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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第九話 原石の取り扱いには注意しよう

「みんな良くやったぞ! お疲れさま!」

 

 下尾は拍手で凱旋する選手をねぎらう。例えそれが練習試合で不満がある内容であっても、勝った場合はまず褒めて持ち上げるのが年少にサッカーを教える鉄則である。その勝つ度に褒められるという行為が繰り返される事によってモチベーションが高まり、勝利に対する執念の芽が出てくるのだ。

 だからまずは勝利を手にした選手達と徹底的に喜び合うのだ。

 ピッチから得意気に帰ってくる教え子を一人一人ハイタッチで迎えていたが、二人ほど喜色を露わにしていない子供がいる。困った事にその二人共がチームで傑出した才能を秘めている選手なのだった。


「山下に足利、どうした?」


 下尾の呼びかけにちょっと不服そうに頬を膨らませていた山下は、ちらと見上げると顔を背けた。不満というよりはすねているようだ。この子は十番を背負うだけの技術と身体能力を持っているが、才能ある子によく見られるメンタルの弱さが課題なんだよな。


「点取ったっていうのに、みんなに叩かれてメッチャ痛かった。あいつらにもうちょい手加減するか、点取ったら取った奴がチームメイト叩いていいってルールにするかしてください」

「あ、ああ確かに最後のは痛そうだったからな。練習試合であれだけ喜ぶのも相手チームにも失礼だし、みんなに点取ってもあまりはしゃぐなと言っておく。あと一応叩くの手加減しろとも」


 山下は「一応っすか、まあそれでもお願いします」とちょこんと頭を下げてクールダウンに入った。この子はまあ孤高の天才を気取っているのかクールな振りをしているだけだ。今回もちょっと機嫌を損ねたぐらいで明日にはもう元に戻っているはずで、大して気にするほどでもないだろう。だから問題になりそうなのはもう一人の方だ。


「足利はどうしたぁ? デビュー戦にしては良くやっていたぞ。チームも勝ったんだしもっと喜べよ」

「はぁ、ありがとうございます」


 下尾監督が褒めてもどこか硬い作ったような笑顔は解けない。何やら思い悩んでいる風にも見えるが、試合中のプレイではそんなに落ち込むほどの失敗はなかったはずである。確かに最後のゴール前ではぐだぐだしていたが、あの状況では落ちついて決められる子は生粋のFWでもこの年代の日本ではそうはいない。

 足利に関しては個人的な技術がどうこうではなく焦りが透けて見える精神面の方が問題かもしれん。試合の内容としても周囲とのコンビネーションが課題だと下尾は考えていた。

 なまじ足利の視野が広いだけに、周りとの連携のチグハグさが如実に現れるのだ。彼一人だけならば正解の行動もチームとしてのコンセンサスが出来ていないために結果としてあまり効果的ではなくなるのも多い。チームメイトとの信頼関係が築けていない現状では、周りを使ったプレイをしようとしていてもまだ不可能である。

 まずは自分の力でゲームを動かそうとしすぎる足利に、仲間とのコミュニケーションの大切さを自覚させるのが問題解決への第一歩だろう。

 

 そしてもう一つ問題なのがこいつが連携やシュート以外で「ミスをしなかった」事だ。ミスが少ないのとミスが無いのとはまた違うのだ。サッカーというのは足でやるだけにミスを前提としたスポーツとなる。

 だからミスがないプレイヤーが名選手かというと――そうでもない。ゴールに直結する危険なパスとゴールキーパーへ戻すバックパスを同じパスの成功率で計算しても意味がないのと一緒だ。

 もちろんポジションによっては失敗が許されないキーパーのような例もある。だが足利のようにあれだけ攻撃に参加していながら凡ミスが無いというのは不自然なのだ。

 もちろん足利が基礎練習を異常にしっかりしている点を考慮してもである。普通子供は、特に才能があればあるほど基礎練習を好きになれないものだ。才能があればある程度やるとコツをつかんでしまうので、それ以上やる意義を見いだせないからだ。

 しかし、基礎練習は社会人が皆「学生の頃もっと勉強しておけば良かった」と思うぐらいプロになったサッカー選手も「子供の頃もっと基礎練習をしっかりやっておくべきだった」と悔やむことが多い重要な事項だ。 

 その重要だがあまり面白くない基礎練習を足利は目を輝かせて楽しげに、そして子供らしくないほど真剣に長時間集中力を保って毎日欠かさない。ここまでしっかりと基礎練習に取り組んで「基礎を固めろ」と口出しをしないでいい少年は、下尾監督が指導者になって初めてである。だからまあ、試合でも簡単なプレイを失敗しないのは理解できる。 


 こいつが途中出場すると、すぐに相手もマンマークをつけてきた。短時間で「こいつはフリーにしちゃいけない」選手と判らせるのはいいが、不満も少なからずあった。

 足利ならばあのマークの一人ぐらいなんとかなったはずなのだ。相手が上級生とはいえ技術は足利の方が確実に上だ。ちょっと無理すれば個人技でも突破できたはずなのだ。だがあいつにはその「ちょっとした無理」をやろうとしない。常にギャンブルを避けて安全な道を通ろうとパスしている。


 つまりこいつはミスをしないように細心の注意を払って、充分なマージンをとり、合理的で堅実なプレイを常に心がけていたという事になる。

 言葉にするとまるで大人っぽく成熟したプレイヤーに対する褒め言葉のようだが、この成長期の時点でリスクにだけ気をつけているのならばもう選手としての成長はない。

 失敗は成功の母という通り、失敗すれば自らに足りない部分が自覚できる。それを克服しようと努力する選手に適したトレーニングを提示するのが監督の役目の一つだ。

 だが、失敗をしない選手はどうなのか? これは自分の能力の及ぶ範囲はここまでと自身に対して檻を作っているようなものである。その檻以上の力を持っていようとも宝の持ち腐れとなってしまう。しかしこの檻を外すのは難しい。他人がどうこう言ったとしても、檻から出るには当人がその気にならなければ不可能なのだから。

 今のミスをしない堅実なプレイヤーという殻を破り、檻からの一歩をどう踏み出させるかが、下尾の監督としての腕の見せ所だろう。

 

 下尾監督が檻という連想をしたのには訳がある。

 なぜか判らないが、こいつのプレイを見ていると上手いことは上手いのだが――どこかで一回大きな失敗をして今度はそれを繰り返すまいと必死になっているような印象があるのだ。

 今日の試合でもどこか悲壮さが伝わり、純粋にはサッカーを楽しめていないようなシーンがあった。いや足利がサッカーを好きだってのは良く知っている、何しろ毎日の練習においてボールを渡されるだけで満面の笑みになるからな。

 最近はからかわれるのが嫌なのか頬が緩むのをこらえようとしているようだ。妙に難しげな顔でボールを受けとっているが、その口の端がピクピクと嬉しげにひくついているのは隠し切れていない。

 サッカーを大好きなのに試合でプレイするのを楽しめないならそんなに悲しいことはない。これだけの技術を持っていながら初心者と言い張る不自然さといい、足利にはどんな事情があるのだろうか。

 このクラブでプレイすることで足利に一歩踏み出す自信と試合を楽しむ余裕ができればいいのだが。



 試合の後始末を終えて相手監督の鈴木と握手をする。こいつは大学のサッカー部の同期で、今も近くの地区のサッカークラブをしているという下尾にとってはライバルとも腐れ縁ともいうべき存在だ。


「今日はお前等の日だったか、まあこんなこともあるさ」

「さすがアンダー十二代表のキーパーを持ってる監督は余裕があるなぁ」

「そっちこそなかなかいい選手が入ってきたみたいじゃないか。特に目立つの二人もいたぞ。あ、でも十番の奴は前の試合でもいたか……となると後は途中出場の三十九番だな。一体どこのクラブに隠れてやがったんだあんな奴」

「いやあいつはサッカークラブに所属するのはうちが初めてだそうだ」

「はぁ? あれだけ基礎がしっかりしている奴が初心者だと?」


 鈴木が絶句するがそれも判る話だ。下尾も足利が初心者じゃないと判断した理由の一つは、プレイがあまりに洗練されすぎているからだ。もしストリートとかでやっていただけならばどうしても癖という物がでるはずなのだ。この癖というのは悪いだけではなく、上手く生かせれば強烈な個性ともなる。

 だが、足利のプレイスタイルは癖もなく上手いだけでなく、無駄がなく理に適っている。これは客観的な視点を持った指導者に教わっていなければ不自然なのだ。

 下尾はまず確実に誰か指導者—―しかも自分とよく似た指導理論を持った誰か――に足利はサッカーを習っていたはずだと踏んでいた。


「マークつけた七番は一対一じゃうちでも一・二を争う有望株なんだぞ。初心者を相手にしてあんなに振り回されるはずないだろ。それにあいつ小さかったけど今何年生よ?」

「新入部員で三年生だ」

「……なんか得体は知れんが面白そうな素材じゃないか、大事に育てろよ」

「ああ、お前も面白いと思うか?」

「うむ、特にシュートをねじ込もうと足をバタつかせている動きが面白かったな」

「そっちかよ」


 監督同士で苦笑した顔を見合わせる。才能がある子を発見するのは少年クラブの監督としては最高の喜びだ。だがその裏には預かった子供を順調に成長させられるか指導者としての責任がのし掛かかってくる。そのプレッシャーは見つけた原石の大きさに正比例して増大していく。

 歴史に名を残すクラスの選手の指導者は大なり小なりこういう恐怖を感じたに違いない「こいつを逃したらもうこんなタレントはでてこないかもしれない」と。

 だからといって無理なスパルタ練習や怪我しないようなべたべたに甘い指導もどこか違う。結局は自分の目を信じながら一人一人に合った指導をしていくしかないのだ。


 今までのチームにも幾つかの原石はいた。その中に掘り出したばかりのはずなのに、すでにカットされているような奇妙でいびつだが特大の宝石が入ってきただけだ。

 あまり無理な期待やプレッシャーを与えないで、他の子供と同様に伸び伸びと育てるべきだろう。

 そう決断した下尾監督に鈴木もまたどこか遠くを見る表情で話しかけた。


「俺が抱えてるキーパーが代表に選ばれた時も悩んだもんさ。どう指導すべきかってな。今の子供達はどいつもこいつも昔の俺達以上の技術を持っていやがる、そんな奴ら相手に偉そうに指導していいのかともな」

「……俺はお前よりも上手かったけどな、まあ言ってるのは判る」

「ぬかせ、俺の方が……ともかく俺達に出来るのはあいつらの成長の邪魔をしないことだけだ。上に行く奴は勝手に上に行くんだ、それを応援するだけでいいのさ。そして、もしどこかでつまずいたら……その時助けてやればいい」

「ちょっとくさいが……その通りだな」

「じゃあ、またな。今度また試合する時はあの小僧がどうなってるか楽しみにしているぞ」

「ああ、またな」


 同期の桜とはいいもんだな。こうして定期的に練習試合を組めるだけでなく、お互いにしか言えないような話も出来る。他で口にしたりすると依怙贔屓だとか問題になって、才能のある子が潰れたりする後味の悪い事になったりするんだよな。

 せめて自分の教え子のあいつらだけでも、楽しくサッカーができる環境を作ってやらなければな。

 クラブの監督さんは気苦労が多いよとぼやく下尾だった。

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