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勇者として召喚された俺たちは“失敗作”として処分された――だが生き延びた俺たちは、世界の嘘を壊す  作者: 慈架太子


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5章【崩壊】信頼は裏切られる――仲間を失った夜

夜明け前、世界はもっとも深い紺色に包まれていた。


空はまだ暗く、星々の光も湿った大気に飲み込まれようとしている。だが、東の地平の端だけが、剃刀で切り裂いたような細い白みを帯び始めていた。


森の廃墟に、眠っている者は一人もいなかった。

数時間前まで彼らを温めていた焚き火は、今や冷たい灰の山となり、時折吹く風にさらわれて音もなく崩れていく。


カイは、ただ一人で立っていた。

微動だにせず、東の空を凝視している。その拳は、爪が食い込むほど強く握りしめられ、裂けた皮膚から滲んだ血が乾いて黒い染みを作っていた。それでも、彼は拳を解かない。解いてしまえば、自分の中の何かが決壊してしまいそうだったからだ。


――守れなかった。


その事実が、呪いのように脳裏にこびりついて離れない。

裏切りの渦中で、恐怖に瞳を濁らせていたミーナの顔。震える唇から漏れた、助けを求めるような、あるいは絶望を悟ったような細い声。


「……くそ」


小さく、呪詛のように吐き出した。

熱い悔しさと、王国への激しい怒り。そして何より、土壇場で迷いを見せた自分自身への、殺意に近い後悔。それらがどろどろに混ざり合い、胃の奥で鉛のように重く沈んでいる。


「まだ立ってるのか。……寝ておけと言ったはずだが」


背後から、低く地響きのような声が届いた。

カイは振り返らなかった。声の主が誰であるか、今の彼には気配だけで手に取るようにわかる。新しく開発した索敵魔法**“サーチ(探天眼)”**が、無意識のうちに仲間の位置を正確に捉えていた。


「……ガルドか。寝てろよ。明日は歩くことになる」


「無理だな。こんなしけた面をした大将を置いて、一人でいびきをかけるほど、俺の神経は太くない」


ガルドが隣に並び、大きな斧を地面に突き立てた。

少し遅れて、影を連れるようにリーヴ、セレス、ユークスが現れる。

全員だ。誰も、一睡もしていない。


「……お前ら。寝てないのか」


「あなたが起きているのに、私たちが寝られるわけないでしょう」


セレスが、少しだけ呆れたような、それでいて労るような笑みを浮かべて言った。その笑いは決して軽くはない。仲間を失った夜を越えた者だけが持つ、痛みを共有した者の顔だった。


カイは、ゆっくりと肺の空気をすべて吐き出した。

そして、逃げることなく全員の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「……悪かった。俺の判断が、すべてを誤らせた」


言葉にする。それは、自分自身に刻み込む儀式でもあった。


「マーガレットを信じ、土壇場で躊躇した。その結果、ミーナを失った。……この責任は、すべて俺にある」


沈黙が流れた。

夜明け前の冷たい風が、彼らの間を通り抜けていく。

やがて、リーヴが氷の長槍を強く握り直し、凛とした声で問いかけた。


「……分かっているわ。だから、カイ。ここからどうするの」


問い。

逃げ場のない、リーダーとしての覚悟を問う言葉。

カイは、一度だけ短く目を閉じた。暗闇の中に、ミーナの笑顔が浮かび、すぐに王国の冷酷な鉄格子のイメージに書き換えられる。

再び目を開いた時、その瞳からは一切の迷いが消えていた。


「……取り戻す。必ず、ミーナを俺たちの手に」


一歩、湿った土を踏みしめる。


「だが、それだけじゃない。……そのために、これからのやり方を変える」


場の空気が一変した。

セレスが目を細め、静かに先を促す。「具体的に、どう変えるつもり?」


「俺が決める。……これからの判断、進むべき道、そして誰を救い、何を壊すか。全部、俺が責任を持って決める」


重い宣言だった。

ガルドが、驚いたように眉を上げた。


「責任を、全部一人で背負うってのか。失敗すれば、また俺たちから罵られることになるぞ」


「そうだ。判断も、失敗も、その果てに来る報いも、全部俺が持つ。……もう、迷わない」


その言葉は、昨日までの「みんなで相談しよう」という甘い連帯とは違っていた。それは、血を流し、泥を啜りながらも先頭を走り続ける「王」あるいは「将」としての覚悟だった。


「……じゃあよ、大将」


ガルドが不敵に笑い、鋭い問いを投げかける。


「次、また昨日と同じ状況になったらどうする。仲間か、効率か。二つに一つしか選べない瞬間が来たら、あんたはどう動くんだ」


カイは、一瞬の澱みもなく答えた。


「助ける。俺は、仲間を捨てない」


だが、彼はそこで言葉を切らなかった。


「ただし。……助けるために、他の何かを、あるいは他国を、あるいは世界そのものを捨てる判断もするだろう。全員を救えないという残酷な現実が来た時、“どこで線を引くか”は、俺が独りで決める」


セレスの目が、わずかに動いた。

矛盾している。理想と冷酷さが、一つの言葉の中に同居している。


「……酷いエゴイズムね」


「分かっている。でも、誰もが正しいままでいられないなら、俺が一番の悪人になって、全員を連れて行く。それが、俺の“適応”だ」


その言葉に、全員が息を止めた。

重く、鋭く、しかしこれ以上なく誠実な決意。

誰も救われない世界なら、自分がその理を書き換えるという狂気。


「……いいわ」


最初に頷いたのは、リーヴだった。

彼女は騎士として、カイのその「強引なまでの覚悟」に、ある種の気高さを見た。


「ついていくわ。……あなたの背中が、地獄へ向かっていたとしても」


「責任全部背負ってくれるなら、俺は文句はねえ。あんたの命令に従って、ハンマーを振るうだけだ」


ガルドが豪快に笑い、斧を肩に担いだ。

セレスも、肩をすくめながら小さく呟く。


「非効率的で、極端。……でも、そんな無茶なやり方、嫌いじゃないわ。あなたの思う通りに、世界をひっくり返してみなさいよ」


ユークスが、影の中から一歩前に出た。


「守る」


短い一言。だが、その結界魔法には、今や無限の魔力と、カイへの絶対的な信頼が込められていた。


カイは、深く息を吐いた。

胸の奥に澱んでいた重苦しい感情は消えていない。むしろ、責任という名の重圧は以前より増している。だが、不思議と足取りは軽かった。仲間の視線が、今の彼を支える強固な背骨となっていた。


「……行くぞ」


カイが振り返る。

東の空が、劇的な速さで白んでいく。

夜が終わる。


「次は、負けない。リンデール王国に、俺たちの存在を後悔させてやる」


その力強い言葉に、四人がそれぞれの武器を掲げて応えた。

一度壊れ、歪んだ関係は、もう元通りにはならない。だが、それは火に焼かれ、槌で叩かれた鋼のように、前よりも鋭く、強靭に鍛え直されていた。


昇る朝陽が、カイの横顔を照らし出す。

その瞬間、カイは初めて。

王国の「都合」で呼ばれた子供ではなく、自らの意志で荒野を拓く、本当の意味での「リーダー」として、その先頭に立った。


【状況確認:サーチ(探天眼)展開】

カイの脳内に、目覚めゆく森の情景が流れ込む。

追っ手の気配はまだ遠い。だが、確実にこちらへ向かっている。

「まずは……一番近くの補給路をもう一度断つ。混乱の隙に、ミーナの移送ルートを特定するぞ」


反撃の第二幕が、今、始まった。







夜明け前の世界は、もっとも深い紺色に沈んでいた。

 風は止まり、木々のざわめきさえも凍りついたかのような静寂。廃墟の焚き火が爆ぜる音だけが、カイの研ぎ澄まされた神経を叩く。彼は瞳を閉じ、自身の内側で渦巻く「適応」の力を、新たな術式へと編み上げていた。


「二度と、取りこぼしはしない……」


カイはまず、セレスから得た「水属性」の魔力を霧よりも細かく、不可視の微粒子として周囲に放った。空気中の湿気、草木の露、そして地表を流れる微かな水脈。それらすべてを己の感覚器官へと繋ぎ変える。

 さらに、そこへ「風」を混ぜ、大気の震動を拾う。次に「土」を練り込み、数キロメートル先を歩く足音の反響を立体化する。最後に「光」を統合し、闇に潜む熱源と影の輪郭を鮮明に描き出した。


広域高精度索敵魔法――“サーチ(探天眼)”。


カイの脳内には、半径五キロメートルに及ぶ森と街道の三次元地図が、高精細なホログラムのように投影されていた。

「……見つけた。北北東、街道を王都へ向かう隠密輸送部隊。中央、防壁を強化された二台目の馬車の中に、一際弱く、恐怖に震える魔力反応がある。ミーナだ」


カイの低く、地這うような声に、仲間たちがそれぞれの得物を握りしめた。

「リーヴ、左翼から。ガルド、正面。セレス、後方。……ユークス、全員を俺の魔力で保護しろ。障壁を最大出力で回せ」

「承知いたしました、カイ殿。騎士の誇りにかけ、今度こそ」

 リーヴが氷の槍を掲げ、凛とした声で応じる。

「ああ、大将。暴れ足りなくて身体が鈍ってたところだ!」

 ガルドが巨大な氷のウォーハンマーを軽々と回し、不敵に笑う。


「全員、身体強化アクセル、筋肉強化マッスル、同時展開。……行くぞ」


その瞬間、四人の影は重力を無視した爆発的な踏み込みで、森の闇を切り裂いた。



輸送部隊が異変に気づいたのは、先頭を走っていた騎兵が**「アイスバレット」**によって馬ごと氷の彫像と化した瞬間だった。


「敵襲ッ! 廃棄勇者の生き残りだ! 魔法騎士団、迎撃体制――」


叫ぼうとした隊長の喉に、カイが放った**「ボイルバレット」**が突き刺さる。超高温に熱せられた水の魔弾が、叫びを上げる隙すら与えず喉を焼き切った。


「邪魔だ。全員、塵一つ残さず沈め」


カイは両手を広げ、無限の魔力回路を全開にした。彼の周囲に、ありとあらゆる属性を宿した魔力の弾丸が浮遊し、次の瞬間、暴風のごとき勢いで射出された。


ファイアバレット:高熱の火炎が鎧を溶かし、騎士たちを焼き尽くす。


ウィンドバレット:目に見えない真空の刃が、馬車の装甲を紙のように切り刻む。


ストーンバレット & ソイルバレット:岩塊が頭上から降り注ぎ、逃げ場を求める兵士を大地に押し潰す。


ホーリーバレット & ダークバレット:聖なる光が視界を奪い、不浄な闇が背後から影を縛り上げる。


シャドウバレット & バインドバレット:影の蔦が騎士たちの自由を奪い、死の檻へと閉じ込める。


ウォーターバレット & スチームバレット:高圧の水が肉を穿ち、沸騰した蒸気が呼吸を奪い、肺を内側から破壊する。


それは魔法という概念を超えた、純粋な破壊の奔流だった。

 リーヴが氷のハルバートで残像を残しながら騎士の首を刎ね、ガルドのウォーハンマーが一撃ごとに馬車を木っ端微塵に粉砕していく。ユークスは音もなく現れ、結界で敵の魔法攻撃をすべて無効化しながら、短刻の隙を突いてダークバレットを眉間に撃ち込んだ。


カイは立ち込める白煙を突き抜け、ひっくり返った中央馬車へと辿り着いた。


「ミーナ!」


馬車の奥、重い枷を嵌められ、絶望に瞳を曇らせた少女が、信じられないものを見るようにカイを見上げた。


「……カ、イさん……?」


カイは瞬時に彼女の枷を魔力で粉砕し、その細い身体を抱き上げた。


「……出すぞ。次元収納ディメンション・ストレージ、展開」


カイの背後の空間が、不気味な黒い亀裂となって口を開く。

 それは、ライトノベルの知識を「適応」の力で具現化した、生物の生存をも保証する特殊な次元空間だ。カイはそこへ、傷つき、震えるミーナを優しく滑り込ませた。


「ここで眠っていろ。安全な場所に着くまで、お前を傷つけるものは、影一つ通さない」


守るべき対象を次元の揺りかごへ移した瞬間、カイの瞳から最後の一滴の慈悲が消えた。


「全員、離脱だ! 追撃の足をすべて折る!」



「逃がすな! 増援を呼べ! 王国の威信にかけて奴らを――」


背後から、王国の魔法騎士団による猛烈な魔法の雨が降り注ぐ。

 地を蹴り、木々を擦り抜け、自らの身体能力だけで活路を切り開く。


「身体強化アクセル、出力最大! 足が壊れても構わん、走れ!!」


カイは最後尾で、殿しんがりを務めながら魔弾を連射する。

 **「バインドバレット」が地を這い、追撃してくる騎兵の馬たちの足を絡め取る。「スチームバレット」と「アイスバレット」**を交互に撃ち込み、急激な温度差によって街道を霧で覆い尽くし、物理的に視界を遮断した。


肺が焼けるような呼吸。心臓の鼓動が耳の奥で爆音となって響く。

 筋肉が悲鳴を上げ、脚の骨が軋む。だが、**「筋肉強化マッスル」**によって無理矢理補強された肉体は、止まることを許されない。


転送のような「奇跡」に頼れないからこそ、一歩一歩が死への恐怖と、それを上回る生への執着に満ちていた。

 谷を飛び越え、川を渡り、数時間の強行軍を経て、一行はようやく王国の追っ手を完全に振り切った。辿り着いたのは、霧に包まれた深い谷底、かつて捨てられた者たちが隠れ住んでいたという洞窟だった。



洞窟の奥、ユークスが周囲に厳重な三重の結界を張り、リーヴとガルドが外周の警戒に就いた。

 カイは激しく上下する肩を落ち着かせ、虚空へと手をかざした。


「……出すよ」


次元の隙間から、ミーナの身体がゆっくりと具現化した。

 彼女はまだ、夢の中にいるかのように動かない。瞳を固く閉じ、身体は冷え切っていた。


「ミーナ……」

 セレスが駆け寄ろうとするが、カイが静かにそれを制した。


「まずは、こびりついた汚れを払う。……ピュリフィケーションバレット(浄化弾)」


カイの指先から、真っ白な、透き通るような光の弾丸が放たれた。

 それはミーナの身体に触れた瞬間、パチパチと不浄な音を立てて弾けた。地下牢の染み付いた悪臭、王国兵たちが無理矢理触れた不快な痕跡、付着した血や泥、そして彼女の心を縛り付けていた魔力封じの残滓。

 それらすべてが光の中に分解され、真っ白な霧となって消えていく。


汚濁を払い落とした後、カイはさらに穏やかで、濃厚な生命力を掌に練り上げた。


「ヒールバレット(癒やし弾)」


溢れんばかりの生命の輝きが、ミーナを包み込む。

 枷で擦り切れていた手首、逃走中に負った擦り傷、そして極限の緊張でボロボロになっていた彼女の精神回路が、無限の魔力によって急速に再構築され、癒やされていく。


「……ぁ……」


ミーナの長い睫毛が震え、ゆっくりと、恐る恐るその瞳が開かれる。

 そこには、トミーを失った時の絶望でも、囚われていた時の恐怖でもない、見慣れた仲間の姿があった。


「……カ、イ……さん……?」


掠れた声。

 カイは彼女の手を優しく握りしめた。


「ああ、俺たちだ。……遅くなって、すまなかった」


ミーナの瞳に、ようやく現実の光が戻った。

 彼女はカイの胸に顔を埋め、声にならない慟哭を上げた。それは、地獄から戻ってきた者が、初めて自らの「生」を確信し、安堵した瞬間の声だった。


カイは彼女の震える背中を抱き締めながら、冷徹な瞳で遠い王城の方角を見据えた。

 一人は取り戻した。だが、王国の罪が消えたわけではない。ミーナの流した涙も、トミーの遺した無念も、まだ何一つ清算されていないのだ。


「……行こう。俺たちの戦いは、まだ終わっていない」


無限に溢れ出す魔力を拳に込め、カイは次なる復讐の準備を始めた。

 捨てられた者たちの進撃は、いまや王国の喉元を喰い破るべく、その速度をさらに上げようとしていた。






夜は、まだ終わっていなかった。


王都の静寂を切り裂いたのは、悲鳴ではなく、空を焦がす爆炎の咆哮だった。一つ、また一つと、漆黒の天幕を突き破るように紅蓮の柱が立ち上がる。


第一の火――補給庫。 王国の心臓部たる物資が集積された場所。

第二の火――通信塔。 魔法的な伝達を司る中枢。

第三の火――中央兵舎。 騎士団の即応能力を支える拠点。


緻密に計算され、一分の狂いもなく実行された同時多発的な破壊工作。それは、逃亡者たちが投げた単なる「石」ではなかった。王国の首筋に突き立てられた、鋭利な「牙」そのものだった。



「……本当に、やりやがったな」


ドワーフのガルドが、熱を帯びた夜風に吹かれながら吐き捨てるように言った。その豪胆な顔に、いつもの余裕はない。握りしめられた氷のウォーハンマーの柄が、彼の高揚と緊張を証明するように軋んでいた。


カイは、燃え上がる王都の灯を無言で見つめていた。

もう、戻る道はない。

これまで、自分たちは「理不尽から逃げる弱者」でしかなかった。トミーを失い、死の淵を彷徨い、ただ生き延びるために泥を啜ってきた。だが、今この瞬間、自分たちはその境界線を踏み越えたのだ。


「これで……完全に敵ね。リンデール王国という、この世界の秩序そのものと」


セレスが、自身の指先に灯る微かな四属性の魔力を見つめながら呟く。その声には、震えと、それ以上の冷徹な決意が混じっていた。


「何を今更。最初から、奴らが俺たちを殺すと決めた時に終わっていた話だろ」


リーヴが氷の長槍を肩に担ぎ、不敵に笑う。だが、その瞳はかつてないほど鋭く、戦場を渡り歩いてきた戦士の「格」を漂わせていた。


「……いや、違う」


カイが静かに口を開いた。その声は低く、しかし燃え盛る王都の騒音を貫くほどの重みを持っていた。


「これまでは逃亡だった。だが、今からは違う。……これは、戦争だ」


戦争。その言葉が落とされた瞬間、周囲の空気が劇的に変質した。

「……は」とガルドが乾いた笑いを漏らす。「やっと言ったか、大将。反乱軍なんて可愛いもんじゃねえ、本気で国を獲りに行くってことだな」


「規模が違うわ。もう、個人としての恨みや復讐だけで済む話じゃない」


セレスが目を細める。カイは頷き、一歩前に踏み出した。


「ああ。だから、終わらせる。この歪んだ仕組みも、勇者を使い捨てにする思想も。……全部壊して、俺たちの場所を作る。それが、俺たちの『適応』の終着点だ」



同時刻、王城。

燃え盛る炎の照り返しが、窓を越えて玉座の間まで差し込んでいた。


「……三箇所、同時破壊。補給線に深刻な打撃、通信は一部遮断。兵舎の機能は三割低下との報告です」


伝令の騎士が膝をつき、声を震わせる。

リンデール王国の絶対者、バッチ・フォン・リンデールは、玉座に深く腰掛けたまま、その報告を淡々と聞き届けていた。激昂も、狼狽もない。その瞳にあるのは、ただの「事務処理」をこなす冷徹な管理者の光だった。


「想定内だ」


その一言に、部屋の空気が凍りついた。

「陛下、しかし、これは明らかな反逆……いや、テロでは……」


「違う」


バッチ王はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見下ろした。赤く染まる自国の都。それは彼にとって、愛すべき領土というよりは、盤面上の一つの事象に過ぎなかった。


「これは宣戦だ。異界から招かれ、廃棄されたゴミ屑どもが、我々という『神』に対して投げつけた挑戦状だ」


王は振り返る。その目に迷いはない。


「全面戦争に移行する。国内防衛ラインを再構築せよ。外縁部には増援を、そして――生き残っている勇者部隊を再編成し、即時投入する」


次々に飛ぶ命令。一切の躊躇なく、国という巨大な歯車が、殺戮のために回り始める。


「そして、帝国と教国へ通達せよ。共同作戦の要請だ」


側近たちが息を呑む。「……戦争が、大陸規模に拡大しますぞ」


バッチ王は、わずかに、冷酷な笑みを浮かべた。


「最初から、そのための『勇者召喚』だ。強すぎる個体を確保し、国家間の戦力を均す。管理下にない『例外』が現れたのなら、それは我々全員にとっての害悪でしかない。……徹底的に、塵も残さず排除せよ」



カイたちは、すでに移動を開始していた。

燃え盛る王都を背に、闇の深い森へと再び消えていく。


「……来るわね。確実に、これまでとは次元の違う軍勢が」


セレスが索敵魔法を維持しながら、低く呟く。

「ああ。次に来るのは、ただの騎士団じゃない。俺たちと同じ『勇者』の力を持った連中も含まれるだろうな」


リーヴが頷く。ガルドは笑い飛ばした。

「いいじゃねえか。相手が誰だろうと、やることは変わらねえ。俺たちは、俺たちのために戦うだけだ」


ユークスが、影のようにカイの隣に並ぶ。「……守る。カイの意志を」


カイは、ふと空を見上げた。

東の空から、夜を終わらせる光が差し始めている。だが、その先にあるのは、平和でも安息でもない。血と鉄、そして魔法が吹き荒れる地獄そのものだ。


「……来いよ」


カイは、小さく、しかし確固たる決意を込めて呟いた。


「全部、受けてやる。その上で、お前たちの理不尽をすべて叩き壊してやる」


その瞳には、夜明けの光よりも鋭い、復讐と変革の輝きが宿っていた。

もはや、逃げる必要はない。

止まることもない。


――リンデール王国全土を揺るがす、真の戦争が始まった。






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