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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編

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第四十一話 懐かしい顔に癒されよう

 いつもの朝練をする公園で俺は軽く体をほぐしていた。

 波乱のサウジ戦を経て帰国して三日目、昨日になってやっと足をギブスのようにガチガチに固めていたテーピングを外されたのだ。思い切り体を動かしたくてうずうずする所だが、検査から治療まで担当してくれた有名なスポーツドクターから「無理して悪化したら、残りのアジア予選の出場にドクターストップをかけるよ」と穏やかながら太い釘を刺されてしまっては仕方がない。

 この公園までもいつものジョギングではなく、散歩ぐらいの足慣らしである。


 今までの習慣にしていたトレーニングをこれだけ休んだのは、二周目の生活になってからは初めてだ。さすがに足の筋肉なんかが衰えてないかが気にかかる。

 通常の倍の時間をかける気持ちでじっくりと体の――特に右足の――筋肉を伸ばしていく。

 おお、手順を踏んで柔軟をしていくうちに右足に音を立てて新鮮な血液が流れ込んでいくように錯覚する。テーピングをしている間はどこかぼんやりして焦点の定まっていなかった神経が、じんわりと暖められると同時に薄皮を剥がれたようにシャープに鋭く研がれていく。


 うう、早く全力で走ったりプレイをしたいな。担当医の相当に脅しの入った言葉がなければ俺は子犬のようにサッカーボールをドリブルしながらはしゃいでしまったかもしれない。鎖を解かれた奴隷みたいにようやく自由に動けるようになったのに、まだフルパワーで動けないのがもどかしい。

 ま、それでもこうしてボールを蹴れるようになっただけでも有り難いんだけどな。足を固められて歩くのも大変だったのに比べれば天と地の差だ。

 ボールを軽く空に蹴り上げて、右足首で挟むようにして受け止める。よし、ボールから離れていたブランクは感じないし、右足もこのぐらいの動きや衝撃では全く痛みも違和感もない。

 トラップする際の柔らかく受ける感触は、サウジ戦でのピッチ上で感じた好調時と比べても遜色ないはずだ。

 ボールをコントロールするコツは忘れてないようだと、ほっと安堵の息を吐いているとそこに懐かしい声がかけられた。


「良かったな、右足は順調に回復しているみたいじゃないか」

「キャプテン!」


 姿を現したのは小学生時代に入団した当時、矢張チームのキャプテンを務めていた少年だ。残念ながら俺や山下先輩といったユース組とは違い、高校サッカーを選んだので俺達とは進路や環境が違ってしまっている。それでもキャプテンの頼りになるその人柄からか俺や昔のチームメイトは未だに時々だがこの人と連絡を取っていた。

 最後は確か俺が代表に選出された際にお祝いのメールをもらった時だったよな。だけど、昔に一緒に練習した場所とはいえこんな早朝に顔を合わせるとは思っていなかったぞ。

 しかし、ちょっと会わない内に随分と背が高くなっているな。俺も成長期のはずだが、小学生の頃からの身長差が縮まるどころか広がってしまったようにさえ感じる。

 そのキャプテンを見上げながら挨拶をする。 


「お久しぶりですね、今日はどうしてここに?」

「うん、久しぶり。たまたまここを通りかかったら、見た顔がボールを蹴ってたんで差し入れにね」


 手にしたスポーツドリンクのペットボトルをほいっと軽く放り投げる。こうされると礼儀上断ろうとするとボトルが地面に落ちてしまうので、受け取らないわけにはいかないのだ。

 キャッチしたのは俺が一番好んで飲んでいるスポーツドリンクだった。キンキンに冷えた感触といい、この朝早い時間帯といい出会ったのは明らかに偶然ではないだろうに、それで押し通すつもりなんだろうな。

 この先輩はわざわざ自分が時間を作ってやってきたとか負担に思われたくないタイプだ、ならば素直に好意を受け取って話を合わせるべきだろう。

 ドリンクに対して俺がお礼を述べ、お互いにドリンクを一口飲んで口を湿らせるとキャプテンが話しかける。


「サウジ戦は大変だったみたいだけど、もう右足の負傷は回復したのかい?」

「ええ、まあテーピングを外したばかりで今はまだ六割程度ですかね。もう二・三日すると八割方オッケーなんですが」


 へえとキャプテンは目を丸くする。彼の驚いた表情は結構レアだ、どんな厳しい試合中でも落ち着いている印象が強かったからな。


「テレビで見たときはもっと大事になるかと心配してたけど、予想以上に順調な回復ぶりに安心したよ」

「あ、やっぱり見られてましたか。ご心配かけました」

「後輩が二人も代表に選ばれて試合に出てるんだ、そりゃテレビ観戦でぐらいは応援するさ……ちょっと残念な結果になってしまったけれどね」


 確かにあのサウジ戦は残念というしかない結果だった。負けた事より、俺の負傷と上杉のレッドカードによる出場停止が痛い。山形監督は顔を引きつらせながら「協会を通じてFIFAに抗議文を提出する」と言っていたが、その抗議がどこまで上手くいくかは不明だ。下手したらそのまま審判の判定が通ってしまうという最悪の事態さえ覚悟しておかねばならない。


「それに結構マスコミや周りからも叩かれちゃってるみたいだね」

「ええ、確か谷間の世代どころか「カルロスのいないアンダー十五は海溝の底世代」でしたか。それにあれだけ反則なんかやられたのに「逆境を覆せないひ弱な選手達」呼ばわりまでされちゃいましたからね。またその報道を鵜呑みにするクラスメートとかもいますし」


 そこまで言われたら怒りよりも乾いた笑いしか出てこない。しかもその海溝の底世代という命名者が以前に率いてた前監督の松永だと聞いた時は「ギャグのつもりなのか?」とすら考えてしまった。

 そんな偏った報道で俺達代表を「日本の代表のくせに情けない」と考える連中もいるのだ。それが知らない人達ならともかく一緒のクラスにいると面倒である。試合をテレビ中継で観戦してアウェーの笛と反則された俺達に同情する一派と「代表ならもっとしっかりしろよ」とマスコミの――特に松永前監督のコラムでは強く非難されていた――報道の尻馬にのって現代表を叩く連中とで俺を中心にしてクラスが分裂の危機に陥っている。

 本当にもう勘弁してほしい。俺をサッカーに集中させてもらえないかな。

 学校関係で唯一良かったと思えるのは、サウジ戦を見ていたというサッカー部の連中が審判に憤って、俺との間にあった微妙な空気に雪解けの気配があるくらいか。


「一回の敗戦や予選突破が難しくなっただけで掌を返すような記者や人間は、あんまり信用できないと判別できただけでも収穫と思うしかないな」

「そうとでも思わないとやってられないですね」


 苦笑いしてもう一口ドリンクから水分を補給する。


「でもマスコミが掌を返すのが速いってのはこっちも利用できるんじゃないか?」

「は?」

「つまりお前達が予選突破して世界大会でいい結果を出せば、このサウジアラビア戦で負けた事もきっとマスコミや記者は忘れて褒めてくれるって事じゃないか」


 柔らかな表情でポジティブな発言をするキャプテン。この人にとってはまだ俺は小さな後輩でしかないのかもしれないな。とっくに精神年齢は超えているはずなのになぜかこのキャプテンにはかなわないなぁと感じる。


「そうですね、世界大会で優勝してお前等は海溝の底と世界一高いエベレストの山頂を見間違えたんだと思い知らせてやりましょうか」


 ぐいっとペットボトルの残りを飲み干してキャプテンに感謝する。これは今まで飲んだドリンクの中でも一番胸の中をスッキリさせてくれた。

 そうだよな、俺は何を迷っていたんだろう。雑音を無視して試合に勝つことだけを考えればいいんだ。そうすれば批判する奴らは勝手にいなくなる。俺が戦うべきなのはピッチ上の敵だけでいいんだ。

 頭では判ってはいたつもりだが、信用している人にいわれるとまた説得力が違うものだな。一瞬で脳内コンピュータが学校やマスコミで囁かれている雑音の情報価値を暴落させて意識にのぼらないように操作したようである。今ではなぜあの程度をくよくよ考えていたのか判らないほど、彼らから聞いた話も遠い過去のように忘れてしまった。


「わざわざここまで元気付けに来てくれたんですね。ありがとうございますキャプテン」


 自分で言うのもなんだが、珍しく俺からの率直なお礼にかえってキャプテンは面食らったようだ。ぱたぱたと手を顔の前で左右に動かし「いや、だから偶然見かけただけだって。それにもう僕はキャプテンじゃないだろう」と謙遜する。


「でもこのスポーツドリンクは俺が一番好きな種類のですが、これはこの付近の自販機では売ってないんですよ。それがこんなに冷えているってことはたぶんキャプテンの家から準備してきたんでしょう? それにこの時間帯にここら辺を通りかかるなら、俺が中学に入ってからこれまでの朝練で一回ぐらいはキャプテンとも顔を会わせてますよ」


 名探偵ではないが、俺でも推理できる程度のお節介だ。

 観念したのか両手を上げて「降参だ」と頬を赤くしているキャプテンにさらに俺は追い打ちをかける。


「それに俺がキャプテンと呼ぶのはあなただけです。矢張でキャプテンを継いだのはあの人ですが俺はずっと「山下先輩」で通しましたし、今の代表の主将は真田キャプテンと呼んでいます。

何もつけないでキャプテンとだけ呼ぶのは、たぶんこれから先もずっとあなただけですよキャプテン」


 俺からの言葉に上げていた両手を下ろして、しばらく頬をかいていたキャプテンが「それは光栄だね」とようやく返答した。

 

「でも一つだけ確認しておきたいんだが」

「なんですか?」

「もしかして僕の名前を覚えてないからキャプテンと呼んでいるとかじゃないよな?」

「あ、すいません。もう学校に行く時間です。足を怪我しているから早めに登校しなきゃ。じゃ、キャプテンまた今度!」

「おい、足利! ちょっと待てよ! お前本気で僕の名前忘れたわけじゃないよな?」


 うん、今日の朝練は右足の回復具合も確認できたし、懐かしい顔を見て精神的にもリフレッシュできた。朝からこんな調子だと良い一日になりそうな気がするな。


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