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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第四十四話 切り札を使うなら今しかない

「よーし、今日から復帰した奴もいるし、まずここまでの状況を整理しておくぞ。俺達日本は今勝ち点七でグループ二位だ。アウェーの直接対決で日本に向かってあれだけやらかしたサウジが勝ち点十でなぜか今一位になっている。前回のサウジ対中国でサウジが勝ってたら自力首位が無くなっていたが、楊の得点で中国がなんとかドローに持ち込んで俺達に可能性が残った。と言うわけでまずは、とりあえず礼を言っておこう、シェイシェイ! ありがとう中国!」

「あ、ありがとう中国」


 少しだけ古ぼけた感のあるロッカールームに感謝の声が響く。

 なんで中国との試合をする直前のこのタイミングで対戦する相手に感謝するのかが意味不明なのか、ハイテンションな山形監督に続いて代表メンバーが出したのはやや不明瞭な声だった。馬鹿、もし中国がサウジに負けていればこれから先の戦いが無意味なものになりかねなかったんだぞと山形は内心で憤る。こんな時は多少馬鹿になってでも流れに乗ってハイになった方がいい目が出るのだ。 

 まあまだ子供達の彼らに対しノリが悪いぞと贅沢は言うまい。とにかくこれで試合前の礼儀は尽くしたつもりだ、後はただ全力で戦うのみである。


「基本的な戦い方は日本で戦った中国戦と同じでいい。少なくとも向こうはほとんど戦術を変える余裕はないはずだ。つまりあの激しいプレスをどんどんかけてくる可能性が高い。でもアウェーだからといって圧力に負けて絶対に守りに入るなよ。サウジはヨルダンと戦うが、ヨルダンはここまで俺達と引き分けた以外は全敗だ。サウジが星を落とすどころか引き分ける可能性すら低いだろう。つまり俺達は予選突破するには中国を相手に勝たなきゃけない立場に追い込まれているんだ」


 そこで言葉を切って山形監督はスタメンを鋭い目で見つめ一人一人確認していく。選手達もそれに気合いの入った瞳でじっと見つめ返してくる。


「中国は先週の戦いでグループ首位のサウジと引き分けている。エースの楊も調子が良いようだし、油断できる相手ではない。しかも伝統的にホームの中国や韓国は対日本戦になると実力以上の力を出すことがあるから、前回勝ったとか格下だなんて意識は捨てろ。こっちがチャレンジャーのつもりでがんがん攻めるんだ、いいな?」

「はい!」


 今度ははっきりとしたいい返事だ。

 先刻も言ったように、この中国戦は負けるのはおろか引き分けさえも許されない一戦である。勝たなければアジア予選で敗退し、世界大会への扉が閉ざされてしまう。グループ二位でも得失点差で世界大会へ出場できる可能性はゼロではないが、アジア予選のもう片方のグループも二強が抜け出してマッチレースを繰り広げているらしい。グループ二位で得失点差で拾われるというシナリオは完全に運任せ、しかも分が悪い賭けになる。それを期待しては無駄に終わるだろう。

 もし日本代表チームが予選突破できなければ当然監督である自分はお払い箱。これまでの協会の責任も全て押し付けられ「無能な監督」の烙印を捺されてしまうだろう。そんな経歴を持つ、しかも協会と折り合いの悪い監督を好んで雇おうとするJのチームはない。これからの山形のキャリアにも重大な意味を持ってくる、絶対に勝つしか道はない試合である。

 

 勝ちに行くために今回はまた右のサイドバックを島津に入れ替えた。こいつについてはもう守備では役に立たないのは仕方がないと割り切っている。その守備においての案山子ぶりはアウェーのサウジ戦で再確認できたが、それでもスタメンに入れて最初からスリーバックで守ると決めていれば攻撃面では下手なFWよりずっと役に立つ。島津をスタメンで入れておくと彼がいない場合よりも体感的にだが平均得点で一点以上のアドバンテージがでるのだ。例えリスクを背負っても「勝つしかない」という試合には外せない人材だ。

 

「攻撃は明智をトップ下に据える。両サイドはいつも通りに深く抉ってからのクロスを上げるよりも、自分でゴールに切れ込めるならカットインを優先しろ。ポスト役がいるからとクロスを無理に狙っていつものパターンを変える必要はない。とにかく全員が自分で決めるという強い気持ちを持って攻めるんだ。シューティングマシンの上杉がいないからといってシュート総数が減っていたら「ワイがいないとあかんな」とあいつに馬鹿にされるぞ。丁寧に攻めるより、強引にでもゴールを狙え。いいな?」

「はい!」

「よし、それじゃあ勝ち点三を取りに行くぞ!」

「おう!」



  ◇  ◇  ◇


 前半が終わり疲れた様子でロッカールームに帰ってくる選手に対し「ご苦労だったな」とぴくぴく引きつる顔面の筋肉を押さえながらも、山形は余裕を見せようと無理矢理に作った笑顔で出迎えた。

 前半のスコアは一対ゼロ、ホームである中国にリードされての折り返しだ。本来ならば焦りで怒鳴りたいのを意志の力で制御している。


 唯一の失点は残念ながらコーナーキックからのあの年齢詐称疑惑のある楊の奴のヘッドだ。先制点を奪われてしまったのは痛いが仕方のない側面もある。楊に対してだけにはマンマークをつけて警戒していたのだが、どうしても空中でのヘディング争いとなるとあれだけの身長差がある相手を毎回完全に抑え込めと言う方が無理があるからだ。

 その上に、失点に関してはある程度承知の上の攻撃的なメンバー構成である。どうしてもスリーバックにすると守備が薄くなるので点の取り合いになる覚悟をしていた。そのために失点よりもここまで攻撃を無得点に抑え込まれているのが予定外であり問題である。


 やはり「勝つしかない」という状況に少し気後れしているのかもしれんな。特にヨルダン戦から上杉の代わりにスタメン入りしたFWに対してそんな感想を持つ。

 元々日本はFWが育ちにくいという土壌があるが、なぜかこの年代ではその問題が特に大きい。なかなか「これは」という得点力のあるFWがいないのだ。

 また逆説的になるが、もし優秀なFWがいれば前監督もあそこまでカルロス頼りにならなかっただろうし、山形にしてもいろいろ問題のある上杉を抜擢しなかっただろう。それにDFながらあそこまで攻撃的な島津を入れたのも「FWが得点できないなら他の奴らに取らせる」という作戦の一環である。

 こんな緊迫した試合だからこそ、何も考えずにバンバンシュートを撃ちまくる物怖じしない上杉がいないと代役を務められる人材がいないのだ。まあ上杉は居れば居たでかなり面倒な選手ではあるんだが。 


 今日の試合で上杉の代わりに投入したFWは長身でヘディングの強い、前線でボールキープのできるポストプレイヤーだ。もう一人のFWの候補者はどちらかというと最前線で張っているよりも、サイドに流れたり中盤に戻ったりする動きの多いセカンドトップっぽい特徴を持つ選手だった。

 山形は悩んだ末にスタメンにポストプレイヤーを選んだのは、元の上杉が「ワイの仕事場はペナルティエリア内だけや」とゴール前に張り付いていたので、同じようにゴール前のポジションから動かないタイプの方が周りとのコンビネーションも取れるだろうとこのFWに決めたのだ。

 

 新たにスタメンとなったFWもけして悪い選手ではない。いやパスの技術やヘディングの高さ、前線からの献身的な守備など完成度で言えば明らかに上杉を上回っている。

 だがそれはサッカー選手として、だ。点取り屋として見れば評価は逆転してしまう。

 上杉は「なにがあってもワイがシュートを撃つ」という固い信念とそれに見合う決定力があった。あいつの撃ったシュートはやたらと数が多くても、敵DFやキーパーに防がれなければほとんどが枠内にいっていたからな。敵からも「こいつにフリーでシュートを撃たせるとやばい」と警戒されていた。

 たった二年で全国大会の得点王になるだけの異常な上杉と比較しては可哀想だが、いまのポスト役のFWももう一人の候補も強引にフィニッシュに持っていけない分小粒な感じがしてしまう。相手もそれを感じ取っているのか、マークを一人付けた後はほぼ放置されている。つまりは、舐められているのだ。 


 そうして前線の柱になるべきセンターフォワードがマークを集められないとどうしても攻撃のバリエーションが足りなくなる。選手の個々の実力は相手の中国を圧倒しているはずなのに、それを結果につなげられていない。

 そのチームメイト同士を結びつけるためのものが、チームとしての熟成であったりゲームメイカーのコントロール能力なのだ。だが今の代表は結成してまだ日が浅い上に新チームなので、選手間の相互理解はまだ浅い。おまけに中心にいるゲームメイクをしている明智は全試合フル出場で疲労が溜まっている。そこに密着マークがつけば、いくらセンターハーフとしては十分な力量を持つ明智でもチームを自在に動かすのにはちょっと苦労してしまうのは仕方がない。


 どうするべきか、山形は思考を巡らす。サウジ戦以来のアウェーに入ってからの悪い流れを断ち切るためにも、ここで積極的な選手交代をして日本が主導権を取りにいかねばならない。

 だが誰を入れる? そうなると候補者は彼の頭の中には一人の少年しか浮かんでこない。

 監督は唇を噛みしめると、出来れば今回まではまだ出したくなかった切り札で勝負する事を決心する。

 カードは配られた、オッズは決まっている、相手の手札もだいたい推察できる。ならば後は自分の選手を見る目を信じて賭けるだけだ。

 山形監督は今日はまだベンチを温めているだけの少年に対して目を合わせて最終確認をとる。


「アシカ、後半から出場してもらいたいが大丈夫だな?」

 

 問われたアシカが年齢に似合わない凄みを持った笑みで唇をつり上げた。


「待ちくたびれましたよ」


 ――こうして山形監督の監督生命のみならず日本代表アンダー十五チームの命運は、この小柄でチーム最年少の生意気なゲームメイカーに託されることとなったのである。

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