第4話:体力検定
4月下旬、ルミエール国軍敷地内。
「待ちに待った体力検定だっ!」
今日はリラさんと再会の約束をした体力検定。
「あっ居た居た、アンジェ久しぶり!」
「リラ伍長お久しぶりです!」
運動場に集合した私に明るい笑顔を振りまきながら駆け寄って来たのは。
ルミエール国軍第13小隊所属、リラ伍長。
野戦病院で聞いた話によると士官学校を好成績で卒業。
前線へ幾度となく赴き生還しているそう。
長いピンク髪を保ち、これといった大きな怪我をしていないのは彼女自身の強さを表していました。
「アンジェも少しずつ軍に慣れてきたみたいだね。体力検定は毎年アメッサと周っているんだけど良ければ三人で一緒に周らない?」
「是非お願いします! ……所で体力検定って一体何をするんですか?」
「月山の登頂を目指す。第1ポイントから2チームに別れ模擬戦だ」
そう説明をした声はリラ伍長ではなく――。
「アメッサ少佐おはようございます!」
「アメッサさ……少佐、おはようございます!」
「リラ伍長、アンジェ二等衛生兵、おはよう」
アメッサ少佐。
司令部に所属していて、諜報員大摘発の功労者の一人として頭角を現した人物らしく。
雪色の髪を肩上で綺麗に揃えていました。
「リラ伍長、現場の指揮は私より君の方が適任だ。任せても良いだろうか?」
「拝命しました!」
「それじゃあ皆集まった事だし、早速登山始めようか!」
「はい!」
「あぁ」
軍の敷地内はとても広く、月山と呼ばれる人工山まであります。
月山の入口は大きく分けて4つ、東、南東、西、南西。
私達は南東から登山するようです。
そして月山にはあらゆるトラップが仕掛けられています。
頂上に着く頃には月が昇っている事から月山と呼ばれる様になったそうです。
山と言っても岩肌がむき出しになっているような山ではなく、森林は勿論、平地や市街地を見立てた障害物がある場所もあるそうです。
私の故郷のラントヴィルは農業が栄えている地域。
なので足腰にはちょっと自信があります!
と、思っていた2時間前の私を殴りたい。
「も、もう無理、ギブ……」
最初の50分は首都とラントヴィルの街並みの違いや料理について話していましたが、2時間も経つと足の痛みがじんじんと襲ってきます。
装備も重たい物で言うと水、スコップ、衛生兵は追加で医療キットがあります。
「頑張れ! あと少しでチェックポイントだから……!」
「は、はい」
「……」
登山中リラさんは余裕がある様子で私達を時折気にかけてくれました。
一方アメッサさんは体力を温存しているようで黙っている事が多かったです。
第1チェックポイントのコテージに着くと、15分間の休憩が許されました。
アメッサさんは何やら受付で手続きを行っているようで、私はリラさんに気になっていた事を質問していました。
「あ、あの何でそんなに速く山頂を目指すんですか?」
「あぁ、それはね、上から敵を迎え撃つ方が強いからだよ。意外かもしれないけど、攻撃側より防衛側の方が有利なんだ」
「そうなんですか!」
「二人は勉強会か?」
そう言い帰ってきたアメッサさんは黄色のバンダナを持っていました。
「全員右腕に巻くように。敵は赤いバンダナをつけている」
「了解。ありがとう」
「模擬戦って何をするんですか?」
「そうだね、訓練用の武器を使って山頂の陣地の保守もしくは奪還を目指す感じかな」
「アウト判定が出たら後方の自陣に戻り待機。5分後に行動再開が出来る」
「衛生兵は基本的に自らの攻撃はNG。だけど、アウト判定を受けた仲間を30秒後にその場で一度救援できる」
「つ、強い……!」
「だからこそ、狙われるんだけどね」
「因みにおふたりはどんな事が出来るんですか?」
「私は普通に歩兵だね。刀とスモークが支給される。この中だと一番の戦力かな」
と、リラさん。
「私は事前に敵部隊の数が記された情報や地図が手渡されている。主要の武器は持たず、護身用の短刀と手榴弾を所持している」
と、それぞれの役割と持ち物を話してくれました。
私一人じゃ分からなかった情報が会話に沢山溢れていて、記念式典でこの人達と知り合いになれたのはラッキーです。
「準備は出来た? この先から罠も仕掛けられてるから注意して進むこと。実物じゃないとはいえ当たれば痛いからね」
「はい!」
出発してから約20分、リラさんが『しゃがみ』の合図を出しました。
「前方に敵が複数いる。少佐はアンジェを守ってて下さい。私は敵を倒してくる」
「了解」
「分かりました……!」
リラさんはそう言うと一目散に駆けていきました。
「山頂じゃないのにもう敵が居るんですね……」
純粋な疑問をアメッサさんにぶつける。
「全員が全員山頂でぶつかったら大乱闘になる。少人数の敵を少しずつ減らした方が楽だろう」
「た、確かに」
「前線をバレずに越えてきたんだ。リラが戦う敵は全員優秀だな」
「大丈夫なんですか」
「大丈夫だ」
アメッサさんは前線を見つめていました。
「リラは強い」
「ぐっ……」
「アウトだね」
リラは刀を構え直し前方に視線を向ける。
二人と別れた後、山中ですぐに敵との交戦が始まった。
初めは相手の遠距離攻撃が多くなかなか近づく事が出来なかった。
だが投擲武器が尽きたのか、全員で突撃してきていた。
これで2人目……。
残りはあと1人。
「待ってくれ、分かった。降参しよう」
最後の1人が武器を捨て両手を上げた。
「……捕虜になりたいと?」
刀を握る手に力が籠もる。
ルール上、投降した敵にはバンダナを奪い自陣のテントまで連行、試合後の加点要素になる。
だが。
「すまないがそれは出来ない」
リラは自身の刀を振り上げ、敵兵の胴体を袈裟斬りの様に当てた。
アウトだ。
「……この森の向こうは村もある。君を逃がした時のリスクの方が大きかった。全員アウトだ、拠点へ戻ってくれ」
「っ、分かったよ」
「さて、早く二人の元に戻らないとな」
リラは苦笑いをしながら刀を鞘に収め、アンジェとコテージでの会話を思い出した。
「このままアンジェを守りながら移動すると囲まれた時に危険だ。私が先陣を切るから、後から着いて来て欲しい」
「つまりアメッサさんと二人で行動、ですか」
アンジェは不安そうな顔で見上げてきた。
私が離れることで大幅に戦力が落ちる。
それに式典での二人はとてもじゃないが仲睦まじい雰囲気ではなかった。
「彼女となら大丈夫だ。衛生兵であるアンジェを守ってくれるよ」
とてもじゃないが、少佐である彼女が、二等衛生兵の命を優先するのだろうか。
「あ、あの何でそんなに早く山頂を目指すんですか?」
「あぁ、それはね……
リラさんと別れてからしばらく経った頃。
私はアメッサさんと周囲の警戒に当たりつつ進んでいました。
するとアメッサさんが突然何かに気がついたのか、ある一点を見つめ口を開きました。
「アンジェ、近くに敵がいる」
「えっ? 顕微鏡でも見当たりませんが……」
「月山にも多少の野生動物がいる。例えば人が通れば鳥は逃げる。さっきあっちの鳥が逃げた」
アメッサさんは首で軽く方角を示してくれました。
「どうしますか……」
「北上する。迂回してリラと合流。もしくは東口から登頂している味方に助けを求めよう」
「行くぞ、あくまで自然に移動すること」
アメッサさんと前進を開始すると周囲で微かに草木が揺れる音がします。
本当に敵が居るようです。
近くに敵がいると思うと歩くことさえ、ぎこちなくなる。
突然飛び出してきたりしませんよね?
暫く進むとアメッサさんが足を止めました。
「……アンジェ、相手は引いたみたいだ。この先の開けた場所に行ってもう一度安全を確認しよう」
「はい……!」
敵、居なくなったんだ!
緊張の糸が途切れて顔がにやけてきました。
心なしか足も軽く感じるし。
るんるんでアメッサさんを追い越せます。
「……っアンジェ! 上だ!!」
「うえっわぁ!?」
木の上から黒い影が落ちてきていました。
咄嗟に逃げましたが、アメッサさんに呼ばれなかったら衝突していました。
それに、黒い物体は人でした。
目の前の広場には仲間は居らず、私達だけで戦わなければいけませんでした。
アメッサさんは短剣を構えていました。
「赤いバンダナ……敵兵ですか!?」
よく見るとその人は右腕に赤いバンダナを身につけています。
「下がって隠れておけ!」
「は、はい!!」
指示を出され一目散に駆け出す。
衛生兵とはいえアメッサさんを一人にして良かったのだろうか。
……いや、今はリラさんの言葉を信じるしかない。
アメッサは敵と距離を計っていた。
相手の武器は銃剣。
一発ずつ再装填が必要なタイプ。
だが、大分距離は近い。
弾ではなく先に付いている剣の方を警戒するべきだ。
「……」
「……」
静かな空気が流れる中、先に口を開いたのは敵兵だった。
「……大人しく投降してもらえませんか」
敵兵は銃剣を降ろし、敵意は無いと伝えていた。
「その服装、司令部の方ですね……いえ、投降せずとも、ルールで気絶判定なら回収可能でしたか」
走り出し短剣を敵兵の首に目掛けて突き立てる。
敵兵は咄嗟に片腕で短剣を受け止めていた。
これでは致命傷にはならない。
「すみませんっ!」
訓練とはいえ上官を殴る事に後ろめたさがあるようで、一度断りを入れた後。
敵兵は空いた腕で私の耳に打撃を加え、殴り倒す。
体術は敵兵に分があった。
「最前線に出ている隊員は動きが違うな……無理だ勝てん」
「ありがとうございます」
「衛生兵を追うのか?」
「一度貴方を連れて帰ろうかと。司令官は尋問で情報が手に入るので……」
「君は逐一説明してくれるな」
袖に隠していた自爆用の手榴弾を取り出しピンを抜いた。
体を取り押さえていた隊員は素早く身を起こし、私を遠くまで放り投げる。
逆さまになった視界に映る敵兵は退却しているようだ。
地面を勢いよく転がり、暫くして土嚢が体を受け止めた。
流石にアウトだろう。
「アメッサさん大丈夫ですか! めっちゃ吹っ飛んで来ましたけど!?」
…………。
「普通に背中と腕が痛い、あと私は実戦だったら致命傷だ。アウトだと思え」
「は、はい!」
逃げるように指示を出されましたが、二人の様子が気になり土嚢の裏に隠れているとアメッサさんが飛んで帰ってきました。
アメッサさんを早く治療しようと思いましたが、それより先に前方から人影が現れました。
腕には赤いバンダナ。
「さっきの敵兵が、戻ってきた!?」
「そうだな。アンジェ走れるか」
「……いえ、私、今なら戦えます」
双銃を取り出し構える。
「負傷兵をほっぽり出して逃げる衛生兵なんて居ないですよ!」
武器は命中率が少しでも上がるようにと双銃を選びました。
装填数が多い分私の方が有利かも知れません。
敵兵と睨み合い、一触即発の雰囲気の中アメッサさんがそっとタイムポーズを取りました。
「あー、悪い二人共、一旦私を退却させてくれ」
『えっ、あ、はい』
そういうとアメッサさんは模擬弾が当たらないように匍匐前進で土嚢の裏まで静かに這いずっていきました。
「雰囲気を壊して済まないな。始めていいぞ」
その声を皮切りに敵兵が周囲に射撃を開始しました。
「わぁああ!」
慌てて土嚢の裏に隠れます。
「落ち着け、威嚇射撃だ。身を出すなよ」
「そうは言ってもこのままだと突撃されますよ〜!」
なにか使えるもの……あ!
「アメッサさん、これって使っても平気ですか?」
「ん? あぁ、ルール上平気だな。使い方は分かるのか?」
「無いですけど、一か八かっ!!」
考える暇は無い、迷わず敵に投げつけた。
地面に着地した途端にそれは、強い光を発しました。
「光で目が眩んでる内に……!」
目を細めながら敵にありったけの弾を撃ち込みます。
モデルガンでもかなり振動が来ますね。
そろそろ弾が尽きそうな時でした。
「――アウト」
弾が当たったのか敵兵がそう言って倒れたフリをしてくれました。
「やっ、やったあ!! 倒した、倒したー!!」
喜びの舞を踊っていると敵兵の方が寄ってきて閃光弾を使った事を褒めてくれました。
そしてまた交戦するだろうからよろしく、と言い手を振りながら去っていきました。
「良くやったなアンジェ」
「はい! ぶっ倒してやりました! ……あ、そうだ治療しますね」
アメッサさんの背中は赤くなっていました。
打撲には湿布くらいしか持ち合わせがありませんが、無いよりマシでしょう。
「アメッサさんも戦えたんですね」
「最低限の事しか出来ないがな」
「それでもありがとうございます。1人なら今頃拠点に戻っていたと思うので」
リラさんの言う通り、アメッサさんはしっかりと私を守ってくれました。
そのおかげで私も衛生兵として戦えましたし。
口調がきつくてあまり得意な人ではありませんが、感謝の気持ちはあります。
「そうか、私は今の君のように人を助けることは出来ない、適材適所……」
「どうしました?」
途中で言葉を切り振り向いたアメッサさんは、少し不思議な顔をしていました。
「アンジェ、君は何故、衛生兵になったんだ?」
志願理由。
面接や書類に嫌というほど書いてきました。
「……親友との約束です。その親友を探す為でもありますが」
「その親友は隊員なのか?」
「いえ、13年前にラントヴィンルで西国人に誘拐されました」
「そうか、それは」
「アメッサ少佐」
「治療終わりました。早くリラさんと合流しましょう」
「……分かった」
やっぱりこの人の事、苦手だ。
「二人共お待たせー! 無事勝利!」
リラさんと別れた場所まで戻り、しばらくすると笑顔のリラさんが戻ってきました。
「リラさんおかえりなさい! 怪我はありませんか?」
「大丈夫! 怪我も無いよ」
「ご苦労、無事でなにより」
「うん! 二人はどう、何かあった?」
「一人、前線から抜け出した敵と交戦した。アンジェに蘇生して貰ったが、次のアウトで私は一度拠点に戻る」
「了解! 頑張って陣取り合戦勝とう!」
「はい!」
その後山頂に辿り着いた私達はそれぞれ別れて行動しました。
私はいつものように前線と拠点を行き来し治療に当たりました。
結果は負けてしまいましたが、一日でとても成長出来た気がします。
下山の時トラップに引っかかった事と、後日襲ってくる筋肉痛の事は思い出したくありません。




