第14話:昇格
クラム一等兵の姿が見えなくなるまで見守りました。
そろそろセキ上等衛生兵の元に向かわないといけません。
第4中隊やセキ上等衛生兵は今、何処に居るのでしょうか。
セキ上等衛生兵の真似をして塹壕から頭だけを出し前線を眺める。
「……うーん、」
塹壕内で戦っているのか地上にいる第4中隊の隊員は見つけられませんでした。
「よし、次の塹壕に向かってみよう」
意を決して塹壕をよじ登る。
すると、何処からか地鳴りの様な雄叫びがし始めました。
塹壕の更に奥、敵国方面から沢山の敵兵が押し寄せているのが見えました。
それと同時に……。
「退避っ!!退避ーーー!!!」
「撤退命令……!」
撤退命令が出て、前方からわらわらと友軍が私の方に向かって走ってきています。
私は…………。
「あっ……逃げないと……!」
私は、全力で後ろの塹壕まで逃げなくてはいけません。
セキ上等衛生兵の言葉を思い出しました。
慌てて塹壕の壁をよじ登り、走り出す。
後ろの塹壕まで距離は無いはずなのに、凄く遠く感じます。
「はっ……は……っ」
「全力で走れ!」
「え……!?」
そう叫んだガーラン大尉やセキ上等衛生兵が私を追い抜いていきます。
敵の勢いが強すぎて、一つ後ろの塹壕では人手が足りず抑えられないと判断したのでしょう。
私の横を、上を、弾が通り過ぎていきます。
ガーラン大尉やセキ上等衛生兵は数メートル前の塹壕飛び込みました。
私も少なくともそこまで走らなくてはいけません。
「あ゙――」
私の後ろで短く、悲鳴のような声が聞こえました。
痛む脇腹を抑え振り返るとソルジア上等兵が倒れていました。
「っ……は……!」
「おいバカ……止まんな!」
走るスピードを緩めた私に、ほぼ隣を走っていたアルヴァ一等兵が叫びました。
分かってますよ、私だって。
そんな事。
本当は駆け寄りたかった。
引きずってでも連れていきたかった。
それでも、私の足がソルジア上等兵の元に向かう事はありませんでした。
私も生きたかったんです。
塹壕に転がるように飛び込み、硬い土が私の全身を受け止める。
「っ…………」
自分が飛び込むのと同時にガーラン大尉や第4中隊の隊員は即座に銃を構え射撃を開始していました。
当然ですが、ソルジア上等兵はまだ地上に居ます。
「待っ……!」
「立ち上がっちゃ駄目」
セキ上等衛生兵に軽く頭を押さえられました。
それでも顔を上げ、前線を睨みつける。
沢山の西国兵が一気に押し寄せています。
ソルジア上等兵は見える位置に倒れていました。
動いてはおらず、生きているか死んでいるのかすら分かりません。
ほんの少し先、走ればすぐに駆けつけられる距離に。
考えてるうちに西国兵がどんどん近づいていって。
ソルジア上等兵の体を二度、打ちました。
「っ……あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
耐えきれず、塹壕から身体を乗り出そうとしました。
が、それはセキ上等衛生兵に腕を引っ張られた事により止められました。
「ほんといい加減にしなって……!」
セキ上等衛生兵に後ろに投げ出されました。
「そのまま着いてきて」
セキ上等衛生兵に連れられ、射線が通っていない場所に移動しました。
「ここに居て」
そう言い残しセキ上等衛生兵は戻っていきました。
頭がぐるぐるします。
自分は今普通に座れているのでしょうか。
体が傾く感覚に襲われます。
気を抜けば倒れてしまいそうな感覚を必死に堪えながら
、さっきの出来事が頭の中で再生されます。
ソルジア上等兵は、私の後ろを走っていました。
いくら一つ前の塹壕に居たとはいえ上等兵の彼女が、衛生兵の私より足が遅いなんて事あり得るのでしょうか。
私を追い抜いて行った中には女性隊員もいました。
ずっと、真っ直ぐ走る私の後ろをソルジア上等兵は走っていた……?
そんな事、そんな訳……。
鼓動の音がうるさくなる。
頭をガンガン殴られるようで。
何も考えたくない。
暫くして銃声が落ち着き、ガーラン大尉から招集がかかりました。
気持ちの整理がつかずフラフラとした足取りでガーラン大尉のもとに向かい整列する。
怪我をして治療を受けている方、死んだ魚のような目で立っている隊員など、第4中隊の方々はどんよりとした空気を纏っていました。
そんな中、ガーラン大尉はいつもの爽やかな笑顔はありませんでしたが、しっかり立っていました。
ソルジア、上等兵は何処ですか。
答えて下さい……ガーラン大尉。
心の中で呟く。
私はガーラン大尉を睨んでいました。
あの状況でソルジア上等兵が生きている可能性はほぼ無い事くらい分かります。
それがガーラン大尉のせいでもないことも分かってます。
ドッグタグは……それくらい、回収出来ますよね。
ガーラン大尉に言えたらどれ程良かっただろう。
周りを気にせず大声で叫んで泣いて、塹壕を飛び出して、ソルジア上等兵に駆け寄れたらどれだけ救われただろう。
腹から沸き上がる唸るような声を抑え、大きく息を吸う。
ガーラン大尉が何かを話しているが、何一つ耳には届かなかった。
「……アンジェ二等衛生兵は一旦病院にでも帰れ」
「はい……?」
突然名前を呼ばれ、意識が目の前のガーラン大尉に向いた。
「今のお前は役に立たん」
「……分かりました」
帰れるということだけ分かった。
凄く嬉しかった。
とにかく早く、ここから離れたかった。
ヴァッサ中央野戦病院に帰る時も。
一人で帰ったのか、誰かが付き添ってくれたのか覚えていない。
ただ、病院が落ち着いた頃、先輩の衛生兵の方に抱きしめられて、病院のベッドで眠るまで見守ってもらいました。
深夜目が覚めると、手を痛いくらい握り締めていました。
私の手の中に欲しいものは何一つありませんでした。
ソルジア上等兵が亡くなってから1週間。
マサ軍医やガーラン大尉のご好意で一時的にヴァッサ中央野戦病院で勤務をしていました。
「マサ軍医、おはようございます」
「おはようございますアンジェさん」
「本日も軽傷の患者さんの巡回をお願いします」
「はい!」
マサ軍医に指示を貰い病室を見て回りました。
その中には同じ第4中隊のクラム一等兵もいました。
「おはようございます。クラム一等兵、体調はいかがですか」
「アンジェ二等衛生兵、おはようございます」
クラム一等兵は上半身を起こし穏やかな表情をしていました。
「大分良くなりました。少々肩が上がりづらいですが明日には前線に戻って良いらしいです」
「良かったです……!」
「寧ろ、歩けない訳でも無いのに病院のベットを貸して頂きありがとうございます」
「あの、クラム一等兵にお伝えしたい事が」
「はい、なんでしょうか」
怪我をしていたクラム一等兵にいつ伝えるべきか悩んでいたのですが、前線に行く前に伝えたいことがありました。
「あの日……ソルジア上等兵が、亡くなりました」
「そう、でしたか……分かりました。お伝えいただきありがとうございます」
クラム一等兵は複雑な表情を隠すように黙祷をし始めました。
「……アンジェ二等衛生兵、お伝えいただきありがとうございます」
「いえ、それでは、私は失礼しますね。お大事に」
「はい。アンジェ二等衛生兵もご武運を」
その後も各教室を回りマサ軍医に報告をしに行きました。
「マサ軍医、巡回終わりました」
「ありがとうございます」
「第4中隊はどうですか、危ないこともあったでしょう」
「まだ、前線は慣れないです、辛いことも沢山あります」
「退職しますか?」
「……しません」
マサ軍医は私が衛生兵として続けていけるのかを心配してくれたのでしょう。
この先ももっと沢山、仲良くなった人達が亡くなっていく、私の精神状態も心配してくれたんだと思います。
「分かりました」
マサ軍医が引き出しから書類と四角い箱を取り出しました。
手渡されたのは金色の四角いバッチ。
「これは……」
「先日貴方の階級が1つ昇格しました」
そういえば一定期間働いたら二等兵から一等兵へ自然と上がるんでしたっけ。
「アンジェ一等衛生兵。これからも衛生兵として尽力して下さい」
「はい……!」
「アンジェ一等衛生兵。ここは軍隊ですが、仕事です。辞めたいと思えばいつでも逃げて良いんですよ」
「ありがとうございます。そんなこと、教官に聞かれてたら懲罰ものですね」
「えぇ」
病院が落ち着いて、前線に戻ったらガーラン大尉に謝ろう。




