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勇者として召喚された俺たちは“失敗作”として処分された――だが生き延びた俺たちは、世界の嘘を壊す  作者: 慈架太子


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8章【最終決戦】魔王は恋をして、そして死んだ

風が、止んだ。


それは自然現象としてのなぎではなかった。大気が、振動が、そしてこの戦場を支配していたあらゆる「意味」が、一瞬にして虚空へと切り取られたかのような断絶。

 燃え盛る王都の炎も、兵士たちの怒号も、鋼がぶつかり合う不快な金属音も。すべてが、再生を停止した映像のように、この世界から消失した。


「……何だ、これは」


リンデール王バッチが、生まれて初めて「理解の範疇を超えた事象」を前に、空を見上げた。

 国家という巨大なシステムを背負い、全知全能を自負していた彼の背筋を、冷たい違和感が這い上がる。理屈ではない。本能が、生存の限界を告げていた。


空が、歪んでいる。

 鏡面が割れるように光がねじれ、その裂け目から一人の影が静かに現れた。

 重力を否定するように、ゆっくりと降りてくる。音もなく、羽毛よりも軽やかに、地獄と化した戦場の中心に彼女は降り立った。


少女だった。

 夜を溶かし込んだような漆黒の髪。深淵を覗き込むような深い紫の瞳。

 彼女の纏う服には、返り血の一滴も、泥の汚れ一つも触れていない。硝煙の臭いさえ、彼女の数センチ手前で拒絶されているかのようだった。


だが、その場にいるだけで。

 カイも、セレスも、そして絶対的な「王」ですらも、指先一つ動かせなくなった。圧倒的な**「格」の差**。捕食者を前にした小動物の絶望に近い、根源的な恐怖。


「……誰だ、貴様は」


王が、震える声を絞り出す。

 少女は、小鳥が囀るように少しだけ首を傾けた。


「……知らないの?」


鈴を転がすような、柔らかい声。

 だが、その一言が発せられた瞬間、戦場の空気は絶対零度まで凍りついた。


「……ああ、そうか。今の人間は、私の名さえ忘れてしまったんだね」


王は一歩、踏み出す。国家の誇りを、自らの理を維持するために。

「貴様が何者であろうと、我が秩序を乱す存在は許さん。ただの人間ではないな」


少女は、悲しげに、小さく笑った。


「そうだね。人間は、私をこう呼んでいたかな」


そして。ゆっくりと、その名を紡ぐ。


魔王アストラ・ノクス


終焉の化身:次元を超える断絶

その一言で、世界が止まった。

 誰も、動けない。思考を巡らせる術さえ奪われる。

 歴史の教科書に記された、いにしえの破壊の象徴。空想上の怪異だと思っていた存在が、今、目の前で静かに呼吸をしている。


「……魔王……?」


リーヴが、掠れた声で呟く。彼女の持っていた氷の槍が、ただの木の枝のように頼りなく見えた。

「そんな……実在したというの……」

 セレスの声が、微かな震えを隠しきれずに宙に消える。


だが、その極限の圧死しそうな静寂の中で、カイだけが動けた。

 内側で渦巻く「適応」が、彼女の存在そのものに対応しようと絶叫を上げている。視線を外さない。外せば、二度と自分を取り戻せなくなるという確信があった。


「……お前が、アストラ・ノクスか」


カイの言葉に、少女は視線を向けた。

 紫の瞳と、カイの瞳が合う。その瞬間、戦場の風景が消失し、果てしない暗闇ノクスの中に二人だけが取り残されたような錯覚に陥る。


「……お前が、この世界を……壊すのか」


アストラは、カイをじっと見つめ、静かに頷いた。


「ああ。壊すよ。それが私の役割だから」


その声に、殺意はない。ただ、熟した果実を摘むような、当たり前の必然。


「全部、壊す。一欠片も残さず」


「……ふざけるなッ!!」


王の咆哮。

 国家という矜持が、彼に最後の一撃を強いた。

 バッチ王は、全魔力を剣に注ぎ込み、地を蹴った。

 速い。今までカイが見てきたどの攻撃よりも、どの魔法よりも最速。

 王の全存在を懸けた、一国の歴史そのものが凝縮された一撃。


だが。


「……え?」


王の剣は、アストラの数センチ手前で、まるで時間が止まったかのように静止した。

 物理的な障壁ではない。そこには壁など存在しない。

 ただ、王の振るった「力」という概念そのものが、彼女の領域に届くことを拒絶されていた。


「……無理だよ。その重さでは、私には届かない」


アストラが優しく言う。

 その一言で、誰もが理解してしまった。

 格が違う。次元が違う。

 アリが巨象を噛もうとするような、あまりにも虚しい試み。



アストラ・ノクスは、ゆっくりと周囲を見渡した。

 死体が積み重なり、血の海と化した戦場。

 憎しみ合い、殺し合い、己の正義を押し付け合う人間たち。

 勇者を召喚し、部品のように使い捨ててきた国家。


「……汚い」


小さく、呟く。

 その声に、怒りはない。ただ、深い、底の見えない悲しみがあった。


「こんな世界。……壊した方が、幸せだと思うよ」


一歩、彼女が踏み出す。

 その瞬間、世界から色が失われていく。

 見えない波動が戦場全体を覆い、すべての生命の灯火を静かに吹き消そうとする。


「……やめろ!!」


カイの叫びが、アストラの足を止めた。

 アストラは、不思議そうに振り返る。


「……どうして? こんな世界に残す価値なんて、もう一分子も残っていないのに」


問い。本気の、純粋な問い。

 アストラにとって、破壊は慈悲だった。汚れきった世界を終わらせることは、最上の救済なのだと信じている。


「君だって知っているでしょう? 仲間を奪われ、捨てられ、裏切られた。こんな醜い場所、消えてしまった方がいい理由なら、私よりも君の方が持っているはずだよ」


その言葉に、誰もすぐには答えられなかった。

 それは、カイたちが心の奥底に封じ込めてきた「絶望の正論」だったからだ。

 裏切り、差別、搾取。この世界を救う価値などあるのかと、何度も自問自答してきた。


「……あるんだ」


カイが言う。ゆっくりと、しかし一歩ずつアストラへと歩み寄る。


「まだ、ある。汚いだけじゃない。俺たちは、ここで生きている。守りたいものも、取り戻したい奴も……まだ、ここにいるんだ」


アストラは、目を細めた。

 興味。初めて、彼女の無機質な瞳に「好奇心」という火が灯った。


「……へえ」


少しだけ、口角を上げる。


「じゃあ。見せてよ」


アストラが、風のようにカイの目の前に現れた。

 触れられるほどの距離。だが、彼女の放つ静寂は、何よりも冷たく、鋭い。


「壊さなくていい理由を。私がこの世界ごと君を消す前に、その『価値』とやらを私に刻んでみて」


その瞬間、世界の命運がカイの肩にのしかかった。

 戦争は、王国の存亡という小さな枠組みを超え、**「世界の存在理由」**を問う最終段階へと突入した。


アストラ・ノクスの問いに対する答えは、まだ見つかっていない。

 だが、カイの「適応」は、すでに世界の終わりという絶望にすら、喰らいつこうとしていた。





世界が、あまりにも静かになりすぎていた。


数秒前まで轟いていた鉄の衝突音も、兵士たちの乾いた叫びも、すべてが分厚い真綿に包まれたように消失している。時間は止まってはいない。だが、この空間を満たす魔王アストラ・ノクスの絶大な魔圧が、因果のすべてを塗り潰し、静止画のような静寂を強制していた。


その中心に、二人の「例外」が向かい合っている。

 この世界のバグとして捨てられた少年、カイ。

 そして、世界の終焉を司る神の如き少女、アストラ・ノクス。



「……ねえ」


アストラが先に口を開いた。その声は、数万の軍勢を震え上がらせた冷徹な破壊者のものではなかった。放課後の教室で友人に語りかけるような、驚くほど穏やかで、透明な響き。


「本当に、私を止めるの?」


彼女の紫の瞳が、カイをじっと見つめる。そこには殺意も敵意もない。ただ、深い深淵のような孤独と、やり場のない「慈悲」だけが揺れていた。


「……止める。お前を、ここで」


カイは、震える脚を叱咤して答える。背後に控える仲間たちの魔力が、彼という回路を通じて流れ込んでいる。だが、目の前の少女が背負う「無」の質量に比べれば、それはあまりにも頼りない灯火に過ぎなかった。


「どうして? この世界が、どれほど醜く歪んでいるか、君は誰よりも知っているはずでしょう? 裏切り、搾取、勇者という名の生贄。……壊して、一度すべてを更地にした方がいいって、本当は分かっているんじゃないかな」


アストラの言葉は、真実だった。彼女は「正論」という名の暴力を、優しくカイに突きつける。

 カイは、否定しなかった。彼女の絶望に、自らの歩んできた泥濘を重ね合わせる。


「……分かってる。お前が言っていることが、この世界の残酷な正解だってことも」


一歩、踏み出す。全身の細胞が「逃げろ」と絶叫しているが、適応アダプテーションされた意志がそれをねじ伏せる。


「この世界が、どうしようもなく間違ってることも……全部、分かってるよ」


アストラの瞳が、わずかに驚きに揺れた。


「でも。全部壊したら……何も残らないんだ。俺たちが、ここで誰かと繋がったことも、あいつらと笑ったことも……全部、なかったことになる」


その言葉に、アストラは自嘲気味に、少しだけ笑った。


「残らなくていいんだよ。なかったことにするから、やり直せる。塵一つない真っ白なキャンバスに、もう一度だけ、綺麗な夢を描けるようにしてあげる。それが、私の愛なんだ」


あまりにも純粋で、あまりにも残酷な救済。それが魔王の「正義」だった。



「……違う。それは違うよ、アストラ」


カイは首を振る。


「今、ここにあるものを、傷跡さえも全部なかったことにするのは……救いじゃない。ただの拒絶だ」


静寂。風さえも動かない停滞の中で、カイの言葉だけが熱を持って響く。


「……優しいね。君は、本当に優しい」


アストラが呟く。


「でも、それじゃ何も変わらない。優しいだけでは、この強固な『理不尽』は塗り替えられないよ。君が私を止めても、また別の王が、別の国が、同じことを繰り返すだけ」


「変えてみせる。壊さなくても、根っこから変えてみせるよ」


言い切った。その瞳に宿る光は、王の前に屈した時のものではなく、自らの足で立つ「人間」の輝きだった。アストラはその光に、かつて自分が捨てたはずの「希望」という名の毒を見た。


「……できるの? そんな、神様にもできなかったことが」


初めて、彼女の声に幼い「弱さ」が混じった。最強の破壊者は、誰よりも世界を愛し、愛されたかった一人の少女に戻っていた。


「分からない。一人じゃ、絶対無理だ」


カイは、背後の気配を背負うように笑った。


「でも、やるよ。……いや、俺たちが、やるんだ」


沈黙。長い、永遠とも思える時間が流れる。

 戦場の兵士たちは、二人の会話の内容を理解していない。ただ、世界の命運がその二つの影の間に懸かっていることだけを感じ取っていた。


「……そっか。じゃあ」


アストラが、花が綻ぶように微笑んだ。


「止めてみて、カイ。私の絶望を、君の優しさで止めてみせて」



その瞬間、世界が再び動き出した。

 光が歪み、空間が悲鳴を上げて裂ける。魔王の真の力が、漆黒の奔流となってカイを飲み込もうと溢れ出す。圧倒的な終焉。

 だが、カイは逃げなかった。


「――行くぞッ!!」


踏み込む。

 アストラが、それを正面から迎える。

 物理的な衝突ではない。それは、世界を終わらせる「虚無」と、今を生きようとする「意志」の激突だった。カイの適応能力が、アストラの放つ破壊の波形を読み取り、瞬時に中和していく。仲間の魔力が流れ込み、カイの刃に七色の輝きを与えていた。


カイは突き進む。アストラの手から放たれる漆黒の雷に打たれ、皮膚が焼け、骨が軋みながらも、一歩、また一歩と距離を詰める。


「……どうして」


アストラが、驚愕と共に呟く。


「そこまでして、こんな醜い世界を……あんなに君を虐げた連中を、守るの?」


「……守りたいからだ。あいつらも、この世界にあるはずの明日も」


カイは血を吐きながら、至近距離で彼女を見つめた。


「……お前も、だ。アストラ」


その一言で、アストラの動きが、劇的に止まった。


「……え」


ほんの一瞬。神域の攻防において、致命的とも言える「隙」。

 カイの剣が、彼女の胸元へと突き進む。だが、カイは剣先を逸らした。

 彼は、彼女を斬りたかったわけではない。


「……やめろ。もう、いいんだ」


カイは低く、包み込むように言った。

 アストラは、静かにその剣先を見つめ、そして――悲しいほど、美しく笑った。


「……やっぱり、君は本当に、救いようがないくらい優しいね」


彼女は、自分から一歩近づいた。

 カイの剣先が、彼女の胸の防護をかすめる。


「それじゃ、私を殺せないよ? カイ。……でも、それでいい。それが、君の『例外』の理由なんだから」


アストラがそっと手を伸ばし、カイの頬に触れた。その掌は、氷のように冷たく、けれど雪解けの予感を含んでいた。


「……っ!?」


カイの目が見開かれる。

 アストラの身体から、放たれていた魔圧が急速に霧散していく。彼女は自ら、世界を守るための「鎧」を脱ぎ捨てたのだ。


「やめろ! 何をしてる!」


「……大丈夫。これでいいの。私ね……」


彼女は、少しだけ照れたように、年相応の少女のような表情を見せた。


「あなたが、好きだよ。カイ。私の絶望に、唯一触れてくれたから」


時間が、止まる。


「だから……あなたに任せるね。私の代わりに、この退屈な結末を書き換えて」


その言葉と同時に、カイの制御を離れた魔力の刃が、彼女の「核」へと届いた。

 抵抗を止めた彼女の身体を、まばゆい光が貫く。

 崩れていく。

 壊されるはずだった世界ではなく。

 ただ、世界に愛されなかった孤独な魔王の少女が。


「……ねえ。約束だよ」


光の粒子となって消えゆくアストラが、最後に耳元で囁いた。


「ちゃんと、変えてね。……壊さなくても、いい世界に。……私がいなくても、あなたが笑える場所に」


その声が、風に溶けて消える。

 光が天へと散り、戦場を覆っていた静寂が、ゆっくりと剥がれ落ちていった。


終章:未完の約束

何も残らなかった。

 魔王の玉座も、禍々しい影も、漆黒の魔力も。

 ただ、荒れ果てた戦場の中央に、カイだけが一人、空虚な手を伸ばして立っていた。


「……ふざけるな」


震える声。カイは、血の滲むほど強く拳を握りしめた。


「勝手に、俺に任せて……自分だけ消えるなんて、卑怯だろ」


だが、答えはない。

 空からは、彼女の瞳と同じ、深い紫色の夜が明けようとしていた。

 頬を撫でる風が、まるで彼女の最後の別れの挨拶のように、優しく吹き抜ける。


「……ああ、やるよ」


カイは、涙を拭い、高く澄み渡る空を見上げた。


「約束する。お前が壊そうとしたこの醜い世界を、俺が最高の場所に変えてやる。……お前が、生まれてきてもよかったって思えるくらいにな」


静かに、しかし鋼のように硬い誓い。

 戦争は、終わった。

 王国の権威は失墜し、魔王の驚威も去った。

 だが、カイたちの、そしてこの世界の物語は、ここから「再生」という名の第二幕を迎えようとしていた。


カイが振り返ると、傷だらけの仲間たちが、不安と期待を混じらせた表情で彼を待っていた。

 「勇者」でも「廃棄物」でもない、ただの「人間」としての戦いが、今ここから始まる。





【最終戦績:魔王戦終結】


被害状況: 王都の三割が焼失。王国軍は事実上の解体。


カイ一行: 全員生存。ただし精神的・肉体的な疲労は極限。


魔王アストラ・ノクス: 消滅。その意志はカイへと託される。






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