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勇者として召喚された俺たちは“失敗作”として処分された――だが生き延びた俺たちは、世界の嘘を壊す  作者: 慈架太子


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2章【逃亡】生きるために、俺たちは初めて人を殺した

森の静寂が、以前とは異なる意味を持ち始めた。


カイの脳内には、獲物を追い詰める猟犬ではなく、排除すべき標的としての騎士たちの位置が、光る点となって鮮明に浮かび上がっている。「適応」――そのスキルが、カイの感覚を周囲の環境へ、そして迫り来る死へと最適化させていた。


「あっちだ! まだ遠くへは……」

茂みを掻き分ける音。だが、その主が武器を構えるより速く、カイの指先が閃く。

魔力弾マジックバレット

不可視の弾丸が空気を切り裂き、次々と追っ手たちの眉間を貫いていく。それはもはや戦闘ではない。害虫を駆除するような、淡々とした作業だった。

狩る側と、狩られる側。その立場は、この森の深淵で完全に入れ替わっていた。


追っ手を一掃したカイは、森の奥深くにひっそりと佇む、崩れかけの石造りの廃墟に辿り着いた。そこには、息を潜めて震える仲間たちの姿があった。

「……カイなのか?」

血の滲む拳を握りしめていたガルドが、驚愕に目を見開く。リーヴ、セレス、ミーナ、そしてユークス。生き延びた数人の仲間たちは、全身を返り血で汚しながらも、静かな眼差しを湛えるカイを信じられないといった様子で見つめた。互いの生存を確認し、安堵の溜息が冷たい廃墟に漏れる。


カイは彼らの輪の中心に立ち、自身の内に渦巻く確信を言葉にした。

「みんな、聞いてくれ。俺たちは、王に言われたような『無能』じゃない」

カイの視線が一人ひとりと重なる。その瞬間、「適応」の波が彼らへと伝播し、仲間たちの瞳にも微かな魔力の光が宿り始めた。


「この“適応”という力は、俺一人だけのものじゃない。俺と繋がっている君たち全員と連動する能力だ。俺たちはこの世界を渡ったその瞬間に、魂の形が変わり、強制的に魔力に覚醒していたんだ。ただ、既存の鑑定器では測れなかっただけだ」


カイは自身の掌を見つめる。そこには、どれだけ消費しても枯れることのない、透明な力の奔流があった。

「さらに分かったことがある。俺たちの魔力は、使っても即座に最大量まで充填される。尽きることのない、無限の魔力だ」


ざわめきが廃墟に広がった。無限の魔力――それは、この大陸のどの英雄も、どの魔導師も持ち得ない、絶対的な矛盾の力。

「バッチ王は俺たちを『外れ』と呼び、トミーを殺した。だが、それはあの男の狭い基準に過ぎない」

カイの声には、王国への静かな怒りと、生き残った者たちへの強い連帯が混じっていた。

「この力があれば、俺たちはもう狩られるだけの獲物じゃない。リンデール王国の『都合』を、今度は俺たちの手で書き換えるんだ」


月明かりが差し込む廃墟で、切り捨てられたはずの若者たちの魂が、静かに、しかし熱く燃え上がり始めた。彼らの物語は、死の淵からの「適応」によって、今まさに真の幕を開けたのだ。





廃墟の奥、冷たい静寂の中でカイは仲間たちに向き直った。

「俺のいた世界には魔法なんてなかった。ただ、今は不思議と使い方がわかるんだ。みんなのことも教えてくれ」


その問いに、生き残った者たちが一人ずつ、押し殺した声で応じた。

「自分はエルフの騎士だ。大抵の武器なら扱える。王には、戦力値が足りないと切り捨てられたがな」とリーヴが言い、セレスが短剣を握り直す。「私は短剣と四属性(火・風・水・土)の魔法が使えるわ。……魔力が減らないなんて、まだ信じられないけれど」

「光と闇の治癒魔法が使えます。でも、近接戦闘はさっぱりで……」と震える声でミーナが続け、ガルドが重いウォーハンマーを地面に置いた。「ドワーフの職人だ。こいつが相棒だ」

「俺は魔族だ。結界魔法を使う」最後にユークスが短く告げた。


その瞬間、カイの内で“適応”が激しく脈動した。

 セレスの四属性、ミーナの光と闇、そしてユークスの結界。それらの魔力の構成式が、目に見える糸となってカイの内に流れ込み、定着していく。なぜか、一度も教わっていないはずの魔法の術理が、完璧に理解できた。界を渡った衝撃が、彼の脳をこの世界の理へと無理やり最適化させたのだろうか。今日初めて魔法に触れたというのに、それは既に手足の一部のように馴染んでいた。


「俺の“適応”は、仲間と連動する能力だ。俺たちがこの世界に降り立った時、魂は既に覚醒していたんだと思う。……それと、自分の体を見て確信したことがある」

 カイは、自身の内に渦巻く力の正体を仲間に説明した。

「俺たちの魔力は、どれだけ消費しても、使った瞬間に最大量まで自動的に再充填される。枯渇することがない、文字通りの『無限』だ」


リーヴが、セレスが、そして仲間たちが息を呑む。魔法使いが魔力切れを恐れず、騎士が永続的に強化魔法を纏い、治癒師が限界なく癒やしを振りまく。それは、リンデール王国が「勇者召喚」で求めていた規格品を、根本から破壊する絶対的な矛盾の力だった。


「トミーの死は無駄にしない。この力で、あの国の都合をすべて踏み潰してやる」


廃墟に集った「外れ」たちの瞳に、暗い決意の火が灯った。王国の都合で呼び出され、捨てられた彼らの逆襲が、ここから始まる。





廃墟の静寂を切り裂くのは、夜風の音だけではなかった。


石床に突き刺さった数々の武具が、月明かりを反射して青白く輝いている。それは、カイがセレスからコピーした「水属性」の魔力を極限まで圧縮し、瞬時に氷結・固定化させて作り上げた「死の結晶」だった。


氷の大剣、ハルバート、グレイブ、ランス、メイス、ウォーハンマー、そしてダガー。


これら一連の重厚な武具が、詠唱も、複雑な魔法陣の描画もなく、カイの指先から「産み落とされた」事実に、仲間たちは言葉を失っていた。単なる氷ではない。魔力によって密度を限界まで高めたその氷塊は、王国の誇る銀鋼の鎧さえも容易く粉砕する硬度を宿している。


「……信じられない。水魔法は形を維持するだけでも並大抵の集中力が必要なのに。これだけの種類の武器を、一瞬で、しかもこれほどの完成度で作り上げるなんて。カイ、あなたの脳内はどうなっているの?」


セレスが震える指先で氷の大剣に触れた。指先に伝わる極低温の刺激が、これが現実であることを否応なしに突きつけてくる。


「脳内というより、身体が『理解』しているんだ。セレス、君の魔力の流れをなぞるだけで、この世界の物理法則に魔力がどう干渉すべきか、最適解が浮かんでくる。……そして、これだけじゃない」


カイは掌を広げ、仲間たちに向けて魔力の波動を放った。それは物理的な衝撃ではなく、魂の深層に直接訴えかけるような、熱く鋭い奔流。


身体強化アクセル。そして、**筋肉強化マッスル**だ」


その瞬間、廃墟にいた全員の肉体に劇的な変化が訪れた。

 リーヴは、自身の思考速度が加速し、周囲の時間が緩やかに流れるような錯覚を覚えた。神経伝達を魔力で強制加速させる「アクセル」。一方でガルドは、太い腕の繊維一本一本が鋼鉄のワイヤーに置き換わったかのような、圧倒的な筋力の増幅を感じていた。出力を極限まで高める「マッスル」。


「……すごいな。この二つの強化魔法を同時に、しかもこれほどの高出力で維持できるとは。普通なら数分で魔力が枯渇し、廃人になるレベルの強化だぞ」


ドワーフのガルドが、愛用のウォーハンマーを軽々と振り回しながら唸った。だが、カイの表情に疲労の色はない。


「魔力切れの心配はいらない。俺たちが繋がっている限り、俺の『無限魔力』が君たちの回路を常に最大値で満たし続ける。どれだけ激しく魔法を使っても、どれだけ肉体を酷使しても、限界は来ない」


無限。その言葉の重みが、かつて「外れ」と切り捨てられた者たちの胸に、猛烈な反撃の灯を点した。


カイは次に、凛とした佇まいで氷の長槍を手に取っていた女性騎士、リーヴへ視線を向けた。彼女の耳が、緊張感を持って微かに動く。


「リーヴ。君の剣技と、戦場を渡り歩いてきた経験が必要だ。……ミーナに近接戦闘の基礎を教えてやってくれないか」


名指しされたミーナが、「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさる。

「わ、私に戦えっていうんですか……!? 私は、ただ後ろで癒やすことしか……」


「ミーナ、今の君の体を見てごらん」

 カイの声は優しく、しかし確固たる意志を持っていた。

「君の中には、今、リーヴに匹敵する身体能力と、尽きることのない魔力がある。死なないための力じゃなくて、仲間を守るための強さを手に入れるんだ」


リーヴは氷のランスを地面に突き立て、背筋を伸ばしてミーナに向き合った。彼女の瞳には、弱者を導く師としての、そして誇り高き女性騎士としての厳格な光が宿っている。


「……カイ殿の言う通りです。ミーナ殿、顔を上げなさい。戦場において、最も早く死ぬのは『自分は何もできない』と諦めた者です。幸い、今のあなたには過剰なほどの『燃料』がある。私が、その力の使い方を、騎士の型を、その骨身に刻んで差し上げましょう」


リーヴはミーナの前に立ち、氷のダガーを彼女に握らせた。

「まずは構えから。重心を低く、敵の動きを『アクセル』で捉えるのです。……さあ、始めますよ!」


廃墟の中に、木霊する激しい音。

 リーヴの鋭い指導の声と、ミーナの必死な喘ぎ、そして模擬戦の衝撃音が、崩れかけた壁を震わせる。


セレスは氷の武器を手に取り、その特性を確かめるように魔法を重ね、ユークスは廃墟全体を覆うように、かつてないほど強固な「無限魔力」による結界を構築し始めた。ガルドは氷のウォーハンマーの感触を確かめ、自らの技術でそれをさらに凶悪な武装へと昇華させるべく思考を巡らせている。


王国の都合で呼び出され、利用価値がないと判断された瞬間に射殺されかけた「ゴミ」たち。

 だが、彼らは今、この森の奥深くで、大陸の歴史上どの英雄も到達し得なかった「最強の不正規軍団」へと変貌を遂げようとしていた。


カイは、トミーが息絶えたあの方角を見つめた。

 夜明けはまだ遠い。だが、彼らの胸に宿る「適応」という名の炎は、リンデール王国の欺瞞に満ちた平穏を焼き尽くすまで、決して消えることはない。


狩られる側から、狩る側へ。

 その逆転の物語は、この廃墟の練兵場から、血塗られた現実へと加速していく。





「一人では弱い。だが、繋がれば戦える」


廃墟の冷たい空気の中、カイの言葉が仲間たちの胸に深く突き刺さる。リンデール王国に「外れ」と切り捨てられた彼らは今、かつてない連帯の中にいた。


カイは、魔法の核心に触れるべくセレスとミーナに向き直った。

「セレス、ミーナ。君たちの元の世界の魔法には、詠唱はあったのか?」


セレスは氷の剣を一度消し、不思議そうに答えた。

「ええ、もちろんよ。複雑な呪文を唱えて、ようやく魔力の形を安定させるのが普通だわ。無詠唱なんて、伝説の魔法使いの話よ」

ミーナも、祈るように手を組みながら頷く。

「私の世界でも、癒やしの光を呼ぶには長い祈りの言葉が必要でした。心を落ち着けて、一文字も間違えずに唱えないと発動すらしないんです」


カイは微かに微笑み、自身の右手を前方へかざした。

「この世界では――いや、俺たちの『適応』した力の下では、トリガーワードすら必要ない。ただ、明確なイメージを持つだけでいいんだ。手本を見せるよ」



カイの指先から、間髪入れずに四つの現象が爆ぜた。


ウォーターバレット:高圧洗浄機のような鋭い水の弾丸が、腐った木材を粉砕する。


ヒールバレット:柔らかな緑の光がミーナの頬を掠め、逃走中に負った微かな擦り傷を一瞬で塞ぐ。


ピュリフィケーションバレット:浄化の光がカイ自身の服にこびり付いた騎士たちの返り血を、塵一つ残さず消し去った。


バインドバレット:魔力の蔦が空中で編まれ、狙った石柱を瞬時に、そして強固に縛り上げる。


「……嘘でしょ。今の、全部同時に発動したの?」

セレスが声を震わせる。魔術師が最も恐れる「発動までのタイムラグ」が、カイの前には存在しなかった。


「言葉にする時間を省けば、魔法は銃弾よりも速くなる。イメージを固定し、無限の魔力をそこに流し込むだけだ。みんなにも使い方は共有した。今の君たちなら、念じるだけでそれができるはずだ」


リーヴは自らの長槍に魔力を這わせ、その即応性に目を見張った。ガルドはウォーハンマーを軽く振り、ユークスは音もなく強固な多重結界を瞬時に張り巡らせる。


王国の都合で「無能」と呼ばれた者たちは、いまや詠唱という枷を脱ぎ捨て、思考の速度で奇跡を振るう軍団へと変貌を遂げていた。






廃墟を囲む夜の森に、再び金属の擦れる音が響き渡った。だが、先ほどまでとは決定的に違う。怯え、逃げ惑う者の気配はそこにはない。


「準備はいいな」


カイの短く低い声に、仲間たちが無言で頷く。彼らの瞳には、かつてないほど強靭な魔力の光が宿っていた。

セレスの四属性、ミーナの光と闇、ユークスの結界術。それらすべてがカイを介して共有され、全員がファイア、ウォーター、ウィンド、ストーン、ソイル、ホーリー、ダーク、シャドウ、バインド、アイス、ボイル、スチーム……ありとあらゆる魔力弾バレットをマスターしていた。


さらに、身体強化アクセルと筋肉強化マッスル、そして状況に応じた瞬間武器生成。

王国の「勇者」という規格を遥かに超えた、異界の力。


「いたぞ! 鼠どもが……」


茂みを割り、十数名の騎兵が姿を現した。先ほどまでトミーたちを「狩って」いた処刑人たちだ。彼らが剣を抜くより速く、カイが号令を発した。


「みんな、王国の追手を狩ろう」



戦場は、一瞬で「作業場」へと化した。


「アクセル、マッスル――発動」


リーヴが氷のハルバートを生成し、残像を残して敵陣へ突っ込む。女性騎士としての洗練された技に、爆発的な身体能力が加わった彼女の斬撃は、銀鋼の鎧ごと馬の首を跳ね飛ばした。

続いてセレスとミーナが、両手から無数の属性弾を掃射する。


「ファイアバレット、ホーリーバレット!」

「バインドバレット、シャドウバレット!」


熱線と浄化の光が騎士を焼き、影の蔦が逃げ場を奪う。本来なら一度の行使で倒れ伏すような高密度魔法の連射。だが、カイの無限魔力と繋がっている彼女たちに、限界という文字は存在しない。


ガルドは生成した巨大な氷のウォーハンマーを叩きつけ、大地を粉砕。ユークスは音もなく現れ、結界で退路を断った上でダークバレットを眉間に撃ち抜く。


「な、なんだこの力は……!? 貴様ら、無能のはずでは……!」


隊長格の男が叫ぶが、その言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。カイが放ったボイルバレットとスチームの複合面制圧により、周囲の酸素は奪われ、高熱の蒸気が肺を焼き尽くしたからだ。



数分後、森に静寂が戻った。

転がっているのは、王国の「都合」で派遣された誇り高き騎士たちの無残な骸だけだ。


「……勝った。本当に、勝ったんだ」


リーヴが血の付いた氷の武器を消し、静かに呟いた。

震えていたミーナも、今はしっかりと大地を踏み締めている。自分たちの手が、これほどまでに強大な力を生み出せることを、彼らは初めて確信した。


「これが、俺たちの『適応』だ」


カイは王城のそびえる方角を冷徹に見つめた。

五十人以上の「合格者」を擁し、覇権を夢見るバッチ・フォン・リンデール王。彼がゴミとして捨てた「外れ」たちは、いまや王国そのものを根底から覆す、飢えた獣の群れへと進化を遂げていた。


狩られる側から、狩る側へ。

捨てられた若者たちの、血塗られた反撃の物語が、ここから加速していく。






カイは、静まり返った戦場を見渡した。

「証拠が残るとまずい。すべて分解するよ」

人差し指を掲げ、放たれたのはピュリフィケーションバレット。

白銀の光が、折り重なる王国兵の死体、血に汚れた銀鋼の鎧、そして折れた武器のすべてを包み込んだ。光が収まると、そこには草木が微かに揺れるだけの、何もなかったかのような平地が広がっていた。痕跡は、塵一つ残らず消え去った。


次にカイは、元の世界で親しんだライトノベルの知識を脳内で検索した。

「これからの移動や戦いに備えて、荷物と人員の管理を効率化しよう」

イメージしたのは、空間を切り取る二つの収納魔法。

アイテムボックスと、次元収納。


カイは仲間たちに、その新たな力を授けた。

「アイテムボックスは、生物以外の物資を際限なく収容できる。次元収納は、捕縛した罪人の収容や、要救助者の保護に使うための空間だ。酸素も供給されるし、時間の経過も調整できる。これで、補給や隠密性の問題は解決するはずだ」


目の前で空間が歪み、残された物資が次々と吸い込まれていく様子を見て、セレスは呆れたように肩をすくめた。

「……この世界、というか、あなたの手にかかれば何でもありね。魔法の常識が、秒単位で書き換えられていくわ。私たちの常識が馬鹿らしくなる」

「いえ……セレスさん。この世界が、というより、カイさんが特別なんじゃないですか? 召喚されたはずの私たちが、逆にこの世界を造り変えているみたいです」

ミーナが、畏怖と信頼が混じった瞳でカイを見つめる。


カイの「適応」は、ただ環境に合わせるだけではない。かつて無価値とされた知識と、この世界の理を融合させ、既存の魔術体系そのものを侵食し、再構築していた。


「一人では弱い。だが、俺たちは繋がっている」

カイの無限の魔力は、アイテムボックスや次元収納の維持すら、呼吸をするのと同じ程度の負担で可能にしていた。リンデール王国の追手は、自分たちが何を相手にしているのか、まだ理解していない。

かつて「外れ」と切り捨てた駒が、今や大陸の物理法則さえも掌の上で転がす「特異点」へと変貌していることを。


「行こう。次は、俺たちが仕掛ける番だ」

トミーを奪ったあの国への反撃。そのための「戦力」と「補給路」は、いまや完全に整った。捨てられた若者たちの影が、森の深淵へと静かに消えていった。






それは、どこまでも歪んだ王国の都合だった。



リンデール王国の王宮、その一角にある豪奢な談話室には、高価な香香とワインの香りが漂っていた。しかし、そこで交わされている会話は、その華やかさとは裏腹に、吐き気を催すほど冷酷なものだった。


アルベルト第一王子は、優雅な仕草でグラスを傾けながら、父であるバッチ・フォン・リンデール王に問いかけた。


「父上、一つお聞きしてもよろしいでしょうか。あの『廃棄勇者』たちの件ですが……。わざわざ殺さずとも、奴隷として繋ぎ、開拓地や鉱山での労働力にすればよかったのではないですか? 貴重な異界の資源をただ殺して捨てるのは、少々効率が悪い気がいたしまして」


アルベルトの言葉には、数多の命を扱う重みなど微塵もなかった。彼にとって異界の若者たちは、単なる「動力源」や「消耗品」と同じカテゴリーに分類されていた。


バッチ王は、冷徹な眼差しを窓の外に向けたまま、低く重い声で応じた。


「アルベルトよ、お前はまだ甘いな。廃棄したとはいえ、奴らは異界の『勇者』なのだよ。いつ、どのような拍子にその隠れた能力が覚醒するか分からん。御しきれぬ武力は、時に内側から牙を剥く毒となるのだ。だからこそ、芽のうちに摘み取る。……だから、私はあえて『勇者を捨てた』のだよ。不確定要素を国に置くほど、私は愚かではない」


「なるほど。万に一つのリスクも排除する、というわけですね。さすがは父上だ。恐れ入りました」


アルベルトは納得したように、不気味な薄笑いを浮かべた。



そのやり取りを、扉の傍らで微動だにせず聞き届けていた者がいた。

王室守護騎士、マーガレットである。


彼女は鋼の兜の下で、奥歯が砕けんばかりに噛み締めていた。


(……どこまでも、勝手なことを。自分たちの都合で、平和に暮らしていた民を他の世界から勝手に誘拐し、拉致してきておいて。挙句、自分たちの都合に合わなければ、覚醒を恐れてゴミのように殺して捨てるというのか)


マーガレットの心の中で、これまで王家に捧げてきた忠誠心が、音を立てて崩れ去っていた。


(この王も、その血を引く息子も、救いようのないクズね。……いいえ、人ですらないわ。ただの怪物よ)


騎士道とは、弱きを助け、正義を貫くことではなかったか。

拉致、監禁、そして不要になれば殺害。

目の前の親子が行っているのは、国家という名を借りた、ただの組織的で凄惨な犯罪に過ぎない。


(自国の王に、これほどまでの嫌悪感を抱く日が来るとは。……おかしな国だわ。こんな腐った玉座を守るために、私は剣を振るってきたのかしら。吐き気がする)


マーガレットは、腰に差した剣の柄を、誰にも悟られぬよう強く握りしめた。

彼女の瞳からは、すでに「王を守る騎士」としての光は失われていた。そこにあるのは、人としての矜持を汚された者の、静かな、しかし激しい憤怒だけだった。


リンデール王国の栄華の裏で、かつてない不協和音が響き始めていた。王が「捨てた」のは勇者だけではない。自らを支えるはずの、騎士の心までもを捨て去ったのだ。





それは、王国の首を真綿で締めるような、静かで徹底的な報復だった。


リンデール王国の命脈とも言える補給路。王都へと続く主要街道は、今や「見えない死神」の狩り場と化していた。



深い森の影から、カイが静かに指示を出す。

「リーヴ、左の護衛を。ガルド、馬車の車輪を潰してくれ。残りは俺がやる」


**「身体強化アクセル」「筋肉強化マッスル」**を常時発動させた彼らの動きは、常人の動体視力を遥かに超越していた。リーヴは氷のハルバートを一閃させ、騎士たちが剣を抜く暇さえ与えず無力化する。ガルドのウォーハンマーが大地を叩けば、衝撃波で馬車は立ち往生した。


「……悪いけど、これは全部もらうよ」


カイが手をかざすと、積まれていた大量の兵糧、上質な鉄材、王族のための嗜好品が、**「アイテムボックス」**へと吸い込まれるように消えていく。残されたのは、もぬけの殻となった荷車と、何が起きたか理解できず呆然とする兵士たちだけだ。


仕上げは**「ピュリフィケーションバレット」**。

争った痕跡、魔法の残滓、そして奪われた物資の欠片に至るまで、すべてを光の中に分解して消し去る。証拠は一切残らない。ただ「物資が届かなかった」という事実だけが、王城へと積み上がっていく。



「……どういうことだ。今月に入って、三つ目の輸送隊が行方不明だと?」


リンデール王国の謁見の間。バッチ・フォン・リンデール王の怒声が、冷たい石壁に反響した。アルベルト第一王子は、手元の報告書を震える指で握りしめている。


「はっ……。賊の姿を見た者は一人もおらず、ただ荷だけが、あるいは輸送隊そのものが、煙のように消え失せているとの報告です。周辺諸国の仕業か、あるいは……」


王都への物資供給が止まれば、喉元を締められるのは王族と軍だ。兵糧が尽きれば軍の士気は下がり、贅沢品が届かなければ貴族たちは不満を募らせる。群雄割拠の大陸において、この「空白」は致命的な隙となる。


「笑えん冗談だ。我が国の精鋭を護衛に付けているのだぞ!」


その怒りと混乱を、列の端で見ていた女騎士マーガレットは、冷ややかな瞳で観察していた。


(……自業自得ね。自分たちの都合で世界をかき乱し、他者を踏みにじってきた報いが、ようやく形になって現れた。この動揺、この無様さ……最高にクズらしい末路だわ)


マーガレットは、王への形ばかりの敬礼をしながら、心中で毒づいた。

彼女にはわかる。これは単なる賊の仕業ではない。

かつてこの国が「無価値」として投げ捨てた、あの若者たちの影が、確実にこの王国の首筋に牙を立てようとしているのだと。


補給線という動脈を断たれたリンデール王国。

平和を謳歌していた王都に、かつてない不穏な風が吹き荒れ始めていた。





それは、あまりにも静謐で、狂気に満ちた「正解」だった。


リンデール王国の戦略会議室。重厚な円卓を囲むのは、冷徹な将軍たちと、その中心に座す第一王子アルベルトだった。窓から差し込む午後の光が、卓上の地図を冷たく照らしている。


報告に上がった伝令の騎士は、額に冷や汗を浮かべながら声を震わせた。


「例の“追放者”か」


アルベルトは、手元の書類に目を落としたまま短く問うた。その声には、怒りも驚きも含まれていない。ただ、予定表の些細な書き損じを確認するかのような、無機質な響きがあった。


「はい。現在、確認された人数は六。……残りは、森の入り口で処分済みとの報告が入っております」


「六人、か。……少ないな」


アルベルトは、つまらなそうに言った。五十人以上を召喚し、その九割近くを「合格」として手元に置いた。残りの「不合格者」など、彼にとっては統計上の端数に過ぎない。


「ですが殿下、事態は深刻です。すでに複数の補給線が破壊されています。それも、単なる略奪ではありません。痕跡一つ残さず、物資だけが消え失せているのです。まるで……」


「分かっている」


アルベルトが短く遮った。彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、窓際に歩み寄る。


「連中は“逃げていない”」


その一言で、室内の空気が一変した。騎士たちが一斉に顔を上げる。


「追う側に回っている。……つまり、ただの敗残兵ではないということだ」


アルベルトは窓の外、遠く広がる緑の深淵を見つめながら、独白のように言葉を紡ぎ出す。


「“選別から漏れた個体”が、意思を持って機能し始めた。……原因は二つだ」


彼は指を一本立てた。


一つ。選別基準の誤差。

「我々の鑑定器、あるいは神官の目が、彼らの真の価値を見抜けなかった。単純な戦闘値に現れない特異点を見落としたということだ」


「……もう一つは?」


従者が、恐る恐る問いかける。アルベルトは、わずかに、本当にわずかにだけ口角を上げた。


もう一つは、環境だ。

「人間はな、状況次第でいくらでも変わる。温室で育つ花が、荒野に放り出された途端に毒を持つことがあるだろう? 追い詰められ、死の淵を彷徨えば、化ける個体も出る」


視線が鋭くなり、室内の温度が数度下がったかのような錯覚を周囲に抱かせる。


「だからこそ、最初に根こそぎ“処分”するべきだった。中途半端な情けや油断が、この不条理を招いたのだ」


沈黙が会議室を支配した。その沈黙を破ったのは、一人の老騎士だった。


「……ですが殿下。そもそも勇者召喚は、来るべき魔王軍との戦いに備え、我が国の戦力を確保するための儀式のはず。強力な個体であれば、たとえ扱いにくくとも手元に置くのが兵法の常道では……」


「違う」


アルベルトは一言で遮った。その否定は、岩をも砕くような絶対的な拒絶だった。


「勇者召喚の本質は、戦力確保ではない。**“管理”**だ」


空気が凍りつく。アルベルトは冷徹な論理を、淡々と、しかし確実に騎士たちの脳裏に刻み込んでいく。


「強すぎる個体は、制御を失えば国を壊す。弱すぎる個体は、税を食いつぶすだけで役に立たない。だから、我々は選別するのだ。国という巨大な歯車に適合するパーツだけを抽出し、それ以外を排除する」


彼は円卓に戻り、駒の一つを指先ではじいた。


「余剰は消す。……それが、国家だ」


誰も反論しなかった。いや、できなかった。彼の言葉は、あまりに非人道的でありながら、統治者としての残酷な「真理」を突いていたからだ。


アルベルトはふと、窓の外の青い空を見上げた。戦火も、飢えも、理不尽な死も知らない、抜けるような青。


「……理不尽だと思うか?」


誰も答えない。マーガレットを含む騎士たちは、ただ石像のように固まっている。


「なら、強くなれ。それがこの大陸の、唯一の結論だ」


アルベルトの言葉は、冷たい刃となって全員の胸に突き刺さった。


「強ければ、生きる。弱ければ、死ぬ。それだけの話だ。世界は最初から、そのようにしか出来ていない」


アルベルトは腰の剣を鞘に収め、迷いのない足取りで出口へと向かう。


「討伐隊は二十でいい。数は不要だ、精鋭を出せ」


扉に手をかけ、振り返らずに命じる。


「逃がすな。“例外”は、我が国の秩序にとって有害だ。速やかに、確実に潰せ」


命令は絶対だった。

騎士たちは、その背中を見送りながら、言いようのない恐怖に包まれていた。


この男、アルベルト・フォン・リンデールは、狂っているのではない。

あまりに冷徹に、あまりに純粋に、「国家としての正しさ」を体現しているのだ。


だからこそ、誰よりも怖かった。

感情の通わないその正義が、いつか自分たちをも「余剰」として切り捨てる日が来ることを、誰もが予感していた。




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