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勇者と呼ばれる日まで  作者: 千反田 雄々
序章 名を失った者たち

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第七話 不公平な裁定

大学の中庭のベンチに、私とエイトは並んで腰を下ろし、エリシアの戻りを待っていた。その時、なんの前触れもなくチャイムがなった。


「これの音は……?」

「多分、昼休みを知らせるチャイムだよ」


そう言われて、私は納得した。

校舎から学生たちが談笑しながら歩いている姿が目に映った。エイトは腰に提げた魔道書へ、ちらりと視線を落とした。すると、独り言のように私に聞いてきた。


「そういえば魔術師と魔道師って対立してるんだっけ?」

「そうよ。千年前の魔女の夫が魔術師を大量虐殺して、魔道師を保護したのが原因と言われているわ」

「それも神話か……」


今のところ、エイトにはこの世界の均衡を、神話を通してでしか教えていない気がする。

 

「おい、それ何だよ!」

 

突然、一人の男が声を掛けてきた。ふと目をやると、どうやら、この大学の学生らしい。数人で構成されたグループが私たちを囲っていた。その内の一人が、無造作に魔道書に手を伸ばそうとする。エイトが咄嗟に手を引くと、私は前に立った。

 

「触らないでください」

「男が女の背中に隠れんの?ダサいねえ」

  

彼らは収まる様子を見せなかった。学生の一人が面白半分で杖を純白に向けると、炎魔法を繰り出そうとした。次の瞬間、杖先から放たれた魔力が、何もないはずの魔道書に火を灯した。

少しでも破損すればただで済む話ではない。私は瞬時に杖を構え、水魔法を使おうと思ったが、魔道書が濡れてしまうことを恐れ、エイトに指示を出した。

 

「エイト!本を地面に置いて!」

 

エイトは咄嗟に腰の魔道書を踏みつけ、炎を押さえ込む。水で魔道書を濡らさずに炎を消し、事なきを得た。しかし、その様子を見ていた周囲の学生たちはくすくすと笑い声を漏らした。


「こういう奴は、どこにでもいるんだな……」  


エイトの口から無意識に言葉が溢れる。その様子を見て私は異変に気付いた。

エイトは表情を変えないまま、目で追う暇すらない速さで炎魔法を使った男の前に立った。


「な……なんだお前!」

 

いきなり距離を詰められた学生は驚きのあまり、思わず手を伸ばしてエイトの胸ぐらを掴む。次の瞬間、エイトは男を華麗な体術で倒した。

一瞬の出来事だった。具体的に何をしたかは分からない。少なくとも、私の知っている体術の動きではなかった。

男は理解が追いつかないまま、その場から逃げ出した。逃げ惑う主犯を追いかけることもなく、エイトは落ち着いた様子で再び座った。


「アリシアも座りなよ」

「え、ええ……」


確かに、エイトだ。間違いない。だが、体術まで心得ているとは知らなかった。

心の奥で思わず驚きが弾けた。

その反応に気づくこともなく、エイトは先ほどのことをまるでなかったかのように振る舞っている。


「あいつです!」


気が少し緩んだ頃、聞き覚えのある声の方向に目をやると、さっきの連中が大学の教員を連れて戻ってきたのだ。


「君かね、我が校の生徒に暴力を振るったのは」

「正当防衛ならしましたよ」


慌てるわけでもなく、エイトは冷静に先ほどの状況を説明した。しかし多勢に無勢、連中は大人数でエイトがしてもないことをでっち上げる。エイトはついに痺れを切らしたのか、大人しく立つと教員に促されるまま大学の指導室へと連行された。


「エリシアと合流次第、来て欲しい」


エイトにそう言われて、私は黙って頷いた。

私は焦った表情のまま、寮の中を駆けた。

 

「エリシア!」

 

返事はない。生徒たちからの目線が痛かった。それでも私は一階ずつ登ってエリシアの名前を叫んだ。

 

「アリシアどうしたの?」

 

エリシアがようやく来てくれた。先ほどの一連をエリシアに説明する。

 

「わかった。それで英斗はどこに連れて行かれるって?」

「えーっと、指導室とだけ」


するとエリシアの顔が固まった。


「この大学に指導室がいくつあると思うのよ……」

「ごめんなさい……」

「……謝らなくていいわ。仕方ないわ、一つずつ回りましょう」

 

私たちは手当たり次第、この広大な大学内にある指導室を回り、エイトを探すことにした。



――――――――――――――――――――――――――――――



僕は大学の教員と共に部屋に座らされ、静かに話し合いが始まる。学生側の主張、僕側の説明、双方の見解がぶつかるが、埒があかない。

 

「まず、先に手を上げたのはどちらですか」

「あいつです」


空気を吸うように嘘をつかれる。


「順番は御校の生徒、僕の順番です。先に僕の魔道書を燃やされました」

「ほう。拝見しても?」


教員に言われ、大人しく魔道書を渡す。


「確かに本の表紙が焦げていますね……」


教員が細い目でゆっくりと頷く。

 

「でも、まあ……ここは魔術大学。魔道書を持っている方が悪いとは思いませんか?」


その言い方で、ようやく分かった。

この場に、最初から公平な裁定など存在しない。


「なら魔道大学であれば、杖を折られても仕方ないと?」

「魔術師の方が高貴な存在です。その様なことは許されませんよ」


教員は、最初から結論が決まっている顔で笑った。


「ちなみに御校の生徒に外傷は?」

「外傷?」

「暴力を振るわれたのなら、少なからずあるでしょう?」


教員が男の様子を見る。目立つ傷は見当たらなかったようだ。教員が大きなため息をついた。


「……いいでしょう。今回はこちらの勉強料としてこの魔道書の十分の一の値段を支払いましょう。値段はいくらですか?」


さっきから男と教員の謝罪はなし。お金で解決しようとする、あからさまな態度に何かの糸が切れた。

教員に対して仕掛けようとした直後、重厚な扉の開く音が響いた。室内の空気が一瞬で変わる。

扉の向こうに立っていたのは、一人の赤髪の青年。彼の気配だけで、場の全員が息を呑んだ。

 

「失礼します」

 

青年は穏やかに頭を下げると、僕の方へ歩み寄った。その姿は威圧的でありながらも、どこか安心感を与えるものだった。教員も学生たちも言葉を失い、ただ彼の動きを見守るしかなかった。

 

「私はアルトシュタイン王国皇太子、トビアス・アルトシュタイン。状況は聞きました。我が校の生徒が君に魔法を放ったと」

「アルトシュタイン……様、違うんですよ。そいつが俺に……」

「なんですか?」


冷淡冷徹なトビアスの声に男は黙った。


「私は魔法を使い、剣を使う。要は魔術師側と近接術側の立場が分かる。加えて私は我が校の生徒会長……適任だとは思いませんか、先生」


教員が無意識に背筋を伸ばしたのを、僕は見逃さなかった。トビアスは教員の手に渡った魔道書を渡されじっくりと見ると、何かを察した様子で僕に返した。

 

「……ありがとうございます」

「お気になさらず」


すると、トビアスは僕たちが対面している間に割って話を始めた。


「証言者はここにはいませんね?しかし、先ほどの出来事は終始見学させていただきました」


すると教員が男を鋭く睨む。


「結論として我が校の生徒が有罪です。確かにそこの青年は手を出した。しかし、胸ぐらを掴んできた腕を、体術のような動きで制止しただけ。十分正当防衛でした」


そういうと、男は静かに謝罪して部屋から出ていった。気まずい様子で教員は「授業があるから」と言って逃げるように退出した。


「あの先生の授業は、本日は既に終了していたはずですが……」


いつの間にか、部屋の中には、僕とトビアスだけになってしまった。


「あの、先ほどは本当にありがとうございました」


僕は再びお礼を言った。


「いいんですよ。ところで……」


トビアスの声が詰まる。しかし話を続けた。


「名前をお聞きしても?」

「須藤です」


僕が自分の名前を口にすると、トビアスの様子が一変した。


「須藤英斗……」


トビアスが小さく呟いた。


「どうかしました?」


心配になってトビアスに声をかける。すると、トビアスが真剣な眼差しでこちらを覗いてきた。


「先ほどは中間名を省略しましたが、正式にはトビアス・ヤマト・アルトシュタイン……」


中間名には驚きを隠せなくなるほど、聞き馴染みのある言葉が隠されていた。僕の動揺を意に介さず、トビアスは続けた。


「前世では田原亮平(たはらりょうへい)という名前でした。俗に言う異世界転生者です」


トビアスの自己紹介を終えた直後に、アリシアとエリシアは、ようやく僕を見つけた。

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