第五話 奇跡とよばれた配置
「ところであんたたち、いつから手を繋ぐほど仲が良くなったわけ?」
アリシアと僕は同時に自分たちの手元を見た。
いつからか、互いの手はしっかりと握られていた。
気づいた瞬間、二人とも慌てて手を離す。
「誤解です。急いでいたので、手を取っただけです」
「あっそ。そんなこと、どうでもいいけど」
アリシアとは全く異なる話し方、立ち振る舞い……明らかに同じ環境で育った双子の姉妹だとは思えない。
「それより、アリシア……あなたさっき、あたしを見るなり逃げたよね?あれはどういうつもり?」
その声音は冷静だったが、逃げ道を一切残さない鋭さがあった。感情ではなく理屈で相手を追い詰める、それがエリシアのやり方らしい。
「それは……」
アリシアの言葉が、そこで途切れた。
即座に答えを返すはずの彼女が、珍しく視線を彷徨わせる。
「……エリシアに知られれば、彼を巡って状況が複雑になると思ったのです」
一拍置いて、続ける。
「立場が増えれば、守る名目も、縛る理由も増える。
それは彼にとって、必ずしも良いことではありません」
エリシアは一歩も引かない。
「へえ……随分と都合のいい理屈ね。見知らぬ世界に放り込まれて困ってる相手を、管理しやすい形に置いたってわけ?」
その言葉に、アリシアは反論しかけ――だが、言葉を飲み込んだ。
「……王女として、最善だと判断しました」
短く、言い切る。
感情ではなく、立場に逃げた声音だった。
エリシアは鼻で小さく笑う。
容赦ない追及の中で、アリシアは珍しく表情を崩していた。
困惑が、はっきりと顔に出ている。
それを見るのは、これが初めてだった。
「……ごめんなさい」
小さく絞り出すような声だった。
「それ、あたしに向ける言葉じゃないでしょ」
エリシアにそう返されても、アリシアは一度深く息を整えた。
そして僕の方へ向き直る。
「エイト。昨日は、私の判断であなたに不必要な負担をかけました」
言葉を選ぶように、落ち着いた口調で続ける。
「王女として、秩序を優先した結果ですが、あなたを軽んじる理由にはなりません。正式に謝罪します」
頭をわずかに下げ、視線を逸らさずに告げた。大げさではないが、確かに誠意のある所作だった。
「……改めて話をさせてください」
言葉を途切れさせず、そのまま王城の一室へと歩を進める。
「あなたの魔力について、詳しく確認したいのです」
こうして場面は、謝罪から本題――英斗の魔力の調査へと自然に移った。
「あたしはエリシア・ヴァルシュタイン、帝国の第二王女。日本人名は白百合麻衣、召喚者よ」
「……よろしくお願いします」
突然巻き込まれた、元日本人、現日本人、そして現地民による三者の会話。僕には、口を挟む余地などなかった。
「……とりあえずアリシアの事だから、英斗は何かしら契約とかを結ばされたのでしょう?」
「え?はい。よくわかりますね」
エリシアの勘は鋭い印象を受けた。
「そりゃあ、妹だし……あと、タメ口でいいから」
状況の飲み込みの異様な早さに、僕は不思議に思った。エリシアがアリシアに問いただすと、アリシアは昨日、僕と話した事を丁寧に説明した。話を聞けば聞くほど、エリシアは眉間にシワを寄せていた。
「何が協力者よ、変に格好つけて」
「ごめんなさい……」
エリシアが大きくため息をつく。
「まあいいわ。それよりまず英斗の魔力をどうにかしないと」
直後、アリシアの目が鋭くなった。
「エリシア、エイトはそんなに魔力が漏れているの?」
「ええ、命を狙われる危険性があるわ」
「え、どういうこと?」
僕が自然と慌てた様子で聞くと、エリシアは順を追って説明してくれた。
「あたし、魔力が見れるの」
そう言って、エリシアは自分の目を指した。
よく見ると、アリシアと同じ灰青色の目をしていたが、見る角度によっては白く輝いているように見えた。
「珍しい力だけどね。相手の魔力量、性質......それに異常まで見える」
視覚だけでそこまで見抜く。
それが力だと理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「ここで魔力を漏れないようにできればよいのだけど、私は魔力はあるけど魔法が使えないから、それはできない」
「え?それってどういう……」
僕は黙ってアリシアを見た。アリシアはそれを察したのか、僕の求めていた回答をしてくれた。
「……諸事情で、エリシアが魔法を使えないようにしたんです」
「そうですか……」
疑問が残る。でも、あえてアリシアは諸事情と言った。あまり言及していい話題ではないらしい。
「エリシア、あなたはこれからどうするの?」
「英斗の魔力を体外に漏れないようにするために、マリダロフィン皇国まで行くわ」
「え、どこ?」
咄嗟に二人の会話に口を挟む。すぐさまエリシアが答えた。
「あたしの留学先」
アリシアいわくエリシアは、留学にいっていると言っていた。今アリシアがここにいるということは、留学先から帰って来たということ。つまり、エリシアは留学先に、また戻るのか?
「エリシア、働き過ぎじゃない?一旦休んでからでも……」
「嫌よ。私みたいな不可抗力でこの世界に来た人を、ほっとける訳ないじゃない」
アリシアはそれ以上聞かなかった。反論も否定も、もう必要ないと理解した。胸の奥で何かが静かに落ち着き、思考がそこで止まる。
「……わかったわ。あなたが再び皇国に戻るのは仕方ないとして、私も同行させて」
アリシアがそう言うと、エリシアはアリシアをじっと見据えながら、しばらく黙り込んだ。
その沈黙が、否定よりも重く感じられた。
「エイトは命を狙われる可能性があるのでしょう?それに同行するって事は、エリシアにも危険に晒される。魔法も剣も使えないあなたを守らせてほしいの」
「……舐めてんの?」
エリシアの声は低く、刃物のような声だった。
「言ったでしょう、守りたいだけ」
空気が冷える。僕が口を挟むことが場違いなのは明らかだ。二人の会話を静観する。
「……確かに、魔法が使える身内がいれば安心ね」
軽い口調とは裏腹に、その目は少しだけ真剣だった。
エリシアは椅子から立ち上がり、軽く背伸びをする。
だが次の瞬間、その動作とは不釣り合いな緊張が声に混じった。
「ちなみに、純白の存在を知っている者は何人いるの?」
何気ない問いに聞こえたが、核心を突く質問だと直感する。
「アリシアとエリシア以外だと、サマルレンツ王国の国王と、ベレント……皇太子、それから魔道師の先生かな」
指折り数えながら答えると、エリシアは小さく息を吐いた。
「……結構知られてるわね。で、何か言われなかった?」
「特には。神話とかも、ほとんど知らない様子だったよ」
「異界事象統制機関の思想教育に感謝ね……」
独り言のように呟かれた言葉に、胸の奥がざわついた。
「異界事象統制機関を、知っているの?」
「当然でしょ。皇国じゃ断界派って呼ばれてる、有名な敵対勢力よ。知らない方が珍しいわ」
淡々とした口調が、かえって事の重さを際立たせる。
「とにかく、純白のことはこれ以上他言しないで」
「わかった」
「アリシアもね?」
「分かってるわ、エリシア」
短いやり取りのはずなのに、部屋の空気は一段重くなっていた。純白の魔道書は、武器でも財宝でもない。それ自体が、争いを呼ぶ存在なのだと、ようやく理解し始めていた。
翌日、早速僕たちは動き始めた。
僕を含む三人は、数人の護衛を連れて馬車でマリダロフィン皇国まで向かうことになった。
到着は三週間後、それまで何者かが襲ってくるかもしれない。常に心のどこかで不安に駆られるのかと思ったが、案外そんなことはなかった。
馬車に揺られてから数日が経過しても、三人で雑談をしたり魔法について教えてもらったりと、心配する時間がなかったからだ。あともう少しで皇国につく。
「それにしても密室に女子が二人もいるっていうのに英斗は呑気よね」
エリシアが突拍子もないことを口にする。
「それってどういう意味?」
「アリシアになんかされた?」
思い当たることはあるが、僕の気にしすぎという可能性もある。それに、アリシアには考えがあって行動したとしか思えなかった。
「されてない」
「されたのね」
エリシアは返答を正確に予想していた。僕は意思に反して、勝手に目がアリシアに泳いでしまった。
「どうして、私を見るのですか……」
「あ、いや……ごめん」
なんとも言えない空気になると、エリシアは火に油を注ぐ。
「へえ……まあ言及はしないよ。お幸せに」
「本当になにもないから」
エリシアに対してアリシアが肝が冷えるような声を出す。エリシアも「ごめん……」と言って、話を切り上げた。そんな時、事件は起きた。
「……まずい」
エリシアが唐突に明確な焦りを見せた。アリシアがエリシアの様子に異変を感じた。
「誰か、見てる?」
「いいえ。見ているんじゃないわ」
エリシアは僕を真っ直ぐに見た。
「感じ取られてる。……英斗の魔力が、呼び寄せてる」
アリシアは前方にいる御者に声をかけた。
「今すぐ止まって下さい!」
すると、馬が声を上げると、馬車の動きがピタリと止まった。と同時にエリシアが馬車の扉を開ける。
アリシアは僕の手を握って、勢いよく馬車から飛び出た。次の瞬間、馬車の頭上から岩が出てきたかと思えば、馬車の影が一瞬で黒く歪み、次の瞬間、轟音と共に岩が叩きつけられた。
「危なかった……」
自然と安堵の声が漏れる。しかしアリシアは直ぐに僕を立たせた。
「エリシア、敵の数は!」
「まって……三人よ!」
エリシアの視線が、初めて明確な敵意を帯びた。
冷静さの奥にあった緊張が、刃のように研ぎ澄まされる。
「護衛は……!」
アリシアが後ろからついてきていたはずの馬車を確認すると、先ほどの岩よりも巨大な岩で既に潰されていた。
「なるほど……ヴァルシュタインの王女殿下が二人。それに『純白の魔道師』まで同行している。これはもはや、奇跡と呼ぶべき配置ですね」
その白装束の男性たちは、まるで最初からそこにいたかのように、自然に立っていた。




