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勇者と呼ばれる日まで  作者: 千反田 雄々
序章 名を失った者たち

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9/10

第九話 裏切りは、もっとも近くで

「あたしは寮で寝ないと校則違反」

 

エリシアは大学の寮生、仮眠室で寝る訳にはいかなかった。


「……となると、私とエイトで寝る他ありませんね」

「判断は君たちに任せるよ。すまないが、まだ私には雑務が残っている。失礼するよ」

「トビアス……」


僕の口から落胆の声が漏れる。絶対にあの様子じゃあ、逃げたな。


「エイトはそれでよろしいですか?」

「え?僕はいいけど……」


アリシアは一拍おいてから話を続けた。


「それでは私たちはここで泊まりますので、エリシアは気にせず寮にお戻り下さい」

「ガチで言ってる……?」


エリシアが細い目で僕を睨んだ。


「男女ってなると、流石のあたしも見過ごせないんだけど」

「大丈夫です。いざとなったら魔法でやっつけますから」


アリシアは腰に提げられた魔道書をエリシアに見せつけた。


「そう……ならいいけど」


エリシアは歯切れが悪いように話した。すると、僕を見つめて言った。


「……わかってるよね?」


その目は、妹としてのものではなかった。

もっと切実で、もっと焦りを含んだ、警告だった。

 

「俺だってそんな馬鹿じゃない、わかってる」

「なら、いいわ」


そう言うと、エリシアは寮に戻った。久しぶりに二人きりになった感覚だ。少し、緊張する。


「それでは……」


アリシアの声に釣られて自然と目がアリシアに向く。灰青色の目が、窓から入る光に照らされて、色気づいていた。


「なに……?」


不意に後退りする。釣られて、アリシアが一歩近づく。


「わかっているでしょう……?」


気づいた時には背中に冷たいものがぶつかっていた。これ以上後ろに下がれない。

喉が鳴った。息の仕方を忘れたみたいだった。

距離感の問題じゃない。状況そのものが、判断を鈍らせていた。

アリシアの顔が目の前に来た時、ようやくアリシアが口を開いた。


「今日は色々ありすぎて、疲れました。早く寝ましょう」

「……ああ」


アリシアの行動は果たして無意識なのか、策略で僕を弄んでいるのか、今になっても、まだ分からない。

アリシアに安心を感じることはあるが、同時に不安にもなる。頭で思考が止まらない。でも、気づかぬ内に僕は寝ていた。


「……ト」


誰かが呼んでいる気がする。


「……エイト」


重いまぶたを、ようやく開ける。


「何してるの……アリシア……?」


アリシアは僕の上で馬乗りになっていた。

 

「目が覚めましたか?」

「ああ……うん。それで何してるの?」


状況が掴めない。僕は単に寝ていたはず。これではまるで、アリシアが僕を襲っているかのようだ。


「エイト、あなたを連行します」

「え?」


――どういうことだ?連行?僕を一体どこに?――


「話をしすぎました。恐らく、あの二人にも気付かれてる」

「何の話……?」


そう言うと、アリシアは嘲笑した。

 

「本当に気付いていないのですね。エリシアはエイトに男女の仲を、注意していた訳じゃありません」


話が飲み込めない、それ以外に何があると言うのだ。


「私に警戒しろって言いたかったのですよ」


警戒……特筆してアリシアに対して気をつけることがあっただろうか。分からない、思考が回らない。


「一般の王族が、異世界に関する文献の知識を持ち合わせていることに、疑問を持ちませんか?」

「……ここでの常識は、まだ足りなくて」

「好都合です。とりあえず、ここから出ましょうか」


そういうと、アリシアは僕に何かをした。一瞬で気を失ったことだけは理解できた。抗おうとしたはずなのに、身体が言うことを聞かなかった。

――いや、最初から、抗う選択肢を与えられていなかったのかもしれない。



―――――――――――――――――――――――――


  

次に目覚めた時、僕は天井の高い部屋で、椅子に簡易的に縛られていた。両手で数えきれない白装束の人たちに囲まれていると気づいた瞬間、遅れて背筋が冷えた。ここは交渉の場じゃない。処理場だ。


「起きましたか、エイト」


目の前には白装束をまとった、アリシアが立っていた。


「ここは……どこ?」

「皇国内の一角とだけ……」


すると、アリシアの横から眼帯をつけた、見覚えのある男が近づいてきた。


「久しいですね……純白の魔道師」

「あなたは……」


そこにいたのは皇国に向かう途中、馬車を襲撃してきた異界事象統制機関の男だった。しかし、明らかに外見が違っていた。


「あなたのおかげで、右目、右腕を失いました。やはり過剰な存在だ」


男は淡々と優しい口調で話しかける。しかしそこには、憤怒が見え隠れしていた。


「僕をどうする気ですか」

「もちろん、それ相応の対応ですよ」


そこで、ようやく繋がった。眼帯の男が言った対応、アリシアの言った対応、これはどちらも同じことを指していた。


「アリシアは最初から教団側だったのか」

「ええ、まあ。純白の魔道書を持つあなたを、ずっと見定めていました」


アリシアは不気味な笑みを浮かべ、淡々と言葉を続けた。

 

「私たちが用意した流れの上で、あなたは動いていた。それだけの話です」

「全て計画通りってことか……」


確かに、今思えば引っ掛かるところは山ほどあった。

――だが、ひとつも気付けなかった。


「お二人のお話も、ここまでで十分でしょう。……始めましょう」


眼帯の男が距離を詰めてくる。

殺気を帯びた空気に、背筋が粟立った。

だが、次の瞬間――拘束具が外れていることに気づく。

 

「……拘束が? アリシアさん、やはり――」

「そうですけど?」


声は軽い。

しかし、杖を握る手だけが、わずかに震えていた。

アリシアの放った魔法は、迷いなく男の顔を貫き、彼を沈黙させた。

他の白装束の人たちが魔道書を構える。

その直後、一人の男の声が部屋中に響いた。


「英斗殿を第一に保護! 王女以外の白装束は全員拘束!」

 

その声が響いた瞬間、張り詰めていた感覚が切れ落ちる。

――間に合った。

 

「……トビアス!」


僕がそう言うと、トビアスは微笑んだ。

トビアスの背後から、数人の紅色のマントを着た人たちが入ってきた。

その後、トビアスによる救出劇は一瞬にして完遂した。

一段落ついた後、僕とアリシア、トビアスは三人で立ち話を始めた。

 

「聞きたいことは多いけど……まず、アリシアは教団側だったの?」

「ええ。いわゆる、二重の内通者です」

「今後は?」

「エイトの味方です」

 

安心できる状況ではない。

疑念も不信も、まだ胸の奥で渦を巻いている。

それでも、ここで立ち止まる意味はなかった。

僕は呼吸を整え、思考だけを前に進める。

 

「次に、杖を使っていた理由は?」

「私、本当は魔術師です」

「……はい?」

 

思考が一瞬、停止する。

想定していた答えを、静かに踏み越えられた感覚だった。

 

「魔術師は希少です。その分、狙われやすい。ですから、魔道師として振る舞っていました」

 

理屈は通る。だが、感情が追いつかない。

 

「つまり……アリシアが魔術師だから、エリシアは魔法大学に?」

「その通りです」

「……要は、替え玉在学ですね」

「ああ……」


理解はできる。

今は、それで十分だった。


「トビアスは、何者なんですか?」

 

問いかけると、彼は一度だけ小さく息を吐いた。

 

「私は、この世界に迷い込んだ人間を保護している」

「……迷い込んだ?」

「転生者、召喚者、転移者。呼び方は色々だが、共通点がある」

 

トビアスは視線を動かし、作業中の紅色をマントを着た人たちに目を向けた。

 

「多くは日本人だ。あるいは、かつて日本人だった者たち」

「……だから、あの人たちは」

「救出は偶然じゃない。最初から、そのつもりで動いていた」

 

胸の奥で、何かが腑に落ちかける。

 

「エリシアも……その一員なんですか?」

「そうだよ。昨日の初対面は、演技だ」

 

視線を巡らせる。

白装束たちはすでに制圧され、抵抗の余地はない。

理解はできる。

だが、完全には飲み込めない。

その空気を切り裂くように、軽い声が飛んだ。

 

「トビアスー、全部終わったニャ」

 

紅色のマントの女性。

語尾の違和感に、自然と目が向く。

 

「……獣人族、ですか」

 

アリシアが獣人族と呟く。

その言葉を聞いて、頭頂部の猫耳が視界に入った。

 

「アリシア・ヴァルシュタインです」


獣人族がアリシアを見ると、アリシアは自然に自己紹介を始めた。

 

「ウチはセレア・ファングゲレオですニャ」

 

不思議な口調に、思わず頬が緩む。セレアが僕に視線が移る前に、僕からも名前を発した。

 

「須藤英斗です」

 

その瞬間、空気が変わった。

セレアは凍りついたように立ち尽くしたかと思えば、ゆっくりと体がを僕に向けた。直後、涙を溢れさせた。

 

「……セレアさん?」

「英斗……!」

 

セレアは僕の名を呼び、強く抱きついてきた。

理由は分からない。拒もうとは思わなかった。

彼女の震えが、ただの勘違いではないと、直感が告げていた。

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