第二十八話 自分の評価を確かめよう
「アシカ君、二連勝おめでとー!」
「大きい中国人にワイヤーアクションみたいに飛ばされてたけど大丈夫?」
「この調子だったらアジア予選も楽勝だな」
「――今の監督のサッカーは攻撃的すぎてバランスを崩していないか? むしろインサイドハーフの一人を少し下げてダブルボランチにした方が――」
俺が教室にたどり着いた途端クラスメートがわっとばかりに集まってきた。朝の挨拶もそこそこに、昨日あった代表戦について話しかけてくる。真も一緒に登校していたのだが、人波に押されて俺の隣から教室の外まで流されていってしまったぞ。どこかからか「ヘルプ・ミーなんだよ!」と聞こえようだが、きっと気のせいだろう。
あの中国戦はテレビ放送されたとはいえ衛星放送でしかも視聴率はさほど取れなかったったはずなのに、なんだかうちのクラスでは見てた人が多いみたいだ。
まあ俺達を応援してくれていたと思えばありがたいよな。日本人しかいないクラスメートなのにわざわざ対戦国を応援するへそ曲がりもいないだろうし。
「ああ、皆の応援のおかげで勝てたよ、ありがとう。それと怪我はしてないよ、大丈夫。ちょっと打ち身があったけど湿布を貼っておいたら眠っている内に痛みは消えてた。えーと、まだ二戦目だから軽々しく予選突破は約束できないけれど、全力で努力するつもりだ。そして、戦術の提案は俺じゃなく監督に言ってくれ。俺には決定権がない」
聞き取った分は一通り返事をしてから、人の壁を押し開くようにしてようやく自分の席に着く。俺は聖徳太子じゃないんだから、クラスメイトももう少し落ち着いて欲しいものだ。
誰にもバレないようにそっと口の中だけにため息を留める。応援してくれるのが試合会場でだけならもっと対応は楽なんだけどな、でもプロを目指している俺としてはあまり素っ気ない態度でいるのも問題だ。
好奇心満々の一般人への上手い対処方を、今度ユースの大人か代表のコーチにでも聞いておこうか。
人の流れに押されてはるか彼方まで運ばれて、ようやく戻ってきた真からの「いきなりタックルされた時ぐらいは、幼馴染みをかばおーよ」との抗議を受け流す。そんな外見だけでもファンやクラスメイトに優しいナイスガイ風に取り繕っている俺の耳に、ちょっと聞きたくない情報が入った。
「でも今度の監督は評判悪いらしいぞ、昨日の中国戦でもネットで凄く叩かれてたしな」
「ああ、その前のヨルダン戦でも前半の戦い方は何だとか、強豪国に当たったらあんな攻撃的には行けないアジア予選でしか通用しない戦術とか週刊誌で記事になってた」
……別に俺に聞かせようとする意図はなさそうだが、聞き捨てならない情報だ。
「あの、すまないがちょっといいかな」
「おお、なんだよアシカ。どうかしたか?」
「今言っていたネットの評判とか週刊誌の事を教えてくれないか」
◇ ◇ ◇
クラスメートが快く教えてくれた情報を元に、家に帰ってからそのソースを調べてみる。
まだ僅かとはいえ尻の筋肉に痛みがあるので、コーチからは「無理せず休養日にしろ、体を休めるのもトレーニングの内だぞ」と念を押されたためにいつもならボールを蹴っている時間だが、ハードなトレーニングはできないのだ。……まあこっそり今朝も朝食前にいつもは試合後用の軽いメニューの奴をやったし、夜も低負荷のトレーニングとボールを触るぐらいはするんだけどね。
だってもう毎日の習慣になっているから、最低限はやらないと歯磨きや洗顔を忘れたみたいで落ち着かないんだよな。
話がそれたな、帰りに買ってきた代表チームに対するコラムがあるという「少年サッカー」というサッカー専門の週刊誌をチェックし始める。
目次の所に聞いていた通りに、松永の目によるアンダー十五のヨルダン戦の解説って記事があるな。この松永ってどこかで聞いた覚えが……まあいいかとりあえず読んでみよう。
なになに、見出しが「勝って当然の試合に苦戦した若すぎるイレブン」だと?
「勝って当然の試合に苦戦した若きイレブン。
試合開始後に私は目を疑った、山形監督は四・五・一のフォーメーションを選択していたのだ。彼は前監督である私のサッカーに異を唱えて攻撃サッカーを標榜して現チームを作ったのではないのか? その結果がワントップという守備的なシステムだとは明らかに矛盾している……」
思い出したぞ、この記事書いてるのは前監督の松永かー! 俺とは相性が悪かったのであの合宿でしか会った事がないが、その後はいくら俺や山下先輩が全国大会で優勝しても全く代表候補とは縁がなくなってしまった元凶である。
自惚れを抜きにしても、純粋に選手としての力量だけならば俺も年代別の代表に選ばれるはずだったはずと今でも歯噛みするほど悔しい思いをさせたあいつだ。
直接やり合ったのがフィジカルコーチだったから前監督本人の印象は薄いが、俺以外にも上杉や島津に明智も代表に呼ばれていなかったのだから個性的な選手が嫌いなタイプの監督なんだろう。しかしこんな所で自分の手を離れたチームにクレームをつけるとは、どうにも粘着質な感じで代表監督を辞めてくれてありがとうとしか言えないな。
ま、そんな執筆者への偏見はともかく、この記事からポイントを抜粋するとこんなものか。
その一、誰の目にも判りやすい攻撃への偏重に対する批判。
バランスを崩すほどに攻撃の駒が多いことだが、これ半分は島津に責任があると思う。島津がここまで上がりっぱなしじゃなければ、それなりにバランスは保てていたはずだ。
だが、この代表チームはバランスを崩してでも攻撃に人数を割き、敵より多くのゴールを奪うのを目標にしているチームなんだ。試合終盤でリードしていればそりゃ守りきろうとする事もあるが、基本方針は相手を叩き潰すという物だ。
最初から重心を攻撃の方に置いているチームなのだから、バランスが悪いと言われても「うん、知ってるよ」としか返しようがない。
その二、新加入選手が気に入らないらしい。
今回山形監督に代わってから集められた選手達は、良くも悪くもアクが強い。
そのためにどうしても試合においては目立つ存在なのだ。上杉の沢山のシュートは当然注目を浴びるし、シュート数が多いのだから必然的に失敗数も多くなり文句を言われている。島津にしても得点につながった場面のオーバーラップはともかく、守備の場面で役に立っていないのを「サイドバックとは呼べない」とまで書かれている。
ああ、俺も載ってるな。うーん、センターハーフを任せるには線の細すぎる気分屋のプレイメーカー、か。これは中国戦の前に発売された雑誌だからヨルダン戦のみの解説だが、俺ってそういう風に見られているのかなー。
もしかしたら、サッカー部の奴らが俺とぎくしゃくした雰囲気になるのってこの松永の文なんかを鵜呑みにして、俺を守りで手を抜いている自分勝手な選手だと誤解しているからじゃないよな? 少なくとも俺は楊を相手に体を張ってボールを奪ったように守備でもさぼっているつもりはないんだけどなぁ。
この松永前監督は減点主義のためにマイナス面がないプレイヤーが好きなんだろう。特徴がありすぎるプレイヤーはそれだけで減点対象なのかもしれない。前の監督時代から残っているスタメンが穴のない平均的に高いレベルでまとまった選手達ばかりだった理由が判ったな。
その三、カルロスは自分が育てた。
えーとカルロスがどう成長してあれだけの選手になったのかは知らないが、俺が戦っていた段階では身体能力で押すタイプでむしろ野性的だったけどなぁ。でもこれは俺には検証できないし、関係ないか。
でも今の代表にいない選手の名を出して、現代表を批判するのはちょっと失礼な気がするな。しかも、国籍が違ってもはや召集のしようがない過去の選手を比較対象にするのはフェアじゃない。山形監督が選ばなかったのではなく、権限外の事なんだからな。
まあ俺はあの監督に嫌われていたのは判っていたが、記事から察するともはや今のアンダー十五の代表チームそのものがこの人に恨まれてないか、これ?
ため息をつき、雑誌を放り投げる。
コントロールが悪く、机からズレて床にページが開いたままで床に落ちる。しばらくそのままにしておいたが、うん、この雑誌に罪はないよな。そそくさと取り上げてきちんと閉じると本棚に突っ込み直しながら、誰にともなくフォローしておく。いや、本とかが乱雑に扱われているのって嫌じゃないか。
とにかく次は教えられたネットの掲示板を確かめてみるか。
……しばらく読み進めるが、なるほど結構酷い事も書き込まれている。だが、思ったより悪意による批判ばかりではなかった。いまの代表チームに対しては賛否両論といった所か。
好意的な意見では「攻撃的で見ていて楽しい」というのが代表例だ。確かにこれまでの二試合の結果だけなら完勝である。四対一、三対一というスコアは観客としてなら満足できるものかもしれない。
否定的な意見では「守備がザル」との文句が多い。まあこれも納得できるよなぁ。でも「シュート数の割に得点が少ない」というのにはちょっと首を傾げてしまう。相手は仮にも一国の代表だぜ? そう簡単に得点できるものでもないんだけどなぁ。
他に目に付いたのはスタメンの個人評価についてだな。
守備がザルと酷評されながらも、アンカーから後のDF陣の一人一人の評価は高い。一体どっちやねんとツッコミたいが、むしろ「このフォーメーションとメンバーでよく頑張っている」と思われているようだ。監督の戦術に不満はあるが選手達の努力は認められるというのが全体としての感想らしい。
ふーん、俺からすれば逆に山形監督が「このDF達がいるから攻撃的なシステムでもいいだろう」と信頼して計算しているような気もするがな。
でも中盤から前の評価はかなり人によってブレがある。
全員が攻撃的すぎるという意見は一致しているが、個々人によってファンの様なものがついているのだ。
例えば上杉ならば「シュート撃ちすぎ」や「こいつパスって単語知ってるのか?」という者と「日本には珍しい本格派の点取り屋」とか「良い意味でのエゴイスト」だの「こいつには毘沙門天の加護がある」といった意味不明ながら褒めている物まで賛否は真っ二つだ。
なぜかFWと一緒に議論されている島津は「バックギアを付けろ」はもちろん「いない方が守備が安定しているサイドバック」「味方のピンチに撤退と叫んで敵中に突っ込んでいくのはギャグなのか?」とか言われたい放題だ。良い評価ででも「シュート力、積極性、マークを外す動きとこれだけ持ち合わせたFWは少ない。でもなぜかDF」「攻撃能力では満点、ウイングとしては申し分ない。でもDF」と本当に褒めているのか微妙なのが多い。
他の山下先輩や明智と左FWの評判は意外にもいいな、大体がこのチームに必要な人材だと認められている。山下先輩は渋々とはいえ、わりと守備もしてくれるし、強引な個人技だけでなくパス交換で相手を崩すことも多いからかもしれない。
それでネットでの俺の評判は――なんだこりゃ。どこから漏れたのか詳細かつ間違った情報が書き込まれている。
「足利 速輝 通称アシカ。今回の代表で最年少でありながらスタメンに抜擢される。
小学校時代から全国大会で優勝するなどの実績を上げながらも、なぜか代表チームには初参加である。彼に関しては不確定の噂が多く、「小学三年で初めてボールに触ったときすでに上手かった」「いやリフティングができていた」「マルセイユルーレットで回ってた」などは眉唾だが、ほとんど初心者でありながら適応が早かったのは確からしい。
さらにフリーキックではブレ玉を得意とするが、すでに小学生の頃から修得していてこの技術の日本でのパイオニアの一人である。誰に習ったのかは堅く口を閉ざしているが、彼の幼少期は謎が多い。
性格的には我が強いらしい。
代表合宿に初参加した時にフィジカルコーチと真っ向から対立したのは有名で、当時のスタッフからは「あの生意気な小僧」と呼ばれていた。
ヨルダン戦でもPKを蹴ろうとする上杉からボールをもぎ取って、自分で蹴ったのも我の強さを裏付けている。
その事からも判るように監督の指示より自分の考えで動くタイプ。
基礎的な技術はしっかりしているが、トップ下としてはスピードと決定力に問題がある。ボランチとしては体の強さとスタミナに不満が残る。
結論――ゲームメイカーとしては明智がいればこいつ控えでいいんじゃね?」
この長文以外にも色々な意見が載っている。「前を向くより、ヒールキックの方がパスが正確だ」とか「こいつはもうシュートを撃つな」とか滅茶苦茶言ってるな。好意的意見でも「スーパーサブ的に後半の得点が欲しいときに投入した方がいい」や「もう少しフィジカルがあれば申し分ないのだが」といった条件付きの物が多い。
サッカーについてだけでなく個人的にも「あいつマジで周りの奴らを子供扱いしている、ウザイ」「んー、それほど性格悪くないんじゃないかな。あとは納豆を好きになればパーフェクトだね」という学校での俺を知っているのかと疑わせる書き込みまであった。
……誰の書き込みか知らんが、実力で後悔させてやる。
ついでに前監督の松永も俺を使わなかったのが失敗だったと、これからのアジア予選で思い知らせてやるからな!