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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第四十二話 テレビを見ながら応援しよう

「うう、なんだかドキドキするな」

「んーもう、今日はアシカが出るんじゃないから緊張しても仕方がないのに」

「まあそうだけど、お友達が頑張っているのなら落ち着かないのも当然よ。私も速輝が試合に出場している時はどんなに心配していることか」


 俺がテレビで日本代表がヨルダン代表と並んで入場しているのを見ながら呟くと、同じリビングにいる二人の女性から激しくツッコミが入った。

 うん、そう言えば俺はサッカーの試合をこの母と真の二人と一緒に観戦するのは初めてな気がする。

 これまではほとんど俺は自分が試合に出て応援してもらっている立場だったからなぁ。

 それより開始はまだかと無意識の内に貧乏揺すりをしかけて慌てて止める。おかしい、俺はこんな癖なんかもっていなかったはずなのに。そんなそわそわしている俺をよそに、二人の女性陣は俺が出場していないからなのかリラックスムードで、ジュースにポテチも準備してまるでレンタルDVDの鑑賞でもするような雰囲気である。


 応援する立場より自分がやる方がずっと気が楽だって話は本当だ。何も手出しができないのが一層焦りを募らせてしまう。しかも俺の場合は怪我からの回復は順調で、痛み止めさえ打てばこのヨルダンのアウェーにも強行出場は可能だとまで診断されたのだ。つい「出てみようか」と思っても仕方がないだろう。

 山形監督やユースの関係者に母など知り合いの全員から「将来を棒に振るつもりか」と止められたのでしぶしぶ諦めたのだが。

 

 今日ぐらいは試合を休んで怪我の治療を優先した方が理に適ってはいると、判ってはいても感情面で納得がいかない。試合に出てる仲間達がなんだか自分をおいて先に進んでいるようで、羨ましいしほんのちょっぴり妬ましい。

 でも一回目に選手生命が終わった後は、ずっとこんなもやもやするすっきりしない気分が続いたんだよなぁ。あれに比べればもうすぐ怪我も完治して試合に出られる俺が文句を言える義理ではない。

 素直に代表のチームメイトを応援する事に専念しようか。


「頑張れよ山下先輩! 明智に真田キャプテンも、それに島津……は出てないな」

「あ、島津ってのはいつもスタメンで出てる右ウイングの人だね」

「いや、右のサイドバックだが……」


 真や母の「冗談でしょう?」という声に「いや本当にDFなんだって」と答えながら島津がスタメン落ちした理由を考える。

 やはりサウジ戦での低調なパフォーマンスが不満を持たれたんだろうな。後半からの出場にも関わらず、ほとんど試合にとけ込むことなく逆転負けしたのだから印象が悪いんだろう。

 でも、あの一般人がウイングと間違うようなサイドバックを投入した後に俺と上杉の退場だ。急遽守備的に戦術変更することとなって、島津の持ち味が全て消される展開だったのは不運だったとしか言いようがない。

 島津が悪いんじゃなく、彼を入れるタイミングとその後の作戦がちぐはぐだったせいでプレイの内容が悪くなってしまったと俺なんかは思うけどな。 


「何にしろあいつらはやってくれるはずだ。ホームとは言え四対一のスコアで圧倒したヨルダンが相手だ、油断したりエースストライカーがいなくなったり、ゲームメイカーが怪我でいなかったり、アウェーの判定に泣いたりしなければ勝てる!」

「……んーアシカの方がサッカーは詳しいんだろうけど、それって結構前提条件が多くない? しかも怪我したゲームメイカーって今ここにいるよね」


 顎に人差し指を当てて真は小首を傾げる。

 う、そうかな? 俺としては不安材料を払拭したつもりで、妙なフラグを立てたつもりはなかったんだが。

 ま、まあこれも外から代表の試合を客観的に見るいい機会だとポジティブに捉えよう。ベンチを温めている場合は自分が出た場合はどう動くか、敵の穴はどこかとリアルタイムのゲーム展開に頭を使ってしまって、こんな場合でもないと冷静にチーム全体の動きを把握しながらの観戦はできないからな。

 将棋なんかでもプロの場合は実際に指しているのと、その指した将棋をまたその後にじっくりと研究するのは全く別物なそうだが、これもその感覚に近いだろう。


 俺一人がドキドキしている部屋でテレビの中で試合開始の笛が響き、キックオフされた。

 さあ、皆。頑張ってくれよ! あ、でも俺がいなくても大丈夫だと安心されるのもマズいし、ちょっと「アシカがいないと大変だったな」とチーム全体が苦戦した上での辛勝というのが俺にとっては一番ありがたいかなぁ。



  ◇  ◇  ◇


「さてここまでの試合展開はいかがですか、松永さん」

「そうですね。決して日本が調子がいい訳ではないのですが、ヨルダンのミスに助けられていますね」

「なるほど、相変わらず辛口で厳しいご意見です。しかし、一点リードして残り時間もわずか、このままリードを守って勝利できれば、前回のサウジアラビア戦から引きずっている悪い流れが断ち切れるでしょう。頑張れヤングジャパン!」


 試合の最後近くまできたが、それにしてもテレビのアナウンサーと解説者の温度差が酷い。アナウンサーは一生懸命日本代表を褒めて盛り上げようとしているが、解説者の松永が日本とヨルダンの両代表に対してネガティブな言葉しか言わない。

 この耳障りで嫌みな奴は誰かと思えば前代表監督の松永じゃないか。あんたサッカー誌に連載持っていたりテレビの解説やったり意外と多芸だな。でも考えてみれば日本代表メンバーのほとんども知っているし、相手チームの情報も持っているはずだから解説としては最適なはずなんだよな……性格を除けば。

 それにしても、もしかしてこれまでの日本代表の試合中継も全部こいつが解説してたんじゃないだろうな。もしそうなら代表チームが叩かれるのも、松永によって視聴者へのファーストインプレッションが悪く操作されているって部分も多そうだ。


 とにかく実況席の不協和音以外は試合は滞りなく進んでいた。一部審判の笛に「やっぱりアウェーだなぁ」と感じる場面もあったが、それでもサウジアラビア戦よりはずっとクリーンな試合展開だ。

 役に立たないと俺が馬鹿にしていた日本のサッカー協会からの抗議が意外と効果があったのかもしれないな。まあ、あの試合が没収試合の上で再試合になったり、上杉の処分が取り消されるとまではいかなくても、これからのアウェーの地で汚い反則を受ける可能性が減ったのだけでも歓迎すべき事態である。


 おっと話が逸れたな、今はヨルダン戦についてだ。

 ここまでのスコアは一対ゼロで日本がリードしている。前半に明智のフリーキックが壁に当たって跳ね返った所を、山下先輩がすかさず詰めてシュート。貴重な先制点をもぎ取った。山下先輩って俺がいなくても点が取れたんだ……いや馬鹿にしていたつもりはないがちょっと面白くない。

 その後は両チームとも一進一退の攻防だ。手前味噌になるが俺がいないせいで代表の中盤に柔軟性が失われているな。明智がずっと攻撃的MFのトップ下に居座っているからマークが厳しいのだ。俺がいれば二人でポジションチェンジを繰り返してマークを分散させられるのだが……。

 つい自分がピッチにいる想像をしては右足に触れてしまう。そこには随分と早く回復し、普通の湿布でカバーできるまでの小ささになった毒蛇に蹴られた痕と、改めて真からプレゼントされたミサンガがある。

 ――もうちょっとだけ我慢しなきゃな。 


  ◇  ◇  ◇


「あーっと、馬場選手のシュートはバーの上だ。日本、ロスタイムを考えてもおそらく最後の攻撃だったかもしれませんが、ヨルダンのゴールを割って勝ち越すことはできませんでした!」

「結局はセットプレイからの一点止まりでしたか。攻撃的なチームと山形監督は自信を見せていましたが、少々期待外れですね」

「ですが、試合終了のホイッスルは鳴っていません。まだ可能性を信じて頑張れ日本!」

「ロスタイム突入間際に同点に追いつかれたのが痛かったですね。日本は高速カウンターから崩されましたが、一点リードのアウェーの終了直前では別に無理して攻める必然性はなかったはずです。これは結果論ではなく、チームとしての意志が統一されていなかったのが原因ですね。これではこの試合だけでなく、続く予選の残りも厳しいですよ」


 相変わらず微妙に噛み合ってない実況コンビだが、こっちはそれに構っている暇はない。

 試合の終了直前にヨルダンからゴールを奪われて同点に追いつかれてしまったのだ。

 何やっているんだよみんな、頼むから後一点取って勝ってくれ。そうじゃないと日本の自力での予選突破がなくなってしまう。そんな事になってしまえば、俺が復帰してからどんなに頑張っても無駄になってしまうかもしれないんだ。

 試合前に「俺の存在感が薄れると嫌だから、少しぐらいは苦戦してくれればいいのに」と油断しきっていたことは謝る。だからどうにかしてヨルダンから白星を挙げてほしい――。


 だが画面の向こうから希望を閉ざす無情の笛がなってしまった。

 一対一のドロー。日本代表にとっては痛すぎる、ほとんど負けに匹敵するダメージの引き分けである。

 ちょうどその予選状況の厳しくなった解説をテレビでやってくれた。


「これで四試合を消化した日本の勝ち点は七で、現在グループ首位のサウジアラビアはまだ三試合で勝ち点九です。二時間後にサウジの試合は行われますが、その試合を含めサウジが最終戦の日本と当たるまでに最低一試合は引き分けるか負けてくれないと、日本の自力突破の可能性が消滅してしまう事となりました!」


 アナウンサーの言葉を最後に試合後のインタビューも待たずにテレビを消すと、俺は無言で立ち上がった。うなだれたあいつらの姿なんか見たくない。


「ど、どうしたのアシカ」

「ちょっと走ってくる」

「もう夜遅いし、怪我にも良くないわよ」

「ごめん、でも少し体を動かさないと眠れそうにない」


 そう言い捨てて玄関へ向かう。


 ちぇっ怪我した時と同じぐらい胸が痛い。今だけはボールを蹴っても笑えそうにないな。

 

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