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Chocolate Chocolate

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2025/10/12






「うちで働きたいって……」


女はドアを開けるなりそう言った。

風花はその女の気迫のようなモノを感じて無意識に立ち上がった。


「は、はい……」


女は風花の向かいに座り腕を組んだ。


「名前は」


風花は俯いて小さな声で答える。


「風花です。川北風花」


「風花ね……」


女は舐めるように風花を見た。

その目の力は風花の服の中まで見透かされているような気分になった。


「なんでうちで働きたいの」


女は風花に座れと促しながらそう言った。


風花はゆっくりとそのソファに座った。


「お金が欲しいんです」


女は瞬きをしながら足を組み替えた。


「お金ね……。確かにうちは稼げるわ……」


女は横に立った男から資料を受け取り、その紙を指さして指示をした。

男は黙って頭を下げると部屋を出て行った。


「今までは何をしていたの……」


「バ、バイク便で働いてました」


女は身を乗り出してテーブルの上に置いてあったタバコを手に取り火をつけた。


「バイク便ね……」


女はタバコを深く吸い込み煙を細く吐いた。


「うちはクラブよ。わかってる、立派な水商売……。経験はあるの」


風花は小さく首を横に振る。


「ありません……」


女はソファに深く座り直した。


「トシは」


「二十四です」


「生まれは」


「福岡です」


「男は」


「え……」


キャッチボールのような会話を風花は止めた。


「男よ、彼氏はいるのかって聞いてるのよ」


風花は黙って下を向く。


「この商売はね、彼氏が反対したから働けなくなったって子が多いのよ……」


その女の言葉を風花は納得出来たのか、口を真一文字に閉じた。


「今はいません……」


風花の蚊の鳴くような声に女は頷いた。


「わかったわ……」


そう言うと大きなバカラの灰皿でまだ長いタバコを折るように消した。


風花は女の口調から採用されないことを悟った。

ゆっくりと立ち上がって女に頭を下げた。


「ありがとうございました」


風花はその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

自分には向いていない仕事に就こうとしている事はわかっていた。

そして無理だという事も。


女はテーブルの上にあったメモを手に取り、住所と携帯電話の番号を書き、引きちぎった。


「明日、お昼にここに来て。バイク便やってたのなら場所くらいわかるでしょ」


風花はそのメモを受け取る。


「もうすぐバレンタインでしょ……。とりあえずあなたにはお客さんにチョコレートを届ける仕事をして欲しいのよ。一日三万円。店に出ている新人の給料より少し高いわ」


女はまた足を組み直した。


「やってもらえるかしら……」


風花は似合わないドレスを着て、店に出てお酒を作る仕事をするものだと思っていた。

正直それを考えると気が重かったのだが、女の言葉にその胸のつかえのようなものが一気に取れた。


「あなたはバレンタインまでにもう少し元気になってもらうわ。そうしないとお店に出せないわよ」


女は苦笑しながら風花の顔を覗き込んだ。


「お金は日払いするわ。仕事が終わったらここに来て。そこで支払うから……」


風花にとっては願ってもいない事だった。


「あ、ありがとうございます」


風花は元気な声でそう言って深く頭を下げた。






風花はある高級マンションの前にいた。

数年バイク便で働いていた風花はわかっていた。

低層の高級マンションに住んでいる人々は本当の金持ちである事。


メモに書かれている部屋番号を風花は押した。


「はい」


昨日の女の声がスピーカーから聞こえた。


「あ、川北です。川北風花です」


「今開けるわ……」


女の声が途切れるとオートロックのドアが開いた。

風花はマンションのエントランスを見渡しながら正面のエレベーターに乗ってボタンを押した。


メモに書かれた部屋の前に立ち表札を見た。

ローマ字で書かれたステンレス製の文字は鈍く光っていて、いかにも高級そうだった。

風花がそれを見ているとドアが開いた。


「いらっしゃい。入って……」


女が中から顔を覗かせてそう言う。

女は化粧をしていなかったが、昨日のそれと何も変わらなかった。


「ごめんね。こんな格好で……」


女はバスローブ姿でニコニコと風花に微笑んだ。


「いえ……」


風花は女にそう言われて初めて見てはいけないモノのような気がして目を背けた。


「見て……」


女はリビングの横の部屋のドアを開ける。

そこには有名なチョコレート店の名前の入った段ボールが積まれてあった。


「すごい量ですね……」


女は風花に微笑むとリビングの真ん中にあるテーブルの前に座り、カードを書き始めた。


「このチョコレートにこうやって一枚一枚手書きのカードを添えて送るのよ」


丁寧な文字で女はカードを書いている。

その内容はお礼とお客を気遣う言葉などだった。

風花はそれを見て感心した。

やはり一流のお店のオーナーママともなれば、人と違う事をコツコツとやっている事がわかった。


「単にチョコレートを贈るだけなら簡単だけど、こうやって心を込めて渡す事に意味があるのよ」


女は顔を上げて風花を見て微笑んだ。


「だから、あなたは私の代わりに心を込めて一つ一つ届けて欲しいのよ」


女は脇に積んだチョコレートにそのカードを挟んだ。


「さあ、今日の分……十個くらいだけど、今から大丈夫かしら」


風花はコクリと頷く。

それを見て女は微笑んだ。


「必ず手渡ししてね。クラブカシオンの晃子からって……」


女はチョコレートの入った紙袋と一枚のリストを風花に渡した。


晃子って言うんだ……。


風花はリストに目を通す。

これはバイク便の仕事で培ったモノで、住所を見ればある程度の道を把握する事が出来る。


「では、行ってきます」


風花は晃子に頭を下げた。


「待って……」


晃子はそう言ってソファに置いたバッグを取り、中から財布を出す。

そして千円札を数枚引き抜くと風花に渡した。


「これ、ガソリン代と食事代。こう寒いと温かいモノを欲しくなるでしょ」


「でも、そんな……」


「良いのよ。ほら、取っておきなさい。本当は私がやらないといけない仕事を頼んでるんだから……」


風花は差し出されたお金を受け取り、再び頭を下げた。


「ありがとうございます」


晃子に微笑むと、


「終わったらカシオンの方に来てね。今日の分払うから」


風花は何度も頭を下げて晃子のマンションを出た。






流石はカシオンのお客だった。

大きな企業の重役たちがその届け先の大半で、受付で待たされる事もしばしあったが、何とか順調に就業時間が終わるまでに数個を残して配り終えた。


暮れた街の片隅にバイクを停めると、温かい缶コーヒーを買って、冷えた手を温めた。

そしてポケットから携帯電話を出すと、晃子に電話を入れた。

数回のコールで晃子は電話に出る。


「はい。終わったかしら……」


晃子は缶コーヒーを飲みながら晃子に不在の客がいた事を伝えた。


「そうね……。ちょっと待ってて……連絡してみるから」


晃子は電話を切った。


「寒いわね……」


風花はライダースジャケットの襟を合わせながら、缶コーヒーを飲み干した。

すると電話が震え始めた。

晃子からだった。


「はい、風花です」


「あ、風花、今、メモ取れるかしら……」


風花はポケットからペンを出して、


「はい、大丈夫です」


そう言って自販機の側面でメモを取る。

三件の不在だった客の一人は海外に出張だったらしく、今日は取りやめになった。

残りの二件の客の住所を聞いて、そこに行く事になった。


「わかりました」


風花はその住所を聞いて道を想像した。


「早速行ってきます」


「お願いね。終わったらお店に来てね」


晃子はいつもの様に素っ気なく電話を切った。






風花は晃子から聞いた住所の前でバイクを停めた。

大きなマンションだった。

バイクのスタンドを立てて、後ろのボックスからチョコレートの箱を出すと、そのマンションのエントランスへと走り込む。


そこで部屋の番号のボタンを押して応答を待つ。


「はい」


男はぶっきら棒にそう答えた。


「あ、あの……」


「誰……」


「カ、カシオンの晃子ママから言われて来ました……」


少し間があり、男は思い出したかのように声を上げた。


「ああ……。今開ける」


男がそう言うとエントランスのドアが開いた。


風花はマンションの中へ入り、部屋のある階のボタンを押した。

晃子のマンションと違い、高層マンションだった。

ゆっくりと表示された数字が増えていくのを見つめた。

そしてその階に到着すると風花はエレベーターを降りて周囲を見渡した。

かなり高級なマンションなのは風花にも分かった。


部屋を探してインターホンを押すとガチャガチャと鍵の開く音が聞こえ、中から人相の悪い男が顔を出した。


「晃子からの届け物か……」


男は風花を嘗め回すように見ながら言う。


「は、はい……こ、こちらです……」


風花は晃子に渡されたチョコレートの箱を男に渡した。


「また、お店にもいらして下さい」


風花は男に頭を下げた。


「ありがとうよ……。何ならお茶でも飲んでいくか」


男はそう言ってドアを大きく開く。

男の体には入れ墨がびっしりと入っていた。

風花はそれを見て一瞬驚いたが、気付かれないように目を伏せた。


「いえ……。まだ行くところがありますので……」


そのまま頭を下げると足早にエレベーターへと向かった。


「晃子によろしく言っておいてくれ」


男は大声で言うとニヤリと笑ってドアを閉めた。


何よ、あの男……。

ヤクザかしら……。


風花は今度は減っていく階数の表示を見ながらさっきの男を思い出していた。

ヤクザが店の客にいてもおかしくはない。

風花はそれ以上考えない事にしてマンションを出た。

そしてバイクに跨るとヘルメットを被った。

そして勢いよくバイクを走らせた。






無事に最後の客が夕食を取っていた高級な中華料理店を訪ね、チョコレートを渡した。

何度も礼を言われて、一緒に食べないかと誘われたが、店に戻る必要がある事を伝えて上手く断り、風花はカシオンに戻った。

店の前にバイクを停めてヘルメットを取ると、従業員の出入り口から中へ入った。

そして晃子がいる部屋のドアをノックした。


「風花、ありがとう。寒かったでしょ……」


晃子はサーバーのコーヒーをカップに注いで風花に渡し、ソファに座れと言う。

言われるがままに風花はコーヒーで手を温めるようにしながらソファに座った。


「毎日こんな感じで動いてもらうけど、大丈夫……」


晃子は自分の椅子をクルリと回して風花を見た。


「はい。大丈夫です」


晃子は微笑んで頷く。


「そう、良かったわ……」


そう言うと机の上に置いた封筒を取り風花に渡した。


「これ今日の分ね……。中、確認してね……」


風花は封筒の中を見て、三万円入っている事を確認した。


「はい。ありがとうございます」


風花は晃子に頭を下げて熱いコーヒーを飲んだ。


「不在だった篠原専務のチョコレートは……」


晃子は机に向かってパソコンに入力をしながら静かに言った。


風花は配達出来なかったチョコレートをバイクのボックスに乗せたままにしているのを思い出した。


「あ、すみません。すぐ取ってきます」


風花はカップをテーブルに置いて、慌てて部屋を出た。

外に出るとバイクの後ろに付いているボックスを開けてチョコレートの箱を取り、すぐに晃子の部屋へと戻った。


「すみません……」


風花はその箱を晃子に渡す。


「大切なお客様への贈り物だからね……気を付けてね」


晃子は風花に微笑み、その箱を自分のバッグに入れた。


「今日は疲れたでしょ。ゆっくり休んで、また明日お昼に私のマンションに来てね」


風花は晃子に礼を言ってカシオンを出た。


これで何とか食べていける……。


風花はそんな事を考えながらバイクを走らせた。






翌日、風花は言われたように晃子のマンションに行くと、準備されたチョコレートを運んだ。

その日は全員に渡す事が出来、カシオンに戻ったのが夜の八時過ぎだった。

そこで日当を受け取り部屋に帰った。

次の日もその次の日も同じ事を繰り返す。

そうやって一週間程が過ぎた。

風花も毎日、金を受け取り生活に余裕も出来てきた。


その日、晃子のマンションに行き、チョコレートとリストを受け取ると、初めてチョコレートを運んだ日に行ったヤクザの名前がまたそこに記されていた。


「あの……」


風花はリストを見て晃子に言った。


「前に行った事のあるお客さんの名前があるんですけど……」


晃子は一瞬だけ風花の顔を見る。


「あ、チョコレートが好きなお客さんでね。もう一つ欲しいって言うから、あげることにしたのよ」


晃子はカードを書きながら淡々と言った。


「そうですか……」


風花はその言葉に何の疑問もなく返事をして部屋を出た。

リストには何時に訪ねても良い客と、時間を指定されている客があり、その順番を頭の中で組み立てる。

これも風花だからこそ出来るバイク便の仕事で培ってきたモノだった。


二件目の配達が終わり三件目に行く客のチョコレートをバイクの後部につけたボックスの中で探していると、手を滑らせて一つのチョコレートがアスファルトの上に落ちた。

少し箱が潰れて包装紙が破れてしまった。


しまった……。


風花は携帯電話で検索してそのチョコレートの店を探した。

そう遠くないところにある事がわかり、その店へとバイクを走らせた。

店の前にバイクを停めると、その歪んだ箱を持って、風花は店に入る。


「すみません……。これと同じモノを一つ下さい」


風花は店員にそう言って同じモノを一つ買い、挟まれたカードを買ったチョコレートの箱に差し替えた。


その日も残すは例のヤクザのマンション一つだけになった。

何も知らない間は訪ねるのも平気なのだが、ヤクザだとわかってしまった以上は足取りも重くなる。


風花はチョコレートの箱を取ると、マンションエントランスで部屋番号のボタンを押した。


「はい」


前と同じように男の声がした。


「あの、カシオンの者ですが……」


風花がそう言うと、男は黙ったまま入口のドアを開ける。

風花は向こうで見てるであろう男にカメラ越しに頭を下げてマンションの中に入った。


部屋の前に立つとインターホンを押す前にドアが開いた。

男は以前とは違い、どこか朦朧としているようだった。

そしてドアが開かれると男が全裸である事に気付き、風花は目を反らした。


「カシオンの運び屋さん。いつもありがとうね……」


男は決して笑っていない目でそう言って、風花の体を引き寄せようとした。


「シンちゃん……早く……」


部屋の奥から女の甘ったるい声がする。


「おう。今行く……」


男は風花にニヤリと笑った。

そしてポーチに置いた分厚い財布を出すと、一万円札を数枚出して、風花の手に握らせた。


「ありがとうな……。駄賃だ、取っとけ……」


そう言ってフラフラと部屋の奥へ戻って行った。


こんな時間にあんなに酔ってるなんて……。


風花は部屋のドアを閉めて、自分の頬をパンパンと叩き、気を取り直した。


カシオンに戻った風花は晃子の部屋のドアをノックしようとしたが、中から話声が聞こえてやめた。


「そんな筈ないわよ。何言ってるの……。こっちはちゃんと確認してから届けてるのよ」


剣幕に捲し立てる晃子の声を風花は初めて聞いた気がした。


「とにかく、こっちは届けたんだからちゃんとお金は払ってもらうからね……」


晃子は部屋の中を歩き回りながらそう言うと電話を切った。


風花はそれを見て晃子の部屋のドアをノックした。


「はい」


少し苛立つ口調で晃子が返事をした。


「失礼します」


風花はドアを開けた。


「風花、お帰りなさい……」


晃子はソファにドカッと座るとタバコを咥えて火をつけた。


「あなた、今日、柏木さんにちゃんと届けてくれたわよね……」


風花は目を丸くして頷いた。


「はい。届けました」


晃子は煙を吐くと頷いた。


「そうよね……。いいわ。ありがとう……」


机の上の封筒を取り風花に渡した。


「今日はもういいわ。また明日お昼に……」


晃子はそう言ってタバコを消すと机の椅子に座って足を組んだ。


風花は静かに立ち上がると晃子の背中に頭を下げて部屋を出て行った。






自分の部屋に戻り、落として潰してしまったチョコレートの箱をテーブルの上に投げ出し、ベッドに横になった。


何をあんなに剣幕になってたんだろう……。


風花は見慣れた天井を見上げてじっと考える。


柏木さんって言ってたわよね……。


風花は思い出したかのように身体をベッドに起こし、テーブルの上に投げ出した包装紙の破れたチョコレートを手に取った。


確か、これに付いていたカードは柏木さん宛てだったな。


風花がそのチョコレートの包装紙を破ろうとしたその時だった。

風花の部屋のドアを激しく叩く音が聞こえた。


何……。


風花はゆっくりと立ち上がって玄関のドアの前に立った。


「ど、どなたですか……」


風花はそう言うとじっとドアを見つめた。

ドアの外が静かになった。

そして次の瞬間、ドアノブの付近にバールの先が突き刺さる。


風花は言葉を失い、その様子を見て目を見開く。

そしてゆっくりと後退りした。

リビングで腰を抜かしたように座り込んでベッドに背中が当たるまで下がって行く。


ドアに刺さったバールはそのままドアノブをえぐり取り、勢いよくドアは開かれた。


明らかにヤクザと思われる三人の男が靴のまま風花の部屋へと入って来た。


「川北風花だな……」


一人の男が風花の前にしゃがみ込んで言った。


風花は小さくコクリと頷くだけで何も言えなかった。


「お前、運び屋だな……」


男はニヤリと笑い風花の顎を取る。


「運……び屋……」


男はゆっくりと部屋を見渡した。

そしてテーブルの上に置いてあるチョコレートの箱を見つけて手に取り、ポンポンとその箱を叩いた。


「チョコレート……バイクで運んだんだろう……」


男はそのチョコレートの箱の包装紙を破り、荒々しく箱を開ける。

箱の中のチョコレートを床にぶちまけると、下の段から注射器と液体の入った瓶が出てきた。


男は風花を見てニヤリと笑ってその便を風花の前に出した。


「こ、これは……」


風花は男の手からその瓶を取った。


「これは何なんですか……」


男は風花の手からその瓶を引っ手繰るように取ると、風花の顔を覗き込むようにして静かに言った。


「お前……知らずに運んでたのか……」


男の低い声に風花は頷く。


「これは純度の高いヘロインだよ……」


男はその小瓶をポケットに入れた。


「出元はカシオンの晃子だな……」


風花の中で柏木とかいう男と電話する見た事もない晃子の姿が浮かんだ。


「お前が晃子に頼まれて運んでたのはチョコレートではなく、ヘロインなんだよ……」


男は風花の目の前で声を荒げた。


「ヘロ……イン……」


夕方に届けたヤクザの写真を男は携帯の画面で風花に見せた。

しかし、その顔はかなりな暴行を受けた様子で、形が変わっていた。


「この男の部屋に運んだだろう……」


風花は小さく頷く。


「こいつも晃子からヘロインを買っていた……」


風花はその男がどうなったのか気になったが、怖くて聞くことは出来なかった。


男は上着のポケットから警察手帳を出した。


「俺たちは警察だ。心配するな……」


風花はその言葉で胸を撫で下ろした。


警察だったんだ……。


「お前がこれを届けた先は覚えてるか……」


風花は頷く。


「場所も名前も全部覚えてます……」


男は頷いて、風花の頭に手を乗せた。


「良い子だ……。後でそれを聞きたい。警察まで来てくれるか」


風花はゆっくりと頷いた。


「これでカシオンの晃子も終わりだな」


男はそう言うと立ち上がった。


「この部屋のドアの修理は直ぐにさせる。一緒に来てくれ」


男はそう言って風花の手を引いた。






明け方の街の空気は今の風花には清々しかった。


風花が警察で事情聴取されている間にカシオンの晃子は逮捕された。

カシオンの客だったヘロインの常習者は数百を超える様子で、風花が運んだ客だけでも百人はいた。


警察署を出た風花は自販機で温かい缶コーヒーを買った。

そしてその缶コーヒーで冷えた手を温める。


晃子は風花を騙し、ヘロインの運び屋をやらせていた事を自供した。

それによって風花は無罪放免となり解放されたのだった。


「あーあ……。また仕事探さなきゃなぁ……」


風花は缶コーヒーを開けると口を付けた。


開け始める街の狭い空を見上げて風花は白い息を流れる風に乗せた。








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