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勇者として召喚された俺たちは“失敗作”として処分された――だが生き延びた俺たちは、世界の嘘を壊す  作者: 慈架太子


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3章【覚醒】俺たちは“弱者”じゃない――そして世界の違和感へ

それは、静寂という名の暴力だった。



森は、静かすぎた。

 頭上では風が吹き抜け、葉も確かに揺れている。だが、そこにあるはずの鳥の囀りも、虫の羽音も、一切が死に絶えたかのように消失していた。


「……止まって」


セレスが低く、鋭い声を上げた。彼女の「風」の感応が、大気の不自然な淀みを察知したのだ。

 全員の足が止まる。

 カイは目を細め、周囲を見渡した。前方には補給路の荷馬車が残した深い轍が続いている。だが、そこには運搬兵の足跡も、生活臭も、一切の「人の気配」が感じられなかった。


「……気配が薄すぎる。まるで切り取られた空間のようだ」


氷の長槍を構えた女性騎士、リーヴが呟く。彼女の戦士としての本能が、皮膚を刺すような違和感に警鐘を鳴らしていた。


「罠だな」


ガルドが短く断じ、巨大な氷のウォーハンマーの柄を強く握りしめる。ユークスは無言で周囲に意識を広げ、魔力の壁が多層的に張り巡らされていることを突き止めた。

 圧がある。見えないだけで、そこに「いる」。それも、これまでの追っ手とは比較にならないほどの練度を持った個体が、確実に。


「……引くか?」


セレスが不安げにカイを見た。今ならまだ、森の深淵へと引き返せる。深追いしなければ、全滅は避けられるだろう。

 だが、カイは一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。


「……いや。行く」


その一歩に、迷いはなかった。


「向こうも、俺たちを“試してる”んだ。ここで逃げたら、包囲網はさらに狭まり、次はもっと厄介な状況で戦わされることになる。今、ここで穴を開ける」


沈黙。セレスが覚悟を決めたように短く息を吐き、リーヴが剣を抜いた。

「最初からそのつもりだ」とガルドが不敵に笑い、ユークスが一歩前に出て「防ぐ」と宣言した。


決まった。

 カイがもう一歩、境界線を踏み越えたその瞬間。


「――かかったな」


冷徹な声が、木霊した。

 前方の木陰から、幻影が晴れるように姿を現したのは、第一王子アルベルトだった。それと同時に、左右、背後、頭上。二十人の精鋭騎士たちが、完璧な包囲陣を敷いて立ち塞がった。


「見事だ。ここまで誘導するのに、少々手間がかかったぞ」


アルベルトはゆっくりと歩み寄ってくる。周囲の兵に無駄な動きはない。一人が動けば全員が連動する、一個の生物のような完成された布陣。


「逃げ場はない。チェックメイトだ」


アルベルトの断定。カイは周囲を観察する。数、配置、間合い。確かに、騎士道の常識、戦略の定石に照らせば、完全に「詰んで」いる状況だった。


「……だろうな」


だが、カイの声は微塵も揺れなかった。


「じゃあ、どうする? 降伏するか?」


アルベルトが問う。その瞳は、獲物が絶望に染まる瞬間を楽しもうとする観察者のそれだった。

 カイは、深く息を吐き出し、そして不敵に口角を上げた。


「……簡単だ。全部、壊して帰る」



「は?」


アルベルトの眉がわずかに動いた瞬間、カイの声が爆ぜた。


「――動け!」


世界が、弾けた。

 詠唱はない。トリガーワードもない。あるのは、カイと仲間たちの間に流れる、無限の魔力による意思の共有だけだ。


「ウィンドバレット・マルチバースト!」


セレスが両手を広げると、視界を遮るほどの激しい突風の弾丸が四方に放たれた。敵の視界を歪め、弓兵の狙いを狂わせる。


「多重結界:アイギス!」


ユークスの足元から展開された半透明の障壁が、降り注ぐ矢の雨を完璧に弾き飛ばす。


「行け、リーヴ! ガルド!」


カイの号令と共に、二人の前衛が爆発的な踏み込みを見せた。

「身体強化アクセル」と「筋肉強化マッスル」が、彼女たちの限界を突破させる。

 リーヴが氷のハルバートで前線を切り裂き、ガルドが巨大なウォーハンマーで大地を叩き割る。


「なっ……!?」


精鋭と呼ばれた騎士たちが、その異常な機動力と破壊力に動揺を見せた。


「……甘い!」


カイは一点を見据え、踏み込む。

 “適応”が全速で回転し、敵の包囲網のわずかな綻び――連携の繋ぎ目にある「穴」を特定した。


「そこだ! 一点突破!」


カイの右手から、ありとあらゆる属性弾が乱射される。

「ファイアバレット! アイスバレット! ホーリーバレット!」


防御を捨て、速度を上げる。刃が交錯し、火花が散り、血が舞う。だが、カイたちは止まらない。

 リーヴの斬撃が敵の盾を砕き、ガルドが放つ「ストーンバレット」の礫が敵の機動力を奪う。


「押し切る!」


リーヴが叫び、ユークスが敵の反撃を障壁で受け止める。セレスが「スチーム」を発生させて敵の包囲を攪乱し、逃げ道を作る。

 カイがその先頭に立ち、指先から最大の魔力を込めた。


「ボイルバレット・ノヴァ!」


高熱の魔弾が爆発し、包囲の一角を焼き払った。


「……抜ける!」


その一言と共に、六人は騎士たちの包囲網を紙細工のように突き破り、森の外へと飛び出した。



追撃は来ない。来れないのだ。

 カイたちの放った属性弾の雨と、予想外の突破力に、精鋭たちは陣形を立て直すことすらままならなかった。


十分な距離を取って、ようやくカイたちは足を止めた。

 全員の呼吸が荒い。だが、誰一人として欠けることなく、全員が生きている。


「……やったな。あいつらの度肝を抜いてやったぜ」


ガルドが肩で息をしながら笑う。

「ギリギリだったわ……でも、魔法が一度も途切れなかった。本当に無限なのね」

 セレスが自分の掌を見つめ、高揚感に震えていた。


カイは静かに振り返った。

 森の奥。木々の影から、アルベルトがこちらを見つめているのがわかった。

 そこに怒りはなかった。あるのは、剥き出しの「興味」と、冷徹なまでの「観察」の目。


「……なるほど。これが“例外”か」


アルベルトは小さく呟いた。彼の目は細められ、獲物を狩る喜びよりも、未知の数式を解き明かそうとする学者のような、狂気的な熱を帯びていた。


「面白い。駒ですらなかったゴミが、盤面をひっくり返そうとしているか」


カイは、その視線を真っ向から受け止めた。

 理解している。これは、ただの小競り合いの終わりだ。

 これから始まるのは、リンデール王国の「都合」という名の理不尽を、自分たちの「適応」という名の現実で塗り替える戦争だ。


「……次は、確実に潰す」


アルベルトの無機質な声が風に乗って届く。

 カイは短く、こう答えた。


「来いよ。……全部、返してやるから」


風が吹き抜け、森の静寂が再び戻る。

 だが、その静寂は以前のものとは違っていた。

 戦争が、一段階上がった。

 捨てられた者たちの逆襲は、いまや王国の喉元へと、確実に届こうとしていた。





地下最奥へと続く階段は、降りるごとに空気の温度を奪っていった。

 書庫の空気は、石造りの冷たさと、積もり積もった埃、そして何世紀もの間、光を拒絶してきた時間の澱みが混ざり合い、肺に重くのしかかる。


「……ここだわ」


セレスが足を止めた。

 突き当たりにあるのは、鈍い光を放つ巨大な鉄の扉。そこにはリンデール王国の紋章が刻まれ、幾重もの魔法封印と、赤い封蝋がこれでもかと施されていた。


「厳重すぎるな。まるで、中に生きた化け物でも閉じ込めているようだ」


ガルドが低く唸る。彼の持つウォーハンマーの柄が、緊張で軋んだ。


「それだけ“見せたくない”ってことだ。王国の光り輝く歴史の裏側にある、どろどろとした泥をな」


カイは短く答えた。

 彼らには鍵など必要ない。今のカイの魔力は、王国の法も物理的な障壁も、紙細工のように無効化できる。


「壊すぞ」


ガルドが一歩前に出た。身体強化を乗せた一撃が、扉の蝶番を、そして封印の術式を根底から粉砕する。

 鈍い轟音と共に、封印が割れ、扉がゆっくりと、しかし重々しく開いた。


部屋の中は、驚くほど整然としていた。

 乱雑に積み上げられた資料を想像していたが、そこにあったのは、無機質なまでに整理された記録室だった。隠す気はあるが、捨てる気はない。王国にとって、ここは「恥部」ではなく「資産の目録」なのだ。


「……帳簿?」


ミーナが棚に並ぶ分厚い冊子を見て、震える声で呟く。

 年代ごとに、色褪せた背表紙が並んでいる。セレスがその中から、一際古く、かつ重厚な一冊を抜き取った。

 表紙には、金文字でこう記されていた。


――勇者運用記録――


その言葉を目にした瞬間、全員の間に死のような静寂が流れた。



「……開けるわよ」


セレスがページをめくる。指先が微かに震えていた。

 そこには、冷徹なまでの事務的な文体で、かつてこの世界に呼ばれた「前任者」たちの記録が羅列されていた。


召喚第十五期:総数二十七名


成功例(兵器化適正:高):五名


適正不足(能力低位):九名 ―― 「即時処分」


危険個体(反抗意志):八名 ―― 「解体、研究素材へ」


処分合計:五名(再利用不可)


沈黙。

 誰もが、自分の足元が崩れていくような感覚に陥った。


「……人間だぞ。俺たちと同じように、自分の世界で生きていた人間だぞ」


ガルドが拳を握りしめ、石床を叩きつけた。


「王国にとっては、人間じゃないのよ。ただの“資源”として扱ってる。それも、替えの効く、質の不安定な資源としてね」


セレスの声は、冷徹に努めていたが、その奥底にある激しい嫌悪までは隠しきれなかった。

 カイがページを奪うようにめくる。さらに奥、信じがたい事実が記されていた。


「……これは」


項目の見出しが、これまでとは異質なものに変わる。


対外譲渡記録


帝国バルガスへ三名:魔法技術供与の対価として。


教国ルミナスへ二名:聖遺物貸与の担保として。


一瞬、思考が止まった。


「……は?」


ミーナが掠れた声を漏らす。


「他国へ……譲渡? 勇者を、売ったっていうの?」


リーヴが氷の槍を握り直し、憎しみを込めて呟く。


「勇者を……拉致してきた民を、まるで家畜か奴隷のように、国同士の外交のチップに使っているのか」


カイは無言で、さらに奥の隠し資料へと手を伸ばした。

 そこには、最も悍ましい「実験」の記録が遺されていた。


勇者適性統合試験(プロジェクト:キメラ)


趣旨:勇者同士の魂を融合させ、単体での出力を限界突破させる。


生存率:低。


成功例:なし。


検体No.102~145:処分済み。


消された名前。塗りつぶされた個人の記録。

 そこに並んでいるのは、ただの「失敗作」のナンバリングだった。


「……これ、全部……」


ミーナが、思わず口を覆って膝をつく。


「最初から」


カイが、静かにページを閉じた。

 怒りは、もはや限界を超えて、真空のような虚無へと変わっていた。


「俺たちは“勇者”じゃない。異世界から部品を取り寄せ、魔力という燃料を詰め込み、気に食わなければ廃棄し、欲しがる者に売り飛ばす。……ただの、兵器だ」



重く、逃げ場のない現実が六人を包む。

 その時、リーヴが、今まで疑問に思っていた、しかし口に出せなかった問いを漏らした。


「……じゃあ、魔王は。魔王アストラ・ノクスは……一体、何を壊そうとしているの?」


誰も答えられない。

 だが、この書庫にある真実を知ってしまった今、魔王という存在の意味が、全く異なる色を帯びて見えてくる。


魔王アストラ・ノクス。

 女であり、この世界の「理」そのものを憎んでいるとされる、漆黒の破壊者。彼女が率いる魔王軍は、ただの略奪者ではなかった。彼女たちは、人間たちの作り上げた「国家」という名の搾取構造を、物理的に粉砕し続けてきた。


「……全部だろうな」


カイが言う。ゆっくりと、その言葉の重みを確かめるように。


「この王国も、帝国も、教国も。勇者を拉致し、英雄と呼びながら魂を弄び、世界を管理するために生命を磨り潰す……この世界そのものを、彼女は壊そうとしているんだ」


その時、常に冷静だった魔族のユークスが、静かに、しかし断定的に口を開いた。


「……合理的だ」


全員が振り返る。ユークスの瞳には、冷徹な分析の結果が浮かんでいた。


「この世界の構造は、根底から歪んでいる。他者の犠牲なしには維持できない平和。召喚という拉致の上に成り立つ繁栄。……これを維持する方が、異常だ」


否定できる者は、ここにはいなかった。

 自分たちが「救うべき」だと言われてきた世界は、その実、最も醜悪な加害者たちの巣窟だったのだ。


カイは、長く、重い息を吐き出した。


「……ああ」


認めてしまう。

 自分がこの世界に来てから感じていた違和感、そしてリンデール王に抱いた、生理的なまでの嫌悪の正体。


「正しいよ」


魔王アストラ・ノクスが、世界を“壊す”と言ったその理由が、今は誰よりも理解できてしまった。

 それは、正義感ではなく、生存本能に近い「正しさ」だった。


カイの胸の中で、怒りとは別の、昏い決意が鎌首をもたげる。

 

 王国に捨てられた「外れ」の自分たち。

 世界に捨てられた「魔王」。


どちらが化け物で、どちらが英雄か。

 そんな子供騙しの定義は、この書庫の埃と共に消え去った。


「行こう。……俺たちが何をすべきか、もう迷う必要はなくなった」


カイが振り返ると、仲間たちの瞳にも、迷いを捨てた鋭い光が宿っていた。

 王国の「都合」で始まったこの物語は、今この瞬間、世界の「崩壊」へと舵を切った。


彼らが次に壊すのは、補給線でも騎士団でもない。

 勇者という名の生贄を要求し続ける、この世界の「システム」そのものだ。


地下書庫を去る彼らの背中に、もはや「勇者」の面影はなかった。

 それは、かつて神に見放された星々が、夜を終わらせるために放つ、冷たく鋭い「 Nox(闇)」の輝きに似ていた。





夜は、深かった。

 厚い雲が月を覆い隠し、森の深淵には一筋の光さえ届かない。視界はほとんど利かず、手を伸ばせば闇に吸い込まれそうな錯覚に陥る。


だが、この不吉な静寂こそが、この場所を選んだ理由だった。


「……遅いな」


ガルドが低く、地響きのような声で呟いた。その手に握られた氷のウォーハンマーからは、微かに冷気が立ち上っている。苛立ちはないが、全身の神経は極限まで尖らされていた。


「まだ約束の時間内よ。……焦らないで」


セレスが静かに返す。彼女の周囲には、目に見えないほど微細な「風」の渦が展開されており、草木の揺れ一つ逃さず索敵を続けていた。


カイは何も言わない。ただ、闇が最も濃い森の奥をじっと見つめていた。

 “内部協力者が接触してくる”

 それが、リスクを承知でこの場所に来た理由だ。だが、この世界で「正義」や「忠誠」を謳う者たちを、今更信用などできるはずがなかった。


――不意に、大気が震えた。


「来た」


セレスの囁きと同時に、闇の中から一つの影が滲み出した。

 足音はほとんどない。気配を消す術に長けた、無駄のない動き。深いフードを被ったその人物は、カイたちから一定の距離を保ったまま、彫像のように足を止めた。


「……それ以上近づくな。動けば、その首を氷の槍で貫く」


リーヴが鋭く言い放ち、氷のハルバートの穂先を向けた。ユークスの多重障壁が、カイたちの周囲を音もなく囲い、物理的な攻撃を完全に遮断する。


影は、動かなかった。


「……警戒は当然だ。君たちが受けてきた仕打ちを考えればな」


低く、落ち着いた女の声だった。


「だが、私は殺し合いに来たのではない。話を……取引をしに来た」


カイが一歩、障壁の縁まで前に出る。


「名乗れ」


一瞬の沈黙。

 そして、影は迷いのない動作でフードを後ろに跳ね上げた。



現れたのは、二十代後半と思われる、意志の強そうな瞳を持つ女だった。

 整った顔立ちは凛々しくもあるが、その奥底には、拭いきれない深い疲労と、拭い難い嫌悪の色がこびりついている。

 彼女が纏っているのは、紛れもなくリンデール王国騎士団の正装。だが、その胸元にあるはずの王国の紋章は、刃物で無造作に削り取られていた。


「マーガレット。……王国騎士団に所属していた」


“いた”。

 過去形で語られたその一言に、ガルドが鼻を鳴らす。


「……裏切り者か」


「そうとも言えるだろう。否定はしない」


マーガレットは、その瞳を逸らさなかった。


「だが、君たちも同じだろう? 王国という名の巨大な偽善に、背中から刺された者同士だ」


皮肉ではない。ただの残酷な事実としての指摘。


「目的は何だ。俺たちに情報を流して、どうするつもりだ」


カイの問いに、マーガレットは懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。それをゆっくりと地面に置き、爪先でこちら側へ滑らせる。


「情報提供だ。次の、君たちに対する『完全掃討作戦』の計画書だ」


セレスが「風」の力で紙を手元に引き寄せ、視線を走らせる。


「……本物ね。隠密部隊の配置、攻撃開始時刻、指揮系統。私たちがこれまでに掴んでいた王国の動きと、寸分違わず一致しているわ」


リーヴが眉をひそめ、マーガレットを射抜くような目で見つめた。


「なぜだ。貴女は騎士だろう。王に剣を捧げた身で、なぜこれを我々に渡す」


マーガレットは少しだけ視線を地面に落とし、苦々しげに拳を握りしめた。


「……見たからだ。地下書庫の記録よりも、さらに生々しい地獄を。王都の郊外にある……“処分場”をな」


空気が、一瞬で凍りついた。


「そこには、君たちのように抵抗する力すら持たない子供も、女もいた。ただ『適性不足』という、あの王の勝手な物差し一つで、ゴミのように穴へ放り込まれていた。私は、それを見守る側の人間だった」


彼女の肩が、わずかに震えている。


「弱きを助けるのが騎士だと教わってきた。だが、私が守っていたのは、弱者を磨り潰して栄える腐った玉座だけだった。……もう、耐えられなかった」


マーガレットは再び顔を上げた。その目には、もはや迷いはない。


「だから、私は壊す側に回る。たとえそれが、騎士としての死を意味するとしてもだ」



沈黙が森を支配した。

 ガルドが疑わしげに鼻を鳴らす。


「綺麗事だな。一度手を汚した者が、いまさら聖人にでもなるつもりか?」


「聖人になれるなどとは思っていない。ただ、何もしないよりはマシだ。君たちが王国を揺さぶれば、それだけ救われる命があるかもしれない。……それだけだ」


リーヴがカイを見る。セレスも、ユークスも。

 この女を信じていいのか。それとも、これ自体がアルベルトの仕掛けた罠なのか。


カイは、“適応”を加速させ、マーガレットの発する魔力の揺らぎを読み取った。

 嘘はない。そこにあるのは、自己犠牲を伴う、剥き出しの贖罪の意志だけだ。


「……条件がある」


カイの言葉に、マーガレットの表情が引き締まる。


「最後まで、裏切るな。俺たちは一度捨てられた身だ。二度目は、容赦しない」


マーガレットは、わずかに、本当にわずかにだけ口角を上げた。


「それは、お互い様だ。私も、逃げる背中を守るつもりはない」


張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。

 味方でも、友人でもない。ただ、リンデール王国という共通の巨悪を撃ち倒すために、同じ方向を向いた「共犯者」。


「いい。一緒にやろう」


カイが頷いたその瞬間、マーガレットは深く、溜め込んでいた重圧を吐き出すように息を吐いた。


「……助かる」


その囁きは、殺気立った戦場には不似合いなほど、あまりにも人間らしかった。

 捨てられた勇者たちと、矜持を捨てた騎士。

 闇の中で交わされた契約は、王国の黄昏をさらに加速させるための、鋭い一撃となろうとしていた。


「作戦を練り直す。マーガレット、王城内部の構造についても聞かせてくれ。……ゴミ捨て場の逆襲は、ここからだ」


カイの声が、夜の森に冷たく響いた。



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