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脳内逆走

時ははるか未来、人類は幸運にも文明を発達させ、その反面倫理が現在に比べ崩壊しきっていたため、家中に監視カメラが敷かれたり、流行のようにクローン人間を開発していたりしていた。

そんな中、あくる雨の日、ヘドモリ博士も流行に則って開発していた。一般的な胎内クローンではなく、水槽から育てる高度なクローンであった。博士は以前に幾度か奇形を生み出し、失敗を重ねていたが、今度こそは少なくとも外観だけでも成功すると信じていた…



*



「はっ」

彼は目覚めて顔を上げた。うつ伏せで見知らぬ家の床に横たわっていたのだ。右足が痛んでいた。目の前にはいつの間にか花瓶が置いてあった。彼はひとまず起き上がった。

ここはどこだろう…と辺りを見回した。記憶がない。時計を見た。8:45

とりあえず歩いてみた。さっきから右足がしくしく痛むがなんだろう。


やがて右足に強い痛みが襲った。下を見るとガラスの破片がいくつか散らばっていた。破片に刺さったか。彼は足の裏を確かめた。傷痕は無かった。不思議な事に地面から右足を引いた瞬間、激しい痛み、そして痛みがすっと引いた。


とりあえず掃除しようと彼は箒を取り出した。ちり取りは破片の近く、すでに準備されたかのようにあった。ちり取りの中には沢山のガラスの破片があった。


彼は床にある少量のガラス破片を箒で掃こうとしたが、何故か破片はちり取りに入ろうとしなかった。その代わり破片はどんどん増えた。よく見ると箒に磁石のようにちり取り内の破片が吸い付いて、床にどんどんばら蒔いていた。ちり取りに破片が無くなった時、彼は妙に思いつつ諦めてちり取りを拾って台所の空いた棚に置いた。


台所を見回した。冷蔵庫にホワイトボードのマグネットがついていた。微妙に染みがついていて汚かったため、彼は白板消しでホワイトボードを拭いた。


彼は驚いた。拭けば拭くほど、ホワイトボードから文字が浮き出た。そこには、こう書かれていた。


「たすけて」


どうなっている。彼は恐怖に襲われた。ここは異常だ。逃げなければ。彼は急いでドアを探し回った。そして玄関と思しきドアを発見したその時。


玄関で人が死んでいるのを発見した。首を絞められて殺されたらしい。彼は思わず悲鳴を上げたが、それは彼自身も妙に思う悲鳴であった。


「ぁぁぁぁぁぁぁゃひゃっ」


とにかくこれはまずい、逃げようと思った。彼は再び辺りを見回した。時計が見えた。8:39


あれ?どうなっている。前は8:45ではないか。逆戻りしている。この時計壊れているんじゃないか。


ビヤァと妙な音が聞こえたので振り向いた。先ほどの破片が何故か独りでに動いて、一つに固まろうとしていたのだ。そしてコップの形に形成し、ンパッと言う音と共にコップが地面から飛び上がった。そして飛んだコップは棚の上に乗って収まった。


その時彼は気付いた。時計じゃない、時間が逆走している。


そして彼は死体の前に座りこんで考えた。何故そうなったかはどうでもいい。逆走とはどういう事か。時間とは原因と結果の連続である。つまり時間が逆走するとは結果が原因になる事である。彼は訳が分からなくなった。まてまて、つまり、「コップの水を床にこぼす」が「床に水がこぼれた、水はコップの水だった」と言う繋がりになり、つまりは床にこぼれている、コップの水だった水が、始源であるコップへと、まてまて、益々混乱したぞ。


彼は死体を見つめた。こいつは首を絞められて死んだ。だから首を絞めれば死ぬ前、つまり蘇るはずだ。


彼は死体の首を絞めた。絞め続けた。絞めた結果、しばらくして死体は血色が戻り、暴れ出した。ころあいを見計らって手を離した。死体だった男は怯えた目で彼を見た。まあ良いと彼は思い、後ろを向いて普通に歩いた。


直後に気配を感じたので後ろを向くとあの男がびくびくしながらついて来ていた。男は叫んだ。


「ぇぇぇれくでいなさろこっ!!」


言葉も逆走しているので何を言っているか分からなかった。そのまま台所まで歩き、台所から出ると、男は後ろ向きに走り出し、ホワイトボードの「たすけて」をペンでなぞって消していた。


男は彼を怖がっているようであった。彼の姿を見てビクビクしていたからだ。彼は男を可哀想に思って、とりあえず大きな棚に隠れて男の視界に入らないようにした。彼が隠れきる寸前に男は驚いた表情をし、完全に隠れた時は何事も無かったような安心した表情で後ろ歩きでドアに辿り着き、前向きに返ってドアを開け、再び後ろ歩きで出ていった。


男が出ていくのを確認して、彼はふと、もう一つの疑問に悩んだ。自分は一体誰なのだろう。記憶がない。そもそも妙な服装である事に気付いた。かなり汚れているが、白いシャツに白い長ズボン。ズボンによく見るとロゴマークが印刷され、よく見ると以下の文字が印字されていた。


「ヘドモリ生物科学研究所」


ヘドモリ生物科学研究所…聞いた事のない名前だ。だが、そこで自分が何か分かるに違いない。彼はドアを開け、街を出た。


街の人々は皆後ろ歩きをしていた。考えてみれば時間が逆走してるからだが、彼の意識ではその“自覚”は無かったため、どうも奇妙に感じた。


彼は三日三晩研究所を探した。道を聞こうにも言葉が逆なのでどうしようもなく、自力で探すしか無かった。不思議な事に時間が経てば経つ程服は綺麗になった。だから服が完全に綺麗になった時研究所が見つかるに違いないと彼は希望を抱いた。考えてみれば、過去に遡っているので希望と言う言葉も妙だが。


そして、三日目、とうとう発見した。ここだ。「ヘドモリ生物科学研究所」小さな研究所だ。彼は入口に入った。


彼は研究所内をひたすら歩き続けた。いや、気持が高ぶっていて走っていた。廊下は薄暗い。


そしてとうとう光が見えた。彼はそれに向かって突っ走った。


その部屋は彼の服と同じく真っ白であった。彼は三度目に見回した。ここはどこだろう。


やがてンォォウと言う轟音と共に、ドアが自動で閉まった。あっと思った途端に全身に拘束具が装着され、身ぐるみを剥がされた。そして体のあちこちにチューブを押し込まれ、地面から水が湧き出た。水はやがて部屋を満たした。彼は気付いた。自分はクローン人間だったのか…やがて脳内に電気が送られ、これまで学習していた全ての記憶、科学、社会、言語などが消去された。そして何が何だか分からない内に意識が混濁し、そのまま彼は無へと還った。




*




ヘドモリ博士は嘆息した。学習装着で学習させ、服を着せ、拘束具を外して準備は万全だと思っていたのに、突然クローン人間は後ろ向きに走って研究所を脱走した。


以来行方が分からなくなったので警察に届けた所、警察はむしろ危険と判断し、指名手配のような人相書があちこちに貼られた。一応「探しています」とは書いているが、「試作段階のクローン人間のため凶暴かもしれない」とも書いていたので、だれも見たとしても捕まえようとしない。


やがて、クローンの彼が見知らぬ人の家で殺人をし、花瓶に頭をぶつけて死んでいるのを発見された。監視カメラの記録を見ると、驚愕の映像が写されていた…それは博士の目にはこう見えた…


家に錯乱したクローン人間が侵入し、隠れている。そこに家の所帯主が入ってきた。所帯主はクローン人間を見て、あの指名手配の男だ!と怯える。クローン人間は錯乱したまま後ろ向きで追いかけてくるので所帯主はとっさにホワイトボードに向かった。だが何を書いていいか分からず「たすけて」と書いた。それでも彼がやって来るので、「ころさないでくれぇぇぇ!!」と叫ぶ。だが彼は前向きに返って、所帯主の首を絞めて殺した。その後しばらくしてコップが落ちて割れた。その時クローンは正気に戻り、死体を見て「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ」と悲鳴を上げた。そして台所に向かい、怖くて「たすけて」を消した。そして箒とちり取りを持ってガラスの破片を掃除した。掃除用具を片付けた後、足の裏を見つめて罪滅ぼしにガラスの破片を踏んだ。それでも飽き足らず花瓶に頭をぶつけて死んだ。



この映像を見て博士は嘆息した。そして「また失敗だ。」と静かに言った。

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