第十話 ストレスをまとめて蹴り飛ばそう
俺は早朝練習の公園へ向けてジョギングしながら、ここ最近の自分の能力の伸びについて考えていた。
あの対外練習試合から一ヶ月たつが懸念の俺の決定力不足については何ら改善されていない。
いやそれどころか自覚してからなお酷くなった気さえする。さすがにこのままではマズいとシュート練習を増やすのだが、練習はともかく試合どころかミニゲームですらゴールが生まれない。コースを狙えばポストに嫌われ、力を入れればキーパー正面、ループを打てばDFにクリアされる始末だ。俺は基本的にはパサーの為に自分が打つ場合はかなり高確率で決まると判断した時だけである。それなのに決定率は二割を下回る体たらくなのだ。
これはもう前世からの呪い説を真剣に検討し、お払いをしたくなる不調ぶりだな。
だがシュート以外の面では悪くない成長をしている。小学三年生という年代は何もしていなくても肉体がグングンと発達していく時期だ。特に俺は食べ物は好き嫌いをなくし、早寝早起きでサッカーによる適度な運動といった「良い子の観察日記」に乗ってもおかしくない規則正しい生活をしているんだ。これで順調に生育しなかったら嘘だよな。
感覚的なものだがどうも前回より身長や体重の成長が早い気がする。まだやり直ししてからのスパンが短すぎて検証は無理だが、最終的に成長期が終わった段階では一回りサイズが大きくなるのさえ期待できるのではないだろうか。とはいえ過剰な期待をするのも禁物だ。以前と変わらずサッカー仲間の中では小柄なままかもしれないし、でかくなってもせいぜい日本人では大きい方、外国のクラブでは華奢なのは変えようがない。だから、まあ今磨いている小柄な方が使いやすい技術が無駄になることはないのは慰めにはなる……か。
俺は前回よりはるかに上手く強くなっている――その事に疑問の余地はない。だが自分の望むほどの高みに上れるのだろうか?
それを測る目盛り代わりが同じチームの十番の山下先輩だ。この二歳年上の先輩の事は記憶が薄れ始めている俺でもよく覚えている。とは言っても、別に山下先輩から攻撃的MFのポジションを奪えなかったのを逆恨みしていたわけでもない。
何といっても前回の人生では身近で出た唯一のJリーガーだったからだ。
最後に消息を聞いた時は確かJのサテライトの試合に出場していたそうだ。
つまり小学校時代に俺よりあらゆる面で上だった山下先輩でさえ、Jのリーグ公式戦ではベンチ入りする権利をつかめない程プロの壁は高いのだ。
だが今はまだそこまで先の事を考えても仕方がない。俺がボランチに下がってしまったからポジション争いは出来ないが、とりあえず山下先輩が卒業する前に彼とポジション争いをしたとしても確実に勝つと確信を持てる程度まで鍛え上げなければならない。いや、それでは所詮日本レベル止まりになってしまう。目標にたどり着く為にはもっともっと俺は強くなる必要があるのだ。
決定力の向上や基礎の底上げ、状況を打破するためのドリブルなど個人技の特訓に身体能力を伸ばすための運動などやることは山積みだ。
なまじ前回の歴史で、これからスターダムへのし上がる選手達がどれほど華麗なプレイを見せるのか知っているだけにそこまでの距離を考えると気が遠くなってしまう。自分の考えた練習メニューをこなすだけで毎日精一杯、一日が三十時間は欲しいぐらいだぜ。
そんな精神的に余裕を無くしていた一日でのクラブ練習中の事だった。
「足利、お前最近サッカーが楽しいか?」
「え? ええそりゃ楽しくなければこのクラブに来てませんよ」
「相変わらず子供らしくない口のきき方だが……まあいい。どうも最近お前が悩んでプレイしているように見えたんでな」
「俺なんかおかしな事やミスをしましたか?」
「いやミスはないんだが……あーもう説明するのが難しいな、とにかく今日の練習は俺の言った通りにやれ。いいな?」
「はあ、まあ監督の指示ですし当然従いますが」
従順に答える俺に対し、なぜか下尾監督は僅かに苛立ちの色を表した。
「そうゆう所が……ちっ。じゃ、今日のミニゲームでお前はシュート五本以上打つこと。そしてチームとしては最低五点は取れ。これは命令な」
「え、ちょっと待ってくださいよ! 俺の決定力の無さ知っているでしょう、それにミニゲームっていったら十分ハーフで計二十分ですよ。その短時間でシュート五本打てって、五点取れって無茶ぶりが過ぎますよ」
「監督の指示に従うって言質とったもーん」
「監督自分の年を考えてください、ちっともかわいくないですよ!」
「おーし、みんなアップが終わったら集まれー。今日のミニゲームは攻撃がテーマだ、半分遊びだから内容とか失点とか考えずに攻め合えよー。あ、でも怪我には注意な。接触プレイはすぐファール取るからディフェンスは特に気を付けろよ。えっと、後は勝ったとしても五点以上とらないと両チームとも負けの判定だ。罰ゲームが待ってるぞー、ちなみに罰ゲームの内容は……ふふふ」
俺の抗議も華麗にスルーされてミニゲームが始まってしまう。正直なぜこんな無茶な指示を出されたのか理解不能だが、一応は恩師の言うことである出来るだけ実現させるべきだろう。
俺はチームメイトを見渡すとほとんどが上級生の準レギュラーだ、まだ三年のおれがゲームキャプテンに指名されたことに不満を持つ奴もいるかもしれないがとりあえず明らかに馬鹿にした態度の子はいない。
試合が始まるまでの短時間で戦術をどうこうする暇はないな。基本的には今までやってきたサイドアタックをベースにして、後はとにかくこのチームの意志統一だけはしておこう。
「みんなも聞いたと思うけど、この試合は五点とらないと負けにされるみたいだ。だから攻撃を重視してチャンスがあればガンガン上がって点を取りに行こう!」
「おう」
口々に「任せろ」と受け合ってくれるチームメイトにちょっと胸をなで下ろす。俺に――というより下級生に従うのが嫌で反抗されてたら開始前から試合終了のお知らせがきてたぞ。
監督の「それじゃ始めるぞー」と気の抜ける言葉と共に開始の笛が吹かれた。
マイボールからの始まりだが、五点取れという縛りの中ではじっくりと中盤を組み立てている余裕はない。
ボランチの俺にまで戻されたボールを前線のFWにロングボールでいきなり放り込む。向こうもこっちと同じ急造チームならば組織的ディフェンスはできないだろう。うちのチームのFWは二人ともレギュラーではないがそこそこ長身だ、運が良ければいきなり得点出来るはずだ。先制点が取れれば、こっちが主導権を握る事ができる。
そんな皮算用は脆くも崩れさった、何だよ向こうのDF陣はレギュラーばっかりじゃないか! 正直うちのチームのFWが相手にするには荷が重いか……。想像通りヘディング争いに競り勝った相手チームは、こっちと同様に中盤を無視して一気にゴール前までロングパスを送る。
くそ、正直まだ成長途中のこの体ではヘディング争いでは戦力になれない。ディフェンスにおいてはせいぜいがこぼれ玉が来そうなスペースに張っているぐらいしか……ほら来た!
素早くボールを拾うと、また前線に放り込もうとして一瞬躊躇した。相手のDFは明らかにうちのFWより高い。単純に上げるだけではゴールするのは難しいだろう。ではどうするか……考えながらドリブルで前へ持っていく。お互いポンポン蹴りあっていたので中盤はぽっかりと空いていたのだ。おまけにファールが怖いのか積極的には止めようとしてこない。よし、こうなったら俺がいける所まで持っていこう。
ギアをトップに切り替えてスペースの空いたピッチ中央を駆けていく。空いたスペースを結構な距離進んでいたが、さすがにペナルティエリア手前のバイタルエリアまではボールを運ばせてもらえなかった。危険な場所まで進入されたと判断するやマークがさっと現れる。だが今回はFWのマークは外していないしラインも崩さない、どうやら俺からのスルーパスを警戒しているようだ。
ここまでドリブルしている中でも鳥の目を使っていたのだが、どうにも隙が無い。遅れて今上がってきたサイドバッグにまできちんとケアされている。
これでどーやって五点も取れって言うんだよ。大体相手チームは贔屓されてないか? なんでDFがレギュラークラスで固められてるんだよ。しかも相手には山下先輩までいる、攻撃に関しても向こうは問題ないだろう。この理不尽な状況に段々頭に血が昇ってくる。監督は試合前に五本シュート打てなんて難題を俺にだけ出すとか何考えてるんだ? 俺こんなことしてて本当に上手くなれんのか? これまでの不安とこの試合に対する怒りで息が荒くなっている。元々試合中はクールにと自制してはいてもそんなに気は長い方じゃないのだ。
プツリと切れる音が多分俺にだけ聞こえた。ええい、くそ面倒くせぇ。
軽くボディフェイクを入れて強引に突破をはかる。勿論マークも反応して止めようとしてくるが、俺の直線的でシンプルなドリブル突破は予想外だったのか半歩遅れる。そうだろうな、これまでは結構ボールをこねくり回した末のスルーパスが十八番だったのが急なスタイル変更だ。瞬時に対応しきれなくても無理はない。
体半分だけ抜け出した状態でフリーな味方がいないのを視界ではなく鳥の目を使い脳裏で確認する。
だったら、もう俺が打つしかないよな。
俺の決定力じゃ入るとは思えないけれど、これでシュート数一消化だ。肩と肘で相手DFに壁を作り右足を振り抜く。諸々のストレスを詰め込んだボールを力の限り蹴り飛ばす。
お、いい手応え――じゃなくて足応えだ。軸をぶらさずにキックできたおかげで左上のいいコースへボールは飛んでいく。
だがやはりと言うべきか俊敏に反応したゴールキーパーにパンチングで防がれた。はいはい、判ってましたよ。俺のシュートが入らないってことは。だからここは、
「押し込め!」
指示と同時に自分もDFを引き連れてまたゴール前に殺到する。
うわ、マズい相手のディフェンスが真っ先にこぼれ玉を拾いやがった。しかもあのDFは確かロングキックが正確だったはずだ。
うちのチーム全体が前のめりなプレイをしていたために防御は手薄だ。
「やばい! 下がれー!」
また俺の絶叫に従って慌てて潮が引くように自陣へ帰って行く。勿論俺も全力で駆け戻る。こういう点を多く取れといった縛りのある展開では上手く鳥の目が活用できていない。ただの子供のように右往左往しているだけだ。
それなのに――楽しい。無心でボールを追いかけるだけの戦術も何もないゲームがおかしくてしょうがない。さっきの強引なドリブルとシュートで鬱憤がはれたのか体が軽く感じられる。
最近小難しく考えすぎてた反動か、ここまでノープランの打ち合いしていると俺が悩んでいる事自体が小さく感じられた。
そんな変なハイテンションは敵のカウンター一発でゴールを割られても落ちることはなかった。
今のは仕方ない。あれだけの攻める体勢だったら攻めきるかカウンターに沈むかの二択でしかなかった。今のはたまたま幸運のコインが裏を向いただけだ。
でも先制点を献上してしまったのも確かだ。もう、こうなったら更に開き直るしかないよな。
意気消沈してセンターサークルに集まっているチームメイトに端的に説明する。
「相手はディフェンスが強い上マンツーマンを崩さない。これを攻略するのは今の俺たちじゃ難しいし、このままふつうにやってれば間違いなく罰ゲームだ」
俺の言葉に上級生は顔をしかめ、同級生は体をこわばらせる。
「だから非常手段をとるしかない」
「うん、どんな?」
楽しげな表情で再開の笛をくわえてこっちの作戦を伺う監督に対して胸を張る。どうなってもあんたの責任ですよ。
「キーパーも上がれ。残り時間ずっとパワープレイだ。全員ボールを持ったら即シュートだ、打てなければドリブルで突破するぞ。全部のコースがない場合のみパスを許可する」
「……点の取り合いになる試合を誘導したのは俺だけど、これはひどい」
明らかに元凶の監督が顔を引きつらせていた。