替えて外へボールを蹴りだしてクリアしようとしたのだろうが、その一瞬の迷いが致命傷だった。押し寄せていた中国のMFが背後からボールを奪い取ったのだ。こんな時に自陣でも敵が押し寄せるハイプレスの怖さを思い知らされる。

 

 驚く間もなくそのまま敵はシュート。その至近距離からの強力なシュートをうちのキーパーはなんとか弾く。

 だがもちろんキャッチしたりコーナーへ逃げるといった余裕があるわけがない。こぼれ玉はペナルティエリアの中を転々とする。

 血の匂いを嗅ぎつけたピラニアのように選手が集まりエリアの中がごちゃついた。まずい、こんな乱戦になってしまうと俺の鳥の目も技術も役に立たない。

 くそ、ボールはどこだ? あ、そこか……え? 


 人混みの中ようやく発見したボールはちょうど日本のゴールへ向かってシュートされる所だった。


 ――痛恨の失点。得点したのが誰か審判や観客も判断に困るような混乱の中からのゴールだった。



 誰だか判らない中国選手が駆けだして喜びを爆発させているんだから、たぶんあいつが点を取ったんだろう。

 ああ、まったく。ちょっと自分の調子がいいからって簡単に勝てるはずがないよな、相手もまた必死なんだから。

 なんで俺はこのぐらいで動揺しているんだよ。

 相手に点を取られたらこっちはそれ以上に取り返す。その為の攻撃的布陣だろうが、作戦を出し惜しみとかしている場合じゃないだろうが。

 さっきの作戦を一部修正して用いる事にする。


「真田キャプテン、島津に合図したら上がれって言ってください」

「上がらせていいのか?」

「あのプレスは急なオーバーラップが弱点なんです。こっちの攻撃するメンバーにマークが張り付いて誰をマークするか、抜かれたら誰がフォローするか一人一人の役割がはっきりしているからこそ効果的なんですが、通常と違ったパターンと人数でこられると決められたマークでは対応できません。そして、その状況を演出しやすいのがDFのオーバーラップなんです。島津さんをいったん下がらせたのも、彼をマークしていた相手を宙に浮かせるためでした。今敵DFの彼は別の役を担っています、ゴール前のDFが遊んでられる訳ないですからね。そんな状況で新たにたった一人でも想定外の相手が現れると、打ち合わせもなくお互いがフォローしなきゃいけない状況になった中国のディフェンスは混乱するはずです」

「なるほど、判った。DFのオーバーラップが効果的、か。時間もないし賭けに出るにはいいタイミングだろう」


 真田キャプテンは即断で了承する。このレスポンスの速さは俺を信頼してのことだよな、きっと。うちのキャプテンが考えなしだなんてそんなはずがない。


 それ以上話す間もなくまたゲームが再開される。今度は日本からのボールだな。

 後半に入ってもう四度目のキックオフだ。前半は一点だけだったのに後半はすでに三度もスコアが動いているのだから当然ではあるが、後半に入ってから――もっと言えば俺が途中出場してからゲームが急激に動き出した。

 前半のような硬直状況ではなく点の取り合いである。だが、それでいい。この日本代表はそういったサッカーではなく野球のスコアのように大量点になればなるほど力を発揮するチームだからだ。


 ちらりと時計に目をやる、残り時間はあと七分。これから先はさらに一点の価値が重くなる。

 回されたボールを二・三回明智と交換し合って敵の動きと攻めるタイミングを計る。どこで攻め上がるスイッチを入れるのか、ちょっと度胸がいるな。

 すると明智の方が微かに頷くとボールを持たずにすっと上がった。俺は背後の真田キャプテンにハンドサインで「上がらせろ」と指示しパスを明智に出す。同時に俺も前へ出る。


 パスを受けた明智がボールをトラップするとすぐに敵がマークにつく。無理に突破しようとはせず、ゴールに背を向けてタメを作っては俺の上がりを待っている。

 はいはい、今行くって。

 ポジションを攻撃的なトップ下に近い位置まで上げると俺のマークも緩いままとはいかない。きっちり前へ行くコースは切られている。

 それに右サイドからの攻めが目立つのかマークする相手もポジションを調整し、俺から山下先輩へのホットラインには相手DFがつねに立ち塞がり邪魔をするようにしている。

 

 ならこっちだな。明智からのパスを受け取るとすぐに左サイドのウイング馬場へとロングパスを放つ。

 受け取った彼の顔が「久しぶりのパスだ」と輝いていたのがちょっとだけ切ない。うん、馬場もいい選手だとは思うのだけど、どうしても強引さがない分印象が薄れてパスの優先順位としては下になりがちなんだよな。

 俺からちょっと失礼な分析のされかたをしている馬場だが、彼もドリブラーとしてはなかなかの物だ。日本の攻撃が後半からは右サイドに偏ったせいもあって比較的警戒が薄かった左サイドを進んでいく。


 だが当然ながらどこまでも放っておいてくれるはずもない。敵のサイドバックが外へ開いて止めにくる。

 ここで無理にでも突破しようとしないのがうちの前線には珍しい馬場の特徴だ。マークが近づいたと判断するとサイドから折り返す。

 深くサイドを抉らずに早めのタイミングでゴール前に上げるアーリークロスかと思いきや、その上げたボールはゴール前の上空を通過し逆サイドへと渡った。

 その右サイドの奥深くでパスを受け取ったのは当然ながら、敵DFラインにいつも混ざっている少年の島津である。

 こいつ絶対に俺が「上がれ」って合図するより先に走っていたに違いない。それでもなければ今のパスには追いつけやしない。

 まったくこのチームは人の言うことを聞く奴はいないのか! と他人が聞けば、お前が言うな! と返されるだろう思考をよそに、島津が今回は珍しく自分で切り込もうとはせずに中央へとセンタリングを上げようとする。

 敵は左に右にとサイドへボールを振られまくって中央が薄くなった。これは絶好のチャンスになるかもしれない。


 その時には俺もすでに中国のゴール前に到着している。ヘディング争いは体格的に苦手だが、誰よりも早くボールに触れる場所であるキックを撃つ島津に近いニアサイドで合わせれば……とポジションどりに動く。

 その時俺は鳥の目で中国のゴール前にちょっと信じられない人物を発見する。

 なんでお前がいるんだ武田! お前はうちのセンターバックで一番後ろにいなきゃ駄目だろうが。チームで一・二を争う長身であるお前がいなきゃ、誰が楊の奴をマークするんだよ!? もしこの攻撃が失敗して中国のカウンターを喰らったらサイドバックとセンターバックがいない状態であの巨人の楊を止めなきゃいけないのか。

 まさか俺が真田キャプテンに対して「ハイプレスを破るためにはDFのオーバーラップが有効だ」って指示を拡大解釈して、島津だけなくこいつまでやって来たのか? いや確かに意外すぎて敵も味方も完全に武田をノーマークにしているが。

 予想外の人物の出現に敵も味方までも混乱する中、島津からのセンタリングが中国のゴール前へと蹴り込まれた。



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